<ep-1>
年越し番組をダラダラ見続けてほぼ完徹な俺を早起きだと勘違いしたらしい燈は、起きてきてリビングに入るなり袖口で擦っていた寝ぼけ眼を一瞬でぱっちりさせたのには少し笑ってしまった。
「相変わらずお前の朝は早いな」
軽い揶揄を向ければ、燈は零司さんこそ……と戸惑うような声を出してから、おずおずと俺の顔色を窺ってきた。
「が、元旦って……いつもより、早起きする日……なんですか……?」
「そんなの各家庭で違うだろ。俺はたまたま今起きてるだけだ」
実際父さんはまだ寝てるし、とリビングの向こうへ顎をしゃくれば、成程……と燈が立ち尽くしたまま片手を口許に遣った。
それより、と燈をダイニングテーブルの椅子に座らせてからお椀を目の前に置く。
中には半分より少ない澄まし汁。
「それ、雑煮の汁なんだけど味見してくれ」
「えっ、あ、はい……」
両手でお椀を持ち、音を立てずに澄まし汁を少しずつ嚥下していく燈。
三口程飲んでからお椀から口を離すと、燈の肩からは少し力が抜けていた。
「おいしい、です……」
「濃かったり薄かったりは?」
「ちょうどいいです……なんか、お腹がホッとする味です……」
そう云ってまた残りの澄まし汁に口を付けた燈の言葉に嘘はないだろう。
燈の口に合うなら良し、とそれ以上澄まし汁の味はいじらず、玄米茶を湯呑みふたつ分淹れる。
俺もダイニングテーブルの定位置に座って二人で暫く玄米茶を啜っていたら、父さんが起きてきた。
「なんだ、お前ら起きてたのか。それなら先に食ってれば良かったのに」
それは朝食のことだろう。普段ならそうするところだが、
「元旦の朝に父さんを差し置いておせちに手を付けられるかよ」
そう苦笑しながら冷蔵庫からおせちの重箱を取り出す。
流石に作れなかった(というか、作っている暇がない)おせちは注文してあったもの。
重箱を崩す係を燈に任せて俺は雑煮を食卓へと並べた。
三段の重箱を崩した燈の表情に然程の変化はないが、目の奥がキラキラしているのが判った。
海老にかまぼこ、だて巻きと栗きんとんに黒豆、数の子や田作り、昆布巻き、松前漬け……と少量ずつだが品数多いおせちは燈の興味を惹くに値したらしく、ひっそり父さんと目を細め合う。
並べた箸はいつも使っているものではなく、箸袋に寿の印が押されている割り箸。
普段使っている箸より長くて使いづらそうにしていた燈だったが、この時は敢えて使い易いものには変えてやらなかった。
おせちを食べながら、各料理の蘊蓄を垂れるのは父さん。
おれは子供の頃に聞き飽きていたが、燈は何度も頷きながら父さんの話に聞き入っていた。
のんびりとおせちや雑煮を堪能し、片付けを済ませたら少し食休みをして初詣へ。
初詣といっても大きなところに行くつもりはない。
行くのは駅の近くにある小さな神社だ。
大混雑、とまではいかないものの、参道に入ってから参拝に至るまで三十分は掛かった。
ただこれも正月の醍醐味といえば醍醐味だなと云う俺に、燈はそういうものなのか……と新しい知見を得たとばかりの反応をするものだから、本当にコイツはこれまでどんな生活を送ってきたのだろうか、と思う。
現状憶測でしかないが、あまり家庭運には恵まれていなかったんじゃないかとは思っているけれど。
初詣で願ったことは家内安全と学業向上。それと、三人分の平々凡々とした日々の継続だった。
存外痛くない風に頬を撫でられながら、その平凡な日々を一番に願った俺を嘲笑うような出来事が起きたのは、鏡開きの日を過ぎた頃の事だった。
年越し番組をダラダラ見続けてほぼ完徹な俺を早起きだと勘違いしたらしい燈は、起きてきてリビングに入るなり袖口で擦っていた寝ぼけ眼を一瞬でぱっちりさせたのには少し笑ってしまった。
「相変わらずお前の朝は早いな」
軽い揶揄を向ければ、燈は零司さんこそ……と戸惑うような声を出してから、おずおずと俺の顔色を窺ってきた。
「が、元旦って……いつもより、早起きする日……なんですか……?」
「そんなの各家庭で違うだろ。俺はたまたま今起きてるだけだ」
実際父さんはまだ寝てるし、とリビングの向こうへ顎をしゃくれば、成程……と燈が立ち尽くしたまま片手を口許に遣った。
それより、と燈をダイニングテーブルの椅子に座らせてからお椀を目の前に置く。
中には半分より少ない澄まし汁。
「それ、雑煮の汁なんだけど味見してくれ」
「えっ、あ、はい……」
両手でお椀を持ち、音を立てずに澄まし汁を少しずつ嚥下していく燈。
三口程飲んでからお椀から口を離すと、燈の肩からは少し力が抜けていた。
「おいしい、です……」
「濃かったり薄かったりは?」
「ちょうどいいです……なんか、お腹がホッとする味です……」
そう云ってまた残りの澄まし汁に口を付けた燈の言葉に嘘はないだろう。
燈の口に合うなら良し、とそれ以上澄まし汁の味はいじらず、玄米茶を湯呑みふたつ分淹れる。
俺もダイニングテーブルの定位置に座って二人で暫く玄米茶を啜っていたら、父さんが起きてきた。
「なんだ、お前ら起きてたのか。それなら先に食ってれば良かったのに」
それは朝食のことだろう。普段ならそうするところだが、
「元旦の朝に父さんを差し置いておせちに手を付けられるかよ」
そう苦笑しながら冷蔵庫からおせちの重箱を取り出す。
流石に作れなかった(というか、作っている暇がない)おせちは注文してあったもの。
重箱を崩す係を燈に任せて俺は雑煮を食卓へと並べた。
三段の重箱を崩した燈の表情に然程の変化はないが、目の奥がキラキラしているのが判った。
海老にかまぼこ、だて巻きと栗きんとんに黒豆、数の子や田作り、昆布巻き、松前漬け……と少量ずつだが品数多いおせちは燈の興味を惹くに値したらしく、ひっそり父さんと目を細め合う。
並べた箸はいつも使っているものではなく、箸袋に寿の印が押されている割り箸。
普段使っている箸より長くて使いづらそうにしていた燈だったが、この時は敢えて使い易いものには変えてやらなかった。
おせちを食べながら、各料理の蘊蓄を垂れるのは父さん。
おれは子供の頃に聞き飽きていたが、燈は何度も頷きながら父さんの話に聞き入っていた。
のんびりとおせちや雑煮を堪能し、片付けを済ませたら少し食休みをして初詣へ。
初詣といっても大きなところに行くつもりはない。
行くのは駅の近くにある小さな神社だ。
大混雑、とまではいかないものの、参道に入ってから参拝に至るまで三十分は掛かった。
ただこれも正月の醍醐味といえば醍醐味だなと云う俺に、燈はそういうものなのか……と新しい知見を得たとばかりの反応をするものだから、本当にコイツはこれまでどんな生活を送ってきたのだろうか、と思う。
現状憶測でしかないが、あまり家庭運には恵まれていなかったんじゃないかとは思っているけれど。
初詣で願ったことは家内安全と学業向上。それと、三人分の平々凡々とした日々の継続だった。
存外痛くない風に頬を撫でられながら、その平凡な日々を一番に願った俺を嘲笑うような出来事が起きたのは、鏡開きの日を過ぎた頃の事だった。



