認めさせてよ、この恋を。

「これ、どこ置けばいい?」

「裏口の玄関前に…。」

そう言って僕は目の先にある裏口扉を指差す。

「りょーかい。」

月白くんは急に駆け足になって、裏口扉にバケツを置きに行った。
出遅れた僕へと振り返ってから、

「バケツってどこにあんだ?」

月白くんが戻って来て、次はバケツについて聞いて来た。

「倉庫やね。あっちにあるよ。」

そう言って左手にある小さな小屋を指差した。

「ん。行こ。」

倉庫までの通路は畑中のと比べて横の間隔があったからか、月白くんは右側に寄った。
緊張気味で、左に行った。
彼の隣に並ぶのは気が引けて、一歩後ろで歩く。

今までは月白くんと一緒にいる時の空気は心地よかったのに、何でこんなにも苦しんだろう。
それ
も、僕が一方的に。
分かってる。こんなふうに感じて、こんな態度を取る僕がダメだって。
だけど、
感情が、行動が、
それに追いついてくれない。
考えれば考えるほど僕の脳内はマイナス思考に陥っていく。

(こんなんじゃ、月白くんも嫌に)

僕の瞳に薄っすらと涙の膜が張り始めた頃には既に倉庫の扉前へと辿り着いていた。
月白くんが扉を開けて中へ入り、明かりをつけた。
そして僕も続いた時、

「なぁ東雲。」

「ん?えっ、わっ、!」

月白くんは僕へと振り返ってから扉を閉め、その扉に左手を置く。
驚いた僕はそのまま扉に背を預けた。

(バスケの時と、同じ…。)

薄い明かりが、僕らを照らす。
光を受ける月白くんに、その影に包まれる僕。

こんな状況でもまた、彼に見惚れる僕を誰か殴って欲しい。
そんな中、彼が口を開いた。

「気遣いとか下手だから直接聞く。
やっぱり、、」

口にされるのが怖くて、強く目を瞑った。

「遅れて来たの、嫌だったのか。」

・・・

(はい?!?!?!)

月白が申し訳なさそうな表情で、目線を合わせて見つめてくる。
もう、驚きが隠せなかった。

「いやいやいや何でそうなんねん?!
ぜんっぜん!怒っとらんで?!気にしてないで?!」

勢いに任せて大声で言ってしまった。
下を向いて、慌てて口を押さえるがもう遅い。
おそるおそる顔を上げれば、
肩を揺らして、笑いを堪える彼の顔が。

「ふっ、はははは!」

耐えきれなくなったのか吹き出してしまい、笑いが止まらない様子で腹を抱え始めた。
呆然と立ち尽くす僕を拾って欲しい。

「あーーごめん。分かってる。そうじゃないって。
てか必死過ぎんだろ。」

薄めた目を開けて、月白くんは僕の目を見つめる。

「しんどそうだっからさ。」

僕は月白くんの胸元の服をくしゃっと掴んだ。
そしてそれを軽く引っ張る。

(そっか…。)

「気付いてたんや…。」

「______東雲?」

彼の、この優しさに惚れたんだ。
見かけからは分からない、彼なりの不器用な優しさ。
会ってからずっとそう。
体育の時も、今だって。
この優しさに、何度救われただろう。

「しっ、東雲?やっぱり具合悪ぃんじゃっ…。」


返答のない僕を心配して慌てている君。
僕に初めて、嫉妬を感じさせた君。
僕がゲイだと知っても変わらず接してくれる君。
真っ直ぐで眩しい君。
照れ屋な君。

答えはとっくに分かりきってた。

僕は、

君のことが、
僕に、“自分を認める勇気”をくれた君が、

誰よりも、



「──────────好き。」


月白くんのあたふたしていた手が止まった。
僕は彼の胸に額を押し付けて、床にポタパタと水滴を零す。


「好き。好き。好き。
ずっと、好き。
月白くんのことが…桃李くんのことがっ、好き。」


最後の言葉は掠れてしまったが、伝わっただろう。

僕は息を荒げ、何とか落ちつかそうとする。

「やっぱりっ、ぼくぅ、
男の子がっ、同性が好きなんやぁ…
みんなとっ、ちゃうんやっ……。」

情けなく泣き喚く。
せっかく月白くんにこの想いを伝えられたのに、こんな無様な姿を晒してしまっている。

月白くんの手がゆっくりと僕の両肩に触れた。
頭上からは彼の優しい声が聞こえてくる。

「東雲が俺の前で泣くの、2回目だな。
あの時と違って、俺は今、嬉しいよ。」

月白くんは僕の頬に手を添えて、涙を拭き取る。
僕はそんな彼を見上げた。

「ゲイとかそんなの関係ねぇ。
東雲は俺っていう人間が好きになったんだろ?

同じだ。

俺も、凪っていう人間が好きになったんだ。」

月白くんは少し背を丸めて、僕の額と合わせた。

「何も悪ぃことじゃねぇ。
同性全員が好きってことじゃねぇだろ。
好きになった人が同性ってだけ。」

月白くんが、僕の耳元に顔を寄せてきた。
彼の声が直接耳に入って来る。

「俺も、同性愛者ってわけじゃないけど。
初めて東雲と会ったあの時から、
他のやつなんて考えられなかった。」

「あの、、時…?」

「ずっと会いたかったんだ。凪。」

月白くんが僕を抱きしめる。
腕の力は優しいけど、僕の背中の服を握る手には明らかに力が籠っていた。

「えっ、あれっ、ちょっと待って。
月白くんって、
いつ、僕に一目惚れしたん…?」

彼は言った。
僕が彼に一目惚れしたのより先に、
僕に一目惚れしたと。
思えば、いつからだったんだろう。

教科書を貸してくれた時?
傘を差して一緒に帰った時?

でも、『ずっと』って、どういうこと?
引っ掛かりが解けない。

彼は首の後ろに手を当てて照れ臭そうに、

「お前が、初めてうちの高校に来る前…
いや、違う、嘘。
小学生の、夏ん時。」

「_______えっ、え?!」

言葉の意味を理解してから、一気に衝撃が走る。
あまりにも遠い昔。
それに、

「小学生ら会ったことないやろ?!」

「やそれがっ!あっ、いや…えっと、、」

月白くんの顔はみるみる赤くなる。
僕の涙なんてどこかに消えてしまっていた。

「はっ早く行こうぜ。みんな気付いちまうからぁっ。」

気付けば僕は月白くんへと迫っていて、完全に形勢逆転していた。

「あっ、せやな。うん。」

僕は乱暴に2つのバケツを取って、扉を開けて待っている月白くんと倉庫を出た。

僕たちは来た道を並んで戻る。
さっきとは打って変わって、心の底から心地良い空気だった。
こんな快晴も心の底から嬉しいと思える。
初めて、心の有り様が天気に映った気がする。

「凪。」

僕を呼ぶ声がした。
じぃちゃんでも、漣でもない。もちろん遊佐くんでも。

僕は隣に並ぶ、僕の名を呼んだ月白くんへと顔を向けた。

「いつ惚れたのかは、また、ちゃんと話すから。
今は、凪が俺のこと好きだって、

─────────自惚れていいか?」

まだ顔の赤い君に思わず笑ってしまったけど、

「うん。ええよ。僕も自惚れとくから。」

僕はバケツを持つ手を左手に変えて、隣で揺れる彼の手に触れた。
月白くんは照れながらも指先を絡めて、手を繋いでくれた。

(認めたら、こんな楽になれるんや。)

月白くんの手を握る力が強くなってしまう。

(男の子が好きなんも、
母さんと父さんが死んだんも、
僕が悪いわけや、なかったんやな。)

その力に、彼も答えてくれた。


***


裏口に辿り着いた僕らは、ホースでバケツを洗っていた。

「じゃがいもやったらポテサラがいいなぁ。」

「んー俺は揚げる方かな。」

「揚げるのもいいよな。僕ポテトは細い方が好き。」

「俺も。あと硬いやつ。」

「えっ、僕柔らかい方。」

僕ら二人は顔を見合わせる。
数秒の沈黙の後、

「「ふっ、あははは!」」

耐えられなくなって、笑い出してしまった。
好きになったのが、
この人で、
月白くんで、
桃李くんで、良かった。
もしかしたら、桃李くんじゃないとダメだったのかも。
またこんな風に笑えるようになったんだから。

まだ笑い続けている僕の顔を見て、

「へへっ。」

月白くんは朗らかに笑んだ。