君は〇〇霊


「やった〜!今年も同じクラスじゃ〜ん。」

「俺B組!お前はー?」

「クラス離れちゃった、寂しいね〜。」


新学年のクラス発表。
校舎の壁に張り出されたその大きな紙を見るため生徒達が群がっていた。
クラス分けというのは学生生活を送る上でも大事で、知人や友達がいるかのチェックが主に行われる。


(僕はあっち側には行けないな。だって、

______________友達がいないから…。)


少年は生徒達の声が飛び交う中静かにその場を去り、
自分のクラスへと重い足を運ばせる。

階段前まで歩き、ふと上を見上げる。
階段の踊り場。
その手すりに腰掛け、脚をぶらぶらと揺らす人影が見えた。

(ネクタイが緑ってことは、同じ2年かな。)

その生徒は踊り場から見える大きな窓を見つめていた。少年からは後ろ姿であるから顔は見えない。
ただ、窓から差し込む光で、カレの黒髪に潜む茶髪をてかてかと照らしていた。

少年は気にする素振りもなく階段を登り、カレを通り過ぎて登り続けた。

少年が上段を登っている時、
カレが少年へと顔を向けたことには気付かなかったらしい。

***


少年は教室のドアを開け、まだ人の少ないそこに脚を踏み入れた。
名前が順に机に貼られており、少年は真っ先に一番後ろの一番左へと脚を運ぶ。
そして他の机のように貼られているであろう自分の名前を確認しようと視線を移すと、

「オッキラッシッイヤッヌッネッエエ¿」

黒いネチネチと音を立てる生き物が名札を隠している。
少年はソレを一瞥してからそこの椅子に腰掛けた。
名札を見なくても己が一番最後だと分かっていたからだ。

少年が着席してから、ソレの元に同じような生き物が3体ほど集ってくる。

「ハァナンフザッシィ」
「ヒッィイイヤゴイサヒィンネッ」

教室のドアが開き、次々と生徒達が入ってきた。少年が顔を上げ、その様子を見る。
彼の視界には他にも黒い生き物やまた別の生物も目に入る。
少年は俯き、目を瞑り耳を塞ぐ。

全員揃ってからは教師と生徒の自己紹介をして
軽い校則やら2年生のことの説明が済まされ、
すぐに放課後となった。


少年はいつものようにカバンを持ってそそくさと教室を出て行く。
靴箱へと続く階段のある方へと足を向けた。
だが、少年は立ち止まる。
視界の端に見えた気がしたのだ。

少年は振り返る。
目の前には一筋の長い廊下。
その先の突き当たりには、

大きな窓と見覚えのある後ろ姿。

「さっきの…。」

だが、よくよく見てみると彼は窓枠に座って脚を外に出していた。

「えっ…。」
(いやっ、いやいやいやダメでしょ____!)


少年は足早にその一直線の廊下を歩いて行く。
通り過ぎる教室からは生徒達の話し声や笑い声が聞こえてくる。
廊下にも何名か出てきて、少年とは反対方向へと歩いて行く。アノ人がいる方には目を向けることもなく。

『なんで誰も気付かないんだ』

その思いを秘めながら歩の速度を上げる。

カレの元に足音を段々と響かせる。
しかしカレは気付くことなく外をじっと見つめていた。
まるで注意されることもないと思っているようで。

少年は窓枠に着いていた彼の右手の腕を掴んだ。

「なにっ___してるのっ」

カレとやっと目が合った。
澄んだ瞳。
茶黒い短髪。
整った顔立ち。

目が合ったカレは、
薄らと口を開け、眉を上げて目を見開く。
どこからどう見ても驚いた様子だ。

カレは動きも声を出すこともせず、されるがまま腕を掴まれていた。一方、掴んでいる少年としてはこの気まずい状況を一刻も脱したい。

「なっ、なに驚いてるの。注意されて当然でしょ。
危ないから早くおり」

「_____なぁ。」

カレが言葉を発する。
一丁前に注意などして、逆切れでもされるのかと体をビクッとさせたが…


「_____お前も大変だな。」


「………え?なにが……」

カレは窓枠から降りて、廊下へと足裏をつけた。
カレは己よりも背の低い少年の顔を覗き込むように顔をぐっと近づけた。
髪で隠れた少年の瞳、それをじっと見つめる。

「ふーん……。

分かった、


お前陰キャだろ!」




「_______は??」

カレは少年を指差して何とも失礼な発言をする。
少年は片頬を膨らませて勢いよく振り返り、カレと反対を向く。

(心配して損したっ…!)

少年は数歩歩いてから立ち止まる。
目の前に、歩いてきた廊下の先にまたいたのだ。
廊下を塞ぐほど大きな黒いナニカ。そこから無数の手が生えていた。他の生徒達は何も気づかずにそこを通る。
阻まれることなく。

立ち止まった少年の右耳元にカレが口を近付けた。

「あれ。見えるんだろ。」

「______ッ!」

少年が右耳を塞いで少年を向いた。

「なん……で。もしかして君も見えて」

「あぁ。見えてるさ。気持ち悪ぃよな。」

少年は己の肩に手を添える。
いかにも怖がった様子。
カレはそれを見る。

「______学校にいる間、俺が一緒にいてやろうか?」

「ぇ……?」

「どーせお前1人なんだろ。
だから"見える"俺が一緒にいてやろうかって。
まぁ、怖くも何にもねぇんなら別に」

「お願い!」

少年はカレの裾を掴む。
目をまっすぐに見つめた。

「お願い、一緒にいて。ずっとあいつらがいて怖いんだ。うんざりなんだ、もう……」

カレは少年の肩に添えた手の上に己の手を被せた。

「いいぜ。けど、俺の願いも聞いてくれたらな。」

「君の願い?」

少年は何かを含んだ笑みをみせた。

「俺に、あることで協力して欲しい。」

「____なに?」

「__________この学校の」

キーンコーンカーンコーン…

「あ、チャイム…。」

「たしか職員会議があるからすぐ帰れって先生言ってたよな。」

カレは少年の手を握り、廊下を走り出した。

「えっ?!」

先程まで賑わっていた教室の前は既に静まり返っていた。ただ2人の足音だけが響く。

走って行くと、先程見た廊下を塞ぐ黒いアレへと接近して行く。

「まって!だめだめだめだめ!だめ!!」

少年は目をぎゅっと瞑る。
しかしアレとの衝突はなかった。

「は?!」

少年は薄く目を開いてから首を回し後ろを見る。
いたはずのアレは姿を消していたのだ。

「どうゆうこと…」

カレは一気に階段を降りて行く。
引っ張られて少年も後を追うと、靴箱までやっと辿り着いた。
少年は息を切らしながら急いで靴を履き替え始めた。

「きみっ、あしっ、早いねっ…。」

少年は息を切らしながらそう言う。

「へへっ。」

カレは少年が履き替えるのをただ見守る。

「______話はまた明日だな。」

「えっと…君は2年何組?」

カレは天を見つめ、考える素振りを見せてから、

「うーーーん。2年……B組だっけな。」

「B組、、隣だ。」

(けどこんなに顔整ってたら人気になるだろうし…
流石に僕でも知ってるはずじゃ…。)

少年は履き終えた靴を拾い頭を上げようとした時、
頭を上げたすぐ側にカレがまた顔を近づけてきた。

「_____ッ!」

「きみきみきみきみ…俺の名前をきみじゃねぇっつーの。名前を聞けよ!」

「なっ、名前は…?」

カレは己の胸へと手を置いて

「俺は宵。宵月のな。」

少年は上履きを靴箱に置いて、履き替えた靴のつま先を床へと打ち付ける。

「宵も靴早く履き替えないと…」

「いーや。必要ねぇよ。」

「え?」

キーンコーンカーンコーン…

「あっ!えっ、じゃ、じゃぁね!宵、また明日!」

少年は校門へと駆け出した。
カレは手を振って靴箱からそれを見守る。

「そーいやあいつの名前聞くの忘れてたな…。」

カレは「ふっ」と笑みを溢す。

「気付いてねぇよな。
アイツらのことも。俺のことも。」

少年の姿のない校門をじっと見つめる。
後ろの廊下には、
少年が気にしてならないソレが蔓延っていた。

「色々とめんどくさくなっけど、」

宵は自分の口元を手で覆い隠し、綻んだ笑みを覆い隠した。

「いい駒が手に入ったと思えば……」


***



少年は校門へと駆けて行く。

(何でまだ帰らないんだろ。
先生に怒られちゃうのに。
先生に…
怒られ…)

「あっ!」

校門を通り過ぎても尚、少年は走り続ける。

(そうだ!今日昼までに帰るってじぃちゃんに言ってたんだ!早く帰らないと怒られる…!)


少年は家まで駆けていく。
距離はそれ程遠くもないから徒歩での通学。
走ればもっと早くなり、家はもうすぐそこだった。
そして目的地、大きな古い建物。
少年は家の門を潜り抜け、目の前にある家、
ではなく左手にある小屋へと駆け、勢いよく横に扉を開けた。

「ごめんじぃちゃん!」

扉を開けると、目の前には少年の祖父が正座して仏像へと向いている。仏像の周りには沢山の食物が並んでいる。

「遅い!何時だと思っとる!」

祖父が振り返り、少年の頬を強く何度もつつく。

「お前が今日は早く帰ると言っていたから準備をしておったのじゃ。待たせおって。」

「ごめんなさいぃぃ。」

祖父は扉へと向かって行く。

「ふんっ。」

少年はつつかれた頬を撫でながら祖父の座っていた所へと歩いて行き、同じように正座する。

(そう言えば…
宵と七不思議が何で関係してるんだろう…。)

少年は下にしていた顔を上に向けて、仏像を見る。
だが脳内にはカレの姿が焼き付いていた。

少年をその室に残し、祖父が扉を閉めた。






***





翌日。
学校には4限終了のチャイムが響き渡り、昼休みとなった。
生徒達は立ち上がり、弁当袋を持って椅子を寄せ合う。

そんな中、少年はゆっくりと立ち上がり、扉へと向かう。

(B組…だったよね。)

少年は隣のクラスの扉から中の様子を伺った。
生徒達の話し声で賑わっており、少年には居た堪れなかった。
見渡した限り宵の姿は見えず、引き下がろうとした時だった。

(放課後まで待とうかな…。)

「どうしたの?」

初めて聞く声だった。
少年は後ろを振り向き、彼と目が合う。

「誰か探してる感じ?」

(あれ…この人って確か…)

そう、彼は学年1のモテ男。
勉強もスポーツも完璧で、文武両道。
輝く金髪にかっこいい佇まいだけでなく、
性格も打ちどころのない超人。
ただ少年は周囲に関心がなさすぎるせいで名前を知らなかった。

己とはかけ離れすぎた存在に声をかけられ、少年は手を動かし慌てふためく。

「あっ、ぁえっと……。B組に宵って人、いません、か…?」

彼は腕を組み、目を瞑って首を傾げる。

「うーーーん。多分うちのクラスじゃないと思うよ。
や、2年にそんな名前の人いたかな〜…」


「あっ、わ分かりました。すみません、ありがとうございます。」

少年は恥ずかしさのあまりすぐにその場を立ち去り、自分のクラスへと戻る。

彼はそれを見送ってから小言を呟いた。

「聞いたことがある気がするけど…。
まぁいっか。」

彼は口元を両手で隠して耳を赤く染めた。

「やっと話せたね。_____くん。」

少年の名前を口にした。なのにその声は彼以外には雑音にしか聞こえない。
テレビが砂嵐を見せた時のような音を。


***


少年は自分の教室に戻ってから周りの様子を観察する。
1人で昼食をとっている者はいない。皆新しいクラスで楽しく食べている。

少年は弁当袋を片手に教室から退室し、階段へと向かう。

(そう言えば、2年の棟のは行ったことなかったな。)

少年は階段を上がり、目の前の扉を開けた。

(屋上。)

扉を開けた先には、またあの後ろ姿が。

「宵?」

カレは鉄格子に手をかけたままゆっくりと振り返った。

「わぁお。誰かと思えばお前か。」

少年は屋上へと足を踏み入れた。
宵は手すりに腕を置いたまま、暗い笑顔でこちらを見る。太陽からの日光の具合なのか、カレ自身なのかはわからないがカレの表情は黒味がかっていた。

「昨日の話の続き……

______の前にひとつ聞きたいことがあんだ。」


「な______なに?」

カレの雰囲気に気圧されたからか少年の声は震える。

「お前の姓、なんて言う。」

待ち構えたにも関わらず振ってきた質問は呆気に取られるような物で、単なる名前をきくものだった。
少年は少し上がっていた肩を下げた。

「和気だよ。」

宵は腕を組んでから少し俯き、睨むようにこちらを見る。

「名は?名を教えてみろよ。」

(何だよ。上から目線で。)

「名前は_____」




「_________えッ」


「やっぱりな。予想が当たってた。」

宵は段々と少年に近づいて行く。
少年は頭を抱えて何やらぶつぶつと呟く。
知っているはずなのに知らない己の名。

「僕は_____…
なんでっ、なんでっ!なんで分かんないの。
僕はっ
僕は和気、、、なに?」

少年は体をふらふらとさせ、足がおぼつかなくなる。

「なんで、わかんないの…僕の、自分の名前がっ……」

宵はいつのまにか少年の前に立っていた。
少年が気付き顔を上げた時、宵は少年の両肩を掴む。

「落ち着けって。俺と一緒だ。」

「______ぇ?」


上げた少年の顔は涙と絶望の表情とで酷い有様だった。宵はその表情を見て、

「______くそっ。」

強く抱きしめた。

「一緒って…どーゆー」

「俺は姓の方だけどな。
俺もお前も名前を取られたんだ。」

「それって…」



宵は和気の体を離して向き合った。

「あれから昨日、お前の教室に行って出席簿見たんだよ。そしたらお前の名が塗り潰されてた。」

「え_____?」

「お前の名前が存在しなくなってんだ。
かと言って、誰も知らないわけじゃねぇ。お前自体は存在してるからな。けど名前を知ってても伝えれない。
誰かが言ったとしても雑音にしか聞こえないし、書かれたとしても文字が認識できなくなる。
もうお前は名前を手放されたんだよ。」

「_____ッ…どうしたらいいの…」

「だから!七不思議に会いに行くんだよ。」

(七不思議…?それって、よくある噂話の…)

宵は隣のベンチに腰を下ろした。

「何番かは知らねぇからしらみ潰しになるけどな。
昨日の話に戻るけど、」

座ってから和気に手を出す。

「学校でアイツらに怖がるお前の側にいてやるから、
七不思議のやつを説得するのに協力しろ。」

和気は少し躊躇った。
だが教室や廊下、学校中に溢れるアレらを思い出して勢いよく宵の手を掴んだ。

「分かった。協力する。」

和気は宵の隣に腰を下ろした。
そして向き直る。

「僕は七不思議を明かすのに協力して、名を取り戻す。」

「俺は学校でいる間お前の側にいる。そして七不思議から姓を返してもらう。」

宵は和気に握り拳を見せる。

「これからよろしくな。和気。」

「うん。宵。」

2人は拳を交わした。

おそらくこの時からだった。
この学園で
彼らに
変化が訪れたのは。





昼食を食べながら、2人は談笑していた。
七不思議のことではなく、ただの世間話。

和気が学校ではずっと1人なことや屋上から見える運動場で遊んでいる生徒たちのこと…そして、


「お前さ、髪切った方がいいぞ。」

「えっ、や…恥ずかしいよ…」

「恥ずかしくなんてないだろ。」

宵は和気の髪の毛を耳にかけてやる。
普段は隠されているその美貌が少しだけチラついた。

宵本人も驚いていると、和気がぷいっと反対方向を向いた。

「ほらな。顔良いんだから、見せねぇと勿体ねぇだろ。

「_________そっ……か…。」

***

和気は昼食を食べ終え、立ち上がる。

風が吹いてきて、和気の髪を揺らす。
だが宵の髪は靡かない。
聞くか聞かぬべきか悩んでいたことについて
決心したかのように宵に向き合い、口を開いた。


「君は、霊なの?」

座ったままの宵は上目遣いで和気を見つめた。
少し肩を落とすように息を吐いてから、










「はっ______流石は和気の家系だな。」

(僕の家系のこと知ってるんだ…)

「あぁ。俺は霊だ。」

つまり…

「そっか…死んじゃったんだ、ね。」


不憫に思いながらそう言うが、宵から返ってきた言葉は想定外のものだった。


「はぁ?何でそーなんだよ。」

和気は首を傾げた。

「え?死んだから霊になったんじゃないの?」

「あー、そう言うことか…。
いや、俺は」

キーンコーンカーンコーン…

本当に、嫌なタイミングでチャイムは鳴る。

「やばっ次体育じゃん…!」

和気は弁当箱を持って走り出す。

「宵!行こ!」

「ほーい。」

和気は先に扉を通り屋内へと行った。
宵は後を追うように歩いて行き、後ろにいる6匹程の暗く澱んだアレらに吐き捨てて行く。

「悪ぃな。和気にお前らのことは言わねぇぜ。
あいつはもう俺のだ。」


***



体育の授業。
それはB組と合同で行われると和気は初めて知る。
だが自分のクラスにもB組にも知り合いはいない。
影も薄いから意識されることなどないと和気は察していた。


生徒達は体育館で整列する。
和気は一番後ろ。
少し後ろには床に座る宵がいた。

「なーなー。あいつなに?」

後ろにいたはずの宵が和気の側にやってきた。
そして指差す方を見てみれば、昼前に世話になった王子様キャラの生徒が立っていた。

「なにもないでしょ。」

(何かしてる様子でもないし。)

彼は只々先生の話を真面目に聞いていた。

「いや、なんつーか…」


和気は気にも留めなかったが宵はその生徒を見つめる。
すると、


目が合った。




「ははっ。」

宵は小さく笑い声を漏らす。その声は誰にも届いていない。
顎に手を置き見つめ返す。

(あいつも

_________こいつ側の人間か。)



宵は和気の隣にそっと寄る。
その瞬間、王子様の表情が一変した。

「うぉー。こっっわ。」

「ちょっと宵、静かにしてよ。」

和気のその言葉をきくこともなく、宵は少しばかり後ろに下がったかと思えば、

「和気ーーー!!!放課後また屋上なーーー!!!」

和気の肩がビクッと上がった。
そして宵への怒りを内に秘める。

宵のこの声を聞いているのは自分だけだと、
和気はそう思っていた。


***


体育の授業が終わり、生徒達が体育館を後にする。
和気は生徒達との距離を空けて歩いて行く。

「何で急にあんなおっきい声出したの。普通に言ってくれればいいのに。」

和気は口を膨らませながらそう言う。
だが一方、宵は悪戯っ子のような笑みをしていた。

「まぁ見とけって。」

「はぁ?何が……」

和気は足を止め、ソレに目をやった。
花壇から伸びている無数の手。
和気が進みたい廊下にもその手は伸びていて何かを掴もうとする。
生徒達はソレに気付くことなく歩み、掴もうとするその手を透けて行く。

「きっっも〜。」

宵は和気の腕を軽く抱きしめた。
女子みたいに言っているが心が篭ってない。

「ねぇ。宵はアイツらを祓えるの?」

「んなこと俺にはできねぇよ。
ただ、狭間者の俺をアイツらは避けたがるだけ、
だと思う。」

宵はニヤニヤとしてソレを見る。

「狭間者ってな」

「祓うって言うなら、


俺よりお前がだろ。」





「________え?」

和気は隣に立つ宵に恐る恐る顔を向けた。
彼は何もないかのような表情でアレへと視線を向けている。

(やっぱり、知ってるんだ…。)

「僕の家系は祓を専門にしてるわけじゃないよ。
あくまで食を捧げるだけ。見返りなんてないのに…。」

「_________そ。」

和気は歩き出そうと足を一歩出す、が。

「待て。」

宵が和気の裾を掴んだ。

「なに?え?」

和気の目元を宵の手が覆い、和気の視界を塞いだ。

「どうしたの?急に。

_______宵?」

宵は黒いソレの様子をじっと見つめる。
何かを掴むその様子。
すると、一本の腕が伸び、欲しがっただろう何か黒く光るモノを掴んだ。
そしてその手は握りしめたまま花壇へと帰って行き、
消えた。

(ははっ。)


宵は和気の視界を塞ぐその片手にもう片方の手を被せた。

(残念。片思い。)


「はっ」と鼻笑いを漏らすと、和気が宵の手を掴もうとする。
しかし、それは透け通ってしまう。

「あれ、なんで?僕は触れる筈なのに。」

宵が和気の目元から手を退き、視界を開かさせた。

「俺をアイツらと一緒にすんなよ。
俺の意思で変えれんだよ。
お前に触れるか、触れないか。」

和気は気を取られたのか、花壇からの存在を忘れて歩き出した。
そして宵を見上げつつ口を膨らます。

「なんか、それ。よいだけずるくない?」

外からの風が和気の髪を動かす。
毛量の多く髪の長いことで隠された和気の素顔がチラつく。

あまりにも顔が綺麗だったからか、
それともホカの理由か、

宵の心臓がドクッと拍動したのが感じられた。

耳は赤い。
だけどそれを隠すようにそっぽを向いた。

和気の頭に手を置き、大型犬を撫でるかのようにわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

「わっちょっ宵!」

側から見れば風のせいで和気の髪だけが荒らされているよう。
だけど名の奪われた影の薄い和気に気付く者などいない。

1人の王子様を除いて。



***



そして授業が終わりSHRに。
担任からの連絡事項を伝えられてから掃除の時間となる。

和気の当たっている掃除場所は教室。
勿論仲の良い人なんていないから和気は箒を手に取って端で掃除をしていた。
他のメンバーは何やら楽しそうに談笑していて掃除なぞしていない。
1年生の時と同様だから何とも思わない、けれども。

(_______いいな…。)

捨てたつもりでも
その感情は高校生の和気には捨てきれなかった。

掃除中、宵はというと
教室の一番後ろ、ロッカーの上に座っている。

気分が落ち込んでいく和気の近くに黒いアイツらが生まれていくのを観察していた。

「んー…
名前が奪われてあの外見じゃ、そりゃぁ影薄いだろ。
せめて外見だけでも直したら…」

和気をじっと見つめる。
よく見ていればその髪の隙間から、あの時顔を出した和気の瞳が顕在する。

「外見、だけでも……」

宵は軽く舌打ちをしてからロッカーの上で横になった。



***



掃除を終えた様子を見た宵は教室全体に響くよう声を出す。

「和気ー!おくじょー!」

宵は和気の側にやって来る。
ロッカーを降りた時、宵は鳥の花のように重力に従わずに地上に降り立った。

「幽霊ってやっぱ浮くんだ。」

大声を出されたことをいちいちもう気に留めることもなく宵に小声で話しかけた。

「はぁ?だから何で俺、、が、、、」

教室の扉を跨ごうとする和気の肩を宵が掴み止めた。

「かかったな………。そうそう上手くはいかねぇか。」

「宵?」

和気は己を止めた宵に顔を向けるため振り返ろうとするが、宵が和気の耳元に顔を近付けたことにより阻んだ。

「和気。何も言わずに屋上まで行け。
俺は窓から上がってく。」

「え?どういうこ」

宵は和気の体を強く押し、何処か楽しんでいるかのような声色で無邪気に言う。

「走れ!」

和気は言われるがまま頭の中を『?』にして屋上へと走り出す。
教室から出たときに右手に金髪の人がいたように見えたが気に留めず駆け出した。

生徒達が和気と通り過ぎて行く。
空気を切り裂いて和気は己の服や髪を激しく揺らした。

扉へと辿り着き、勢い良く開けると正面には息を切らした宵がそこにいた。

和気も同じく息を切らしつつ、声を絞った。

「よいっ、きゅうにっ、どうしたのっ。」

曲げた膝に両手をついていた宵は「ふっ」と漏らしたかと思うと、

「ふはっ、はははっ!まじかよ!」

体を起こし、宵は和気を手招きする。
それに何も返さず和気は宵の元へ来る。


「俺のこと、


殺したいみてぇじゃん。」


「ころ、、え?!」

宵は和気の肩を持ち、自分へと引き寄せる。体制の崩した和気は倒れる形で宵に密着した。



「離れろ。腐った霊ごときが。」





声のする方を見るとそれは屋上へと続く扉。
扉は開いており、壁には体を預けている男子生徒がいる。
あの金髪にあの顔立ち。
忘れるはずもない。

「B組の!_______だれ?」

金髪の男の体が少しずり落ちた。

「ま、まぁ。
僕らに直接の関わりはなかったから、知らなくて当然だよ。うん…」

彼はこちらへと歩いて来た。
靴音が屋上に響く。
宵に引っ張られて和気の体はつられて後ろへ動かされて行く。


「僕は知ってるけどね。」


彼が指を空中で回し、僕を指差す。

「えっ…」

体が硬直、いや、
何かに縛られたかのように動かなくなった。

「おい和気!」

宵が和気の体を必死に引っ張るが動かない。

「動かないんだって!」

彼はゆっくりと和気に近づいて来る。
宵は和気から数歩後ろに下がった。


「名を奪われてるんだよね。和気____くん。」


己の名前を呼んだはずなのにそれは聞こえなかった。

「僕の名のこと……なんで…」

和気がビクッと肩を上げた。

「お前、苗字は?」

金髪の彼は宵の体に対しても軽やかに笑む。


「土御門。」


土御門と名乗る男は和気目の前に来て立ち止まる。
和気は自分よりも背の高い彼を見上げる。
彼は和気の目をじっと見つめていた。

「大陰陽師、安倍晴明の子孫か。」

土御門は宵には目もくれず和気と視線を合わせているとニコッと笑み、やっと宵へと視線を移した。

「で、僕を誘き寄せたのは何で?」

和気の頭は真っ白。
だが今日のことを振り返ってからやっと、宵が大声で話していたことと土御門を宵が不思議がっていたことを思い出した。

「初めは俺たちに協力してくんねぇかなーと思って。
だが無理そうだな。」

宵が和気の背中に指を当てて、下へとなぞる。
すると和気の拘束は外れて自由の身となった。

「どうしてそう思うの。」

和気は反動で後ろへと下がり再び宵の側に寄った。

「さっき和気が教室から出ようとした時、
俺のこと狙ってたろ。
もしかしたらっつーわんちゃんにかけてたけど、あの時に無理だと分かった。」

宵は和気の体に抱きつき、頬を和気の胸元に擦り付ける。

「ひどいヨー。
俺は悪いヤツじゃないヨー。うぇーん。」

「ちょっと、よ」

「和気くんに近付くな。」

土御門が宵に対して先ほどと同じように指を回し、振り下ろした。
宵を囲うように星形の光が生まれるが1秒もしないうちに跡形もなく消える。

「俺をほんじゃそこらの霊と一緒にすんじゃねぇよ。」

宵が煽るかのような表情で土御門を見やる。
土御門の顔を曇り始めた時、


「ちょっと待って!
僕には何のことか、さっぱり分かんない!」

和気が宵と土御門の前で腕を広げ制した。
両者は驚いた表情を見せ固まる。

「えっと、土御門くんは何で僕のことを知ってるの?それに何で宵のことが見えるの?」

土御門は上げた肩を下げ、朗らかに笑む。

「さっきソレが言ったように僕は土御門、
簡単に言えば安倍晴明の子孫なんだ。
だから家系上、僕も見える側の人間。君と同じだよ。」

「安倍晴明…」

和気は記憶を遡る。
祖父から教えられたことの内一つ、
安倍晴明について。

(陰陽師を束ねた安倍晴明の末裔…。)

和気は心のうちで手のひらに拳を置き、『合点』と納得する。

「僕のことは?どうして?みんな覚えてないのに…」

和気は己を指差し首を傾げる。





「________。」





土御門は何故か沈黙に至る。




すると、上っ面だけの笑顔を張り付けて、

「きっと、
名を奪う力が僕の力に負けたんだろうね。
だから君の名も存在もはっきり覚えてるのかな。」

「______っ、」

(違う。僕が聞きたいのは…


何で君のような人気者が、
僕のことなんか知っていたのか_____)


宵は和気の手を掴んで後ろへと引っ張り、土御門と距離を取る。
土御門は手を腰に当て、体を楽にする。

「僕からも質問。
どうして和気くんはソレと一緒にいるの?」

「______僕は名が、宵は姓が七不思議に奪われたから」

「七不思議から返してもらうっつー協力関係なんだよ。
お前も協力してくれんならって思ったけど…
俺のこと殺してぇならやっぱどーでもいいわ。
帰った帰った。」

土御門は溜息を吐いてから、

「僕は和気くんに聞いたんだけど?勝手に割り込まないでくれない?」

和気と土御門を視線を交わらせた。
正面から顔を見ると、
やはり王子様のような顔立ちに輝く金髪。
助けが必要なお姫様に手を差し伸べてくれる王子様。
土御門はそんな空気を纏っていた。




「和気くん、君さえ良ければ僕が協力するよ。

ソレとの関係を切ってくれたら。」




和気へと手を差し出す土御門。
本当に王子様のよう。
なのに和気と宵には冷たい空気が感じられた。

和気と宵は互いに表情が見えなかったし、見ようとしなかった。

狭間と言われる世にいる宵との協力
現世に存在する大陰陽師の子孫との協力

どちらと組むべきかなんて明確だ。

「僕は______」



「僕は、






______________宵とがいい。」


和気は宵へと振り返る。
振り返った瞬間、重たい髪が跳ねて和気の大きな瞳と額の傷跡が顕になる。
宵の目は大きく開かれた。

和気の返事にか、
その瞳にか、
その隠された傷跡にか、

何に驚いたのかはわからない。

ただ、和気は『お姫様にはならない』という選択を取ったことだけは明らかだった。


宵の瞳は光で滲んでいた。

和気の返事が嬉しかったから?
否。


「_______どうして?
君にとってもいい提案じゃないかな。和気くん。」


土御門は差し伸べた手を握りしめ、その場で下ろした。
その顔は暗い。

「僕はソレよりも力もある。
それに、君とソレは深い仲でもないだろう?」

和気は土御門に背を向けたまま俯いた。

「分かってる。

けど______________。」


理由は分からない。
けれども宵と離れることに怖がっている自分がいた。
初めて会った、筈なのに。


それまで黙っていた宵が口を震わしつつ開く。


「おまえっ、、、、それっ、、、、、」


「え?」


和気は顔を上げて宵と顔を向き合わせた。
宵の顔には困惑が漂っており、和気の顔を凝視していた。

「_______よ」

「分かった。」

和気の言葉を土御門が制し、和気は再び彼に顔を向ける。

「僕は君の意見を否定しない。
だけど______」

土御門はこちらを向きながら後ろへと歩いて行き、扉を跨いで屋内に入った。

「和気くんが望んでも
その霊が君の期待に応えられるのかな?」

土御門は何か含んだ笑みを見せる。

「……何がいいてぇんだ」

「七不思議が一つ。『屋上の黒』。」

土御門は和気を、和気の足元を指差す。
和気は訳も分からず土御門へと足を踏み出した。
そして、それを持たないカレは気付く。

「和気!影が!」

そう言われて和気は自分の足元を見る。
その影は和気の動きと1秒程遅れてから動いていた。

「え?わっ、わっ、わわわわわ!!!」

和気はあたふたし始め、その場で跳び始める。
宵も驚いてしまい、何故か同じく跳び始める。

「七不思議が一つ、『屋上の黒』。
噂によれば、
16時44分に屋上にいた者に怪奇現象が起こる。何でも影が現世の人間と入れ替わろうとしている、、とか。」

土御門はスマホを取り出して画面を見やる。

「今は16時46分。そして、、、

さん


にぃ


いち。」




「47分。」