君の中身が知りたくて

 時岡に付き添い、リカちゃんの保育園にやってきた俺。ついに、着ぐるみ無しでリカちゃんとご対面だ。
 制服姿の俺に気付き「にぃにのおともだち?」と聞いてきたリカちゃん。
「うん。丹羽 海星です、よろしくね」
「ときおか りかです」
「わぁ、自己紹介上手だね!」
「えへへ。かいせーくんもケーキやさんいくの?」
「ん?ケーキ屋さん?」
「うん、行くよ。パーティーも参加する」
「わーい、やった!」
「…?」

 ケーキ屋に着き、予約していたであろうケーキの箱を受け取った時岡。

 今日リカちゃんの誕生日なのかな?だったら俺、邪魔な気が…。


 時岡の家は立派な一軒家だった。
「お邪魔しまーす…」
 リビングやキッチンは、仕事で忙しい母親、男子高校生、園児がいる家とは思えないぐらい綺麗に整理整頓され、スッキリした空間だった。

 「丹羽、夜ご飯食べてくよね?」
「え、いいの?」
「うん。俺、今からご飯作るから、丹羽は梨花と装飾お願い」
「装飾…?」
「かいせーくん、これかべにつけて!」
「あ、うん、オッケー」

 ケーキといい、装飾といい、やっぱり今日はリカちゃんの誕生日?
「ねぇ、梨花ちゃん。今日って梨花ちゃんのお誕生日?」
「ううん、ちがうよ。きょうはね、トーイおうじのおたんじょうびなの!」

…あ!やっべ、完全に忘れてた!!今日、10月1日って、トーイ王子の誕生日じゃん。今週末誕生祭すんのに、すっかり忘れてたな。
 え、トーイ王子のためにケーキ用意して、部屋装飾してんの?…めっちゃ推し活してんじゃん!!つうか、梨花ちゃん、どんだけトーイ王子ラブなんだよ。そんで、その推し活に付き合う時岡はどんだけ優しいんだよ。

 テーブルに並べられた時岡の手料理は、どれも美味しそうで、器用さに感心してしまった。
「いっただきまーす!」
「いただきます!」
「どーぞ」
 ぱくっ…もぐもぐ…
「…うまっ。え、これおかわりある?」
「ふっ、あるよ」

 腹いっぱい食った後は、梨花ちゃんお待ちかねのケーキタイム。
 箱から出てきたのは、トーイ王子のアイシングクッキーがデコレーションされたホールケーキ。数字の101のロウソクも付属している。
「わぁー!かっこいいー!」
愛しのトーイ王子のケーキに梨花ちゃんは大興奮。
「かいせーくん、トーイおうじしってる?」
「えっ」
梨花ちゃんの横で、時岡が俺をじっと見る。
「あー…いや、知らないなぁ。なんかのキャラクターなの?」
 ごめん、梨花ちゃん。本当はむちゃくちゃ知ってる。トーイ王子の好きなものも、苦手なものも、子供達を喜ばせることが大好きってことも…。
 あぁ、俺は何度嘘を積み重ねればいいんだ…。
 ちょっぴり複雑な気持ちで、バースデーソングを歌い、トーイ王子の誕生日を祝った。

 「りかね、おおきくなったらトーイおうじとけっこんするのー!」
生クリームが口元についている梨花ちゃんは、嬉しそうに俺に教えてくれる。
「そうなんだ。トーイ王子のどこが好きなの?」
「すっごくやさしいの!あとね、ダンスもじょうずだし、おしゃれだし、それからねぇ…」
まるで自分が言われてるかのように錯覚して、ニヤケそうになる口元を手で隠した。

 ケーキを食べ終わった梨花ちゃんは、疲れてしまったようで、リビングのソファで寝てしまった。
「洗い物手伝うよ」

 俺はキッチンで、時岡の洗った食器を拭き始める。
「いきなりだったのにありがと」
「全然。久々に人ん家の誕生日パーティーに参加して楽しかったわ。こちらこそありがと」
トーイ王子をこんなに愛してくれる人がいることは本当にありがたい。
「つうか、たまたま誘ったのが今日だったけど、大切な日に付き合いの浅い俺が来てよかったの?ほら、笠原や依田の方が仲良いんだし」
 皿を洗う時岡は、一瞬だけ黙って
「うーん、あいつらより丹羽の方が、梨花とおんなじ気持ちでトーイ王子を祝ってくれると思ったんだよね」

えっと…それはどういう意味で言ってんだ?

 「丹羽さぁ…ほんとにトーイ王子知らなかったの?」
出た、時岡のしつこいターン。
「知らねぇよ…」
「ふーん」
納得のいっていないトーンで返事をした時岡。
「…。」

 洗い終えた時岡は、拭き終わった俺の顔を見ている。
 あれ、なんかこの顔、またとんでもないことを言ってきそうな…。
「あのさ…抱き上げていい?」
「……は?」
「丹羽のこと、軽く持ち上げてみていい?」
「いやいやいや、何がどうなってそうなんだよ!」
「一瞬だから」
「そういう問題じゃっ…」
言葉を遮るように、俺の脇下あたりを掴み、ぐいっと持ち上げた時岡。
「…うわぁっ」
驚いて頬を染める俺の顔を安定のクールな表情で見ながら
「想像してたより軽かった」
と一言呟いた。

…んだとこのヤロー!

「おい、降ろせ!」
「あはは」
いやいや、今そんな無邪気な笑顔見せんなよ!腹立ってんのに、可愛いとか思ちゃったじゃねーか!

 遊園地で会ったあの日から、時岡の掴めない行動に振り回されっぱなしだ。

 「あ、連絡先聞いといていい?」
玄関で俺を見送る時岡は、スマホを取りにリビングに戻った。

 「結局あんま話せなくてごめんね」
連絡先交換のあと、時岡は謝ってきた。
「俺、平日は園の迎えあるし、日曜は基本子守りだから、丹羽の思ってるような遊びの付き合い出来ないかもだけど、それでも良かったらまた誘って」
「…もちろん」

 胸の奥がズキンってなった。俺なんかにそんな気を遣った言い方しなくていいのに。
 学校でも、遊園地でも、今日見てた家の中でも、時岡は一度も大変そうな素振りを見せたことがない。きっと、自分のことを父親代わりと言えてしまうぐらいに梨花ちゃんのことが大切で、母親にだけ苦労をかけないという覚悟があるんだろう。
 背が高いってだけで、勝手に敵対視してたけど、今はすげぇ大人でカッコいいなって思う。



 月曜日の朝。俺は廊下でスマホをいじりながら、時岡が来るかどうかを確認しようとしていた。
 昨日、一昨日と遊園地ではトーイ王子の誕生日イベントが行われた。時岡と梨花ちゃんは必ず来ると思っていたが、2日間とも来なかった。着ぐるみの中からの視野とはいえ、背の高い時岡が会場に居ればさすがに気付く。
 梨花ちゃんに何かあったのか、時岡に何かあったのか。遊園地なんて来ない日があって当然なんだけど、あの梨花ちゃんがトーイ王子の誕生日イベントに来ないわけがない。
 安否確認したくても、遊園地来てなかったけど大丈夫?なんて正体を晒すようなこと聞けねーし。

 結局、朝の本鈴が鳴っても時岡は来なかった。


 昼休みに隣の教室を覗こうとしたら、ちょうど中から笠原と依田が出てきた。依田と目が合ったが、すぐに逸らされる。

 迷いながらも2人の後ろ姿に声をかけた。
「あの…!」
高身長トリオで1番背の高い笠原が振り向き、俺に気付くと爽やかな笑顔で「なぁに?」と聞いてくれた。さすが彼女持ちの人気者。
「今日って、時岡休み…?」
笠原は一瞬不思議そうな顔をしたが「うん、そうだよ」と答える。
「熱でてるって言ってた」
「そっか…」
「笠原、行くぞ」
「あ、うん。じゃあね」
手を振り去って行く笠原とは違い、依田は俺を見ることなくスタスタと歩いて行く。

 熱か…大丈夫かな。…梨花ちゃんの迎え、今日は母さんってことか。


 放課後、コンビニで買い物した俺は、ビニール袋片手に、アポ無しで時岡の家の前にいる。
 緊張しながらチャイムを押すと、応答がなかった。
 寝てんのかな。帰るか…。
 ビニール袋を取手に掛けようとした瞬間、ガチャっとドアが開いた。
「……丹羽?」
マスク姿で、髪がいつもより乱れている時岡がいた。
「あ、いきなりごめんな。その、体調悪りぃって聞いて、お見舞いに来た。これ…」
差し出した袋を受け取るため、一歩踏み出そうとした時岡は、ふらっとよろける。
「だ、大丈夫か!?」
間一髪のタイミングで、20センチ以上差のある時岡の体を支えた。

 2階の部屋へ移動し、ベッドに寝転んだ時岡に問いかける。
「スポドリやゼリーとか買ってきたけど、食欲ある?」
「あんまない…」
「そっか。…梨花ちゃん、保育園?」
「隣の部屋で寝てる」
「えっ!?そうなん!?」
「土曜の朝に梨花が熱出て、今はだいぶ下がったんだけど、今朝から俺も熱出ちゃって…」
「そうだったんだ。…親は仕事?」
「うん」
多分、元々今日は学校休んで梨花ちゃんのそばに居る予定だったんだろうな。

 ガチャ…
「にぃに…」
パジャマ姿の梨花ちゃんがドアから中を覗いた。
「あれ、なんでかいせーくんがいるの?」
「お邪魔してます!梨花ちゃん、にぃにもお熱出てしんどいみたいだからさ、何かしてほしいことあったら俺に言ってね?」
「丹羽…」
「フルーツがたべたいの」
「フルーツゼリーなら買ってきてるけど、それでも大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、向こうのお部屋で食べようか。…ここに置いとくから、時岡も水分とかちゃんと取れよ」
「うん」


 気付けば時刻は20時になろうとしていた。昼間に風呂を済ませていた梨花ちゃんは、俺の作った簡易的な手料理を食べ、今は自分の部屋で眠りについている。
 時岡の母さん、こんな時間まで仕事なんだ…。つうか、時岡あんな体調で梨花ちゃん風呂に入れたり、世話してたの凄過ぎだろ。

 キッチンで食器を洗っていると、時岡が降りてきた。
「お、体調どう?」
「ぐっすり寝たおかげで楽になった」
「ならよかった。あ、勝手に冷蔵庫のもん使っちゃったんだけど大丈夫だったか?」
「梨花に作ってくれたの?」
「時岡みたいに上手くはねーけどな。一応、お前のもあるけど食う?」
「ありがと」

 ラップした皿をレンジに入れ「じゃあ俺、そろそろ帰るな」と伝え、鞄を手に待った。
「じゃあ、お大事に」
時岡の方を向いた瞬間、ぐっと腕を引き寄せられ、耳元で囁かれる。
「すげぇ助かった…ありがと」

…ドクンッ

 匂いが分かるくらいの距離感、少し弱った声、腕から伝わる微かな熱…

 あれ、なんで俺…こんなにドキドキが止まんねぇの…?