君の中身が知りたくて

 連休明けから2日経った金曜の今日は、待ちに待った体育祭だ。
 もうすぐ10月だとは思えないほどの陽射しと気温の中、気合い十分で開会式の列に並んだ。クラスごと、出席番号順1列に並ぶため、俺の斜め前あたりに時岡の姿が見えている。
「…。」
 ウサギの姿だったとはいえ、ほぼ初対面の相手にあんな話してくるなんて…。

 ただの興味本位で正体を知りたがっていると思っていたら、まさかの妹のためだったと知り、時岡に対する印象が少し変わった。

 開会式後、最初の種目である1年ムカデ競争の位置へ移動し、紐で足元を結び始める。
 クラスで2チームに分かれ、途中バトンタッチし、往復の速さで競う。男女混合でも、男女別でもOKだったので、うちのクラスは男女でチームを分けた。

 スタート側に立つ女子チームに「転けんなよー」「息合わせてねー!」「みんなが1番可愛いからー!!」と反対側にいる俺たち男子チームは声をかける。そんな男子チームは背の高い順に並んだいるため、1番後ろはもちろん俺。
 横を見ると、時岡のクラスは男女混合でチーム分けをしていた。スタート側の先頭は笠原、こっち側の先頭は時岡。

 ピストルの音とともにスタートした6チーム。さすが我がクラスの女子たちだ。隣の笠原に目もくれず、どんどんこっちへ突き進んでくる。
 圧倒的な団結力を見せた女子チームは、1着で俺たち男子チームにバトンタッチした。
 その勢いのまま、俺たちはもたつくことなく走り切り、見事1位に輝いた。
「いぇーい!」「うぉー!やったぜ!」「私ら最高!」
クラス全員で中央に集まり、勝利を喜び合う。


 その後、2年の綱引きや3年の大玉送りを応援し、前半の最終種目クラス対抗リレーの番がやってきた。
 5人1チームの対決で、うちのクラスは俺、鷲尾、片瀬、淀金、そしてサッカー部の大原だ。
 …なぜ元陸上部でもない運動部、帰宅部の俺らがリレーメンバーかって?そんなの決まってる…
 第一走者の淀金が位置に着く。隣には依田がいる。
「位置について、よーい…」
…パァンっ!!
 一斉に走り出した6人。先頭に躍り出たのは、無邪気な笑顔で走る淀金。そのすぐ後ろに依田が迫っている。
 第二走者の片瀬は、笠原と接戦になりながらコーナーをカーブする。なんとか1位をキープしたまま、大原、鷲尾へとバトンは繋がっていく。
 アンカーの襷をかけた俺の横に、同じく襷をかけている時岡が並んだ。
 きっと、応援している他のクラスの奴らは、体格や身長からして、時岡の方が速いと思っているだろう。
 こいつの実力は知らねーけど、俺だって無意味にアンカーに選ばれたわけじゃないんだって…。
 「丹羽、あとよろしく!」
鷲尾からバトンを受け取った俺は、後ろに誰も寄せ付けない速さで一気に駆け抜ける。大歓声を背に、そのまま余裕でゴールテープを切った。
 「丹羽さすがーー!」
「独走カッコ良すぎんだろ!」
淀金たちに褒められながら1位の旗を持ち、列に並んだ。
「まぁな」

 自分で言うのもなんだが、俺はめちゃくちゃ運動神経が良い。足が速いのはもちろん、大体のスポーツは得意だ。クラスの奴らは、5月にあった球技大会や普段の体育の授業で、俺の運動神経の良さを知っているため、何の迷いもなくアンカーに指名してきた。ついでを言えば、残りの4人も50メートル走でクラス内のベスト5に入っていて、確実に勝つための選抜チームだったわけだ。

 「丹羽、めっちゃ速かったね」
俺の横に2位の旗を持ちしゃがんだ時岡は、さらっと言う。
「意外だった?」
「いや。速そうな顔してるから別に」
「何だよ、速そうな顔って」
俺の軽いツッコみに時岡は「ふっ」と珍しく微笑んだ。
ーあ、こいつこんな顔するんだ…。


 休憩時間中、トイレ帰りにグラウンド近くの木陰を通ろうとすると、高身長トリオと女子たちが休んでいた。タオルを首にかけている時岡に、女子が話しかける。
「え、そのタオル可愛いー!」
「そのキャラどっかで見たことある気がする」
「トーイ王子」
「とーいおうじ?」
「うん、妹が好きなキャラ」
「あ、時岡って妹いるんだ。絶対かわいいじゃん」
「可愛いよ」
「わー、もしかしてシスコン?まぁ、時岡なら全然あり!」
…ふんっ、結局背が高くて見た目良い奴は、何でも受け入れられるんだよな。
「うちらもトーイ王子?のグッズ買っちゃう?」
「だねだね!」
おい、そんな軽いノリで俺のこと買うなって。
「…トーイ王子、優しいし、ダンス上手いし、カッコいいから、多分みんな気に入ると思うよ」
「…。」
 別に俺自身に対して言われたわけじゃない。それでも、トーイ王子を演じる自分を褒められたようで嬉しくなった。ま、トーイ王子はあの短い手足で踊ってるから上手いかどうか分かんねーんだけどな。

 「俺もトーイ王子すげぇ好きだし」
 え…好き…?…いや、うん、トーイ王子っていうキャラクターが好きって意味なのは分かってる。それにあれだよな、リカちゃんの好きな相手だから影響されて好きになったみたいな…。
 だけど何でだろ…むちゃくちゃ恥ずかしくなって、勝手に頬が染まる。

 自分のタオルを頭にかけて、熱くなった顔を隠し、応援席に戻った。

 「あ、ちょうど帰ってきた」
片瀬が俺に気づき言う。
「どした?」
「クラスのみんなで集合写真撮ろうってなって、丹羽だけいなかったから」
「集合写真って最後に撮るもんじゃねーの?」「女子が髪やメイク直し終えた今が1番ベストらしい」
「あーなるほどな」

 集合写真を撮り終え、後半の部が始まった。初めは学年対決の応援合戦が行われる。
 トップバッターである俺たちは、1年の応援団長の合図で、一斉にグラウンドの立ち位置に走り出した。
 2、3年生が見守る中、軽快に踊る俺は不意に視界に入る時岡をどこか意識している。

 体育祭の最後を締めくくる部対抗リレーが始まり、俺と淀金はテニス部のメンバーに選ばれた鷲尾と片瀬を応援した。


 閉会式では、まず応援合戦の結果が発表され、3年生の優勝が発表された。そして、組対抗の総合優勝は時岡たちのいる組だった。

 何も優勝出来ず、つまらない顔をする俺に「まだチャンスあるぞ」と後ろの奴が言ってきた。
「?」
言葉の意味が分かっていない俺にアナウンスが聞こえる。
「最後に各学年のMVPを発表します」
え、MVP!?
「それぞれの学年で1番活躍して、目立って人が選ばれるらしいぞ」
「へぇ、そんなのあんだ」

 「1年生のMVPは…丹羽 海星くん。丹羽くん、前へお願いします」
「…え、俺!?」
 驚く俺とは違い、クラスの奴らは「やっぱな!」「だと思ったわ」と当たり前の結果だと言わんばかりの表情で前へ送り出す。

 2年と3年の先輩と並び、全校生徒の前で表彰される俺。
ーなかなか良い気分だ。

 列に戻る時、時岡と目が合った。少しだけ口角の上がった時岡を見て、なぜか照れ臭くなる。


 夕方から食べ放題の店で打ち上げが開催された。男女4、5人ごとに分かれ、俺と淀金、女子2人が同じテーブルになった。

 乾杯後、気合いを入れて食べ始めるが、俺の前の女子が明らかにテンションが低い。
「どしたの?腹痛ぇの?」
小さく首を横に振ると、
「あ、この子ね、ここ来る前に時岡くんに告ってダメだったのよ」
隣の女子が代わりに説明する。
…!?
「え、まじ!?時岡と絡みあったっけ?」
淀金からの問いかけに俯きがちに話し始めた。
「入学式の時に一目惚れしてさ、そろそろイベントも沢山あるし、他の人に取られる前にって思っちゃって…」
「だとしても、まぁまぁチャレンジャーだな」
「うっさい。…今は彼女作る気ないんだってさ、時岡くん」
「それ都合の良い断り文句じゃね?」
失礼な発言をした淀金は睨まれている。

 俺も以前ならそう思ったはず。だけど今は、時岡の家庭事情を知っているから、彼女なんて作る余裕ないよなって分かる。彼女というか、恋愛すら楽しむつもりないんだろうな。
 つうか、母親が遅くまで仕事ってことは、時岡が保育園の迎え行ってるんだよな?それって、放課後に友達とゆっくり遊ぶのも難しいし、土日に遊ぶとしてもリカちゃん連れていってるんじゃ…。



 月曜日、いつもより早めに登校した俺は、靴箱付近で時岡を待ち構えていた。

 数分後、俺に気付いた時岡と目が合う。
「…おはよ」
「おはよう」
「…あのさ…木曜の放課後って、空いてたりする?」
「…それって何の誘い?」
「あっ、えっと…ゆっくり話してみたいなぁと思って…」
…いや、なんかデートに誘ってるみたいな言い方になったんだけど!
「木曜日…あ、ちょうどいいや。その日、付き合ってほしいことあるんだけど大丈夫?」
「えっ、あ、うん」
何だろ…。
「木曜日少し用あるから、終わったら教室迎え行くね」
あ、迎え来てくれるんだ。優しいな…。
「うん、ありがと…」



 約束の木曜日放課後。淀金に先に帰ってもらった俺は、教室で少しだけソワソワしながら、席に着いたまま時岡を待っている。

 教室に一人きりになって数分。
「お待たせ」
ドアから現れた時岡は無駄にカッコよく見えて、ドキッとしてしまった。

 「今日、俺ん家に来てもらうつもりなんだけど大丈夫?」
校門を出ながら時岡が聞いてくる。
「あ、うん」
「ありがと。家に行く前に寄るとこあるから」
「…?」


 しばらくして着いたのは保育園だった。
あ、もしかしてここって…。
「ちょい待ってて」
そう言った時岡は園内に入ると、慣れた様子で教室に向かう。俺は門の外から挙動不審にその様子を見ている。

 「にぃにー!」
教室の奥から嬉しそうにリカちゃんが走ってくる。
「おかえりなさーい。梨花ちゃん、今日も給食完食して、元気いっぱい遊びましたよー!」
先生から報告を受けた時岡は礼を伝え、リカちゃんを抱っこして門の方へ歩いてくる。

 うわ、リカちゃんと対面すんのなんか緊張するな。着ぐるみ姿でしか会ったことねぇし。…そういや、会わせてくれるってことは、時岡の中の第一審査通過ってことでいいのか?…いや、別に通過する必要はないんだけどな…。