ジルコンの命で拘耆羅組に誘拐された璃千花が閉じ込められた場所は、港近くの倉庫だったらしい。
持ち主は偽名だったそうで、おそらくジルコンが借りたものではないかとのことであった。
慌ただしく後始末をする青鷸組から離れた埠頭で落ち着くのを待っていた璃千花だったが、何故か傍らには終始藍羽が付き添っていた。
ヒロトが側にいないのを良いことにずっと紫煙を薫せながら煙草を吸っているが、身体に障らないのだろうか。
璃千花は恐る恐る「あの」と声を掛ける。
「怪我は手当てしなくて良いのですか?」
「ああ。アイツの弾が掠めたところなら、君のおかげで……ほら、この通り治っている」
煙草を口に咥えながら藍羽が血に染まったシャツを捲って見せてくれたが、先程まで痛々しくも血が流れていたはずの腕は、今は傷一つ付いていない綺麗な肌が広がっていたのだった。
「怪我していなかったのですか……?」
「いいや。傷を負ったのは本当だ。ただそれを君が癒してくれた。思った通り、君は癒しの異能を持っていたようだね」
「癒しの異能……? そんなことはありません。だって私に異能なんてあるわけ……」
「歴史を紐解けば、葉盤家の祖先には『癒しの手』の持ち主が居たという。触れた者の怪我を治療するという、類稀なる異能持ちがね」
そんな異能は聞いたことがないと両目を瞬かせていると、藍羽は短くなった煙草を足で踏みつけて火を消す。
「しかしここ数百年の葉盤家は未来予知や自然の力を操るなど間接的な力ばかり目立っていて、対象者に触れることで発動するような直接的な能力を持つ者は現れていなかった。璃千花殿のように傍系親族も含めてね。そこで俺は考えたのだ。璃千花殿は異能を持っていないのではなく、持っていることに気付いていないだけじゃないかとね。早速試す機会に遭遇できたのは好都合だったよ」
「だからって、あの状況で試さなくても良いではありませんか。もし見当違いだったら、今頃は藍羽様の命だって危なかったかもしれません」
「言っただろう。君のいない世界に生きている意味なんて無いと。俺だけ助かったとしても璃千花殿が倉庫ごと吹き飛んでしまったのなら、俺も腹を斬って後を追うつもりだったよ。これでも兄上亡き後に君が他の幹部の婚約者になるかもしれないと聞かされて、拘耆羅組を討ち取って若頭として婚約者の地位を略奪するくらいには惚れ込んでいるのだからね」
「気になっていたのですが、藍羽様が悠磨様を殺したのは私が関係しているのですか? 悠磨様の名前で私に手紙を出していたことも含めて……」
藍羽の鋭い視線に身体がぶるりと震えてしまう。潮の匂いを含んだ夜風に吹かれているからだろうか。
痛みが引いた足を揃えて身を小さくしていると、煙草を手にしながら「そうだな……」と藍羽が呟く。
「半分は正解になるか。君が書いた手紙が兄上の元に届けられた時には、もう兄上は手紙が書けるような状態では無かった」
「ご病気だったのですか? 怪我をされていたとか……?」
「兄上は薬物に溺れていた。拘耆羅組が上海から密輸入して市井に売り続けていた芥子の実の汁。またの名を阿片という薬物に……」
芥子の実に傷を付けて溢れる液汁から製造される阿片には鎮痛作用や鎮静作用があるが、乱用すると依存性を生じさせて禁断症状が起こる。
元は遥か遠い西の英国から清国にもたらされ、それが上海経由で日本の拘耆羅組によって国内にばら撒かれたのだった。
「阿片の危険性に気付いたのは、組の相談役でもあるぬらりひょんの子孫でな。その頃には組の中にも阿片が広まって、多くの組員が中毒症状に苦しんでいた。そこで親父殿は俺と兄上に上海に渡り、日本に持ち込まれた阿片の流通経路について調べるように指示した。俺と兄上が長らく上海に居た理由というのはそういうことだ」
上海を根城にする上海マフィアの協力を得たことで、藍羽たちは阿片が西の国のマフィアと拘耆羅組によって日本に持ち込まれたことを知った。
上海で阿片を輸出する拘耆羅組を叩いて終わるはずが、いつしか悠磨まで阿片の毒牙にかかって取り返しがつかないところまで溺れてしまった。
「阿片には一時的に心身を楽にする効果がある。常に失敗を許されない環境に置かれていた兄上には阿片が魅力的に見えたのだろうな。俺が気付いた時には阿片中毒に陥っていた」
「悠磨様を追い詰めた理由は何だったのですか?」
「悠磨兄上にはあやかしの血が流れていない。あやかしの子孫で構成される青鷸組に居続けるには、組長や幹部に命じられるままに組に仇為す者を討たねばならなかった。心優しい兄上にはそんな日々が辛かったのだろうな。君との婚約というのも、兄上が組に居続けるために組長の命で受け入れたものだった」
心身が疲弊していた悠磨は押収した阿片に手を出してしまった。すぐに止められると軽い気持ちで手を出したはずが日に日に量が増えてしまい、それがとうとう組に知られてしまった。
「阿片の危険性が証明されてから、組の中では阿片の使用は禁止された。手を出した者は幹部による処刑。兄上の処刑を命じられたのは俺だった」
「それで藍羽様が悠磨様を……?」
「俺が兄上の元に向かった時には、すでに阿片の乱用で中毒死していたよ。それでも兄上の名誉を守るために、俺が自ら手を下したことにしてもらった。『兄殺しの藍羽』なんて不名誉な称号を与えられようとも、兄上と兄上を想って手紙を送り続けてくれた璃千花殿だけは守らなければならないと思ったからな」
悠磨が阿片に手を出したのと前後するように、璃千花からの手紙が届けられるようになった。悠磨は一度も開封せずに溜める一方だったが、それを気の毒に思ったのが藍羽だった。
持ち主は偽名だったそうで、おそらくジルコンが借りたものではないかとのことであった。
慌ただしく後始末をする青鷸組から離れた埠頭で落ち着くのを待っていた璃千花だったが、何故か傍らには終始藍羽が付き添っていた。
ヒロトが側にいないのを良いことにずっと紫煙を薫せながら煙草を吸っているが、身体に障らないのだろうか。
璃千花は恐る恐る「あの」と声を掛ける。
「怪我は手当てしなくて良いのですか?」
「ああ。アイツの弾が掠めたところなら、君のおかげで……ほら、この通り治っている」
煙草を口に咥えながら藍羽が血に染まったシャツを捲って見せてくれたが、先程まで痛々しくも血が流れていたはずの腕は、今は傷一つ付いていない綺麗な肌が広がっていたのだった。
「怪我していなかったのですか……?」
「いいや。傷を負ったのは本当だ。ただそれを君が癒してくれた。思った通り、君は癒しの異能を持っていたようだね」
「癒しの異能……? そんなことはありません。だって私に異能なんてあるわけ……」
「歴史を紐解けば、葉盤家の祖先には『癒しの手』の持ち主が居たという。触れた者の怪我を治療するという、類稀なる異能持ちがね」
そんな異能は聞いたことがないと両目を瞬かせていると、藍羽は短くなった煙草を足で踏みつけて火を消す。
「しかしここ数百年の葉盤家は未来予知や自然の力を操るなど間接的な力ばかり目立っていて、対象者に触れることで発動するような直接的な能力を持つ者は現れていなかった。璃千花殿のように傍系親族も含めてね。そこで俺は考えたのだ。璃千花殿は異能を持っていないのではなく、持っていることに気付いていないだけじゃないかとね。早速試す機会に遭遇できたのは好都合だったよ」
「だからって、あの状況で試さなくても良いではありませんか。もし見当違いだったら、今頃は藍羽様の命だって危なかったかもしれません」
「言っただろう。君のいない世界に生きている意味なんて無いと。俺だけ助かったとしても璃千花殿が倉庫ごと吹き飛んでしまったのなら、俺も腹を斬って後を追うつもりだったよ。これでも兄上亡き後に君が他の幹部の婚約者になるかもしれないと聞かされて、拘耆羅組を討ち取って若頭として婚約者の地位を略奪するくらいには惚れ込んでいるのだからね」
「気になっていたのですが、藍羽様が悠磨様を殺したのは私が関係しているのですか? 悠磨様の名前で私に手紙を出していたことも含めて……」
藍羽の鋭い視線に身体がぶるりと震えてしまう。潮の匂いを含んだ夜風に吹かれているからだろうか。
痛みが引いた足を揃えて身を小さくしていると、煙草を手にしながら「そうだな……」と藍羽が呟く。
「半分は正解になるか。君が書いた手紙が兄上の元に届けられた時には、もう兄上は手紙が書けるような状態では無かった」
「ご病気だったのですか? 怪我をされていたとか……?」
「兄上は薬物に溺れていた。拘耆羅組が上海から密輸入して市井に売り続けていた芥子の実の汁。またの名を阿片という薬物に……」
芥子の実に傷を付けて溢れる液汁から製造される阿片には鎮痛作用や鎮静作用があるが、乱用すると依存性を生じさせて禁断症状が起こる。
元は遥か遠い西の英国から清国にもたらされ、それが上海経由で日本の拘耆羅組によって国内にばら撒かれたのだった。
「阿片の危険性に気付いたのは、組の相談役でもあるぬらりひょんの子孫でな。その頃には組の中にも阿片が広まって、多くの組員が中毒症状に苦しんでいた。そこで親父殿は俺と兄上に上海に渡り、日本に持ち込まれた阿片の流通経路について調べるように指示した。俺と兄上が長らく上海に居た理由というのはそういうことだ」
上海を根城にする上海マフィアの協力を得たことで、藍羽たちは阿片が西の国のマフィアと拘耆羅組によって日本に持ち込まれたことを知った。
上海で阿片を輸出する拘耆羅組を叩いて終わるはずが、いつしか悠磨まで阿片の毒牙にかかって取り返しがつかないところまで溺れてしまった。
「阿片には一時的に心身を楽にする効果がある。常に失敗を許されない環境に置かれていた兄上には阿片が魅力的に見えたのだろうな。俺が気付いた時には阿片中毒に陥っていた」
「悠磨様を追い詰めた理由は何だったのですか?」
「悠磨兄上にはあやかしの血が流れていない。あやかしの子孫で構成される青鷸組に居続けるには、組長や幹部に命じられるままに組に仇為す者を討たねばならなかった。心優しい兄上にはそんな日々が辛かったのだろうな。君との婚約というのも、兄上が組に居続けるために組長の命で受け入れたものだった」
心身が疲弊していた悠磨は押収した阿片に手を出してしまった。すぐに止められると軽い気持ちで手を出したはずが日に日に量が増えてしまい、それがとうとう組に知られてしまった。
「阿片の危険性が証明されてから、組の中では阿片の使用は禁止された。手を出した者は幹部による処刑。兄上の処刑を命じられたのは俺だった」
「それで藍羽様が悠磨様を……?」
「俺が兄上の元に向かった時には、すでに阿片の乱用で中毒死していたよ。それでも兄上の名誉を守るために、俺が自ら手を下したことにしてもらった。『兄殺しの藍羽』なんて不名誉な称号を与えられようとも、兄上と兄上を想って手紙を送り続けてくれた璃千花殿だけは守らなければならないと思ったからな」
悠磨が阿片に手を出したのと前後するように、璃千花からの手紙が届けられるようになった。悠磨は一度も開封せずに溜める一方だったが、それを気の毒に思ったのが藍羽だった。



