呪われた軍神は「無能」と呼ばれた身代わり花嫁を離さない

「あんな化け物のところに嫁ぐなんて、死んでも嫌よ!」

 陶器が叩きつけられる、けたたましい音が鼓膜に響いた。(こずえ)は反射的に肩を震わせ、部屋の隅で身を縮める。宝条(ほうじょう)家の広間には、梢の妹──沙那恵(さなえ)の金切り声が充満していた。

「なんで、この私が……!」
「落ち着きなさい、沙那恵。可愛い娘を、あんな『呪いの狂犬』に差し出すわけがないだろう」

 湯呑みを投げ捨ててもなお、沙那恵の怒りは収まりそうにない。父は取り繕うような笑みを浮かべて、彼女をなだめていた。沙那恵がいつも以上に癇癪を起こし、(わめ)き散らしているのには理由がある。
 
 彼らが恐れているのは、大妖怪を討った代償に呪われた男──煌仁(あきひと)。帝都を救った英雄でありながら、その身には忌まわしい噂がつきまとっていた。
 禍々しい呪いを証明するかのように、肌に浮かぶ牡丹の痣。触れる者を焼き、女を抱けば命を吸い尽くす。もともとの冷酷な性格も相まって、狂犬どころか虎や龍、果ては討伐した鬼のようだと、煌仁は人の形をした化け物として語られていた。
 
「そうよ、沙那恵。あなたのような特異な子を、あんな男に嫁がせるわけないじゃない」
 
 母も父同様に沙那恵の肩を優しく抱いた。
 梢と沙那恵は、血の繋がった姉妹である。齢十七の沙那恵は、生まれながらに特異な異能を持つ。触れた相手の力を増幅させる異能──宝条家はそれを「祝福」と呼び、彼女を崇めていた。
 
「私がいなければ、誰も何もできないのよ」

 それが沙那恵の口癖だった。
 その一方で、一つ上の姉である梢は、一族から「無能」と蔑まれてきた。梢にできることといえば、手の中から幻の蝶を出すことだけ。なんの役にも立たず、ただ儚く舞って消えるだけの虚しい力であった。
 
 三人の視線が一点に集まりだす。部屋の隅、影に同化するように佇んでいた梢に、だ。

「ああ……そうでしたわ。そこに、ちょうどいい『生贄』がいるじゃありませんか」

 沙那恵は先ほどまでの憤怒が嘘のように、艶やかな笑みを浮かべた。

「お父様、お母様。梢を煌仁様に差し出せばいいんですわ。どうせ『無能』なんですもの、あの方の毒に当てられて死んでも、宝条家には痛くも痒くもありませんわ」

 実の妹から発せらたとは思えない言葉。だが梢には、それがこの一族における自分の正当な評価なのだと、身に染みるほどわかっていた。両親の目も、もはや梢を娘としては見ていない。壊れても構わない道具を見るような、かつてないほど血が通っていなかった。
 拒む言葉すら返す間もなく、父の低い声が広間に冷たく落ちた。

「喜べ、梢。宝条家の娘として、死に場所を与えてやる」