不思議と海の香りを思い出した5月のある日のことだった。
いつもは家を出るのは早かったが、今日は不思議と遅めに出たかった。
玄関の扉を開けて学校へ登校しようと家を出る。
家を出てから、人が多い表道を避けるために裏道へと続く左に曲がる。
視界に人が映り、スマホを片手に持ったまま顔を上げた。
同じ制服を着た黒髪の少年が角から現れた。
俺の足は止まる。
だが、視線だけは彼を追っていた。
横顔しか見えなかったが、
──────────あまりにも綺麗だった。
俺よりは低い背。
整った顔立ちだが、どこか可憐さを兼ね備えた顔。
真っ黒な黒髪に映えるほど対照的な肌。
スマホを持っていた方の腕を下ろす。
自覚はあった。
俺は今、彼に見惚れているんだと。
もしかしたら、これが一目惚れというやつだろうか。
自分が立ち止まっている間も、彼は歩き進めていく。
そして電柱を通り過ぎてから彼の姿が視界から消えた。
体が勝手に動き出し、彼の通った裏道まで走り出してしまった。
その道に出て、左を向く。
彼は小さな歩幅で真っ直ぐ歩いていた。
「初めてあんなやつ見たな。」
(あんな…綺麗な…。)
顎に手を置いて、思い出す。
「いや、初めてじゃ、なかったか…。」
そうだ。
あの日、
あの白い岩が並み立つ海で、
彼のように美しく、綺麗な少年と出会った。
彼の姿と、記憶の少年の姿が重なった。
「あっ、やべ。学校行かねぇと…。」
緊張気味になった足を、彼へと向けて歩き出す。
***
朝のホームルーム。
自分の席の隣には新しく机と椅子が置かれていた。
脳内に今朝出会った少年の姿が浮かぶ。
(もしかして)
なんて期待する。
(いや、まぁ…んなことねぇだろ。
そんな、)
扉が開いて、今朝出会った彼が現れた。
(そんな、、偶然…。)
その偶然が、
期待が、
叶ってしまった。
曇った表情の少年。
彼は声を発する。
「関西から来ました。
東雲凪です。
よろしくお願いします。」
(東雲、凪…。)
彼はゆっくりと指示された机へと歩き着く。
外を見る彼、東雲をじっと見つめる。
(関西…凪……。
いや、んな偶然あるわけねぇか。
性格だって、あいつとは何かちげぇし。)
そうであって欲しいと思いつつも、そう自分に言い聞かせる。
***
だが、その日の昼。
真琴が委員会があるため早めに昼食を切り上げ、教室に戻った。
自分の席は使われていた。
別に構わない。みんなそうしているし。
だが、
生徒たちに囲われた東雲の表情は明らかに悪くなっていた。
どうしても、放っておけなかった。
「ここ、俺の席なんだけど。」
その一声で生徒たちは去って行く。
椅子に座る時、ちらっと彼の顔を見る。
明らかに安堵した表情で、心なしか自分もほっとした。
窓の外を見るふりをして、東雲の横顔を眺めていた。
急に東雲はこちらを見る。
二人の視線が交わった。
日光に照らされた東雲に見惚れた。
そして、
(______こいつだ。)
記憶の中の少年と、東雲凪という転校生の姿が
完全に重なった。
驚きと共に、自分が東雲を見続けていることに気付いて視線を逸らした。
すると東雲は、
「____ッねー、ありがとう。」
そう言った彼を再び覗き見てから、照れてしまい背を向けた。
「や。別に、お前のためじゃねぇし。俺が座りたかっただけだからな。」
「________さよか。」
そう。
俺はこの時に気付いたのだ。
小学生の頃に一目惚れした少年が、
今一度、
転校生として自分の隣にやって来た。
そしてまた、俺は一目惚れした。
***
小学5年生の夏。
小さなバスケクラブに所属していた俺と真琴。
きっかけは一人の生徒だった。
「みんなで旅行行きたい!」
その言葉に反応した他の生徒とコーチ達。
と、乗り気の真琴。
「いいじゃん!どこ行くどこ行く〜?!」
体育館でのバスケの練習は一時中断。
みんなで話し合った結果、
「海行きたい!」
「遠いとこ行きたい!」
「人数も多いし、都会で迷ったら困りますもんねぇ。田舎の方がいいですかね。」
生徒とコーチの意見を取り入れて考えだされた行き先は、近畿地方のある海の見える場所。
正直、俺は乗り気じゃなかった。
***
腹が立つ程に快晴の当日。
荷物をホテルに下ろしてから、
俺達は近くの海の見える場所に観光に来ていた。
「「「わー!海だー!」」」
生徒達がそう言って階段を降り、波が届く寸前の所まで走った。
「気ぃ付けろよー。」
コーチの声も届いていない程、興味津々な彼ら。
俺はそいつらを階段の上から見下ろしていた。
「行こーぜ!」
真琴が俺の手を引っ張って下へと走って行く。
コーチも下に降りて、みんな海で戯れていた。
「明日泳ごうねー!」
なんて言う子供達を背に、
俺は波がぎりぎり届かない場所でしゃがみ込み、落ちている貝殻を眺めていた。
深い溜息を吐いた後、
「めっちゃ綺麗だったね!」
「ねっ!白い岩!」
「ここで見るのとじゃ大違いだったね。」
「やっぱ高い所から見たからかな〜。」
他の観光客の人達の会話が聞こえた。
周囲にもら白い岩は沢山あった。
ここからも見えるのにわざわざもっと見える場所に行こうとなぜ思えたのだろうか。
声の主達をちらっと見ると、満面の笑みで話していた。
あんなに笑顔になれるのが、多分、羨ましかったんだと思う。
それかみんなのいるその場所から逃げたかったのか。
(ちょっとだけなら、バレねぇか。)
少し見てすぐ帰って来れば、コーチにもバレないだろうと思った。
みんなの目を盗んで、忍足で階段を登る。
そして道沿いに進んでその場所を目指す。
通り過ぎる人々は皆んな笑顔だったり驚いた表情をしていた。
一体、どんな景色なのだろうか。
どれほど自分を喜ばせてくれるのだろうか。
歩いた先にあった階段を軽やかに登る。
頂上まで登り切ると、一気に風が吹く。
思わず目を瞑って顔を腕で隠した。
汗ばんだ身体には涼しくて心地良い。
靡いた茶色い髪も、風が止んだことで止まった。
ゆっくりと、腕を下ろす。
驚いたら、本当に息を呑むのだと初めて知った。
「_______________きれい。」
小さな声で呟いた。
ただただ美しかった。
観光客達がわざわざ登ってここに来る意味はある。
広大な青い海と青い空。
珍しい白色の岩。
点々と生えている木々や草。
海特有の爽やかな風。
久しぶりに、世界が輝かしく映った。
足を運ばせ、細い通路を辿る。
丁度良いことに、周りには誰もいなかった。
進めば進むほど、
自分がこんな美しい世界にいるのだと言う実感が湧いて来る。
「きれぃ……。」
ふと、目尻から水滴が溢れた。
今抱えている悩みから、解放された気がした。
滲んだ瞳のまま景色を眺めていると、通路の最終地点が視界に入る。
そこには、
風で髪を揺らした黒髪の少年が立っていた。
その少年と目が合う。
どこか儚い顔立ちの少年。
風で飛んでいってしまいそうな。
俺はその時、
本当の本当に初めて、
一目惚れをした。
少年は無言のまま階段を降りて、こちらへやって来た。
俺は何も話さず、ただ彼の空気に包まれてしまっていた。
少年は俺の手を繋いで、階段を登り頂上まで引いて行った。
少年は手を離して、俺にこの壮大な景色を見せる。
こちらを向いて彼は微笑んだ。
「綺麗よな。」
俺は視界に映るその絶景と、彼の姿に魅了された。
「________うん。綺麗。」
俺達は手すりに手を乗せて、その景色を二人で無言で眺めていた。
多分気付かれなかったと思う。
景色だけじゃなくて、彼の横顔も盗み見していたこと。
いつもは家を出るのは早かったが、今日は不思議と遅めに出たかった。
玄関の扉を開けて学校へ登校しようと家を出る。
家を出てから、人が多い表道を避けるために裏道へと続く左に曲がる。
視界に人が映り、スマホを片手に持ったまま顔を上げた。
同じ制服を着た黒髪の少年が角から現れた。
俺の足は止まる。
だが、視線だけは彼を追っていた。
横顔しか見えなかったが、
──────────あまりにも綺麗だった。
俺よりは低い背。
整った顔立ちだが、どこか可憐さを兼ね備えた顔。
真っ黒な黒髪に映えるほど対照的な肌。
スマホを持っていた方の腕を下ろす。
自覚はあった。
俺は今、彼に見惚れているんだと。
もしかしたら、これが一目惚れというやつだろうか。
自分が立ち止まっている間も、彼は歩き進めていく。
そして電柱を通り過ぎてから彼の姿が視界から消えた。
体が勝手に動き出し、彼の通った裏道まで走り出してしまった。
その道に出て、左を向く。
彼は小さな歩幅で真っ直ぐ歩いていた。
「初めてあんなやつ見たな。」
(あんな…綺麗な…。)
顎に手を置いて、思い出す。
「いや、初めてじゃ、なかったか…。」
そうだ。
あの日、
あの白い岩が並み立つ海で、
彼のように美しく、綺麗な少年と出会った。
彼の姿と、記憶の少年の姿が重なった。
「あっ、やべ。学校行かねぇと…。」
緊張気味になった足を、彼へと向けて歩き出す。
***
朝のホームルーム。
自分の席の隣には新しく机と椅子が置かれていた。
脳内に今朝出会った少年の姿が浮かぶ。
(もしかして)
なんて期待する。
(いや、まぁ…んなことねぇだろ。
そんな、)
扉が開いて、今朝出会った彼が現れた。
(そんな、、偶然…。)
その偶然が、
期待が、
叶ってしまった。
曇った表情の少年。
彼は声を発する。
「関西から来ました。
東雲凪です。
よろしくお願いします。」
(東雲、凪…。)
彼はゆっくりと指示された机へと歩き着く。
外を見る彼、東雲をじっと見つめる。
(関西…凪……。
いや、んな偶然あるわけねぇか。
性格だって、あいつとは何かちげぇし。)
そうであって欲しいと思いつつも、そう自分に言い聞かせる。
***
だが、その日の昼。
真琴が委員会があるため早めに昼食を切り上げ、教室に戻った。
自分の席は使われていた。
別に構わない。みんなそうしているし。
だが、
生徒たちに囲われた東雲の表情は明らかに悪くなっていた。
どうしても、放っておけなかった。
「ここ、俺の席なんだけど。」
その一声で生徒たちは去って行く。
椅子に座る時、ちらっと彼の顔を見る。
明らかに安堵した表情で、心なしか自分もほっとした。
窓の外を見るふりをして、東雲の横顔を眺めていた。
急に東雲はこちらを見る。
二人の視線が交わった。
日光に照らされた東雲に見惚れた。
そして、
(______こいつだ。)
記憶の中の少年と、東雲凪という転校生の姿が
完全に重なった。
驚きと共に、自分が東雲を見続けていることに気付いて視線を逸らした。
すると東雲は、
「____ッねー、ありがとう。」
そう言った彼を再び覗き見てから、照れてしまい背を向けた。
「や。別に、お前のためじゃねぇし。俺が座りたかっただけだからな。」
「________さよか。」
そう。
俺はこの時に気付いたのだ。
小学生の頃に一目惚れした少年が、
今一度、
転校生として自分の隣にやって来た。
そしてまた、俺は一目惚れした。
***
小学5年生の夏。
小さなバスケクラブに所属していた俺と真琴。
きっかけは一人の生徒だった。
「みんなで旅行行きたい!」
その言葉に反応した他の生徒とコーチ達。
と、乗り気の真琴。
「いいじゃん!どこ行くどこ行く〜?!」
体育館でのバスケの練習は一時中断。
みんなで話し合った結果、
「海行きたい!」
「遠いとこ行きたい!」
「人数も多いし、都会で迷ったら困りますもんねぇ。田舎の方がいいですかね。」
生徒とコーチの意見を取り入れて考えだされた行き先は、近畿地方のある海の見える場所。
正直、俺は乗り気じゃなかった。
***
腹が立つ程に快晴の当日。
荷物をホテルに下ろしてから、
俺達は近くの海の見える場所に観光に来ていた。
「「「わー!海だー!」」」
生徒達がそう言って階段を降り、波が届く寸前の所まで走った。
「気ぃ付けろよー。」
コーチの声も届いていない程、興味津々な彼ら。
俺はそいつらを階段の上から見下ろしていた。
「行こーぜ!」
真琴が俺の手を引っ張って下へと走って行く。
コーチも下に降りて、みんな海で戯れていた。
「明日泳ごうねー!」
なんて言う子供達を背に、
俺は波がぎりぎり届かない場所でしゃがみ込み、落ちている貝殻を眺めていた。
深い溜息を吐いた後、
「めっちゃ綺麗だったね!」
「ねっ!白い岩!」
「ここで見るのとじゃ大違いだったね。」
「やっぱ高い所から見たからかな〜。」
他の観光客の人達の会話が聞こえた。
周囲にもら白い岩は沢山あった。
ここからも見えるのにわざわざもっと見える場所に行こうとなぜ思えたのだろうか。
声の主達をちらっと見ると、満面の笑みで話していた。
あんなに笑顔になれるのが、多分、羨ましかったんだと思う。
それかみんなのいるその場所から逃げたかったのか。
(ちょっとだけなら、バレねぇか。)
少し見てすぐ帰って来れば、コーチにもバレないだろうと思った。
みんなの目を盗んで、忍足で階段を登る。
そして道沿いに進んでその場所を目指す。
通り過ぎる人々は皆んな笑顔だったり驚いた表情をしていた。
一体、どんな景色なのだろうか。
どれほど自分を喜ばせてくれるのだろうか。
歩いた先にあった階段を軽やかに登る。
頂上まで登り切ると、一気に風が吹く。
思わず目を瞑って顔を腕で隠した。
汗ばんだ身体には涼しくて心地良い。
靡いた茶色い髪も、風が止んだことで止まった。
ゆっくりと、腕を下ろす。
驚いたら、本当に息を呑むのだと初めて知った。
「_______________きれい。」
小さな声で呟いた。
ただただ美しかった。
観光客達がわざわざ登ってここに来る意味はある。
広大な青い海と青い空。
珍しい白色の岩。
点々と生えている木々や草。
海特有の爽やかな風。
久しぶりに、世界が輝かしく映った。
足を運ばせ、細い通路を辿る。
丁度良いことに、周りには誰もいなかった。
進めば進むほど、
自分がこんな美しい世界にいるのだと言う実感が湧いて来る。
「きれぃ……。」
ふと、目尻から水滴が溢れた。
今抱えている悩みから、解放された気がした。
滲んだ瞳のまま景色を眺めていると、通路の最終地点が視界に入る。
そこには、
風で髪を揺らした黒髪の少年が立っていた。
その少年と目が合う。
どこか儚い顔立ちの少年。
風で飛んでいってしまいそうな。
俺はその時、
本当の本当に初めて、
一目惚れをした。
少年は無言のまま階段を降りて、こちらへやって来た。
俺は何も話さず、ただ彼の空気に包まれてしまっていた。
少年は俺の手を繋いで、階段を登り頂上まで引いて行った。
少年は手を離して、俺にこの壮大な景色を見せる。
こちらを向いて彼は微笑んだ。
「綺麗よな。」
俺は視界に映るその絶景と、彼の姿に魅了された。
「________うん。綺麗。」
俺達は手すりに手を乗せて、その景色を二人で無言で眺めていた。
多分気付かれなかったと思う。
景色だけじゃなくて、彼の横顔も盗み見していたこと。

