冷厳な若頭の密かな寵愛〜亡き婚約者の弟と婚約をした神子は一途な愛に隠された真実を知らない〜

「君が神の子孫特有の異能を持っていないことは聞いているよ。それでも俺()()は君が欲しいと思った。君の存在は君が思っている以上に大きいものだ。ただ俺の隣に居てくれるだけで良い」
「それは私が組長となる人と居ることで、青鷸組の権威と示すことになるからですか。私は青鷸組の威信を現す飾りでいるだけで良いと……夫婦としての営みや睦みは不要ということですか?」

 悠磨と手紙を交わしていた時は、家同士の繋がりが目的の政略結婚でも「愛のある結婚」だと信じられた。
 だが藍羽が口にする政略結婚は文字通りの政治的価値のある結婚――例えるのなら、戦いの勝者に与えられる勲章の授与式なようなもの、にしか思えない。
 璃千花は次代の青鷸組を担う藍羽の勲章、それこそ青鷸組の次期組長のお飾りの妻としての役割しか期待されていないということだろう。
 それは勲章の役割を果たせるのなら、璃千花以外の別人でも良いという意味でもある。
 
「……君の心にはすでに悠磨兄上がいるだろう。俺からの愛なんて邪魔になるだけだ。お飾りでも何でも俺の側に居てくれるのなら、他は好きにしてもらって構わないさ。君の望みも出来る限り叶えるように最善を尽くそう」
「確かに私の婚約者は悠磨様でした。ですが今の婚約者は藍羽様です。婚約者の藍羽様を前にして他の異性に心を寄せることなどあってはなりません。知らないならこれから藍羽様を知ります。知って好きになります。だから……」
「君が誰を想って恋慕おうが関係ない。夫婦の真似事をする必要もな。君が兄上を想っているように、俺にも心に決めた相手がいる。故に君の想いに答えることできない。お互いに叶わぬ恋をする者同士、付かず離れずの関係を保てれば良いさ。他の組員や葉盤家に怪しまれないくらいの距離をね」

 それだけ言い切ると、藍羽は空になった盆と引き換えに金平糖が入った巾着袋を璃千花に押し付けると立ち去ってしまう。
 はっきりとした藍羽からの「拒絶」にしばらくは呆然としてしまったが、やがて荒々しい波音だけが響く船室で背中を丸めると俯いたのだった。

(せめて異能があれば、藍羽様から必要とされたのかしら……)

 たとえ藍羽の心に別の女性がいたとしても、少なくとも異能があれば若頭として組の矢面に立つ藍羽を支えてお飾りでも役に立てたかもしれない。
 これから起こる未来予知して組に利益をもたらすことや、火や水を操って攻撃に晒される藍羽を守る盾となれただろう。それこそ歴代の葉盤家の娘たちのように。
 璃千花のように守られるだけの「お荷物」でいなかったはずである。

(組のために骨身を惜しまず働く藍羽様の邪魔になるって分かっていたのに、すっかり藍羽様の優しさに甘えてしまったわ。それに満足してしまったから、愛してなんて思ってしまったのね……)
 
 何の力を持たない璃千花が「お荷物」になると知っていながらも、藍羽は璃千花が願ったものを幾つも叶えてくれた。
 いつか悠磨に食べてみたいと話していたあいすくりんだけではなく、塩辛い水と無数の魚が集まっているとされる海も見せてくれた。
 あの家から連れ出してくれただけでも充分感謝しているというのに、藍羽はそれ以上のものを贈って璃千花の心を満たしてくれる。
 けれどもそんな藍羽の心遣いに匹敵する返礼を、璃千花は持ち合わせていない。
 異能もなく、学を持たず、藍羽を喜ばせるような容姿を持ち合わせるどころか、人を喜ばせる笑顔さえ浮かべられない。今の璃千花はただの「お荷物」か「次期組長の勲章」でしかない。
 自分はモノではないのに、モノ以上に役に立てる自信が無かった。

(そういえば、どうして藍羽様は私があいすくりんを食べたがっていることを知っていたのかしら?)

 藍羽はあいすくりんに関わらず、璃千花が海を見たがっていたことを知っていた。藍羽と会話したのは昨晩と先程の二回だけ。
 あいすくりんや海の話をしたのは、悠磨と交わしていた手紙だけだというのに。生前の悠磨から話を聞いたのだろうか。
 悠磨が亡くなった際に葉盤家まで報告に来た当時の若頭補佐の話では、悠磨と藍羽は深い信頼関係で結ばれた兄弟だったということだった。
 実際に悠磨からの手紙でも藍羽との仲睦まじい話が何度も出ていたので、だからこそ藍羽が悠磨を手に掛けたと聞かされた時は俄かには信じられない思いであったが。
 枕元に置いた懐中時計を持ち上げて蓋を開けたところで、あれっと両眉が上がる。

(この懐中時計。こんなに傷だらけだった……?)

 時計の針は動いているようだったので壊れているわけではないが、懐中時計の蓋や文字盤を保護する硝子製の風防には細かい傷がびっしりと付いていた。
 昨晩藍羽から返された時は暗くて気付かなかったが、昨日車で落とした時に傷が付いてしまったのだろうか。
 真鍮製の蓋に嵌め込まれた瑠璃色の石もどことなく色褪せているようにも見えるが、それは璃千花の心が曇っているからだろうか。
 もっと藍羽を知って力になりたい、異能が無くても役に立つと思ってもらいたい。
 そんなことを考えたものの、結局藍羽と話す機会が訪れないまま、船は陸に到着したのだった。

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