ある公園にまつわる幸せ家族の真相

【資料:あさひヶ丘警察署 捜査報告書(写)】

作成者: 地域安全課 巡査部長 佐藤
日付: 202X年 5月5日
件名: 貴島某の居住実態に関する周辺聞き込み調査

 対象者・貴島某がブログ等で公表している「あさひヶ丘のマンション402号室」の特定を目的とし、周辺の不動産仲介業者および賃貸管理会社への聞き込みを実施した。

【調査結果】
 あさひヶ丘1丁目から3丁目周辺の住宅地図および賃貸台帳を照合した結果、以下の矛盾点が浮上した。

1. 階数の不一致
 あさひヶ丘周辺は第一種低層住居専用地域が大半を占め、多くの賃貸アパートが2階建て、高くても3階建てである。対象者が主張する「4階(401号室)」が存在するファミリー向け物件は、当該エリア内には一軒も存在しない。

2. 間取りの不一致
 ブログ写真に写り込んでいる「フローリング」や「仏間のある和室」を備えた3LDK以上の物件は、あさひヶ丘では分譲マンションに限られる。しかし、該当する分譲マンション全ての入居者リストに「貴島」の名はない。

3. 「402」の忌み番
 地元不動産業者への聞き込みによれば、古いアパートが多いこの地区では、4階がない、あるいは「402号室」を欠番(死に番)にしているケースが多く、物理的に「402号室」という番号自体がこの街では希少に近い状況である。

【資料:不動産仲介「あさひヶ丘不動産」店長へのインタビュー記録】

聞き手: 捜査員
場所: 同店舗内

店長: 「……ええ、ブログの写真も見ました。これ、一見すると綺麗に片付いた『理想のリビング』に見えますけどね。不動産業界の人間が見れば、ごまかしは効きませんよ」

捜査員: 「材質や建具から、何か分かることはありますか?」

店長: 「このフローリングを見てください。これ、80年代後半に流行った安価なクッションフロアの張り替えですよ。
それと、こっちのケーキ写真の背景。後ろにぼんやり映っているのは、間違いなく『仏間のある和室』です。
この独特の鴨居《かもい》の削り方と、古臭い砂壁の色。あさひヶ丘でこの仕様が残っているのは、もう一箇所しかありません」

捜査員: 「どこですか」

店長: 「『あさひヶ丘コーポ』。中央公園から徒歩3分の場所に建つ、築45年の木造アパートです。
でも、おかしいんですよ。あのアパート、2階建てなんです。パパ島さんが住んでいると言い張る『402号室』なんて、物理的に存在するはずがない」

捜査員: 「あさひヶ丘コーポ……。そこは今、どうなっているんですか?」

店長: 「一昨年の3月に、入居者のトラブルで全員退去になってます。今は取り壊しを待つだけの、ただの『死に体』ですよ」

   *

【資料:あさひヶ丘警察署 実況見分記録】

実施日時: 202X年 5月6日 01:15
場所: 旧・あさひヶ丘コーポ(現・閉鎖物件)

【現場状況報告】
 店長の証言に基づき、対象者の潜伏先と目される「あさひヶ丘コーポ」を急襲。しかし、現場に到着した捜査員が目にしたのは、ブログで描かれていた「温かな家庭」とは程遠い光景であった。

1. 入り口の徹底的な封鎖
 アパートの唯一の入り口である階段前には、何重にもベニヤ板が打ち付けられ、太い鉄線で固く閉ざされていた。積もった埃の厚さと、板の隙間に張り巡らされた蜘蛛の巣の状態から、少なくとも1年以上、物理的に人が出入りした形跡はない。
 郵便受けには数年分と思われるチラシが腐敗して固着しており、この建物が「機能」していないことを示していた。

2. 「402」の幻覚と構造的矛盾
 外壁を見上げると、2階建ての屋根の上に、トタンと廃材で組まれた不自然なプレハブ小屋のような「増築跡」が確認された。建物自体の老朽化に反して、そこだけが異様に「生活の意志」を感じさせる歪な突起物となっている。
 驚くべきことに、その小屋の入り口には、手書きのマジックで* 『402』と書かれたガムテープが貼られていた。2階建ての屋上という、地上からでは梯子なしには到底立ち入れない、浮遊した絶望の空間である。

3. ライフラインの遮断確認
 建物の外周を確認したところ、電気メーターはすべて停止しており、ガス管も元栓で物理的に切断されている。水道の元栓も錆び付いて動かない。つまり、この建物内で煮炊きを行い、ましてや「唐揚げやオムライス」を作るような生活を送ることは、物理的に不可能である。

【同行捜査員のメモ:佐藤】
 入り口は完全に封鎖されている。窓もすべて板打ちされ、内部は漆黒の闇だ。ライトを当てても、反射するのは舞い上がる埃だけで、人の気配は一切感じられない。
 
 しかし、不可解な点がある。本庁のサイバー犯罪対策課によれば、今夜もこの建物付近の基地局を経由して、パパ島のブログが更新されているというのだ。
 
「嵐の前の静けさ。片付いたリビングで深呼吸」
 
 スマホの画面に映るあの清潔なフローリングは、一体どこにある?

 我々が今見ているこの腐りかけの廃墟の中に、あの「理想の家庭」が隠されているとは到底思えない。まるで、世界そのものが二重に重なっているような、言いようのない不気味さを感じる。
 
 所有者に至急連絡をとり、内部に突入したい。
 そこにいるのが貴島本人であれ、あるいは彼の「残滓(ざんし)」であれ、この目で見届ける必要がある。