久登先輩と付き合って、二ヶ月が経った。
季節も初夏へと移り変わって、五月上旬の心地よい爽風が引き戸を開けた駄菓子屋の店内に流れてくる。
この日の久登先輩は、小上がりの段差でワクワクマンシールを開封しながら、とんでもない提案をしてきた。
「ねぇ、ちぃちゃん。俺がレアシール引いて交換する度にさぁ、ちぃちゃんにちゅーして貰うってどう〜?」
へらへらと笑いながら、レジ前で座って作業する俺にウザ絡みをしてくる。
まぁ、もう恋人だから、別にいいっちゃいいんだけど。久登先輩の頭には煩悩が詰まってるんだろうか。
「いや、久登先輩。シール交換は本来は子どもの遊びですよ? そんな大人の雰囲気出したらダメですって」
俺はそう言って、肩をすくめた。
我ながら謎理論だ。だけど、久登先輩に『俺からキスしてくれない?』みたいな雰囲気を出される度に、俺はこうして逃げ続けている。
だって……久登先輩の色気が凄すぎて、顔が近づくだけで死にそうだし。俺からキスしたら、絶対次のステップアップするじゃん。
俺はこれが初恋なんだから、初心者に合わせてくれ。
ただ、久登先輩は一度でもごねると、物凄く面倒くさい。
「えぇーダメ? ちぃちゃんのために俺、自分の運を切り売りしてるのに。今日だってレア枠引いたのに。しくしく」
久登先輩は泣き真似をしながら、ちらちら俺を見てくる。その手元には、たしかに金色背景の猫又。
こうなると、俺が折れない限り、ひたすらこの状態だ。
どっちが年上なんだか、分からなくなる。仕方がない。
「口じゃなくて、ほっぺたなら譲歩しなくもないですよ」
俺はレジ前の椅子から立ち上がって、いつも通り久登先輩の隣に腰を下ろした。
「……うーん。まぁ、ほっぺたでも十分嬉しいけど。そのうち口にもちぃちゃんからしてくれるってことでいい?」
「なんでそうなるんですか!」
「だって俺、ちぃちゃんとちゅーしたいもん」
「ほ、ほぼ毎日……し、してるじゃないですか」
「いつも俺からじゃん! ちぃちゃんなんか、ずっとエロいことばっか考えてる感じだったのに、奥手すぎる」
久登先輩はそう言いながら、俺の手に指を絡めてくる。流れるように口元に持っていって、手の甲にチュッとキスを落としてきた。
その瞬間、そこから熱が生まれたみたいに体中の血がたぎる。
あー、もう。久登先輩の言い分も分からなくもないけど、無理だ。
こっちは毎度、こうやって久登先輩の色気とわがままに散々、振り回されているのだ。
「俺のペースに合わせてくれたっていいじゃないですか。俺に甘えられたいんでしょ?」
思わず、むっとしてしまった。
ただ、久登先輩は代替え案を持ってきたらしい。それもまた、断り続けてることなんだけど。
「わかった。そんなに嫌なら、ちぃちゃんからのちゅーじゃなくてもいいよ。タメ口聞いてくれるなら、そっちでもいい」
「それもダメですって何回言えばいいんですか。先輩は年上で……」
「年上って、一学年だけじゃん!」
「でも」
「でもじゃなーい。ほら、デートの時だけたまーにタメ口きいてくれるじゃ〜ん。思い出して! ほ〜ら〜」
うわ。面倒くせぇ。久登先輩は三年生になって、もっと面倒くさくなった。
この面倒くさいのを黙らせるには、方法は一つだけだ。
「分かりました。そのシール、俺に渡して。そして目を瞑ってくださいよ!」
「え? このシール? あと目? なんで?」
そう言いながらも、久登先輩は俺に手元の猫又を渡してくれる。そして、そっと目を閉じた。
あーもう、顔が熱い。心臓もうるさい。久登先輩の顔、ほんとかっこよすぎて無理。なんでこんなに無駄にイケメンなんだよ。
だけど、俺はなけなしの勇気を振り絞って、久登先輩の頰に唇を押し当てた。ほぼ、唇に近いところ。
すると、久登先輩は勢いよく目を開けた。みるみるうちに顔を真っ赤にしていく。
「……ちぃちゃん、今の……反則……」
「反則じゃないですからね⁉︎ 久登先輩を黙らせるためにしただけですよ⁉︎」
「あーもう、ちぃちゃん。もっと黙らせてくれていいよ⁉︎ ほら! もっと! ていうか、もう口にして?」
久登先輩は思いっきり、俺を抱きしめてくる。
「あーもう! めんどくせぇ!」
俺の恋人は本当に、面倒くさい。
優等生の顔もあれば、色気ダダ漏れの時もあるし、余裕たっぷりに見せたかと思ったら、甘ったれにもなる。
でも、俺からすれば、片時も目が離せないくらい、魅力的な人。
そんな俺の平穏を壊してくれる久登先輩といれば、きっとこれから何年、何十年経っても、楽しく過ごせるに決まってる。
世界で一番、愛しいこの人に構ってもらえる俺は、たぶんとんでもなく幸せ者で。
そんな人の甘えられる存在になれたことが、とにかく嬉しい。
寂しがりで、調子乗りの本人には、なかなか言えないけど。愛が重めで、面倒くさい久登先輩が本当に大好きだ。
おわり
季節も初夏へと移り変わって、五月上旬の心地よい爽風が引き戸を開けた駄菓子屋の店内に流れてくる。
この日の久登先輩は、小上がりの段差でワクワクマンシールを開封しながら、とんでもない提案をしてきた。
「ねぇ、ちぃちゃん。俺がレアシール引いて交換する度にさぁ、ちぃちゃんにちゅーして貰うってどう〜?」
へらへらと笑いながら、レジ前で座って作業する俺にウザ絡みをしてくる。
まぁ、もう恋人だから、別にいいっちゃいいんだけど。久登先輩の頭には煩悩が詰まってるんだろうか。
「いや、久登先輩。シール交換は本来は子どもの遊びですよ? そんな大人の雰囲気出したらダメですって」
俺はそう言って、肩をすくめた。
我ながら謎理論だ。だけど、久登先輩に『俺からキスしてくれない?』みたいな雰囲気を出される度に、俺はこうして逃げ続けている。
だって……久登先輩の色気が凄すぎて、顔が近づくだけで死にそうだし。俺からキスしたら、絶対次のステップアップするじゃん。
俺はこれが初恋なんだから、初心者に合わせてくれ。
ただ、久登先輩は一度でもごねると、物凄く面倒くさい。
「えぇーダメ? ちぃちゃんのために俺、自分の運を切り売りしてるのに。今日だってレア枠引いたのに。しくしく」
久登先輩は泣き真似をしながら、ちらちら俺を見てくる。その手元には、たしかに金色背景の猫又。
こうなると、俺が折れない限り、ひたすらこの状態だ。
どっちが年上なんだか、分からなくなる。仕方がない。
「口じゃなくて、ほっぺたなら譲歩しなくもないですよ」
俺はレジ前の椅子から立ち上がって、いつも通り久登先輩の隣に腰を下ろした。
「……うーん。まぁ、ほっぺたでも十分嬉しいけど。そのうち口にもちぃちゃんからしてくれるってことでいい?」
「なんでそうなるんですか!」
「だって俺、ちぃちゃんとちゅーしたいもん」
「ほ、ほぼ毎日……し、してるじゃないですか」
「いつも俺からじゃん! ちぃちゃんなんか、ずっとエロいことばっか考えてる感じだったのに、奥手すぎる」
久登先輩はそう言いながら、俺の手に指を絡めてくる。流れるように口元に持っていって、手の甲にチュッとキスを落としてきた。
その瞬間、そこから熱が生まれたみたいに体中の血がたぎる。
あー、もう。久登先輩の言い分も分からなくもないけど、無理だ。
こっちは毎度、こうやって久登先輩の色気とわがままに散々、振り回されているのだ。
「俺のペースに合わせてくれたっていいじゃないですか。俺に甘えられたいんでしょ?」
思わず、むっとしてしまった。
ただ、久登先輩は代替え案を持ってきたらしい。それもまた、断り続けてることなんだけど。
「わかった。そんなに嫌なら、ちぃちゃんからのちゅーじゃなくてもいいよ。タメ口聞いてくれるなら、そっちでもいい」
「それもダメですって何回言えばいいんですか。先輩は年上で……」
「年上って、一学年だけじゃん!」
「でも」
「でもじゃなーい。ほら、デートの時だけたまーにタメ口きいてくれるじゃ〜ん。思い出して! ほ〜ら〜」
うわ。面倒くせぇ。久登先輩は三年生になって、もっと面倒くさくなった。
この面倒くさいのを黙らせるには、方法は一つだけだ。
「分かりました。そのシール、俺に渡して。そして目を瞑ってくださいよ!」
「え? このシール? あと目? なんで?」
そう言いながらも、久登先輩は俺に手元の猫又を渡してくれる。そして、そっと目を閉じた。
あーもう、顔が熱い。心臓もうるさい。久登先輩の顔、ほんとかっこよすぎて無理。なんでこんなに無駄にイケメンなんだよ。
だけど、俺はなけなしの勇気を振り絞って、久登先輩の頰に唇を押し当てた。ほぼ、唇に近いところ。
すると、久登先輩は勢いよく目を開けた。みるみるうちに顔を真っ赤にしていく。
「……ちぃちゃん、今の……反則……」
「反則じゃないですからね⁉︎ 久登先輩を黙らせるためにしただけですよ⁉︎」
「あーもう、ちぃちゃん。もっと黙らせてくれていいよ⁉︎ ほら! もっと! ていうか、もう口にして?」
久登先輩は思いっきり、俺を抱きしめてくる。
「あーもう! めんどくせぇ!」
俺の恋人は本当に、面倒くさい。
優等生の顔もあれば、色気ダダ漏れの時もあるし、余裕たっぷりに見せたかと思ったら、甘ったれにもなる。
でも、俺からすれば、片時も目が離せないくらい、魅力的な人。
そんな俺の平穏を壊してくれる久登先輩といれば、きっとこれから何年、何十年経っても、楽しく過ごせるに決まってる。
世界で一番、愛しいこの人に構ってもらえる俺は、たぶんとんでもなく幸せ者で。
そんな人の甘えられる存在になれたことが、とにかく嬉しい。
寂しがりで、調子乗りの本人には、なかなか言えないけど。愛が重めで、面倒くさい久登先輩が本当に大好きだ。
おわり

