「あれ、間に合ったんだ。青鷸組の組員も案外やるね」
「塩竈とその周辺にいた組員を総動員して事に当たらせたからな。婚約者殿を人質に捕られたとあっては迷っている暇はない」
「でも遅かったね。お嬢さんは奥の爆薬と共に吹っ飛ぶから。もう火は点いているし、暮六つまで間も無く……」
バアン、と音が鳴って璃千花は目を瞑る。次いで目を開けると、そこには血に染まった肩を押さえるジルコンと硝煙が昇る銃を手にした藍羽の姿があった。
「やるね……『兄殺しの藍羽』もさすがに冷静さを欠いてるのかな」
「俺のことは何とでも言えばいい。だが彼女は別だ。彼女が傷を負ったことは弟分から聞いている。その分は返さないと気が済まない」
「ふうん。まあいいけどね。そろそろ時間みたいだし、ボクもそろそろ退散するよ。またね」
「待てっ!!」
肩を負傷しながらもジルコンは腰から抜いた銃を撃ち放ちつつ反対側の扉から去って行き、途中まで追い掛けた藍羽も舌打ちすると璃千花に向き直る。
愛刀を手に全身から怒気を発する藍羽を見ていられず璃千花は俯いてしまったが、やがて藍羽は璃千花の元にやって来ると「すまなかった」と抱き締めてくれたのだった。
「助けに来るのが遅くなった。危険に巻き込んでしまって何と言えばいいか……」
「あっ……いっ、いいえ。全て私が悪いですから……迷惑を掛けてすみません……」
「迷惑なんてあるものか。それより君がこれを落としてくれたおかげで、ヒロがこの匂いを嗅いで場所を特定してくれた」
そう言って、藍羽が懐から取り出したのは金平糖だった。あの時、藍羽からもらった金平糖を食べようと手に取ったところで、男に声を掛けられたことを思い出す。
「血と爆薬の臭いがすると言われて居ても立っても居られず他の組員に任せて来てしまったが、ここに来るまでも結構な数の拘耆羅組に阻まれてね。ジルコンに怖い思いをさせられただろう?」
「それよりも早く逃げて下さい。さっきの人が暮六つに爆発するって……」
「そうしたいところは山々だが……さっきの弾が掠めたみたいでね。君を抱えて走ることも、爆薬を処理することもできなさそうだ」
その言葉で藍羽の腕から血が溢れていることに気付いて目を丸く見開く。ついで璃千花は頭を振ったのだった。
「それなら藍羽様だけでも逃げて下さい! 私はどうなってもいいからっ! 政略結婚の相手なんて、他にたくさんいますから……っ!!」
「違うっ! 俺の相手は君だけだっ!! 君を得るために、俺は若頭の地位まで昇り詰めたのだっ!!」
「藍羽様……?」
ここまで激昂した藍羽を見たことが無かったからか、璃千花の身体がビクリと固まってしまう。
「璃千花がいないのなら、こんな世界に生きている意味がない! 君がこの爆薬で消えるというのなら、俺も共に散ろう……」
璃千花を抱き締める腕に力が込められる。藍羽の吐息が耳に掛かってくすぐったい。
こんなに想われているとは思わなかった。自分の命だけならどうなっても良いというのに。
今は自分の命に藍羽の命まで含まれていると知って、何もできない自分がもどかしい。
自分に異能があれば、何か特別な力があれば、この窮地を脱することもできるかもしれないのに……。
「最期に……何かできることはありませんか? 藍羽様の好きにして欲しいのです……」
「では、婚約者殿の接吻を。勝利者には女神から祝福の口付けが与えられると外の国で聞いた。兄上を喪ったあの日から君を得るためだけに、若頭の地位に辿り着いた俺の唇に君の唇を押し当ててほしい……」
言われた通りに、璃千花は藍羽の唇に自分のものを重ねる。
煙草と砂糖菓子と、ほんのり血の味がする藍羽の柔らかな唇に軽く触れたつもりが、次の瞬間には息も吸えないくらいに深く吸い付かれていた。
頬を伝う涙を感じつつ目を瞑っていた璃千花だったが、唐突に藍羽は目を見開くと璃千花から離れてしまう。
そして愛刀を振って璃千花の縄を切ってしまうと、あっという間に爆薬の火を消し止めてしまったのだった。
怪我を感じさせない藍羽の行動に驚愕していると、くるりと振り返った藍羽に「すまないね」と魅力的な笑みを返される。
「婚約者殿の優しさを騙すようですまなかったが、実は暮六つというのはとうに過ぎていて、今は夜五つなのだよ」
そう言って藍羽が懐から取り出したのは、璃千花と同じ装飾が施された懐中時計。蓋を開けば、傷がほとんど付いていない風防が見える。
それは藍羽と出会うまで璃千花が持っていた懐中時計によく似ていて、ただ時刻を示す針の位置だけが異なっていたのだった。
「この時計は二個で一組でね。実は璃千花殿があいすくりんを食べている時に時計をすり替えさせてもらった。それは日本とは半刻ほど遅れた上海の時間に合わせた俺の時計なのだ」
「でも、この時計は悠磨様からいただいたもので……」
「……悠磨兄上は筆無精でな。君からの手紙に全て返事を書いていたのは、俺……なのだ……」
どこか恥ずかしそうに黒手袋の手で口元を押さえながら目を逸らす藍羽にぽかんとしてしまう。
衝撃の事実に二の句が継げないまま、無数の足音と共にヒロトたちが駆けつけてくると、璃千花たちは解放されたのだった。
◆◆◆
「塩竈とその周辺にいた組員を総動員して事に当たらせたからな。婚約者殿を人質に捕られたとあっては迷っている暇はない」
「でも遅かったね。お嬢さんは奥の爆薬と共に吹っ飛ぶから。もう火は点いているし、暮六つまで間も無く……」
バアン、と音が鳴って璃千花は目を瞑る。次いで目を開けると、そこには血に染まった肩を押さえるジルコンと硝煙が昇る銃を手にした藍羽の姿があった。
「やるね……『兄殺しの藍羽』もさすがに冷静さを欠いてるのかな」
「俺のことは何とでも言えばいい。だが彼女は別だ。彼女が傷を負ったことは弟分から聞いている。その分は返さないと気が済まない」
「ふうん。まあいいけどね。そろそろ時間みたいだし、ボクもそろそろ退散するよ。またね」
「待てっ!!」
肩を負傷しながらもジルコンは腰から抜いた銃を撃ち放ちつつ反対側の扉から去って行き、途中まで追い掛けた藍羽も舌打ちすると璃千花に向き直る。
愛刀を手に全身から怒気を発する藍羽を見ていられず璃千花は俯いてしまったが、やがて藍羽は璃千花の元にやって来ると「すまなかった」と抱き締めてくれたのだった。
「助けに来るのが遅くなった。危険に巻き込んでしまって何と言えばいいか……」
「あっ……いっ、いいえ。全て私が悪いですから……迷惑を掛けてすみません……」
「迷惑なんてあるものか。それより君がこれを落としてくれたおかげで、ヒロがこの匂いを嗅いで場所を特定してくれた」
そう言って、藍羽が懐から取り出したのは金平糖だった。あの時、藍羽からもらった金平糖を食べようと手に取ったところで、男に声を掛けられたことを思い出す。
「血と爆薬の臭いがすると言われて居ても立っても居られず他の組員に任せて来てしまったが、ここに来るまでも結構な数の拘耆羅組に阻まれてね。ジルコンに怖い思いをさせられただろう?」
「それよりも早く逃げて下さい。さっきの人が暮六つに爆発するって……」
「そうしたいところは山々だが……さっきの弾が掠めたみたいでね。君を抱えて走ることも、爆薬を処理することもできなさそうだ」
その言葉で藍羽の腕から血が溢れていることに気付いて目を丸く見開く。ついで璃千花は頭を振ったのだった。
「それなら藍羽様だけでも逃げて下さい! 私はどうなってもいいからっ! 政略結婚の相手なんて、他にたくさんいますから……っ!!」
「違うっ! 俺の相手は君だけだっ!! 君を得るために、俺は若頭の地位まで昇り詰めたのだっ!!」
「藍羽様……?」
ここまで激昂した藍羽を見たことが無かったからか、璃千花の身体がビクリと固まってしまう。
「璃千花がいないのなら、こんな世界に生きている意味がない! 君がこの爆薬で消えるというのなら、俺も共に散ろう……」
璃千花を抱き締める腕に力が込められる。藍羽の吐息が耳に掛かってくすぐったい。
こんなに想われているとは思わなかった。自分の命だけならどうなっても良いというのに。
今は自分の命に藍羽の命まで含まれていると知って、何もできない自分がもどかしい。
自分に異能があれば、何か特別な力があれば、この窮地を脱することもできるかもしれないのに……。
「最期に……何かできることはありませんか? 藍羽様の好きにして欲しいのです……」
「では、婚約者殿の接吻を。勝利者には女神から祝福の口付けが与えられると外の国で聞いた。兄上を喪ったあの日から君を得るためだけに、若頭の地位に辿り着いた俺の唇に君の唇を押し当ててほしい……」
言われた通りに、璃千花は藍羽の唇に自分のものを重ねる。
煙草と砂糖菓子と、ほんのり血の味がする藍羽の柔らかな唇に軽く触れたつもりが、次の瞬間には息も吸えないくらいに深く吸い付かれていた。
頬を伝う涙を感じつつ目を瞑っていた璃千花だったが、唐突に藍羽は目を見開くと璃千花から離れてしまう。
そして愛刀を振って璃千花の縄を切ってしまうと、あっという間に爆薬の火を消し止めてしまったのだった。
怪我を感じさせない藍羽の行動に驚愕していると、くるりと振り返った藍羽に「すまないね」と魅力的な笑みを返される。
「婚約者殿の優しさを騙すようですまなかったが、実は暮六つというのはとうに過ぎていて、今は夜五つなのだよ」
そう言って藍羽が懐から取り出したのは、璃千花と同じ装飾が施された懐中時計。蓋を開けば、傷がほとんど付いていない風防が見える。
それは藍羽と出会うまで璃千花が持っていた懐中時計によく似ていて、ただ時刻を示す針の位置だけが異なっていたのだった。
「この時計は二個で一組でね。実は璃千花殿があいすくりんを食べている時に時計をすり替えさせてもらった。それは日本とは半刻ほど遅れた上海の時間に合わせた俺の時計なのだ」
「でも、この時計は悠磨様からいただいたもので……」
「……悠磨兄上は筆無精でな。君からの手紙に全て返事を書いていたのは、俺……なのだ……」
どこか恥ずかしそうに黒手袋の手で口元を押さえながら目を逸らす藍羽にぽかんとしてしまう。
衝撃の事実に二の句が継げないまま、無数の足音と共にヒロトたちが駆けつけてくると、璃千花たちは解放されたのだった。
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