「晩ご飯美味しかったな。」
「ほんまになぁ。あんなご馳走いつぶりやろ〜。」
夕飯も準備も終え、僕らが向かっているのは大浴場。
海に入った後のこのぬめった感覚を早く取り除きたいのと、久しぶりの温泉で僕の心は踊っていた。
後ろの月白くんと遊佐くんが何やら話しているようだが、そんなこと僕の耳には届いていない。
『男』と書かれた暖簾を潜る。
そして、僕の足は止まった。
他3人が僕を歩き過ぎる。
それでも動かない。
(せや、忘れてた。温泉って……!)
僕はの視線は月白くんはと吸い寄せられた。
彼は既に上の服を脱いでいて、上裸。
(つっつつつ月白くんとっ、裸でっ…?!)
「兄さん?どうしたん?」
「あっや、何でも、ない……」
のそのそと手を動かし、1枚ずつ服を脱いでいく。
頭が回らない僕の右隣にいる3人のことなんて、気にしてられなかった。
(やべぇ…風呂…凪…裸…。)
(兄さんと…ふふ…。)
(ぷっはは、おもろすぎんじゃん…ふはっ、最っ高。)
焦る凪。
緊張する月白。
興奮する漣。
ニヤニヤする遊佐。
『ドキドキ温泉物語♡』が、幕を開ける…?
***
「あれ、凪は?」
「後から行くから先入っといてやって。」
「…ん。ありがと。」
他の人達の座る間隔の具合で、意図せずして漣は月白の隣のシャワー前に腰掛けた。
月白の左に座る遊佐が体を前に傾け、漣と月白の顔を覗く。
「ちょっとお二人とも。そんな熱くならなさんな。」
「なってないわ。」
「なってねぇよ。」
「し、失礼します…。」
遂にお目当ての人物がやって来て、シャワー前に座る。
そしてそこは、
──────────遊佐の隣。
((なんで?!))
口角を上げた遊佐。
彼は僕へと顔を向け、
「へぇー。東雲、やっぱり小せぇな。」
「なっ…?!」
遊佐のその一言によって、月白と漣は立ち上がる。
そして遊佐の両腕を掴み、
「凪、ゆっくりでいいから、」
「先行っとくわ。」
僕は真っ赤な顔をシャワーで冷ましながら、3人の姿を見送った。
***
「一旦お前東京湾にでも沈めてやろうか。」
「いっそ今ここで…」
「悪かったって!
でもやっぱり、思ってた通り、小さかったな……。」
「おまっ…!」
「聞こえてんで遊佐くん。」
浸かっていた風呂に波が立つ。
声と源を辿れば、そこには本人が座っていた。
頬を膨らませた、、、
「僕のこと色々言うてくれとるやん…。」
「Oh......No........」
それから、
遊佐くんのことを皆んなで丁度良い程にのめして、
炭酸風呂、電気風呂、寝湯、壺湯、といった風呂の種類を試しに試しまくり、
僕と月白くんの間には何事もなく『ドキドキ温泉物語♡?』が幕を下ろす。
遊佐くんのことは許さないけど。
***
「いやぁ〜牛乳奢らされるとは思ってなかったなぁ…。」
「それで許してくれただけありがたいと思えよ。」
「そうやで遊佐くん。」
「兄さんの勝手に覗きよって。」
「あそっち?」
僕らは牛乳瓶を片手に、ホテルの廊下を歩いていた。
勿論、僕のは遊佐くんが買ってくれたもの。
「部屋戻ったらもう寝るん?」
僕は隣の月白くんへと視線だけを送る。
月白くんはスマホをタッチした。
「寝るにはまだ時間早えぇけど…。」
「いやいやいや、寝る訳ねぇじゃん。」
遊佐くんの声に(でしょうね)なんて思いつつ、一応最後まで聞いてあげる。
「遊ぶぞ!夜更かしだぁ!」
「うるっせぇ。」
「いでっ」
月白くんと遊佐くんから学んだことは、
うるさい人には取り敢えずチョップをかませばいいということ。
***
「こっち?」
「んー。」
「こっちか〜?」
「んんー。」
「こっちだぁ!」
「うわぁぁぁ…。」
これで4敗目。
僕が手に持つトランプにはピエロのイラストのジョーカーが。
「東雲顔出すぎぃ〜。」
「遊佐先輩も相当やけどな。」
「ん?漣、なんだって?」
「いーや。なんでもないデス。」
「なに敬語使ってるアピしてんだよ。」
僕は床に置かれたトランプを集めて、不器用ながらに組み始めつつ、月白くんへと視線を馳せる。
僕が負け続けるのと対照的に、月白くんは一抜けで勝ち続けていた。
(いつもはあんな顔に出やすいのに…。)
僕の脳内に浮かぶのは顔を真っ赤にした月白くんの照れた顔。
「もう時間も遅いし、次で終わりな。」
「えーんまだ夜はこれからだってのにぃ。」
「明日持たへんで。」
「えーーーー。」
***
「って、兄さん結局最後まで負けてたな。」
「掘り返さんといてよ漣ー。」
僕はベッドの上で枕に顔を埋めていた。
そんな僕を、隣のベッドに乗った漣が笑う。
「もー寝る!おやすみ!」
「うん、おやすみ。」
悔しさを噛み締めながら、僕は今日一日で溜まった疲れのお陰ですぐ眠りについた。
「兄さん。まだ起きてる?」
漣は凪を呼ぶ。
だが、呼ばれた彼に動きはない。
漣はその背中を見つめるだけ。
震える声で、眠る兄に言い聞かせるかのように、
「僕のこと見てよ。」
漣は布団を頭まで被った。
***
「はよぉ〜…。」
「おはよ。遊佐くん眠そうやけど…?」
「昨日あれから目覚めちまったみてぇで…。」
「ほんまアホやな。」
エレベーターの中。
キャリーケースの取手を持ちながらエレベーターの到着を待っていた。
「今日泳いでたらお前溺れてたんじゃねぇの。」
「ほんまやん。観光なのに感謝やな。」
「うーーーん。」
エレベーターが開いて、僕らは降りる。
鍵を返して、項垂れたる遊佐くんを引きながらそのホテルを去った。
お店でいくら丼を食べて、
お土産を買って、
ぶらぶらと楽しんでいた。
次の行き場はそう、僕の本命。
もしかしたら月白くんもかな。
小さい頃に行ってからずっと長らく会えなかった、
あの、、、
「すっげー!でっけぇ岩!」
「懐かしいなぁ…。」
「兄さんほんまここ好きやったもんな。」
「うん!」
日も傾いてきて現在の時刻は夜の6時過ぎ。
僕らがいる駐車場には帰ろうとする人々が多かった。
観光客は多いが、夕方に見ようとする人は少ないみたい。
それに、あの景色は見えない。
僕が目指す場所はここから歩かなきゃいけないから。
「ほんじゃぁ行こか。」
「おう。」
「うん!」
月白くんと漣の返事を受けて、足を動かそうとした時だった。
「ちょい待ち。俺お腹空いた、あれ食べたい。」
遊佐くんあが指差すのは店の近くに掲げられた旗。
描かれているのはソフトクリーム。
「だからさ、東雲と桃李は先行っといて。後から漣と追いかけるから。」
「はっ?!何で僕がっ」
遊佐くんは漣と肩を組み、もう片方の手で漣の口を押さえた。
漣の気持ちは何となくわかる。
昔から兄弟愛が強い子だから。
そして遊佐くんも。
(多分…。)
遊佐くんは左目でウィンクを3回した。
(お二人でどーぞ♡)
(とか思ってるんやろなぁ。)
(とか思ってんだろなぁ。)
促されるまま僕と月白くんは二人で海沿いを歩いて、目的地を目指して行く。
***
「ほんーーーまにとことん邪魔するやん!」
遊佐の手を振り払った漣は彼へと怒鳴る。
一方、遊佐は至って落ち着いていた。
「漣も分かってんだろ。二人が付き合ってるの。」
「なら、」
「でも付き合ってるって言われてない!」
想いの内を叫ぶかの様に。
しかし、どこか悲しみが混じったかのように。
遊佐は漣の両肩を掴む。
「言われてないからって、
邪魔していいわけじゃないねぇだろ。」
漣は顔を顰め、唇を強く噛んだ。
***
「______綺麗やな。」
「_____うん。」
左手には草木の生えた岩壁。
右手にはまだ青い海。
真夏のため日の入りが遅くなり、まだまだ空は橙色に染まってはいなかった。
「遊佐くん、気ぃ遣ってくれたな。」
「あいつにとっちゃ楽しんでるだけだろ。」
「ははっ、確かに。」
僕らは海沿いの道を歩いていた。
海を見ながら。
だけど、いつだって浴びてしまうのはこの視線。
僕らとすれ違う他の観光客の人達はじろじろとこちらを見る。
「今の子めっちゃ顔良くない?」
「隣の子イケメンなんだけど。」
「身長たかぁーい!」
僕らの会話は止まる。
僕は海を眺めている様で、意識は違った方向に向いていた。
「彼女おるんかな〜。」
「話しかけてみる?」
「絶対女いるでしょ〜。」
分かってる。
月白くんはモテるんだって。
きっと綺麗な彼女がいるんだろうと思われるんだって。
(誰も、隣にいる僕が彼の恋人なんて_______)
「あそこだろ。展望台。」
月白くんの視線を追えば、あの場所へと繋がる階段が。
「うん、せやね。」
大好きな景色へと繋がる階段を登る。
それなのに、何でこんなに気分が沈んでいるのだろう。
重たい身体で、その階段を登り終える。
頂上まで着くと、あの時の様に強い風が吹いた。
身体が揺れて、足がもつれそうになるのを耐える。
瞑った目を開けば、
「綺麗だな。」
「________うん。綺麗。」
彼と初めて会った時と似た様な会話をした。
その景色の没頭するより前に、月白くんは僕の手を掴む。
「えっ、」
戸惑う僕を、月白くんは引いてその通路を駆け抜ける。
人は誰一人いない。
僕らだけの場所。
その先でしか見れない景色。
あの時と似た風。
濃い海の匂い。
夕暮れ時に染まりつつある海。
そして、
──────────海の先を見て微笑む月白くん。
海を、この景色を眺めたいのに、
僕の瞳は月白くんしか映したくないらしい。
「楽しい?」
彼は振り返って僕にそう尋ねた。
あの時、僕がかけたのと同じ質問を。
僕は肯定でも、彼の同じ答えでもなくて言葉に迷う。
口を噤んだ僕に、彼は軽く微笑みかけた。
「『全然』って訳でもないか。」
月白くんは僕の前髪を軽く横に流して、僕の顔を覗き込んだ。
僕は顔は斜め下に、視線は目の前の彼へ。
「けど楽しいって感じでもなさそうだな。
俺も一緒。」
彼は『聞いて』とでも言いたげに首を傾げた。
もちろん、僕はそれに応える。
「なんで?」
月白くんはその質問を聞いて、後ろの海へと振り返る。
手すりに手をかけて、
「俺の彼氏は大変人気があるみてぇで、
今すっげぇ、
─────────嫉妬してる。」
「___________まっ、誠か?」
「ぷっ、ふはっ!んだよ『誠か』って。そーだよ。
誠誠。すっげぇ誠。」
驚きのあまり、何かを言おうとして出て来た言葉。
月白くんはそれにもちゃんと返してくれた。
「……僕も、嫉妬してた。」
「一緒だな。」
嫉妬の割に明るい笑顔だな、なんて思えなかった。
あまりにも頑張って作ったかのような笑顔だったから。
「僕は…桃李くん以外の人ら眼中にないよ。」
僕は彼の手すりにかけている手に自分のを乗せた。
「俺も大丈夫。俺もずっと、凪しか見てない。
それに、不安なら聞いてくれ。いつでも答えるから。」
聞くとは?
恥ずかしいけど、つまりは、、
「『好き?』って聞けばいいん?」
この甘い空気に酔いしれた僕は、思っている言葉を口から出してしまった。
「なんか恥ずいやん。」
顔が赤い僕に、月白くんは笑いかけてくれた。
「なら俺が毎日言う。好きって。」
やっぱり、
彼には敵わない。
そんなかっこいいこと言われると、
僕が何と言えば彼に合うのか、
分からなくなる。
目を細めた僕の前で、月白くんは遠くを指さした。
海の奥の方。
それを目で辿れば、、、
「_______“凪”や。」
そう、
僕はこの景色が、凪が好き。
一波すら起こすことなくただそこにある。
何ごとにも流されない。
静かなのに、どこか強い。
そんな…
「凪、好きなんだろ?俺も好き。」
月白くんが言葉にした。
その『凪』というのがどちらの意味なのか、そんなこと考えようなんて思わない。
僕だって好きなんだ。
そんな君が。
「他の恋人さんらもこんなん思ってんのかな。」
「_______さぁな。
凪、ちゃんと言っとくけどよ、
俺は最初も最後も、凪がいい。」
「僕も。絶対、桃李くんに飽きることはないよ。他の人に目移りもできやん」
「………うん。」
僕らは何かを話す訳でもなく。
その景色と彼の隣に酔いしれた。
***
「あれお前らまだここいたの?わっすげぇ絶景。」
「兄さん!大丈夫?何もされてない?」
「何の心配してんだよ。」
僕の隣に漣が並び、その隣には遊佐くんが並んだ。
そして二人も僕らの様にその景色に魅入る。
「俺ここ来んの初めてなんだよなー。桃李のせいで。」
「掘り返すなよ。」
何のことだか分からない漣。
だが脳内の端に隠れていたある記憶が蘇る。
***
あの時。
月白が隠れてこの展望台へやって来て、凪と出会ったあの時。
下では遊佐が月白を探し回っていたあの時。
同じくして、漣も凪のことを探していた。
「母さんあっちは?!」
「あっちはもう見たよ。」
「ほんまどこ行ったんやろ…。」
父と母、そして漣が捜索していた。
「でもにぃちゃん。あの階段のとこ好きやから、先あそこ見てくるわ。」
「あっ、ちょ!漣!」
親の声を払って漣はその階段の元へと駆け出した。
その途中で、
「なぁ君君ー!」
自分とは正反対の呑気そうな声が聞こえ、渋々立ち止まる。
「桃李ってやつ知らね?小5の生意気なやつ。どっか行っちって〜。」
「ごめんな。分からへんわ。僕も聞きたいんですけども、一緒で小5の僕のにぃちゃん知りませんか?僕の可愛いにぃちゃんなんやけど。」
「んー知らね。悪ぃな。」
「いや、大丈夫よ。ありがとうね。」
漣は再びその階段へと向かう。
階段から足音が聞こえ、顔を上げる。
そして背後から先程話した少年の声が。
「桃李〜!」
すると、目の前に現れたのは違う少年。
彼と一瞬目が合ってから、彼は漣を通り過ぎて行った。
階段の足音が消えてから、
漣は階段を登り始める。
漣は気付かずに段を登り進めて行く。
後ろで真琴という少年が腕を広げて固まっていたこと。
桃李という少年が意を決していたこと。
そして階段の頂上でその桃李という少年を見据えていたこと。
***
(せや。桃李って、月白くんのことやろ。
なら、あの時のアホ面の子どもは…。)
視線は自ずと隣にいる遊佐へ。
海を眺める彼の横顔。
「やばいイケメンいっぱいいる!」
「行こーよ!」
漣の意識がハッと戻ると同時に、他3人もその声に気付いた。
先程まで人一人いなかったが、他の観光客がやって来た様だった。
「そろそろ行くー?」
「せやな。もう堪能でたし。」
「帰るか。」
「兄さん足痛ない?」
「痛ないよー。」
僕らはゆっくりと足を動かす。
最後に、この景色を目に焼き付けて。
高校生の恋なんて、ただのじゃれ合い。
なんて思われるかもしれない。
でも僕の、僕らのこの気持ちは本物なんだ。
誰が、何と言おうと。
僕は目の前を歩く月白くんの袖を掴み足を止める。
月白くんも僕の手に引っ張られて足を止め、それに気付いた二人も止めた。
顔に熱を集めながら僕は言った。
「今日のホテルの部屋さ、桃李くんと一緒がいい。」
逸らしていた視線を彼の顔へと向ける。
目を見開いて驚いた顔。
だけどすぐに変わる。
ババ抜きはあんなに強いのに、何でだろう。
彼の喜びが顔一面に現れていた。
「俺も。」
いくらかっこよくたって、やっぱり月白くんは月白くん。
(耳、真っ赤やん。)
思わず上がりそうになる口角。
だけど、
(夕陽のせいってことに、したろか。)
遊佐くんも漣も見てる。
何なら他二人の観光客の女性たちも。
それでも僕は、背伸びをする。
彼の口元に届かせようと。
ダサいことに僕じゃ届かないみたい。
今はやめておこうかと、引こうかとも思ってしまった。
だけど、どうしても今を逃したくなくて。
月白くんが屈んで、僕の代わりにしてくれた。
そうすると、
ほら。
届いた。
あの時はほっぺだったけど、
今回は口に。
(僕のこと可愛いて言うくせに、
桃李くんも可愛いやん。)
照れた君の顔があまりにも可愛くて、
やっぱり夕陽のせいになんてしてあげない!

