君の姿を独占したい

 カラオケでの作業はスムーズに進んだ。
 イラストは石神が担当し、俺は文字のレイアウトやデザインを考えて、すぐに満足のいくものができた。

 下書きが終わるとすぐに本番の紙に描き写す。
 今日は少ない会話で静かに作業を黙々と行った。

 沈黙でも気まずさは全くなく、むしろ心地よさを感じていた。

 石神は泣き顔を見られたのが相当恥ずかしかったのか、極端に口数が減っていた。主に話をふるのは俺で、この雰囲気も過去の記憶に引っ掛かる。

「石神も泣くんだね」
「嬉しそうに言うなよぉ」

 今は深く知りたいというよりも、この懐かしさに言いようもない安心があり浸っていたかった。


 ***

 
 「ーーというわけで、みんなパート練習は今日まで練習していたから歌えると思います! 今日から本番まで五限目は合唱練習となります。早速全体で合わせてみましょー」

 指揮者の石神が全体をまとめることになったが、結果うまく行っている。
 実行委員がまとめるべきかもしれないが、俺よりも石神が前に出る方が教室の視線が一気に集まって練習がスムーズにいく。

 最初、石神はやりたがらなかったが、俺が説得すると簡単に引き受けてくれた。

 俺は完全に人の前に立つことが怖くなっていた。

 どうやら昨日の出来事で、完全に北原さんに対して苦手意識を抱えてしまった。 
 そして、北原さんの周りの女子たちからの視線が冷たく鋭くなっていた。

 朝、教室に入った途端にその視線を感じた。

 聞こえるか聞こえないか際どいラインの声の大きさで、俺の話をしていた。
 雰囲気から絶対いい話はしていない。

 そのことに石神はすぐに気がついた。
 そしていつもは周りに女子が群がり、なかなか俺のところに来ないのに、今日は女子を払いながら俺の席にやってきた。

 授業の合間の時間だけでなく、昼休みも俺の机に来て一緒にご飯を食べてくれた。
 昼休みに教室にいることが珍しくて、何人かの女子は話しかけに来た。

 しかし、石神は決まって「邪魔しないで」と断った。
 そんなふうに断って大丈夫だろうか。石神もあんな視線で見られないだろうか。

 不安でいっぱいなのに、それ以上に一緒にいてくれることが嬉しくて、終始泣きそうになっていた。

 合唱練習をまとめてくれて、それに北原さんともしっかり話してくれる。

 もちろん北原さんは前に出るどころかずっと女子と一緒にいて、石神が喋る時だけ前を向いている。
 こんなダメな実行委員ですみません、と担任に謝罪したところ、石神がいるだけでうまくいくと言われ、あまり不安視していないようだった。

 実際そう思える。石神が好かれる理由の一つはかっこいいからであるが、それよりも重要なのが、彼のカリスマ性だと思っている。

 誰とでも気さくに話し、話を盛り上げるのが上手で、気がつけば周りに人がたくさん集まる。
 具体的にどういうところに惹かれる、というものはない。それにも関わらず多くの人が魅了される。
 クラスの石神は不思議なオーラを纏っている。正直、俺はそれに惹かれなかった。

 それよりも、二人の時に無邪気に表情を変えて、幼い子供みたいに遊んでいる彼の方が好きだった。

「御花、やろっか」
「うん」

 椅子に座り、指を構える。

 石神を見る。目が合うと小さく頷き、腕を小さく横に振る。

 一音目を指揮に合わせて鳴らす。そのまま石神の指揮を見ながら指を動かす。

 もう指を見なくても大体は弾けるようになっていた。

 指揮者とずれないようになるべく多く見ようとするのだが、想像以上に石神がこっちを見ている。
 生徒が歌っている時も隙があれば目が合う。嬉しそうに微笑んでいて幸せそうだった。

 石神に釣られてにやけそうになるが、伴奏者としての責任が僅かに上回り、必死ににやけるのを止めて演奏に集中する。

 みんなにバレないだろうか。指揮者が歌っている人より伴奏者に夢中になっていることを。
 そして、石神は気がつくだろうか。

 石神の指揮を見て、小学六年生の時、全く同じ振り方をしている少女を俺が思い出したことを。


 ***


「えー、みんなお疲れ様でした。えっと、なんていうか最初ですから、伸び代しかないねー」

 ヘラっと石神がそういうのに対し、クラスのみんなも笑っている。
 やはり最初に全てのパートを合わすときは大抵うまくいかない。

 あるパートは声が小さくなり、音が釣られ、自然と主旋律を歌っていたり、課題は山積みだ。
 本番まで13日。パート練習を聞いてる限り、どこのパートも大まかな音程は掴めているようだった。
 あとは、全体の仕上がりの出来栄えだ。

「どうする? もう一回合わせる? どっか気になる点があればそこを重点的にやる?」

 石神がこそっと耳元で囁いてくる。
 距離感がバグっている……
 
「一回聴いただけじゃどこが苦手ってまだ断定したくないから、もう一回通してやりたい」

 手で石神を押して距離を取る、寂しそうな表情のままみんなの前に戻っていく石神は少し面白かった。
 おもちゃを取られて拗ねる子供みたいだった。
 
 みんなの前の姿とのギャップが俺は好きで、合唱練習の時はそれがあからさまなので余計面白かった。

「えーと、もう一回通してもいいですか? 何回か聴いてどこが苦手とか、知りたいので。みんな大丈夫ですか?」
「「いーよー」」

 主に女子が楽しそうに返事をする。
 石神はニコッと笑ってぺこっとお辞儀をする。

 顔を上げるとこちらを見つめて、無邪気に笑ってから指揮を構える。
 お辞儀をしたことが面白かったから笑ったのか、真面目に仕事をする自分の姿が面白かったのか。

 わからないが俺にだけ見せる無邪気な笑顔、可愛い……自然とそう思う。

 一音目、歌い出すまでずっと目が合っている。

 指揮者と伴奏者は確実に目が合う。
 だから、相手によれば絶対に見たくない時もあれば、目が合っていたくて鍵盤を見なくても弾けるように練習するものもいる。

 俺の場合は後者。今も、昔も。


 ***
 

 放課後、今日は特別に音楽室のグランドピアノで練習することできる。
 各クラスは日程と時間が振り分けられて、本番までに自由に音楽室を使うことができる。

 クラスの人を呼んで歌う練習をしてもいいが、石神は伴奏者と指揮者の細かい確認をしたいとのことで今日は二人きりだった。

 音楽室に入るなり、石神はすぐに鍵を閉めた。

 わざわざ鍵を閉めるなんて、その必要はあるのだろうか?

 刹那、カラオケのことを思い出し、一気に緊張する。
 誰もいない音楽室、二人きり、こういう時に石神は絶対に何かしらしてくる。
 だから、鍵を……?

「御花?」
「っ何!?」

 不意に呼ばれて、声が思わず大きくなる。
 石神も驚いている。すぐに笑顔になり、ピアノを指差す。

「いつまでそこにいるの」
「え、あ、いくよ!」

 強く言い切り、なんだか張り切っているみたいで恥ずかしい。
 恥ずかしさを誤魔化すように早歩きになる。急いで蓋を開けようとする。

 が、思った以上に重くてなかなか上がらない。

「手伝うよ」

 隣から石神がすっと支えてくれる。一番上まであげて、他のことも慣れた手つきでやってくれる。

 隣にいる石神がいつも以上に大きく見える。今日一日中、石神の優しさに救われている。
 どうして、俺なんかに……

「どうして」

 考えるよりも先に口が開いた。 

「なんで俺なんかに優しくするんだよ」

 訴えるように石神を見る。

 不器用で、人付き合いが得意じゃなくて、女子からの視線で簡単に前に立って話せなくなる。
 全然好かれる人じゃない。人気者の石神から気にかけてもらう分際じゃない。

 石神がどうして俺と仲良くしてくれるのか、全くわからない。

「俺は、コンクールが終わったら、どうなるかが怖い。石神と話さなくなったらクラスにいることが怖い」

 石神は目を見開く。

 自分らしくないと思う。腹の底から出た本音だった。
 今は石神が指揮者で話す機会があるけど、コンクールが終わってしまえば関係がなくなる。

 優しくされすぎて、嬉しいと思うと同時に不安がよぎる。
 彼の優しさに甘やかされすぎて、いなくなるとどうなってしまうのかわからず怖くなる。

「石神は、コンクールが終わってもこのままーー」
「ばっかじゃないの」

 吐き捨てるような言い方だった。

「俺が、いつ、石神と話さないって言った? 勝手に想像するなよ」

 怒っているのか、悲しんでいるのか、よくわからない表情をしていた。

「俺はさ、御花といるの苦じゃないし、楽しいからいるんだよ。俺なんかって下げるなよ。何怖がってるんだよ」
「お前が優しすぎるからだろ」
「優しすぎるって、別にいいだろ」
「よくない、優しすぎて怖い」
「はぁぁ?」

 呆れた様子で頭を抱える石神。
 すると手を伸ばしてすっと俺の頬に手を添える。

 久しぶりに触れられて瞬間的に顔の体温が急上昇する。

「石神?」
「もう絶対に怖がらないようにしてあげる」
「は?」

 次の瞬間、石上の顔がすっと接近する。
 熱が肌で感じられ、まっすぐ見つめられる。瞳の中に吸い込まれるようだった。

 そして唇に触れる。

 時間が止まったみたいだ。
 目は捉えられたままで、逸らすことができない。
 目が全身を締め付けているみたいで体も動くことができない。

 少し離れる、と思うとまた引き寄せられる。
 さっきよりも強引だった。腰に手を回され物理的に動けなくなる。
 無理やり唇が重なって、身動きが取れなくなる。

「俺は御花のことが好き。好きだって言ってたからそれは知ってるよね」
「待って、やめっ」
「好きな人だから、触りたくなるじゃん。それを嫌がってないなんて、安心しちゃう」
「ねぇ、待ってぇ」

 気が付くと目が涙であふれていて、石神の頬が涙で濡れる。
 それに気が付いた石神は、ニヤッと笑うとまた唇を寄せる。
 
「そうやって泣くのもさ、どんだけこっちが耐えてるかわかってんの」
「止めて、石神ぃ」

 離れようとすればするほど力が増し、どんどん石神のほうに体を引き寄せられる。
 息が続かず苦しくて、涙が止まらないのにどこか体をゆだねてしまう自分がいた。

「御花はさ、俺にこういうことされても、俺が離れるのが怖いって言えるの?」
「え……」
「悪いけど、俺は御花のこと友達だなんて思ったことないし、今後も離れないでほしいって言っても友達として扱わないけどいいの?」

 顔が離れると、そこには真剣な表情でまっすぐ見つめる石神がいた。

「こんなことされても嫌じゃないの?」
「……」

 いや、ではない。けどそれを言うのが恥ずかしくて言葉がのどにつっかかる。
 石神は簡単にスキンシップをして、たまにはからかってくるし、意地悪だなと感じることをたまにしてくる。

 それでも、クラスでの優しい一面や、俺が泣いてもからかわず、寄り添ってくれる。
 
 いやなわけがない。
 言葉にしたいのに、全身の体温が馬鹿みたいに上がっていて、涙も止まらず、のどがうまく声を発せない。

 ただ石神を見つめることしかできない。

 石神は、泣いてる俺の腰から手を離してそっと頭の上に置く。
 そのままゆっくり撫でて穏やかに笑った。

「いいよ、答えなくて。また今度教えてね」
「っ、え、なんっで」
「かわいすぎるー、ごめんね、理性吹っ飛んでた。ゆるしてね」

 そういってさっきまでの勢いはなくなり、優しく俺を抱く。
 背中を撫でられて、呼吸が徐々に落ち着いていく。

 その日の練習は全く進まず、外から先生がノックをしてきた時間まで、前のカラオケのように体を寄せていた。