「藍羽様は上海以外の国にも行ったことがあるのですね。悠磨様がお手紙に書いてくださる上海のお話も興味深かったですが、藍羽様が訪れたという外つ国のお話も聞いてみたいです」
「無論、いずれ聞かせよう。それよりも溶けてしまう前に食べてしまうと良い。満腹は船酔いを悪化させるが空腹も良くない。丁度、組員に雪女の子孫がいたから手を借りて作ってみたのだ。必要なものも揃っていたからね」
そうして藍羽が渡してくれた盆には、小皿に盛り付けられた白い小山とスプーンが乗っていた。小山はひんやりと冷えており、菓子のような甘い香りが漂っていたのだった。
「これは……」
「あいすくりん、と呼ばれる冷たい菓子だ。いつか食べてみたいと言っていただろう」
その言葉にハッとして藍羽と小皿を見つめる。すでに溶けかかっていたが、その山の形に盛られたあいすくりんは帝都で人気だと新聞に載っていたあいすくりんと同じであった。
バクバクと音を立て始めた心音を感じつつ「いただきます」と、スプーンであいすくりんを掬って恐る恐る舌に乗せれば、氷のように冷たい食感と共に牛の乳と砂糖の甘い味が口の中にふんわりと広がる。
雪のように一瞬で溶けてしまったあいすくりんの後味を堪能すると、璃千花は目を輝かせたのだった。
「美味しいです……これがあいすくりんなのですね……」
何度も瞬きをしつつ、またあいすくりんを口に運ぶ。
さっきまで気持ち悪さが嘘のようにスプーンを動かす手が止まらない。
存在を知ったその日からずっと夢に見ていたあいすくりんに舌鼓を打っていると、側で見守っていた藍羽にクスリと笑われてしまったのだった。
「すっ、すみません。はしたない姿をお見せして……」
「いや。こっちとしても作り甲斐があって嬉しいよ。作り方を聞いていて良かったと思ってね」
「このあいすくりんは藍羽様が作ったのですか……!?」
てっきりヒロトか乗組員が作ったものを運んできたのかと思っていたが、藍羽が自らあいすくりんを作って届けてくれたらしい。
夢中になって食べずに、もう少し味わって食べるべきだったと後悔する。
「同じ組員と言っても、口にするものを任せるのは不安でな。その点、自分で作ったものなら安心して食せる。普段はヒロが用意してくれるが、今は休んでいるよ。昨日は徹夜させてしまったから限界が来たようでね。陸に着くまでやることも無いから、部屋で横になるように言い付けた」
ベッドサイドの椅子に腰かけた藍羽は懐から煙草を取り出しかけたが、体調の悪い璃千花を前にして手を止めると、代わりに金平糖が入った巾着袋を取り出す。
巾着袋の中に手を入れて適当に掴んだと思しき色とりどりの数粒を口の中に放り込むと、乱暴にガリガリと噛んだのだった。
その様子を見ながら残っていたあいすくりんを食べ終えた璃千花だったが、やがて藍羽の顔色を伺いながら言葉を紡ぐ。
「あいすくりんも美味しいですが、昨日藍羽様からいただいた金平糖も美味しかったです。金平糖を食べるのも初めてだったので……」
「男のくせに甘味が好きなんておかしいだろう。金平糖は子供の頃によく兄上と分け合って食べていた思い出の菓子でな。大人になってからは煙草を嫌うヒロの側で、口が恋しくなった時に食している。あいつは犬神と天狗の子孫で人より鼻が利くからか、香りが強いものは好まないのだ」
「青鷸組の組員はあやかしの子孫なのですよね。ということは、藍羽様にもあやかしの血が……?」
「俺の父親にあたる青鷸組の組長には鬼の血が流れていてな。俺も鬼の子孫ということになる。そうは言っても、人より身体が頑丈なくらいで特別な力は何も無いさ。組同士の抗争で前線に出て戦う際に重宝するくらいで」
青鷸組の組長が代々鬼の子孫に受け継がれていることは知っていたが、青鷸組に所属するあやかしの子孫の中で最も多いのが鬼の子孫と聞いている。
あやかしの中でも特に屈強な身体と知的な頭脳を持った鬼は戦闘員に向いているのだろう。加えて鬼の血が混ざった者は見目麗しい者が多いことから、人を惹き付ける高い存在感や指導力が万人の上に立つのに相応しいと思わせるに違いない。
そんな青鷸組は世襲制ではないので、たとえ組長と血を分けた藍羽といえども、次の組長の座に近いとされる若頭になるのは用意ではない。若頭の地位に至るまで、いったいどれほどの戦いに身を投じてきたのだろうか。
「それでも藍羽様や狗賀さんには役に立つ力があって羨ましいです。私には何も無いので……」
神の血を引く葉盤家の者なら持っていると言われている常人は持たない特別な力――異能。多くは未来予知や浄化の力、風や水、火を操る力など、嫁ぎ先を繁栄に導く素晴らしい力だったと言われている。
だが璃千花にはそれらが顕現しなかった。ただ単に神の子孫であるだけで、特別な力は何も持たない。
何も良いところがない璃千花に利用価値があるとしたら、せいぜい嫁ぎ先で子を作って異能持ちの子供を産むくらいであった。
「無論、いずれ聞かせよう。それよりも溶けてしまう前に食べてしまうと良い。満腹は船酔いを悪化させるが空腹も良くない。丁度、組員に雪女の子孫がいたから手を借りて作ってみたのだ。必要なものも揃っていたからね」
そうして藍羽が渡してくれた盆には、小皿に盛り付けられた白い小山とスプーンが乗っていた。小山はひんやりと冷えており、菓子のような甘い香りが漂っていたのだった。
「これは……」
「あいすくりん、と呼ばれる冷たい菓子だ。いつか食べてみたいと言っていただろう」
その言葉にハッとして藍羽と小皿を見つめる。すでに溶けかかっていたが、その山の形に盛られたあいすくりんは帝都で人気だと新聞に載っていたあいすくりんと同じであった。
バクバクと音を立て始めた心音を感じつつ「いただきます」と、スプーンであいすくりんを掬って恐る恐る舌に乗せれば、氷のように冷たい食感と共に牛の乳と砂糖の甘い味が口の中にふんわりと広がる。
雪のように一瞬で溶けてしまったあいすくりんの後味を堪能すると、璃千花は目を輝かせたのだった。
「美味しいです……これがあいすくりんなのですね……」
何度も瞬きをしつつ、またあいすくりんを口に運ぶ。
さっきまで気持ち悪さが嘘のようにスプーンを動かす手が止まらない。
存在を知ったその日からずっと夢に見ていたあいすくりんに舌鼓を打っていると、側で見守っていた藍羽にクスリと笑われてしまったのだった。
「すっ、すみません。はしたない姿をお見せして……」
「いや。こっちとしても作り甲斐があって嬉しいよ。作り方を聞いていて良かったと思ってね」
「このあいすくりんは藍羽様が作ったのですか……!?」
てっきりヒロトか乗組員が作ったものを運んできたのかと思っていたが、藍羽が自らあいすくりんを作って届けてくれたらしい。
夢中になって食べずに、もう少し味わって食べるべきだったと後悔する。
「同じ組員と言っても、口にするものを任せるのは不安でな。その点、自分で作ったものなら安心して食せる。普段はヒロが用意してくれるが、今は休んでいるよ。昨日は徹夜させてしまったから限界が来たようでね。陸に着くまでやることも無いから、部屋で横になるように言い付けた」
ベッドサイドの椅子に腰かけた藍羽は懐から煙草を取り出しかけたが、体調の悪い璃千花を前にして手を止めると、代わりに金平糖が入った巾着袋を取り出す。
巾着袋の中に手を入れて適当に掴んだと思しき色とりどりの数粒を口の中に放り込むと、乱暴にガリガリと噛んだのだった。
その様子を見ながら残っていたあいすくりんを食べ終えた璃千花だったが、やがて藍羽の顔色を伺いながら言葉を紡ぐ。
「あいすくりんも美味しいですが、昨日藍羽様からいただいた金平糖も美味しかったです。金平糖を食べるのも初めてだったので……」
「男のくせに甘味が好きなんておかしいだろう。金平糖は子供の頃によく兄上と分け合って食べていた思い出の菓子でな。大人になってからは煙草を嫌うヒロの側で、口が恋しくなった時に食している。あいつは犬神と天狗の子孫で人より鼻が利くからか、香りが強いものは好まないのだ」
「青鷸組の組員はあやかしの子孫なのですよね。ということは、藍羽様にもあやかしの血が……?」
「俺の父親にあたる青鷸組の組長には鬼の血が流れていてな。俺も鬼の子孫ということになる。そうは言っても、人より身体が頑丈なくらいで特別な力は何も無いさ。組同士の抗争で前線に出て戦う際に重宝するくらいで」
青鷸組の組長が代々鬼の子孫に受け継がれていることは知っていたが、青鷸組に所属するあやかしの子孫の中で最も多いのが鬼の子孫と聞いている。
あやかしの中でも特に屈強な身体と知的な頭脳を持った鬼は戦闘員に向いているのだろう。加えて鬼の血が混ざった者は見目麗しい者が多いことから、人を惹き付ける高い存在感や指導力が万人の上に立つのに相応しいと思わせるに違いない。
そんな青鷸組は世襲制ではないので、たとえ組長と血を分けた藍羽といえども、次の組長の座に近いとされる若頭になるのは用意ではない。若頭の地位に至るまで、いったいどれほどの戦いに身を投じてきたのだろうか。
「それでも藍羽様や狗賀さんには役に立つ力があって羨ましいです。私には何も無いので……」
神の血を引く葉盤家の者なら持っていると言われている常人は持たない特別な力――異能。多くは未来予知や浄化の力、風や水、火を操る力など、嫁ぎ先を繁栄に導く素晴らしい力だったと言われている。
だが璃千花にはそれらが顕現しなかった。ただ単に神の子孫であるだけで、特別な力は何も持たない。
何も良いところがない璃千花に利用価値があるとしたら、せいぜい嫁ぎ先で子を作って異能持ちの子供を産むくらいであった。



