「改ざんなんてとんでもありませんわ。二人の恋路を邪魔するなんて、両家の顔に泥を塗るようなものですもの。きっと他の者の仕業ですわ」
「それならうちの組員の仕業と言いたいのかな。璃千花殿の手紙は一度青鷸組に届けられて、そこから上海の悠磨兄上の元に届けられる。その間に書き換えられるとしたら、手紙を預かった組員しかいないだろうからね。その話が本当なら『ケジメ』を付けてもらう必要があるようだ。兄上の大切な婚約者殿の恋路に手を出したのだからね」
「ええ。そうですわっ! そうしていただけるかし……」
「仮にうちの組員が犯人じゃ無かったとしても、婚約者殿の清らかな想いを踏み躙った『ケジメ』は付けてもらう。それに関わった者やうちの組員を犯人に仕立て上げた者もね……お覚悟はおありかな?」
腰に佩びた日本刀の柄に手を掛けた藍羽に義母は恐れをなしたのか、数歩後ろに下がってしまう。
悔しそうに顔を歪めると、背を向けたのだった。
「調子に乗らないことね。この化け物の血を引く一家がっ!!」
吐き捨てるように義母が立ち去ったところで、緊張の糸が切れた璃千花はその場にへたり込んでしまう。
「大丈夫ですかっ!?」
心配するヒロトに向かって小さく頷いたものの立ち上がる気力も無くて呆然としてしまう。すると、すぐ目の前の地面に膝を付いた藍羽が顔を覗き込んだのだった。
「……どこが痛む?」
「大したことでは……ちょっと頭痛がして目眩が……」
義母に倒れ掛けた時より幾分かは目眩が治ったものの、まだ足元がふらついて覚束ない。頭を押さえていると、璃千花の肩に外套が掛けられたのだった。
「うむ……ここでは満足に休めないな。ヒロ、屋敷の前に車を回せ。璃千花殿、少し失礼するよ」
そう言って璃千花の身体に腕が回されたかと思えば、藍羽は軽々と持ち上げて車を呼びに行ったヒロトを追い掛けるように歩き出してしまう。
あっという間の出来事に、璃千花は悲鳴を上げる間も無かった。
「あの……どこに……?」
「細かい話はまた後で。今は璃千花殿を休ませることが先だ。そう心配せずとも悪いようにはしないよ。仮にも俺たちは結婚前の男女だ。婚約者殿に恥は掛かせないよ」
璃千花を安心させるように微笑を浮かべた藍羽に胸を撫で下ろしたところで、遠くから璃千花たちの様子を伺っていたと思しき屋敷の女中たちが惚けたように藍羽に見惚れていることに気付いて目を伏せてしまう。
だが当の藍羽は慣れているのかそんな女中たちからの熱い視線をものともせずに、到着した車に璃千花を乗せると何かを思い出したかのように「そうだ」と懐に手を入れて小さな巾着を取り出したのだった。
「気付薬というわけでは無いが、空腹で目が回っているとしたら移動時間中も辛いだろう。これを舐めていると良い。要らない時は吐き出してしまって構わない」
そう言って、器用に口を使って黒手袋を外してしまうと巾着袋から桃色の小さな塊を摘んで璃千花の口に押し込む。
口に入った瞬間に薄桃色の硬い塊から砂糖菓子特有の甘さが広がり、靄がかかったように動かなかった璃千花の思考をわずかに覚醒させたのだった。
「これは……」
「金平糖という砂糖菓子でな。俺の好物でもある」
金平糖というお菓子があることは聞いたことがあるが、高級品ということもあって食べたのはこれが初めてであった。
舌の上で転がす度にゴツゴツとした固い食感からはふんわりとした優しい味わいが広がり、あっという間に口の中で溶けて消えてしまったのだった。
(美味しい……)
走り出した車の動きに身を委ねてじんわりと口中を満たす砂糖の甘さに微睡んでいるうちに、隣に座った藍羽の肩に頭が触れてしまう。咄嗟に身体を引こうとしたが、無言のままで藍羽が璃千花の肩を抱き寄せて頭を寄り掛からせてくれたのだった。
(悠磨様の義父弟様はお優しい方なのね……でも悠磨様が亡くなられた原因は……)
璃千花を常に気遣ってくれた悠磨を手に掛けて異国の地で葬ったのは、悠磨のたった一人の肉親である父親違いの弟と聞かされている。
悠磨の弟――つまりこれから璃千花をどこかに連れて行こうとしている隣席の藍羽が悠磨殺しの犯人であると。
窓に目を移して今にも天気が崩れそうな灰色の雲に覆われた空を眺めながら、無意識のうちに胸元に触れると内側に隠し持っていた小さな金属製の時計が指先に当たる。
懐から真鍮製の小さな懐中時計を引っ張り出したところで、ほとんど夢現のままに贈り主である亡き婚約者の名前を呟いていたのだった。
「悠磨様……」
その呟きを最後に璃千花の意識はこてんと落ちたのだった。
◆◆◆
「それならうちの組員の仕業と言いたいのかな。璃千花殿の手紙は一度青鷸組に届けられて、そこから上海の悠磨兄上の元に届けられる。その間に書き換えられるとしたら、手紙を預かった組員しかいないだろうからね。その話が本当なら『ケジメ』を付けてもらう必要があるようだ。兄上の大切な婚約者殿の恋路に手を出したのだからね」
「ええ。そうですわっ! そうしていただけるかし……」
「仮にうちの組員が犯人じゃ無かったとしても、婚約者殿の清らかな想いを踏み躙った『ケジメ』は付けてもらう。それに関わった者やうちの組員を犯人に仕立て上げた者もね……お覚悟はおありかな?」
腰に佩びた日本刀の柄に手を掛けた藍羽に義母は恐れをなしたのか、数歩後ろに下がってしまう。
悔しそうに顔を歪めると、背を向けたのだった。
「調子に乗らないことね。この化け物の血を引く一家がっ!!」
吐き捨てるように義母が立ち去ったところで、緊張の糸が切れた璃千花はその場にへたり込んでしまう。
「大丈夫ですかっ!?」
心配するヒロトに向かって小さく頷いたものの立ち上がる気力も無くて呆然としてしまう。すると、すぐ目の前の地面に膝を付いた藍羽が顔を覗き込んだのだった。
「……どこが痛む?」
「大したことでは……ちょっと頭痛がして目眩が……」
義母に倒れ掛けた時より幾分かは目眩が治ったものの、まだ足元がふらついて覚束ない。頭を押さえていると、璃千花の肩に外套が掛けられたのだった。
「うむ……ここでは満足に休めないな。ヒロ、屋敷の前に車を回せ。璃千花殿、少し失礼するよ」
そう言って璃千花の身体に腕が回されたかと思えば、藍羽は軽々と持ち上げて車を呼びに行ったヒロトを追い掛けるように歩き出してしまう。
あっという間の出来事に、璃千花は悲鳴を上げる間も無かった。
「あの……どこに……?」
「細かい話はまた後で。今は璃千花殿を休ませることが先だ。そう心配せずとも悪いようにはしないよ。仮にも俺たちは結婚前の男女だ。婚約者殿に恥は掛かせないよ」
璃千花を安心させるように微笑を浮かべた藍羽に胸を撫で下ろしたところで、遠くから璃千花たちの様子を伺っていたと思しき屋敷の女中たちが惚けたように藍羽に見惚れていることに気付いて目を伏せてしまう。
だが当の藍羽は慣れているのかそんな女中たちからの熱い視線をものともせずに、到着した車に璃千花を乗せると何かを思い出したかのように「そうだ」と懐に手を入れて小さな巾着を取り出したのだった。
「気付薬というわけでは無いが、空腹で目が回っているとしたら移動時間中も辛いだろう。これを舐めていると良い。要らない時は吐き出してしまって構わない」
そう言って、器用に口を使って黒手袋を外してしまうと巾着袋から桃色の小さな塊を摘んで璃千花の口に押し込む。
口に入った瞬間に薄桃色の硬い塊から砂糖菓子特有の甘さが広がり、靄がかかったように動かなかった璃千花の思考をわずかに覚醒させたのだった。
「これは……」
「金平糖という砂糖菓子でな。俺の好物でもある」
金平糖というお菓子があることは聞いたことがあるが、高級品ということもあって食べたのはこれが初めてであった。
舌の上で転がす度にゴツゴツとした固い食感からはふんわりとした優しい味わいが広がり、あっという間に口の中で溶けて消えてしまったのだった。
(美味しい……)
走り出した車の動きに身を委ねてじんわりと口中を満たす砂糖の甘さに微睡んでいるうちに、隣に座った藍羽の肩に頭が触れてしまう。咄嗟に身体を引こうとしたが、無言のままで藍羽が璃千花の肩を抱き寄せて頭を寄り掛からせてくれたのだった。
(悠磨様の義父弟様はお優しい方なのね……でも悠磨様が亡くなられた原因は……)
璃千花を常に気遣ってくれた悠磨を手に掛けて異国の地で葬ったのは、悠磨のたった一人の肉親である父親違いの弟と聞かされている。
悠磨の弟――つまりこれから璃千花をどこかに連れて行こうとしている隣席の藍羽が悠磨殺しの犯人であると。
窓に目を移して今にも天気が崩れそうな灰色の雲に覆われた空を眺めながら、無意識のうちに胸元に触れると内側に隠し持っていた小さな金属製の時計が指先に当たる。
懐から真鍮製の小さな懐中時計を引っ張り出したところで、ほとんど夢現のままに贈り主である亡き婚約者の名前を呟いていたのだった。
「悠磨様……」
その呟きを最後に璃千花の意識はこてんと落ちたのだった。
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