認めさせてよ、この恋を。

「おい桃李〜!バケツ早くしろよ〜!」

遊佐くんの声が奥の畑中から聞こえてきて、それを確認してから、

「行こうぜ。」

「うん!」

細い通路をわざわざ二人並んで歩く。
肩だって当たってるし、正直きつい。
でも、今だけは、
彼と少しでも離れるのが嫌だったみたい。

「ちょっとお前ら遅す……おや〜?おやおや〜ん?」

遊佐くんがニヤニヤし始めた。
僕と月白くんは離れて、自分の持ち場へと戻る。

「ふーんへーそーぉ。っふ〜〜ん。」

遊佐くんが止まらない。
ずっと僕たちの方を見て来る。

(誰かぁ…。)

なんて思えば、

「手を動かせや。」

「うっっ…。」

漣が遊佐くんの腹に突きをかましたらしく、遊佐くんのネチネチ攻撃は止まった。
けど、

「すっげ、見ろよ凪。」

「うわ〜!
じゃがいもめっちゃ付いてるやん!過去最多ちゃう?」

僕らに送る、漣の静かな視線には気付かなかった。


***


「なかなか土落ちへんなぁ…。」

「じぃちゃんも軽くでいいって言ってたからそれで大丈夫やと思うで。」

「あそうなん。やったらええか。」

収穫の後、
バケツいっぱいになったじゃがいも達を裏口まで運んで、水洗いをしていた。

あの後からずっと、漣は僕と月白くんの間に立って僕に話しかけに来ていた。
今日は月白くんといる時の方が多かったから、隣に漣がいることに違和感を覚えてしまう。
家族なのに。兄弟なのに。
もしかしたら、会わなかった期間がそうさせたのかも。
そう思えたら、
漣を見て思い出していた罪悪感は一切姿を表さなかった。

一方、漣の左側にいた月白くんと遊佐くんは、、

「桃李ぃ〜良かったな。」

遊佐が月白の元へ一歩近付いて小声で話す。

「あ?何が。」

遊佐の表情は畑仕事の時と同じ、いやらしい笑顔。

「またまた〜んとぼけちゃって。
俺には話しても良いんじゃないの〜。」

「はぁ?」

遊佐は月白の前に人差し指を立てて、
ぐるぐると回してから東雲を指差した。

「初めて会った時からびびっと来たね。
お前が会いたがってた子、東雲じゃん。
運命かよ〜。」

笑いながら月白の背中を鈍い音を立てながら叩くが、攻撃を受ける彼の表情は嬉しそうだった。

「まぁな。」

僕は最後のじゃがいもをバケツに入れてから、月白くん達の方を向いた。

「洗い終わったから先中入っとくわ。」

「あっ、俺らも終わった。」

「ジャストタイミ〜ング。」

月白くんは立ち上がってバケツの取っ手を手にした。
そして僕と月白くんは並んで表玄関へと歩いて行く。

眉を顰めた漣の手を、遊佐が掴んだ。

「ブラコンも程々にしとけよ?弟。」

遊佐は漣の頭の上に手を置いた。

「はぁ?」

東雲と月白の背を見つめる遊佐を、漣は見上げつつ睨む。

「そんな一言で片付けんといて。」

漣は遊佐の手を払い除けて、東雲の背中を見つめる。
どこか憂いを帯びた視線で。

「僕の…兄ちゃんやのに……。」

***

「じぃちゃん芋どこ置いといたらいいー?」

扉の前から家の中にいるじぃちゃんへと大声で声をかけた。

「玄関でええよー。」

「はーい。」

返答の通りにその場に置いて、僕と月白くんは中へと入る。

「お邪魔します。」

「どーぞ。」

思っていた通り、
丁寧な人だな、
なんて思ってしまった。
実際その通りだし。

「凪。2階に大きめの籠あったはずやから取って来てくれんか。」

「分かった。
月白くん、適当に掛けといてぇや。」

「分かった。」

僕はリビングの中を指差してから階段を登る。
丁度階段の1段目に足を乗せた時、玄関の扉が開く音と話し声が聞こえた。

(漣と遊佐くんも帰って来たんか。)

二人の帰宅。
それを認識してから、ふと脳内にある思いが生まれた。

「あれ、」

僕は階段を上る足を止めた。
そう。
忘れていたのだ。

(結局、僕らって、)

「恋人、ではないんか…?」

(付き合うとか話してないし。
単に好きやて伝えただけやし。)

「いやいやいや待て待て待て東雲凪。」

僕は足まで忙しなく動かし始め、一気に階段を上り上げてじぃちゃんの言う籠を探し始める。

「もしかしたら、
ちゃんと言わずに付き合うんかもしれやん。
こう、空気的な感じで…?
あいややっぱりちゃんと言葉にするんやろか。

─────────え?!」

僕の頭の中はパニック状態。
考えても考えても『分からない』という結論に行きついてしまう。
僕は籠を手に持って、ゆっくりと階段を降り始めた。

(分からん。
恋人いてたことらないから、
分からん。
好き同士ってだけで恋人ではないんかもしれん…。
いやそんなことないやろ。
えでも…。)

結局答えの出せない問いをわざわざ考え続ける。
僕の手にあった籠を見たじぃちゃんが、

「ありがとう。凪もゆっくりしとき。お疲れさん。」

「んー。はーい。」

感情の一切籠っていない返事をして、リビングの扉を開けた。
僕の視線の先には丁度彼の顔が。

「東雲、お疲れ。」

「_______月白くんも、お疲れ様。」

カーペットを敷いた床に座る彼は、僕を見上げて笑顔でそう言う。
彼の顔を見ると、
余計その問いが体積を増して僕の脳内を埋め尽くす。
すると背後からじぃちゃんの声とビニール袋の音が聞こえた。

「桃李くん、遊佐くん、じゃがいも持って帰りなぁ。」

じぃちゃんはビニール袋を2枚持って扉から顔を出していた。

「了解!」

「ありがとうございます。」

二人がリビングから出て行くのを見届けてから、僕は月白くんが座っていた隣に腰を下ろした。
その瞬間、

「ねぇ兄さん。」

漣が月白くんの座っていた場所に乗ってきた。

「なんか、悩んでる?」

「________えっ?」

意表を突かれた僕は情けない声を上げてしまった。

「えっと、、、急にどうしたん、なんで?」

焦る僕に漣は優しく笑む。

「兄さんのことは僕が一番分かってる。話してよ。
なんか悩んでんのやろ?力になりたいんや。」

置いていかれる子犬のような可愛らしく悲しそうな表情をする漣に、僕は根負けした。
息を軽く吐いてから、

「あの…友達の、話なんやけどな、」

友達と言うところを強調して言葉を紡ぐ。

「友達が好きやった子に好きやって告白して、
相手もその友達のこと好きやってん。
やけどな、そん時はそれで終わったらしくて
結局それは恋人になったんかなって…」

隣をチラッと見れば、漣は初めて見る虚な目をしていた。
だがこめかみに怒りマークが浮かんでいるようにも見て取れる。

「兄さん。
その友達に言ったって。
それは付き合ってないって。
それにその相手も付き合おとか言ってないなら嘘の可能性高いって。もしかしたらほの友達に合わせただけかもしれん。」

「えっ____やっぱそうなんかな。」

僕は自分の顔を両手で覆う。
そんなことないと分かってても、他者の視点からはそう思われるのかと考え始めた。

(付き合ってるって訳やないんか…月白くんは僕に合わせてくれた、だけ…
いやいや月白くんやで。そんなことしやんはず。
あんな言うてくれたし…。)

理屈と感情が拮抗し合う。
どうしても漣の言う言葉は信じ切れなかったが、揺らいでしまう自分が確かにそこにいた。

「やっぱ、分からん……。」

僕は卓の上に額を置いて顔を腕で囲み、声を篭らす。
視界が暗闇になった僕は、
丸まった僕の背中を摩りながらも、口角を上げているのを見ていなかった。

「兄さん。友達に言ってあげいや。
そんな逃げ腰のクズとは別れろって。
もっと近くに良い人おるはずやからって。」

「どぉゆぅことやねぇん…。」

漣の言葉を理解し切れないまま適当に返す。
長年の多大な心労が遂に終わりを迎えられたと思えば、新たな悩みが現れた。
皮肉なことに、
救済者は彼であるはずなのに、悩みの種も同じく彼。

「んーーーーー」

「凪?」

名を呼ばれ、僕はゆっくりと顔を上げた。
目の前の卓の先に、両肘を突いて首を傾げる当の本人の顔が。
僕は彼の顔を眺め、

(この人がさっき、僕に告白した人やろ。
嘘なんて嫌いだろうこの人が。
なら、
桃李くんが僕に、
そんなこと。
そんなこと…)

「するわけないやん。」

僕は目を見開いて、彼の頬を両手で挟んでいた。
彼がそんなことをするはずがない。

きょとんとした顔の月白くん。
僕の両手の甲に温かい感触が。

「なぎ?
何か悩んでんのか?」

漣とは違う。
僕は問うよりも、期待する思いで口にした。

「告白して、相手も自分も好きてわかっても、
それって恋人にはなるんかな。」

月白くんは軽く息を吐いて、口角を上げた。

「なんだ。簡単だろ。
相手に確かめんだよ。」

月白くんは右手で僕の両頬を挟んだ。

「_________そっ、かぁ…。」

それはつまり_____

「桃李ぃ〜?」

僕は右、月白くんは左を向く。
ニヤニヤとした声の主がそこに立っている。

「おっやぁ〜ん?おややや〜ん?」

僕と月白くんは直ぐに手を離し、互いに距離をとる。
見られてしまったのに、悪足掻きをしようと。

「俺もしかしてお邪魔だった〜?」

「黙れクソ真琴。」

「やぁーん冷たぁーい。ちょっと弟もお邪魔だよ。
ここは二人だーけの場所なんだから。」

「うっさいわ。邪魔しなあかんやろ。それに僕ん家やし。」

遊佐くんは漣の肩を激しく揺さぶり、立つよう促していた。

「肩痛いわ。手離せ。」

「やぁ〜だ。えへへ。」

「何が“えへへ”なきもいわ。」

僕と月白くんはそっちのけで、二人の戯れを目の前で見せられていた。
さっきまでの空気と打って変わって、虚無の空気が僕らには流れ始めてしまった。

***

あっという間に陽は傾き、気付けば夕方。
僕らは玄関で、ビニール袋を持った二人を見送る。

「んじゃ、また明日。」

「うん、また学校で。」

「え〜違うでしよーが。しののめ〜ん。
『行ってらっしゃい♡』じゃねぇーの?」

「お前そろそろほんま黙れや。」

くねくね動き始めた奇妙な遊佐くんを、漣が止めてくれた。
思えば今日は遊佐くんの奇行に磨きがかかっていた気がする。
顔を顰める月白くんと、
笑顔でふざける遊佐くん。
遊佐くんは月白くんのことを僕よりずっと知っているかもしれない。
きっと、気付いてるはず…

「じゃぁ〜ね。東雲。」

考え込んだ僕に、遊佐くんは右目をウィンクさせて手を振った。

「─────ふっ、ははっ!うん!」

僕もまた、月白くんと遊佐くんに手を振った。

僕は今、遊佐真琴という男に嫉妬心を抱き始めていたみたい。
でも、それはいらなかったや。

***

翌日。
僕はいつものように公園の奥側の、裏道から学校へと歩いていた。
昨日に比べると少しだけ雲があった。
けど、青色の空はしっかりと現れている。

(学校着いたから、聞くんや。ちゃんと。)

昨日の疑問について、当人からの答え通りに彼に直接尋ねようと意気込む。
でも、僕の足は止まった。

白い雲から太陽が現れ、陽が差す。
公園のベンチ。
そこに座る青年の金髪を照らす。
彼は僕に気付いてから、目を見開いた。
初めて君の姿を見た、あの時のように。

「凪。」

朗らかに笑んだ彼はベンチから立ち上がり、僕へと向かう。
そして僕も。

彼は公園の裏道に顔を向けていた。
どうしてだろうか。
彼に僕の登校通路なんて話したことはないのに。
まるで元から知っていたようで…

「おはよ。」

「はよ。」

「月白くんなんでここに」

「そっちじゃねぇだろ。」

月白くんは首の後ろに手を置いて、斜め下を見る。

「聞きてぇの。」

月白くんはその茶色い瞳で僕を見つめる。

まだ、覚悟が決まってない。
これを聞けば、僕らの関係は確かなものになる。
知人でも、友達だけでもない。
もっと深いものに。
今だけはこの気恥ずかしさもどこかに飛んでいってほしい。


「桃李くん」


『君は本当に』



「桃李くんにとって」


『本当に僕のことを』



「僕らの関係はなに?」


月白くんは僕の左手に彼の右手を添え、


「恋人だろ。

──────────好きなんだから。」


指を絡めた。

その手に、僕も指を絡める。

「凪は、
どう思ってんだ。」

やっぱり、彼らしい。
頬が真っ赤だ。

「僕も、恋人がいい。

──────────好きなんやもん。」


僕も君と一緒だ。
顔が熱い。

月白くんは白い歯を見せて笑った。

「知ってる。」

僕も思わず微笑む。

僕らはそのまま、手を繋いで公園を出た。
初めての
二人での、月白くんとの、恋人との
登校だった。

僕は左へと寄って彼の肩に触れる距離で歩く。
月白くんと繋ぐ指に力が込められた。

「天気、良くなったな。」

隣を見ると、月白くんは天を見上げていた。
それを見て、僕も顔を上げる。
さっきまで少しだけ雲のあったあの空も、
知らぬ間に雲は消え去っていた。
空に広がるのは一面の青空。

「6月やのにな。」

ふとどこかで聞いた言い伝えを思い出す。

「そういえば、」

「そういや、」

「「6月に結婚したら幸せになれるって…」」

僕と月白くんは顔を見合わせる。
数秒見つめ合った後、二人とも笑い出してしまった。
細めた目を開けて、彼の笑顔を目に焼き付ける。

うん。

僕は同性が好き。
恋愛対象は男の子。
みんなと違うと言われて、ゲイとして距離を置かれる。
変に思われる。

けど、悪いわけない。
悪いはずがない。
男の子が好きで何が悪い。

僕がゲイなのも、
母さんと父さんのことも、
僕が悪いわけじゃないんだ。


それを、
教えてくれたのは君。
ありがとう。
月白桃李くん。


僕は彼に体を向けて立ち止まる。
彼も同じく歩を止めた。
僕は彼の右腕を軽く引っ張って、背伸びをした。
彼へと顔を近付ける。




(やっと、認められた。)


─────────この恋を。