灯の守り人【本編】

<ep-3>

 翌夜。俺は燈が寝てからリビングのソファで酒を舐めている父さんに声を掛けた。
「父さん、話があるんだけど……」
 そう切り出したものの、すぐに次の言葉が継げなかったのはまだ迷いがどこかにあるからなのだろうか。
 唇を舐めてその場に立ち尽くす俺を、父さんは視線で座るように促した。
 カラン、と氷が鳴る音が大きく響いたのはわざとだろうか。
「なぁ、零司」
「……うん?」
 静かな、抑揚のない声で父さんは俺の言葉を先んじた。
「……もし、そうなってくれたら良いという願望こそ持ってはいたがな……俺は父親として、これまでお前が進む道を強制した覚えはない」
 あぁ、全部バレてる、と思った。
「……あぁ、うん……そう、だな。そう。判ってる……だから、さ……」
 俺、大学辞めるわ。
 小さな、けれど確かな響きはちゃんと父さんの鼓膜を揺らしたらしい。
 ふふと吐息を揺らして、父さんはお前がしたいようにすれば良いとグラスの中身を呷った。
「お前には当面、家のことと燈の世話を任せる」
 そんな家長命令に、そんなの今までと変わらないじゃねぇかと苦く笑ったら、違うと笑う父さん。
「人間ってのは面白いもんだな」
「……は?」
 何の話だ? と首を傾げたら、父さんはまたカランとグラスの中で氷を鳴かせた。
「燈がな……医者になりたいんだとさ。昼にそう宣言してきた」
 燈が、医者に……それは、何ていう数奇な運命なんだろう。
 目をぱちくりさせていたら、ははっと揶揄を含んだ笑い声。
「しかし、医大を受ける前に燈は高認を取らんと話にならんからな。零司、お前はまずその為の教師でもしてやれ」
 そうか、確かに燈は学年でいえば今高一だと聞いているが通学はしていない。父さんが高認の話を出してくるということは、恐らく現段階ではどの高校にも籍を置いていないのだろう。
「アイツ……どんだけ勉強出来んだ?」
 どれだけ、というか、どこまで、というか。
 まずは学力を把握するところから、だと考えたら確かに大仕事だなとこちらも笑いが込み上げてきた。
「燈が大学受験を終えるまでの家庭教師、が当面の俺の仕事ってか」
「そういうことだ」
 グラスを傾ける角度を深くした父さんは、キッチンの方へと顎をしゃくると唇の片端を軽く上げた。
「零司、お前もグラス持ってこい」
 晩酌の相手をしろ、と云われているのだと悟り、俺はわざとらしく面倒くさそうに立ち上がってグラスを取りに行った。
 昨日の長い夜を境に俺の――いや、俺たちの、と云うべになのか――人生は大きく変わった筈なのに。
 家の中は驚く程いつも通りのあたたかさだった。