認めさせてよ、この恋を。

そんなこんなで夏休み直前。
教室の窓から見える運動場では、地面の空気が暑さで揺れて見える。
でも教室の中ではエアコンが音を立てつつも働いてくれて、

(快適やぁ〜…。)

お弁当の中から箸で拾い上げた白米を口に入れて、この空間に和んでいた。
そして彼も、、

「まじエアコン最高!もう外出たくねぇ〜。」

「いや自分の教室帰れよ。」

「昼休入ったばっかだろっ!」

「あっおい!このっ!」

「あでっ」

遊佐くんは月白くんの弁当箱から盗ったウィンナーを盗み食いした。
そんな遊佐くんに月白くんがチャップをかました。
この空気も、もう既に僕の日常になっていた。
勿論、僕らに注がれる女子達のこの視線も。

「夏だし、旅行、、、海行きてぇな〜。」

僕と月白くんの肩が揺れた。
おそらく月白くんもあの記憶が過ったんだと思う。
この間話した、僕らの本当の初めての出会い。
そしてその場所、

「海、かぁー。」

「いっ、行きたいわなー。」

僕らの言葉は明らかにカタコトだった。
涼しいはずの教室で汗を浮かべる。
視線は二人とも遊佐くんから逸れて、遠くの彼方へと飛んでいた。
そんな僕らを怪訝な目で見つめる遊佐くん。

「なぁー。
そろそろ言ってくれてもいいんじゃねぇの?
俺よ?俺やで?」

「エセ関西弁やめろよ。」

「もー俺は気付いてんの!」

遊佐くんは僕らに近付いて、
僕の右耳月白くんの左耳でそっと小声で口にした。

「お前らが付き合ってんの。」

思考が止まった。
代わりに壊れたロボットのように口から、

「_______あっ、わわわわわわわ」

「やっべ口から煙出てらぁ…。」

「出てねぇよ!」

月白くんが僕を直そうと背中を摩ってくれて、なんとか落ち着きを戻したが、

「そっ、そんなっ、つつつ付き合って…なんか……。」

月白くんの顔がみるみる真っ赤になっていく。
言葉も途切れて。

「ははっ!お前顔あっかー!」

「黙れクソ真琴。」

「いっ!!」

月白くんが再び頭にチョップをかまし、遊佐くんが頭を抑える。
平常に戻ってきた僕は震える声で、

「何で、分かったん?」

「いや分かるって。まぁ桃李から東雲が可愛いってことは前々から聞いてアデッ!」

月白くんは本日3回目のチョップを放った。

(でももう、隠せやんか…。相手遊佐くんやし…。)

僕は月白くんへと視線を送る。
月白くんは息を軽く吐いて、頷いた。

「うん。遅なってごめん。
僕と月白くん、その、、
付き合ってるよ。」

何だか人にこう言葉にして伝えるのが、
なんだか、
分からないけど、、

僕の頬が微かに赤くなる。
頬に手を置いて、遊佐くんへと顔を向けた。
彼は椅子の背もたれに肘をついて、顎を手に乗せていた。

「ん。言ってくれてあんがとぉね、東雲。」

清々しいほど、爽やかな笑みだった。
その顔に僕は安堵した。
顔の赤みも、だんだん引いていった。

「初めて会ったのって確か海だろ?ほらっ!記念っつーことで行こうぜ!海ー!」

「お前が行きたいだけだろうが。」

「ねぇいいーじゃーん行こー。夏休みぃー。」

僕は弁当箱に入る卵焼きに箸を掛け、

(でも、確かに…)

東雲の脳内にはあの景色が浮かぶ。
白い岩に青い広大な海。そして海特有の清々しい匂い。
そして、、、

「ええかも。」

二人が僕を見る。
そして気付いた。
口を手で塞いでももう遅い。
声に出てしまっていたのだから。

「だよなだよなー!分かったんじゃぁ〜ん。」

遊佐くんが席を立って僕の肩を組む。
彼のなすがまま僕は流されたが、それに月白くんが耐えられなかったみたいで、、、

「いっっったぁぁああ!!」

空は雲ひとつない快晴。
そんな中、一室の教室には遊佐くんの叫びが響いた。

***

「ってことで、海行きけって〜い!泳ぎてぇ!」

学校からの帰り道。
3人でいつもの道を歩いていた。

「勝手に決めんな。」

「えーそんな冷たいこと言うなって〜。」

「ってか何でお前もいんだよ。
俺と凪が、その、、、えぇっと、、つっ、つきあっ」

「あぁお前らが付き合ってんの?」

照れつつも頑張って言おうとした月白くんの努力を、遊佐くんが酷い程軽々と踏み躙る。

「まぁまぁ、それは気にせず。
そっれっよっりぃ、俺より気回した方がいいやつがいるでしょーが。」

月白くんは心当たりがあるのか、口が止まる。
だが僕は頭に疑問を浮かべた。

「え?それって誰のこ」

「兄さんお疲れ〜!」

二人の言うその人物が現れた。
東雲はまだ知る由もないが。

「あっ、漣。お疲れ。」

漣は東雲と月白の間に割って入った。
睨むように月白を一瞥した漣はすぐに笑顔を作った。

「何話してたん?」

「あぁ旅行に、海行きたいなぁって話しとってん。」

「いや、もう決定事項だから。」

「ふ〜〜〜ん。」

漣は振り返る。
東雲が気づかぬまま、月白と遊佐に黒い笑顔で、

「僕も行きたいなぁ。連れてってよ。兄さんと僕はセットみたいなもんやで?」

漣からは2つ年下と思わせられない圧力を感じる。
だがしかし、月白はそれに引き下がらなかったようだ。

「いや、お前は」

「行きたいなぁー。」

遊佐は月白の肩に手を置いた。
首を横に振る。
それを見た月白はため息を零して、

「分かったよ。」

「やった!兄さんと旅行や!」

漣が急に僕の腕を組む。
遊佐くんもいるから結局二人きりじゃないし、それならはそれで人数は多い方がいいだろうと思えて、

「漣と旅行ら久しぶりやなぁ〜。」

月白くんが後ろでほっぺたを膨らませていたことを、
僕は知らなかった。


***


食卓を囲んだじぃちゃんと漣と僕。
じぃちゃんはテレビで流れているバラエティー番組を観ていた。

「じぃちゃん。月白くんと遊佐くんとさ、夏に旅行で海行こて話してるんやけど行ってもいい?」

「僕も。」

「そんなん聞かんでもかまへんに。行ってきぃ。」

「ありがと。」

僕は一巻きの渦を抱えてそう言った、

***

僕のその渦は案外直ぐ膨れ上がっていく。
その正体を知ってても、そしてそれを口にしても、何も危険はない。
それでも、

(怖い。)

漣が風呂に入っていた夜8時。
目の前でまだ番組を観続けているじぃちゃん。
その姿をずっと見つめていた。

(でも、ちゃんと、じぃちゃんにはちゃんと、
───────────言いたい。)

「じぃちゃん。」

じぃちゃんが僕へと顔を向けた。

「どうした?」

ずっと見せてくれる朗らかな表情。
僕の緊張も、少し解けた。

「あんな、ずっと言えてなかったんやけど、」

自分の心に汗が浮かんでいるように感じる。
鼓動の音もよく聞こえる。
息を吸って、震えながら吐き出した。

「僕、月白くんと付き合ってる。」

一度背けた視線を、再びじぃちゃんに向けた。
ほら。
何度この笑顔に救われたことか。

「そうか。おめでとさん。
良かったなぁ、凪。」

そう言ってじぃちゃんは僕の頭に手を置いて撫でてくれた。
僕は俯いて涙声で、

「うん…。」

遊佐くんの時もそうだけど、人に伝えるとより、
僕と月白くんが恋人になったんだと実感できたな。

「にぃちゃん風呂上がったでー。」

「はーい。」

僕は立ち上がってリビングを出て、風呂場へと行った。
その後のことを知らなかった。

「もう気付いとったよ。
桃李くんか、ええ子見つけたなぁ。」


***


「もう部屋行けるって〜!」

時はすぐ経ち夏休み。
その旅行先のホテルのフロントに僕らはいた。

「荷物だけやなくて?」

「んー部屋もー清掃したってさ〜。」

疑問を口にした漣は二つのキャリーケースを引いて遊佐くんの元へ行く。
そして後を追って僕と月白くんも。
遊佐くんは4枚のカードを見せる。
それが部屋の鍵だとはすぐ気付いた。
けど、2枚が赤色、残りの2枚は青色。

「部屋は2部屋。さぁ、部屋割りどうすんよ?!」

「俺は凪と」
「僕は兄さんと」



数秒の沈黙。
二人の視線が火花を立ててかち合う。
挟まれる僕はこの空気が痛い。

「兄弟水入らずなんやから引っ込んでてくれんかな。」

「どーせ同じ家に住んでんだろ。贅沢言うな。そもそもこの旅行も俺と東雲が決めたことだ。」

「いやそれは俺よ?遊佐真琴クンよ?」

「そろそろブラコン卒業しとけ。」

「ならあんたも兄さん離れして。別に付きおうてる訳やないんやからええやろ。」

「クッ……。」

月白くんの勢いが衰えた。
無理もない。
漣には僕と月白くんが付き合っていることを言っていないのだから。

(あーらら。弟も分かってるくせに、そーんなこと言っちゃってー。いやらしぃ〜。)

遊佐くんが二人の様子を見てニヤニヤと笑っていたことに、僕を含めた他3人は気付かなかった。

***

「兄さんと同じ部屋で良かった〜!」

エレベーターの中。
漣が僕の腕を組んで頬を擦り寄せてくる。
くすぐったいけど僕もされるがまま。

「まぁまぁ桃李落ち着けって〜。」

後ろで遊佐くんからそんな声が聞こえてくる。

(漣に言えてなかったから…。ごめん月白くん。僕がちゃんと漣に言えてたらこんなことには……!)

実際のところ、もし伝えていたとしても結局邪魔されることになっていただろう。

エレベーターの扉が開いて、僕らは部屋へと歩いて行く。

「早く荷物置いて海行こーぜ!泳ぎてぇ!」

「静かにしろ。」

「あでっ」


***

そして今。
僕らがいるのはホテルの近くにある広大な砂浜ビーチ。
さんさんと照りつける太陽。
近くには海の家。
周りには沢山の人々と視線。

「やばいあの子めっちゃ可愛い。」
「あの金髪イケメンすぎる。」
「可愛いとかっこいいの渋滞。」



「めっちゃ見られてるんやけど。」

「やっぱ俺がイケメ」

「その口縫うぞ。」

月白くんがチラッと僕を見る。
僕は羽織っていたパーカーの紐をギュッと握る。

(視線が痛い…。いつものことやけど……。)

「もーはいはい!」

遊佐くんが上着をレジャーシートの上に脱ぎ捨て、漣の上着も剥いだ。

「海行っくぞー!」

「わっちょっおい!」

漣が誘拐されるかのように海へと連れ去られた。
他でもない遊佐くんの手によって。

「僕らも行こか。」

そう言って僕は上着を脱ぐ。
周りの視線もだけど、月白くんからの視線を一身に浴びる。

「まっ、まままま待てっ、!」

「えっ?」

月白くんは僕が脱ごうとした上着を再び掛ける。
そしてカバンを何やら漁り始めた。

「ぇえっと…?」

何やら取り出したようで、
それは白色のラッシュガード。

「これ、着て。」

月白くんがそれを広げて僕の肩に掛けた。
僕は首を傾げて、

「え?ラッシュガード?なんで」

「えっと、その、、
結婚前の子が、そんなっ、、ダメだろ!」

「いや何がダメなんだよ。」

「「うわっ!」」

暑いのか耳まで真っ赤な月白くんの後ろには、先程走り去ったはずの遊佐くんが。

「お前ら来んの遅すぎだってー。」

そう言って遊佐くんはラッシュガードを羽織った僕と月白くんを引いて海へと向かう。
その途中で拾い上げるかのように砂の上に座っていた漣も遊佐くんは引っ張って行った。

「わっ、冷た!」
「気持ちぃー!」
「おい真琴引っ張んなって。」
「あんたも兄さんから手離せ!」


まだ浅い海辺で転けた遊佐くんに皆んなで水をかけて、
ホットドッグを食べて、
砂浜に暴れる遊佐くんを埋めて、
また海に入って、
皆んなでサイダーを飲んで、、

楽しい時間というのは本当に直ぐ過ぎ去るみたい。

「捨ててくるよ。」

「あっ、ありがと。」

僕の手から取ったサイダーの瓶を持って、月白くんが海の家の中に戻って行った。

(海って長くいてたら匂い慣れてくるよなぁ。
もうそろそろお暇やろか)

「ねぇねぇ君〜。」
「もしかして暇だったりする〜?」

壁に持たれていた東雲の前に、3人ほどの女性達が現れた。

「____友達、待ってます。」

「んじゃ待ってる間うちらと遊ぼーよ。」
「てか君顔整ってんねー。」
「デートしよデートしよー!」

「あっ、その、、、えっと、、、」

僕の頭はパニック状態。
今までも色々と言い寄られることはあったけど何とか良い感じに流せてた。
でも、こんな、詰められたら、どうすれば、、、

「ダメ。」

僕の目の前に白い腕が伸びて来た。
何となく、誰なのかは分かってる。
確信と期待を抱いて、彼へと顔を向けた。

「凪とデートしていいの俺だけだから。
悪ぃな、お姉さん達。」

月白くんは僕の手に指を絡ませる。
目の前の女性達はその手を凝視する。
そして僕も。

「わっ、わっ!桃李くん?!」

月白くんは僕の身体を引き寄せ、僕を連れてその場を去る。

「私らめっちゃ邪魔しちゃったじゃん。」
「いやある意味良かったのかも。」
「確かに。」

***

「桃李くん?!」

海辺まで再びやって来た。
月白くんの足元には波は差し掛かるが、僕のところまでは届いていなかった。
月白くんは振り返り、僕の頬っぺたを両手で挟んだ。

「うぇっ?!とっ、とうりくん?」

月白くんは口を膨らまして拗ねた顔で僕を抱きしめ後ろへと下がる。
水の冷たさがまた感じられて気持ちが良いなんて呑気に思う暇もなく、月白くんは座り込み、僕もそれに連られた。

「あのーー?」

「恋人がモテるとつれぇなぁ…。」

「あっぇっ?!うっ、えっ?!」

戸惑う僕を、月白くんは当分離してはくれなかった。
一方その頃。
海の家の近くにて、、、

「さいっあくや。僕が行こうとした瞬間に行かれた…!」

海の家の横の壁。
そこに隠れるように漣がいた。

「まぁまぁ落ち着けって弟よ。」

「はぁ?!」

漣の頭の上には手と共に誰かの顎が置かれた。
漣が動こうとしてもそれは遊佐の重さによって遮られる。

「弟さ、邪魔すんのほんと好きなのな。」

「______邪魔しやな、ほんまに盗られるねん。」

「でも東雲はそれを望んでんだろ。」

漣の目が開く。
瞳孔が揺れて止まらない。
漣は振り払うかのように遊佐から距離を取った。

「毎回思うけどあんた何なん。あんただって僕のこと邪魔してるやん。」

「ちょっとー。」

遊佐は漣へと近付き、目の前まで来た。
身長差が明るみになり、漣は上を見上げた。
漣が警戒していると、遊佐は背を丸めて、漣の額にデコピンを打つ。

「あんたあんたって。俺は先輩だぞー?遊佐先輩とでも言いなさい。」

「______チッ。
それならあんた、、遊佐先輩…
だってそうやん。僕のこと毎回弟って。」

「あぁーー確かに。それは悪かったごめん。」

遊佐は目の前で手を合わせる。
こうされれば漣もなす術はない。

「なら、れん。れんれん?れんちゃん?レッキー?」

「なに人のことネズミのあれみたいに言ってんの。」

ケラケラと笑う遊佐に、漣は眉を顰める。
すると、遊佐は笑いを止めて、漣の額に掛かる髪を上げて額を指で摩った。

「じゃぁ、漣。でいい?」

「〜〜〜ッ!勝手にしろっ!」

漣のその一言が、そのビーチ中に響き渡った。

***

時は過ぎ、
海の彼方では、夕陽がゆっくりとその橙色に輝く水面へと沈んでいく。
僕らはそれをただ呆然と見つめていた。
そして視界の端の右側で、レジャーシートを畳んでいる人達に気付いた。
それはみんなも。

「俺らも帰っかぁ〜。」

「ホテルの夕飯の時間もあるしな。」

「せやな。」

みんなが立ち上がり、自分の荷物に手を掛ける。
それに気付いているのに、僕の身体は一向に動かなかった。
美しい夕陽。
ではなく、僕が見ていたのは波がまだ残る海面。
風が吹いているから、仕方がない。
それでも、、、

「“凪”、見れやんかったな…。」

誰にも聞こえないよう小さな声で呟く。
だけど、残念という感情に僕は蓋をした。
明日は見れるかもしれないという期待と共に。