「はいっ、じゃあ二番から始めます。御花ー」
石神は次の日もクラスをリードしてくれている。
そして一つ変わったことは、俺も前に立って話すことができるようになった。
「えっと、二番のサビ前に低音から高音にジャンプすると思うんですが、そこが揃うと綺麗になると思うので、そこを意識してやってみましょう」
少し気になるところ、意識するところ、そういった部分は俺が言うことにした。
いつまでも石神に頼ってばかりではいけない。
昨日のことがあり、正直石神が離れてしまう恐怖は消えてしまった。
だから、仮にこの仕事を通じてクラスの女子を敵に回そうとも、石神は見方でいてくれる自信があった。
今もこうやって前に立って話すのが全然怖くない。
しかし、気がかりなことが消えたわけではない。
北原さんはやはり前に立って話そうとする気はないようだ。
基本練習をまとめるのは石神で、それを補佐する俺。
先生も北原さんがやりたがっていないのは分かっているようで、今練習が順調に言っているなら無理にやらせる必要はないと言っていた。
本番まであと六日、全体練習ではまとまりが出てきたとき、実行委員が昼休みに全員呼び出される。
現時点の練習状況、現在の仕事の確認、本番の流れ、確認はあっさりと済みすぐに終わる。
教室までの帰り、北原さんとは二人きりだった。
プログラムは必要なものはすべて記載し、さっき担当の先生に提出をした。
もうこれで俺の仕事は終わった。
あとは本番がうまくいけばいいだけ。
「御花くんさー、曲紹介のこと覚えてる?」
北原さんは前を歩いていて振り向かずにそういった。
少しだけ歩くスピードがゆっくりになる。
「しらない、なにそれ」
「ちょうど、御花くんが休んでる時に言われたんだよね。みんなが壇上の上で並んでいる間に曲を紹介する人を二人決めるの。委員でもいいし、ほかの人でも」
合唱コンクールは学校では行わず、高校近くの公民館でやることになっている。
歌う人はステージの上に並ぶことになっている。
本番六日前だというのに初耳だった。
別にさっきの集まりでもそんな話していなかった。
どうして最初に全部まとめて言わないのか。
怒りと焦りが混ざり合うが、ここで彼女にあたってもいいことはなにもない。冷静でいようと一旦呼吸を整える。
「だれがやるか決めてるの?」
「うん、私ともう一人。いいでしょ? プログラムはほぼ御花君が作ってくれたし」
あっさりとした返答だった。
前までの高圧的な態度やわざとかわい子ぶる様子は一つもなかった。
「わかったありがとう。任せるね」
「うん」
歩くスピードが元に戻る。
前みたいに全部押し付けてくると思ったのに、まさかの反応で驚いてしまう。
彼女は完全に悪い人ではないのかもしれない。
「あ、あとさ」
途中で言葉を止めてやっと振り返る。
彼女の表情を見て思わずぞっとする。
口元は笑っているのに目は笑っていない。
前と何も変わっていなかった。声だけ圧を取り除くことに成功したらしいが、やはり目は口程に物を言うらしい。
「私もこれから前に立ってみんなをまとめるから。今まで全部任せちゃってごめんね」
ごめんね、それが本心だなんて全く思えなかった。
冷たい目に不格好に片方の口角だけ上がっている。
人は表情を見ないとやはり分からないものだなとつくづく感じた。
そして、前ほど怖がっていないのは石神の存在が大きかった。
けれど、その石神でさえ、彼女の前だと彼らしく動けなかった。
***
「みんなすごくいいと思う!! まじでいい! もう一回通してみよっか! 御花君おねがい!」
北原さんはそのあとの合唱練習では前までと違って宣言通り、前に立ってみんなをまとめた。
さすがに実行委員が前に出れば、石神はだまって彼女の言う通りに動いた。
聞かれたら返答をしているが、石神の言葉は少なくなった。
そして極端に俺の話すターンが減ってしまった。
なぜって、それは彼女が俺に対して意見を求めることはまずなく、ただピアノを弾く道具として扱っているからだった。
もともとクラスで目立っていた彼女が前に出れば、別に俺みたいなやつがしゃべらなくてもクラスメートはそんなに気にしない。
石神は何回かこっちに話題を振ろうとしているが、彼女は巧みにそれを阻止しているように見えた。
ぱっと見れば誰も気が付かない。しかし確実に俺の発言を少なくしていた。
石神は分かりにくいけどイラついているように見えた。
理由はもちろん北原さんが前に出たことで前の雰囲気とは変わって緩くなっていたり、俺に発言させてくれなかったり。
しかし理由はそこじゃないと思う。
北原さんにイラついている理由。それは、彼女はいつだって俺と石神の中間地点に立ってしゃべっていた。
指揮者と伴奏者の間。前までは石神が何か言うとき、ちらちらとこっちを見ていてにやにやしていた。
しかし北原さんは上手に石神の視界から俺を隠している。
そして演奏中でさえ、彼女は大きな声で石神に指摘をした。
「伴奏者ではなく、クラスメートを見て」
何人かの生徒はそれに同意しているように見えた。
石神は明らかに伴奏者を見すぎていた。
普通の指揮者より何倍も見ていたと思う。
伴奏者を見ていて、指揮と伴奏がずれることはないが見栄えが悪い。
指揮者が前を向かないでどうするというのだ。
指摘され、それに加えて同感、という声があまりにも多かったため、石神は伴奏者である俺を見る回数が減ってしまった。
放課後の練習でさえ、二人の時間は減ってしまった。
北原さんは放課後、暇なときは一緒に練習しようと言い出した。
指揮者が石神、そのことだけで北原さんの周りの女子は必ず来ていた。
それだけで十人くらい。男子は誰も一人来なかった。十人だけで練習が進むはずがない。
だからただの雑談の時間がメインとなった。
このときは石神と二人で話していても、北原さんは会話を遮ろうとしてこない。
彼女は仲がいい友達とただ楽しそうにおしゃべりをしていた。
それでも、教室に他の人がいるだけで石神に触れることさえできない。
二人で帰ろうとすると、別に北原さんは止めない。
俺の時とは全く異なる笑顔で石神に毎回いうのだ。
「また明日もよろしく」
石神に見せる笑顔でさえ、俺は本当の感情が表れているのか疑った。
***
北原さんがクラスをまとめてから、俺の楽しみは下校時間だけになった。
このときだけは誰も邪魔をしてこない。石神もリラックスしていて、並んで歩く二人の距離をぐっと近づけていた。
石神と結局あの時間は何だったんだ、と文句を言って笑いながら二人で帰った。
「クラスの奴ら見てても全然楽しくないわ」
「でも、指揮者なんだから伴奏者ばっかり見てたらさすがにみんな呆れちゃうよ。あれはやりすぎ」
「嬉しいくせに」
「嬉しいかじゃなくて、ちゃんとやることはやらないと」
分かりやすく不貞腐れている様子だが、実際俺も残念に思っていたから、こっちだって不貞腐れたかった。
それを表に出すほど素直にはなれない。
「あともう少しの辛抱じゃん、コンクールが終われば何も気にしないで大丈夫でしょ」
「そうだけどさ、やっぱり指揮者と伴奏者って特別じゃん。なんか他とは違ってさ、本気になるじゃん。プログラムにも俺が指揮者で、御花が伴奏者。それが全員に知れ渡ってさ、二人って認識されるじゃん。それがなんかすごく嬉しいんだよ」
石神はどこか熱をもって語りだす。
たしかに、石神が言うことも理解できる。指揮者と伴奏者は合唱において非常に重要で、だれからも注目される。
それがなおさら好きな人となら。嬉しいという言葉では語り切れない。
「ステージの上だと、クラスの奴は俺を見て、お前のことは位置的にもあまり見れない。他のクラスの人もお前のことをしっかりは見れないだろ。大勢の人がいるのに、俺だけが近くから御花を見れるんだよ。それってなんかすっごくさ……」
そこで石神が、不意に頬にキスをした。
驚いて、小さくジャンプする。
へへっと笑って見せる石神。
「俺のものって感じ」
その笑みに言葉が出てこない。
キスのせいもあるけど、顔の温度がどんどん上がっていく。
冷たい風が心地いいくらいに。
「よくそんな恥ずかしいセリフ言えるな」
皮肉のこもった返しにも石神は嬉しそうだった。
「御花だから」
そんなセリフを毎日のように伝えられて、俺は幸せ者かもしれない。
日に日に石神を見るたびに、胸の奥で鼓動が速くなっているのを感じる。
完全に恋に落ちていた。
自覚しているのに、俺の気持ちをはっきりと石神に伝えたことはまだなかった。
それは、未だに昔の石神が思い出せずにいる罪悪感があるからだ。
こんなに一緒に過ごしていても、石神に会った記憶がない。
だからこそ、いつ石神が俺のことを好きでいたのか、俺のどこが好きになったのか。
当時のことをすべて忘れていて、そのまま気持ちに応えることがどうしてもできない。
自分から思いを伝えるとき、それはしっかりと昔の石神を思い出してからがいい。
石神が自分から話してくれるのを待つのではなく、ちゃんと自分で。
コンクールが終わったらすべて話すと最初に石神は言った。
コンクールはもう明日に迫っていた。
石神がどんなスキンシップをしてきても、嬉しさと同時に焦りが生まれているのは事実だった。
早く思い出さないと。コンクールが終わるまでに。
「御花? 大丈夫?」
「え、なんもないって」
「そう、じゃあ俺が今言ったこともう一回言ってみて」
「えっ、ごめん。聞いてませんでした」
「何も言ってないけど」
ニヤッと笑って見せる石神。腹を抱えて笑っていやがる。
簡単に引っかかる俺で遊んで楽しそうにしている。
からかってくる石神が本当に楽しそうだから、全然嫌じゃない。むしろ笑ってくれてうれしい。
「明日は俺が絶対一番御花のこと見るから。誰にも負けない」
「別に競争しなくていいから、それにクラスメイト見てよ。ずっとこっちみてたら目、そらすよ」
「ひっど、じゃあ今見れるだけ御花のこと見てようかな」
「そんなずっと見るな、どっか向け!」
前日の会話はいつものようにわちゃわちゃしていた。
帰宅しても、ずっと石神のことを考えていた。
一体俺はどこで石神に会ったのだろう。
あんなに高身長でピアスもしていて、そこにいるだけで目立つ人。
あんな風にオーラを放っていたなら、仮に違うクラスでも認識していると思う。
考えて考えて、気が付けば寝てしまっていた。
石神は次の日もクラスをリードしてくれている。
そして一つ変わったことは、俺も前に立って話すことができるようになった。
「えっと、二番のサビ前に低音から高音にジャンプすると思うんですが、そこが揃うと綺麗になると思うので、そこを意識してやってみましょう」
少し気になるところ、意識するところ、そういった部分は俺が言うことにした。
いつまでも石神に頼ってばかりではいけない。
昨日のことがあり、正直石神が離れてしまう恐怖は消えてしまった。
だから、仮にこの仕事を通じてクラスの女子を敵に回そうとも、石神は見方でいてくれる自信があった。
今もこうやって前に立って話すのが全然怖くない。
しかし、気がかりなことが消えたわけではない。
北原さんはやはり前に立って話そうとする気はないようだ。
基本練習をまとめるのは石神で、それを補佐する俺。
先生も北原さんがやりたがっていないのは分かっているようで、今練習が順調に言っているなら無理にやらせる必要はないと言っていた。
本番まであと六日、全体練習ではまとまりが出てきたとき、実行委員が昼休みに全員呼び出される。
現時点の練習状況、現在の仕事の確認、本番の流れ、確認はあっさりと済みすぐに終わる。
教室までの帰り、北原さんとは二人きりだった。
プログラムは必要なものはすべて記載し、さっき担当の先生に提出をした。
もうこれで俺の仕事は終わった。
あとは本番がうまくいけばいいだけ。
「御花くんさー、曲紹介のこと覚えてる?」
北原さんは前を歩いていて振り向かずにそういった。
少しだけ歩くスピードがゆっくりになる。
「しらない、なにそれ」
「ちょうど、御花くんが休んでる時に言われたんだよね。みんなが壇上の上で並んでいる間に曲を紹介する人を二人決めるの。委員でもいいし、ほかの人でも」
合唱コンクールは学校では行わず、高校近くの公民館でやることになっている。
歌う人はステージの上に並ぶことになっている。
本番六日前だというのに初耳だった。
別にさっきの集まりでもそんな話していなかった。
どうして最初に全部まとめて言わないのか。
怒りと焦りが混ざり合うが、ここで彼女にあたってもいいことはなにもない。冷静でいようと一旦呼吸を整える。
「だれがやるか決めてるの?」
「うん、私ともう一人。いいでしょ? プログラムはほぼ御花君が作ってくれたし」
あっさりとした返答だった。
前までの高圧的な態度やわざとかわい子ぶる様子は一つもなかった。
「わかったありがとう。任せるね」
「うん」
歩くスピードが元に戻る。
前みたいに全部押し付けてくると思ったのに、まさかの反応で驚いてしまう。
彼女は完全に悪い人ではないのかもしれない。
「あ、あとさ」
途中で言葉を止めてやっと振り返る。
彼女の表情を見て思わずぞっとする。
口元は笑っているのに目は笑っていない。
前と何も変わっていなかった。声だけ圧を取り除くことに成功したらしいが、やはり目は口程に物を言うらしい。
「私もこれから前に立ってみんなをまとめるから。今まで全部任せちゃってごめんね」
ごめんね、それが本心だなんて全く思えなかった。
冷たい目に不格好に片方の口角だけ上がっている。
人は表情を見ないとやはり分からないものだなとつくづく感じた。
そして、前ほど怖がっていないのは石神の存在が大きかった。
けれど、その石神でさえ、彼女の前だと彼らしく動けなかった。
***
「みんなすごくいいと思う!! まじでいい! もう一回通してみよっか! 御花君おねがい!」
北原さんはそのあとの合唱練習では前までと違って宣言通り、前に立ってみんなをまとめた。
さすがに実行委員が前に出れば、石神はだまって彼女の言う通りに動いた。
聞かれたら返答をしているが、石神の言葉は少なくなった。
そして極端に俺の話すターンが減ってしまった。
なぜって、それは彼女が俺に対して意見を求めることはまずなく、ただピアノを弾く道具として扱っているからだった。
もともとクラスで目立っていた彼女が前に出れば、別に俺みたいなやつがしゃべらなくてもクラスメートはそんなに気にしない。
石神は何回かこっちに話題を振ろうとしているが、彼女は巧みにそれを阻止しているように見えた。
ぱっと見れば誰も気が付かない。しかし確実に俺の発言を少なくしていた。
石神は分かりにくいけどイラついているように見えた。
理由はもちろん北原さんが前に出たことで前の雰囲気とは変わって緩くなっていたり、俺に発言させてくれなかったり。
しかし理由はそこじゃないと思う。
北原さんにイラついている理由。それは、彼女はいつだって俺と石神の中間地点に立ってしゃべっていた。
指揮者と伴奏者の間。前までは石神が何か言うとき、ちらちらとこっちを見ていてにやにやしていた。
しかし北原さんは上手に石神の視界から俺を隠している。
そして演奏中でさえ、彼女は大きな声で石神に指摘をした。
「伴奏者ではなく、クラスメートを見て」
何人かの生徒はそれに同意しているように見えた。
石神は明らかに伴奏者を見すぎていた。
普通の指揮者より何倍も見ていたと思う。
伴奏者を見ていて、指揮と伴奏がずれることはないが見栄えが悪い。
指揮者が前を向かないでどうするというのだ。
指摘され、それに加えて同感、という声があまりにも多かったため、石神は伴奏者である俺を見る回数が減ってしまった。
放課後の練習でさえ、二人の時間は減ってしまった。
北原さんは放課後、暇なときは一緒に練習しようと言い出した。
指揮者が石神、そのことだけで北原さんの周りの女子は必ず来ていた。
それだけで十人くらい。男子は誰も一人来なかった。十人だけで練習が進むはずがない。
だからただの雑談の時間がメインとなった。
このときは石神と二人で話していても、北原さんは会話を遮ろうとしてこない。
彼女は仲がいい友達とただ楽しそうにおしゃべりをしていた。
それでも、教室に他の人がいるだけで石神に触れることさえできない。
二人で帰ろうとすると、別に北原さんは止めない。
俺の時とは全く異なる笑顔で石神に毎回いうのだ。
「また明日もよろしく」
石神に見せる笑顔でさえ、俺は本当の感情が表れているのか疑った。
***
北原さんがクラスをまとめてから、俺の楽しみは下校時間だけになった。
このときだけは誰も邪魔をしてこない。石神もリラックスしていて、並んで歩く二人の距離をぐっと近づけていた。
石神と結局あの時間は何だったんだ、と文句を言って笑いながら二人で帰った。
「クラスの奴ら見てても全然楽しくないわ」
「でも、指揮者なんだから伴奏者ばっかり見てたらさすがにみんな呆れちゃうよ。あれはやりすぎ」
「嬉しいくせに」
「嬉しいかじゃなくて、ちゃんとやることはやらないと」
分かりやすく不貞腐れている様子だが、実際俺も残念に思っていたから、こっちだって不貞腐れたかった。
それを表に出すほど素直にはなれない。
「あともう少しの辛抱じゃん、コンクールが終われば何も気にしないで大丈夫でしょ」
「そうだけどさ、やっぱり指揮者と伴奏者って特別じゃん。なんか他とは違ってさ、本気になるじゃん。プログラムにも俺が指揮者で、御花が伴奏者。それが全員に知れ渡ってさ、二人って認識されるじゃん。それがなんかすごく嬉しいんだよ」
石神はどこか熱をもって語りだす。
たしかに、石神が言うことも理解できる。指揮者と伴奏者は合唱において非常に重要で、だれからも注目される。
それがなおさら好きな人となら。嬉しいという言葉では語り切れない。
「ステージの上だと、クラスの奴は俺を見て、お前のことは位置的にもあまり見れない。他のクラスの人もお前のことをしっかりは見れないだろ。大勢の人がいるのに、俺だけが近くから御花を見れるんだよ。それってなんかすっごくさ……」
そこで石神が、不意に頬にキスをした。
驚いて、小さくジャンプする。
へへっと笑って見せる石神。
「俺のものって感じ」
その笑みに言葉が出てこない。
キスのせいもあるけど、顔の温度がどんどん上がっていく。
冷たい風が心地いいくらいに。
「よくそんな恥ずかしいセリフ言えるな」
皮肉のこもった返しにも石神は嬉しそうだった。
「御花だから」
そんなセリフを毎日のように伝えられて、俺は幸せ者かもしれない。
日に日に石神を見るたびに、胸の奥で鼓動が速くなっているのを感じる。
完全に恋に落ちていた。
自覚しているのに、俺の気持ちをはっきりと石神に伝えたことはまだなかった。
それは、未だに昔の石神が思い出せずにいる罪悪感があるからだ。
こんなに一緒に過ごしていても、石神に会った記憶がない。
だからこそ、いつ石神が俺のことを好きでいたのか、俺のどこが好きになったのか。
当時のことをすべて忘れていて、そのまま気持ちに応えることがどうしてもできない。
自分から思いを伝えるとき、それはしっかりと昔の石神を思い出してからがいい。
石神が自分から話してくれるのを待つのではなく、ちゃんと自分で。
コンクールが終わったらすべて話すと最初に石神は言った。
コンクールはもう明日に迫っていた。
石神がどんなスキンシップをしてきても、嬉しさと同時に焦りが生まれているのは事実だった。
早く思い出さないと。コンクールが終わるまでに。
「御花? 大丈夫?」
「え、なんもないって」
「そう、じゃあ俺が今言ったこともう一回言ってみて」
「えっ、ごめん。聞いてませんでした」
「何も言ってないけど」
ニヤッと笑って見せる石神。腹を抱えて笑っていやがる。
簡単に引っかかる俺で遊んで楽しそうにしている。
からかってくる石神が本当に楽しそうだから、全然嫌じゃない。むしろ笑ってくれてうれしい。
「明日は俺が絶対一番御花のこと見るから。誰にも負けない」
「別に競争しなくていいから、それにクラスメイト見てよ。ずっとこっちみてたら目、そらすよ」
「ひっど、じゃあ今見れるだけ御花のこと見てようかな」
「そんなずっと見るな、どっか向け!」
前日の会話はいつものようにわちゃわちゃしていた。
帰宅しても、ずっと石神のことを考えていた。
一体俺はどこで石神に会ったのだろう。
あんなに高身長でピアスもしていて、そこにいるだけで目立つ人。
あんな風にオーラを放っていたなら、仮に違うクラスでも認識していると思う。
考えて考えて、気が付けば寝てしまっていた。



