認めさせてよ、この恋を。

その日の帰り道。
月白くんは先生の提案を跳ね除けて、怪我をした部位を冷やさずに僕と帰路につく。

「痛くない?」

「いや、そんな痛くねぇよ。」

「押したら?」

「言いながら押すなよ!」

突っ込みを入れた月白くんは、言葉と共にチョップを僕の頭上にかました。

「ごめんやてぇ。」

なんてふざけていると、唐突に
今朝、じぃちゃんに言われた言葉を思い出した。

「あそや、月白くんさ、」

淡い期待を込めて、、

「じゃがいも、困ってたりせぇへん?」

月白くんは僕のことを点の目で見てくる。

「_________じゃがいも…?」

「うん。じゃがいも。」

まぁ驚くのも無理はない。
流石に唐突過ぎた。
だけど、今思い出したのだから、すぐ言わないと
僕はずるずると引っ張って結局誘えずじまいになるのが落ちなのだ。

「なんで急にそんな」


「兄さん!」


声がした。
どこかの子供が兄を呼ぶ声?
否、僕はこの声を知っている。
懐かしくて、どこか苦しい。

声がしたのはすぐ隣のコンビニ。
僕と月白くんは立ち止まり、こんびにの敷地内に目を移す。
声の主を探し始める。
もしその人なら会いたい。
でも、
ゆっくりと、罪悪感が蘇ってくる。

「兄さん!」

彼は駆け足でこちらに走っていた。
気が付いた僕は咄嗟に手を上げて、

「漣!」

彼は歩道にある僕らのところまで走ってから、
漣はその勢いのまま僕を横から抱きしめた。

「久しぶり!」

「久しぶりぃ!会いたかったで兄さん!」

僕もそのまま、呆気に取られた月白くんを残して、漣を抱きしめた。

「なんでここおんの?!」

「えへへ。」

「“えへへ”ちゃうわ!
てか、にぃちゃんやなくなっとるやん。」

「僕も大きなったからなぁ。」

漣は僕の体に頭を擦り付けてくる。
一方、月白くんはというと、険しい顔で漣の顔を見ているようだった。
そして、漣もまた月白くんに顔を向けているようだった。


そう、東雲はもう何年も共にいたというのに、
未だに気付かなかった。
弟、漣。
その漣という人間の底を。


***


「久しぶり言うてもそないにちゃう?」

「1月ぶりぐらいか。
兄さんがこっちに来たのが4月後半あたりやったからなぁ。」

漣の言葉に疑問を抱いた彼はそれを口にした。

「4月?お前5月に転校して来ただろ。」

「ぁー。メンタル治すのに時間かかってもてん。」

彼には既にあのことを伝えているからか、
言いづらいことだって難なく口に出せた。
だが、彼とは真逆の右側に立つ弟の耳に入れるのには忍びなかった。

僕は声のトーンが落ちてしまったことに気づいて、どうにかして話題を変えようと模索した。

「そう言いやまだ言うてなかったな。
漣、こっちは月白くん。
月白くん、こっちは弟の漣。」

手を動かしながらそう紹介した。
だがしかし、
互いに紹介された彼らの表情は良くはなかった。
何なら悪い。
眉を顰め、明らかに口をとんがらせていた。
二人は軽く頷くだけで、何も言葉を発しない。
沈黙がいたたまれないが、僕らはすぐ家に着いた。
僕は玄関前で足を止めて、月白くんへと振り返った。

「ほんまに今日のごめんな。」

月白くんは後頭部に手を当てて目を瞑る。

「だから、あれはお前のせいじゃ…」

すると、彼は目を開いて、何か思いついたかのような表情をした。
嫌な予感が僕の背中を伝う。

「そこまで言うなら、、、借し1、ってことで?」

「うっ……わ、分かったよ。」

ニンマリとする月白くんに、僕はジト目で拗ねたように睨みつける。
それすらも彼に取ったら嬉しいようだったけど。

「兄さん、早よ帰ろ。じぃちゃん待ってるわ。」

「あっ、うん。じゃぁね月白くん。」

僕は手を振って彼を見送った。
少し、不思議だった。
漣は万人から好かれるような性格で、人当たりだって良い。それなのに、、

(なんで、月白くんには…)

「あ、ごめんコンビニで買い忘れしてもた!先帰っとって!」

「えっ?あ、うん。」

急に大きな声を出され、呆然と立ち尽くす僕を置いて、漣は走り出した。

「_____めっちゃ急やん。」


***


さらさらの髪を風に靡かせ、
漣は小走りで足を動かす。
コンビニに行きたいのではない。
追いかけているのだ。
公園前にいる人影に、漣は声を掛けた。

「ねぇ、!あんた、!」

声を掛けられた彼は驚くことなく、ゆっくりと振り向く。
心の読めない顔で。
漣は呼吸を整え、軽く息を吸ってから、

「あんた、兄さんに気あるやろ。」

月白は無言で頷く。
漣は舌打ちを溢した。
溜息を吐いて、漣は口を開ける。

「分かんねん。今までもいっぱい見て来たから…。
兄さんとは離れて欲しいって、言おうと思ったけど。
なに?あんたもゲイなん?」

月白は片眉をピクリと動かす。
明らかに曇った表情で漣と向き合う。

「_____“も”って?」

その言葉に、漣はニヤリと笑む。

「あれ、もしかして知らんの?」

口元を手で隠しつつ、口を開ける。
月白は彼がそれを言うことを、望んでいなかったのに。

「兄さんは、

──────────ゲイやで。」

月白は薄っすらと口を開く。
漣は月白へと1歩歩み寄り、月白の顔を覗くように体を傾けた。
喜びを交えた声でつらつらと話す。

「引いた?
なら別にそれでも構わんけど、もう兄さんとは」

「お前、あいつから聞いたのか。」

漣は口を開けたまま止めた。
隣を車が通り過ぎ、誰も何も言わない、沈黙の時間となる。
ただただ二人は顔を見合わせるだけで、何も言わない。
月白は待ちきれなくなって、

「お前がどうしてそれを知ってんのかは知らねぇけど、それを、他人に言ったらダメだろ。」

漣は顔を逸らし、公園の奥を見据えた。
月白の言葉を無視するかのように。

「東雲からは全部聞いた。んで、ずっと引っかかってた。なんでそのことが噂で広まったのか。」

月白は一歩、漣に近付いた。
一方漣は、足底は地面につけたまま、多少引く。

「盗み聞きでもしたんだろ。東雲とじぃさんの。」

漣の肩が揺れた。
口角が下がり、口元に力が込められているのが分かる。
そんな彼の様子にはお構いなしに、月白はおそらく彼の痛点であろう所を突いた。

「何で、んなことすんだよ。
余計東雲に嫌われちまうんじゃねぇの。」

漣は目を見開いて月白を睨む。

「分かってるわ。
僕と兄さんのこと何も知らんくせに、
勝手なこと言うなや…!」

漣は勢いよく振り返り、来た道を戻って行く。
彼の後ろ姿には、色んな感情が込められていたように感じる。
それを見据えてから、月白は再び歩き出した。
首元に右手を当てて、空を見上げる。



「そーいや東雲、何言おうとしてたんだ?
じゃがいも…。」


***


玄関の扉が開いた音が響いた。

「あっ、」

リビングの床に横たわっていた僕は立ち上がって、音のした方へと歩いて行く。

「おかえり。買い物長かったな。」

「ん。まぁ、、」

漣は僕の視線から逃げるように俯いていた。
疑問に思ったが、

「あ、じぃちゃんどこ?」

「裏よ。畑行ってるわ。」

漣は再び玄関の扉を開けて、外へ出ていった。
気にされたくなさそうだったから、踏み込まないようにした。
なんとなく、分かるのだ。
家族なのだから。
たとえ、
僕が──
親殺しだとしても。


***


「じぃちゃん、ただいま。」

「あぁ、おかえりぃ。」

家の裏にある広大な畑。
その一角に祖父はいた。
漣は土を踏み、土をいじる祖父の元へと歩いて行く。

「朝言うてた…月白くんに会ったで。」

すると祖父は、
顔にシワを作り、笑顔を見せる。

「そうかぁ。ええ子やったろ。
凪がずっとその子の話しとるからなぁ。」

漣は畑を囲う柵の縁に生えている花を見下ろす。
その内の、一輪の撫子に影を被せ、踏み潰した。
華やかに咲き誇っていたその花は、土に沈んだ。

「まぁ、そうなんかもしれんな。」

足を避ければ、桃色の撫子は無惨な姿で横たわっていた。
漣は、只々それを虚な瞳で見下す。