認めさせてよ、この恋を。

「東雲、帰ろ。」

放課後、月白くんがそう言って来た。
確かに。
当分は一緒に帰れるのか。

「うん、帰ろ。」


月白くんは知らないだろう。
放課後、
図書室で懸命に勉強していたことを僕が知っていることを。

例のもう一冊の社会の教科書を受け取りに行った時に、
月白くんが教科書やノートを広げて頑張っている姿を偶然にも見かけた。
扉から中の様子を伺ったが、彼以外は誰もいなかった。

そんな君を見て、
また僕の心は揺れてしまったんだよ。



***



そして帰り道、
公園が見えてから僕は謎に緊張し始め、声が少し震える。
なんとか今の話題、遊佐くんがチャラいという話を続ける。

「で、も、確かに。
遊佐くん、モテそうやしなぁ。」

「あいつの良さがさっぱりわかんねぇよ。」

公園の前を通るが、今回は、僕は何も言わない。
反省したのだから。

公園を通り過ぎてから、僕は静かに胸を撫で下ろす。
その様子を見ていたのか、月白くんは軽い笑いを溢し、

「お前がいやじゃねぇなら、

────────────まだ一緒に居たい。」


その言葉に、
僕は斜め下の地面を見つめながら、
静かに頷いた。

これは、その時の僕にできる精一杯の肯定だったんだ。

変な居心地悪さを感じつつも、
それが嬉しくて、心地良くて、まだここに居たかった。

***

6月に入ったばかりのある日、
僕はカバンに5限に使う体操服を入れて登校した。

天気は快晴。
梅雨に入れば当分はこんな空も見れないだろう。

空を見上げ、日を浴びながら歩いて行く。
あんまり天気を気にしたことはなかった。
けど、

(あん時は腹立つぐらいええ天気やったなぁ。)

転校してきた当日。
僕の心とは裏腹に、雲ひとつない空だった。
でも、今はこの快晴を嫌に思わない。
何故だろう…


(心境の変化やろか。)

僕は公園を通り過ぎた。
月白くんとの帰り道は大通りで、僕の登校ルートは裏通り。
反対側からの公園の景色は、二人で見る景色と違って見える。
ベンチは手前で、ブランコと滑り台が奥にある、
月白くんと見る景色の方が好きだった。

***

教室に着いて、自分の席に腰を下ろす。

「おはよ。」

「はよ。」

挨拶を済ませると、月白くんは体を僕に向けてきた。
いつも話す時は前を向いたままだったからか、少し背を伸ばす。

「今日の体育、バスケだってさ。」

「あっ、もう変わるんや。
僕バレーもあんま出来んかったなぁ。」

「5月に転校して来たもんな。
けど、バスケは初めから一緒に参加できるじゃん。」

「うん!」

気のせいかもしれないけど、
バスケを話す月白くんが、楽しそうに見えた。

***

箸で金平牛蒡を口に入れた時、

「なぁ東雲、知ってる?次の体育バスケだってー。」

「あぁ、うん。月白くんから聞いたわ。」

「はぁ?!」

遊佐くんは僕と月白くんくんの顔を見合わせる。

「いや、まぁまぁまぁ。
俺が桃李に言ったから、感謝は俺に、な?」

遊佐くんは僕の肩を軽く叩き、
親指で自身を指差す。

「あ、ありがとう?」

「うんうん!そうそ」

ガッ

月白くんが遊佐くんの脛を蹴ったのが見えた。
遊佐くんが屈み、左足の脛を押さえている。

「黙って食え。」

遊佐くんが涙目のまま顔を上げる。

「良かったじゃん桃李。久しぶりのバスケだろ?」

(え___?)

僕は月白くんをチラッと見るが、
彼は再び遊佐くんの脛を蹴っていた。

***

そして例の体育の授業。
僕は月白くんと体育館の壁に体を預け、座っていた。
目の前のコートでは男子が、奥のコートでは女子が試合をしていた。

運動は平均並みだからチームに貢献も出来ないし、
正直、月白くん以外の子とは馴染みきれていないから、
端にひっそりといる現状に満足していた。
隣には月白くんもいし。

けど、僕の予想が正しければ月白くんはあっち側に行きたいんだと思う。

ビーーー

「次!月白ー!」

タイマーが鳴り、メンバーの順が回ってきた。
呼ばれたのは月白くん。

「行ってくる。」

「いってらっしゃい。」

コートに走る月白くんの背を見送る。
隣の気配が消えて、どこか寂しさを感じる。

(やっぱり…)

目の前のコートでは、
ボールが飛び交い、
地面に跳ねて、
カゴに入る。

中心にいる彼は、とても、無邪気に笑っていた。

(楽しそう。
この顔の切り替え、かわいいなぁ…)


『かわいい』

その言葉で思い出すのはつい先日の昼休憩。
自分へと月白くんが向けた言葉。

勝手に思い出して、
勝手に赤くなって、

(何やってんねやろ…)

僕は体温の高くなった頬に左手を添えた。
だがその熱も直ぐに引く。

「しののめー!」

クラスの子、おそらく坊主頭の子の僕を呼ぶ声が聞こえた。
もう自分の番が回ってきたのかと思い、顔を上げる。だが違った。
目の前には猛スピードで向かってくるボール。
僕にはそれを手で受け止める術はなく、目をぎゅっとり、身を縮こませた。

──────────バンッ

体育館に鈍い音が鳴り響く。
だが体のどこにも痛みはない。

薄っすらと目を開ける。
目の前には
細いけど、しっかり筋肉がついた、白い彫刻のような腕。
それを辿り、持ち主の顔を見る。

顔に汗を浮かばせて、
体育で熱った体。
僕の目には何も加工なんて付いていないのに、
度肝を抜かれる程、美の彫刻とも言える顔立ち。

(……って、それどころちゃう!)

「つっ_____月白くん?!」

月白くんは屈んでいて、必死に腕を伸ばしているような状態だった。
そして月白くんがいる反対側で、向かってきていたはずのバスケットボールが微かにバウンドしていた。

この状況を見れば、誰だって理解する。
月白くんが腕を下ろして、僕は両膝をつく。

「悪ぃ東雲、月白。月白、だいじょ」

「大丈夫?!じゃないわな?!」

月白くんは顔を上げて、僕と目を合わせる。

「いや、大丈夫だって。」

僕は月白くんのその左腕を持ち上げて、

「え、ちょっ」
ボールが当たったであろう場所を見る。
そこは赤色というよりも青みがかっていて、

「ほら!にえてきてらいしょ!」

「にえ?」

僕の出してしまった方言に月白くんは疑問を浮かべていたが、今はそんなことも気にしていられない。

「保健室…保健室行こ!」

僕は月白くんの手を引いて体育館の出入り口へと向かう。

「保健室行ってきます!」

「え?あ、あぁ。」

そう先生に大声で伝えてから、
月白くんと一緒に保健室へと歩いて行く。

僕の勢いに負かされた先生を残して。

***

そのまま月白くんの手を握っていたけど、
遂に僕も冷静になってきた。
だがしかし、

(どうしよ……。)

手を離すタイミングを完全に見失った。
僕の速度はそう長くは持たずに落ちて、二人並んで歩いている。

(手離しづらいなぁ…)

意識すればするほど、手に神経が持っていかれる。
変に力を込めてしまい、そしてそれに気づいて力を弱める。
それの繰り返し。

(月白くんの手、やっぱ大きいなぁ。
それにあったかい。さっきまでバスケしてたからやろか。)

「____め」

(手大きいとバスケも楽しいやろなぁ。)

「し___のめ」

(ボール片手で持てるんかな。まぁこの大きさなら)

「しののめ?」





足を止めた。
だって、目の前には横に並んでいたはずの月白くんの顔があった。
とっても近い距離で。
怪訝な顔をしていて、僕の瞳をじっと見つめる。
僕の息が掛かりそうで、呼吸を止めてしまう。
僕は今、どんな顔をしているんだろう。

「お前こそ大丈夫か?」

「──────────えっ?」

「顔、赤いから…」

僕は咄嗟に片方の手で自分の頬に手を添えた。
手には普段気にすることのない自分の体温が確かにあった。

「呼んでたけど、聞こえてなさそうだったし…」

「ぅあっ______」

あまりの恥ずかしさに喘ぎを漏らしてから、頬に添えていた手を月白くんの目元に置いて、月白くんの自分を見つめる視線を遮った。

「大丈夫。大丈夫やから、、早よ行こ…」

(分かっててやってるんか無意識か分からんやん…!)

月白くんは僕の遮る手をそっと下ろし、僕の瞳を今一度見つめる。

「手、そんなに気になるなら離すか?」

そう言い繋いでいた手を上げて、僕に見せつける。

「ぇ…」

その手をぎゅっぎゅっと握りながら、月白くんは態とらしく残念がっていた。

「嫌なら悪ぃし。」

「あっ、えっ、」

こんなことで動揺する自分自身が嫌になる。
だから、言わないと。
『離そう』と。
でないと僕は、
もう止まらない所まで行ってしまう気がする。
否定しなければ。
正直に。
正直に。
正直に。


「嫌じゃ、ないよ。」

正直にと意識すればする程、
僕が言おうと用意した言葉とは、全く違うものが出てきた。
事の重大さに気づいた僕は何とか取り繕う。

「嫌じゃないわけであって!
良いってわけじゃ…あっ、ちがっ!えっと、その……」

上手く取り繕うことができず、僕は心の中で半べそをかく。

「ふはっ。」

_______笑われた。

「ごめんごめん。ちーとからかってみただけだって。
ちゃんと分かってるから。」

月白くんは手を軽く握る。
耐えきれなくなった僕は感情の矛先を変えた。

「月白くんだって顔赤いやん!」

「はっ?!べっ、別に、赤くねぇし。
照れてるからって俺も巻き込むな。」

「照れてない!月白くんと違って!」

「は、はぁ?!」

僕らはその勢いのまま歩き出し、歩を段々と早めて行く。
そんなことをすれば、
早く保健室に着いてましうのに。

***

「月白くんのが赤いやん!」

「だぁから、お前のが赤かったって!照れ屋さんが。」

「それブーメランやろがい!」

僕らは保健室の扉を開け、入る。
しかし、そこにいるだろうと思っていた人はいなかった。

「あれ、先生いてなさそう?」

「あ、これ。」

僕の疑問に対して、月白くんは立てかけられた看板を指差す。

『本日、先生はお休みです。
何かあったら職員室の先生に。』

そう、保健室の先生のイラストと共に書かれた文字に目を通す。

「やったら職員室に」

「いや、いいよ。冷やすだけだし。」

一度廊下に出ようとした僕を引っ張り戻して、月白くんは冷凍庫のある場所まで行く。
怪我人を働かせるわけにもいかず、僕は月白くんを引っ張って無理やり椅子に座らせた。

「なんで。」

「僕のせいで怪我人になったやんから。」

そう言って冷気で埋め尽くされた冷凍庫の中に手を入れ、保冷剤を手に取った。
まだ手が熱かったから、この冷気が程良かった。

「お前のせいじゃねぇって。
元はと言えば坂本が変な場所に投げたからで…」

「あー、あの子坂本くん言うんやな。」

月白くんがじぃっと僕を見つめる。
言いたいことは分かる。

「まだ…みんなの名前覚えれてないんよな……。」

申し訳ない気持ちを感じながらそう小声で言う。
相手が月白くんとはいえ、こんなことを言うのも恥ずかしかった。
少し、情けない。

僕は月白くんの白い左腕の上にできた青い痣の上にタオルで巻いた保冷剤を軽く触れさせた。

「あいつらに直接聞きづれぇなら、俺に聞けよ。教えるし。」

「_______ありがと。」

(月白くん、
どっちかって言うとみんなに冷たい感じやのに、
ちゃんと名前覚えとんのやな。)

外面はどんなものだろうと、
彼の中身が優しいことに変わりはない。

僕は月白くんの青みがかった部分に視線を落とす。

(知れば知るほど、月白くんに惹かれてる。
でも、それじゃ、
やっぱり僕は男の子が好きってことになってまう。
みんなと違うって、、ことに…。)

僕は顔を曇らせてしまう。
脳内に、小学生の授業で先生が言っていた言葉が張り付いて離れない。

『世の中には自分と同じ性別の人を好きになる人がいます。
この人たちを悪く思ってはいけませんよー。』

小学生なんて、かなり昔の記憶なのに。
何故こんなにも鮮明なのだろう。
そしてこれが、僕の決断を悩ませ、阻むんだ。

(ゲイって認めたら、
お母さんとお父さんの死んだ理由が、
ほんまに僕のせ…ぃ……)




『恋愛対象が同性なのも、親が亡くなったのも、
─────東雲は何も悪くない。』


僕が過去を明かしたあの夜の公園で、
彼が言ってくれた言葉が頭の中でフラッシュバックし、
僕の考えを掻き消した。

「ほんまに、、
悪くない?」

視界の端で、月白くんが顔を向けたのが見えた。
緊張を感じつつ、返答を待つ。


「悪くないって。悪ぃのは坂本。」


そうじゃない。
違うんだ。
そのことじゃないんだ。

それでも、
きっと君はまた、
『僕は悪くない』って言うんだろうな。


「ぁーー…」

「ん?」

月白くんが僕の顔を覗き込んだ。
どうしよう。
言ってしまいたい。
楽になりたい。
でも言ったら、認めたら、
僕はもう戻れない。
他の人と違うと決定するようなものだから。

それでも、
目の前の彼に、本心を打ち明けてしまいたくて仕方がない。

「月白くん。ぼく、」

「大丈夫か月白ぉー?」


向かい合って座る僕らのこの空気を壊したのは、
紛れもない、
体育教師。

僕は保冷剤を掴む手を離し、それに気付いた月白くんが自分で保冷剤を腕に当てる。

「ちょっと青あざにはなりましたけど、
大事にはなってないです。」

「あーそうか。なら良かったが、もう6限始まってんぞ。早く戻れよー。」

体育教師はそれだけ言い残して保健室から出て行った。

(チャイム、いつ鳴ったんやろ。気付かなんだわ。)

月白くんは椅子から立ち上がり、

「正直サボりてぇけど、、行こうぜ。」

そう言って僕と視線を交わす。
片腕は怪我。反対の手には保冷剤。
寂しさを感じつつも、僕も彼の隣に立って、保健室から去る。
廊下に出歩いてすぐのこと。



「手、繋ぎてぇか?」


(______見抜かれてもたか。)

「ううん。別にかまへんよ。」

「______そっ。」

視線も、顔も、合わせていない。
僕も君も本心を知っている。
それでも、僕はそれを言っちゃダメなんだ。