駄菓子屋に着くと、ちょうど自宅の方に戻ろうとしていたばあちゃんと遭遇した。
久登先輩はそれまで往生際悪く「やだぁ」「ちぃちゃんに嫌われる」「それ以外なら何だってするからぁ」と言っていた。
そこまで言い出すと、本気で気になるってものが人の性だ。
そんな久登先輩も、ばあちゃんが「お帰り。ほれ、ワクワクさん補充したで」と、棚を指さした瞬間、急に優等生モードになって。結局、俺との勝負に乗ってくれることになった。
「絶対、俺が勝ったら教えてくださいね」
「……うん」
「言質とりましたからね」
そう言って、お互い一箱ずつワクチョコの箱をレジで買った。小上がりの段差に並んで腰を下ろして、俺はレアが引けますように…! と祈りながら、ワクワクマンシールを引く。
そして、八袋目を開けて、俺は息を呑んだ。
久登先輩にあげるのにぴったりの、九尾の狐だった。
「久登先輩、俺……人間って、驚きすぎたら冷静になるのかもって思いました」
手元の九尾を見ながら、隣の久登先輩に話しかけた。
「え?」
「九尾引いちゃった」
にやりと笑って、久登先輩に星型のシールを掲げてみせる。すると、先輩は目をまん丸にして──すぐに、くしゃっと顔を歪ませてしまった。
「なんで九尾! てか、今日はちぃちゃんの引き良すぎ……!」
「へへへ。バレンタインのお返しにこれあげます」
「もぉ──! 嬉しいけどぉ!」
久登先輩は俺からシール受け取りながら、かなり悔しがった。しばらく「もうヤダ」「最悪だ」とか呟いていたけど、ようやく観念して、俺を好きになってくれた日のことを教えてくれた。
話し終えた久登先輩は、随分と肩を落としている。
でも、そこまでしょんぼりする必要なんてない。
だって俺は今、久登先輩の話を聞いて、また救われたような気がしてるのだから。
「久登先輩って頭良いのに、こういうとこはアホなんですね」
そう言うと、久登先輩はゆっくり顔を上げた。
今、そんなこと言う? とでも言いたげな目をして、俺を見てくる。
「えっ……アホ……?」
「アホですよ」
「ど、どこが……?」
「勝手に嫌われるって思ってるとこ」
そんな器の小さい男だと思われてたことにむっとして、つい声が不機嫌になってしまう。
「え?」
「むしろ俺、もっと久登先輩が好きになったんですけど」
「なんで? え? 気持ち悪くないの……?」
久登先輩は困惑した顔をする。頭にはいくつものはてなが浮かんでるような様子が面白くて、俺は「あははっ」と笑ってしまった。
「気持ち悪くないですよ。……あの日、久登先輩があの場所に来てくれてよかったって思ってるんだから」
そう言ったら、久登先輩がぐっと唇を噛んだ。
急に泣きそうになるその顔が、愛おしく思えた。久登先輩の心を動かせるのは、俺だけなんだなって改めて実感して、胸がじんとする。
「俺が久登先輩救えたの、嬉しい」
噛み締めるように言ったら、久登先輩が一瞬、息を呑むのが分かった。
何か言いたそうに口を開きかけて、もどかしそうな顔をしてから、ようやくいつもみたいに甘えた声を漏らしてくれた。
「なんでそんな風に言えるのさぁ〰〰」
「だって、久登先輩、また俺を救ってくれたから」
「また……?」
「はい」
そう頷いて、俺は自分の膝に視線を落とした。右膝に触れて、そっと撫でる。
黒のテーパードパンツを履いてるから、今は傷が見えない。けど、着替える度、お風呂に入る度、俺は嫌でもここにできた手術痕を目にする。
その度に辛くなるし、泣きたくなる。
だけど、これからは今までとは違って見えると思う。
もう一度、隣に座る久登先輩の方を向いて、息を吸った。
「俺、前より気持ちが楽になった気がするんですよ。怪我なんかしたくなかったし、この手術の痕を見るたびにつらいのは変わらないですけど……。この怪我があったから、久登先輩が俺を好きになってくれて、救われたんだなって思ったら……」
うまく言葉がまとまらない。でも、過去はどう頑張ったって、変えられない。
俺は必ず怪我する運命で──でも、久登先輩と出会えなかったら、あのままずっと、燻ったままだった。
だからこそ、久登先輩が怪我した俺を見つけてくれて、好きになってくれて、本当によかったって心の底から思う。
そんな俺が、退屈な毎日を送ってた久登先輩を救えたことも、嬉しいって思う。
ごくりと唾を飲み込んでから、俺の言葉を待ってくれる久登先輩にまた、話しかけた。
「これ……久登先輩を救った勲章……とか、そういう風に思ってもいいですか? そしたら、俺……この傷ごと、もっと前を向ける気がするんですけど」
自分でも変なこと言ってるのは、分かってる。声が震えて、泣きそうなのも丸わかりだ。そんな自分が恥ずかしくて、顔が一気に熱くなる。
でも、久登先輩はどんな俺も全部、受け止めてくれる人だって信じてるから。
肯定してほしくて、じっと久登先輩を見た。
「千茅」
突然、呼ばれた自分の名前に胸が跳ねる。その声があまりに優しくて、ぽろっと涙がこぼれた。
ついほんの少し前まで久登先輩も泣きそうだったのに、もう違う顔をしてる。俺を、愛しむような顔だ。
久登先輩は俺の頰に手を伸ばしてきて、涙を拭ってくれる。
「千茅。そんな風に言ってくれて、ありがとう。そんな風に言ってもらえるなんて、思わなかった」
久登先輩は柔らかく微笑んでくれる。
「いいってことですか……?」
「むしろ、俺がお願いしたいくらいだよ。千茅の気持ちが楽になるなんて……また俺も、救ってもらえた」
くすっと笑いながら、ぽろりと溢れる俺の涙をまた指ですくってくれる。
「ありがとう、ございます。で、でも、なんで急に……こういう時に名前呼びとか、そういうの、ずるくないですか」
辿々しく言ったら、久登先輩は口の端をわずかに緩ませて、軽く息を漏らした。
「……じゃあ、もっとずるいことさせてよ」
「ずるい……こと?」
「うん。涙、止めてあげるからさ」
「え?」
そう声を漏らした瞬間、久登先輩の顔が俺のすぐ目の前にあった。柔らかな感触が、唇に当たる。
その刹那、俺の頭は真っ白になった。
えっと……何、これ。ちょ、え……?
なんで、久登先輩が俺の口に唇を当てて──って、これって、きききききキス⁉︎
俺が事態に気付くと、久登先輩はそれを見越したように、スッと離れた。悪戯げに「ワクチョコ味だ〜」なんて笑って立ち上がる。
食べたけど! シール引きながら食べたけど!
「〰〰〰〰っ!」
パニックのあまり、言葉にならない声をあげた。
久登先輩はずるい。あっという間に手の届かない店の方へ逃げてしまう。
でも、先輩の言った通り、俺の涙はピタッと止まっていた。
久登先輩はそれまで往生際悪く「やだぁ」「ちぃちゃんに嫌われる」「それ以外なら何だってするからぁ」と言っていた。
そこまで言い出すと、本気で気になるってものが人の性だ。
そんな久登先輩も、ばあちゃんが「お帰り。ほれ、ワクワクさん補充したで」と、棚を指さした瞬間、急に優等生モードになって。結局、俺との勝負に乗ってくれることになった。
「絶対、俺が勝ったら教えてくださいね」
「……うん」
「言質とりましたからね」
そう言って、お互い一箱ずつワクチョコの箱をレジで買った。小上がりの段差に並んで腰を下ろして、俺はレアが引けますように…! と祈りながら、ワクワクマンシールを引く。
そして、八袋目を開けて、俺は息を呑んだ。
久登先輩にあげるのにぴったりの、九尾の狐だった。
「久登先輩、俺……人間って、驚きすぎたら冷静になるのかもって思いました」
手元の九尾を見ながら、隣の久登先輩に話しかけた。
「え?」
「九尾引いちゃった」
にやりと笑って、久登先輩に星型のシールを掲げてみせる。すると、先輩は目をまん丸にして──すぐに、くしゃっと顔を歪ませてしまった。
「なんで九尾! てか、今日はちぃちゃんの引き良すぎ……!」
「へへへ。バレンタインのお返しにこれあげます」
「もぉ──! 嬉しいけどぉ!」
久登先輩は俺からシール受け取りながら、かなり悔しがった。しばらく「もうヤダ」「最悪だ」とか呟いていたけど、ようやく観念して、俺を好きになってくれた日のことを教えてくれた。
話し終えた久登先輩は、随分と肩を落としている。
でも、そこまでしょんぼりする必要なんてない。
だって俺は今、久登先輩の話を聞いて、また救われたような気がしてるのだから。
「久登先輩って頭良いのに、こういうとこはアホなんですね」
そう言うと、久登先輩はゆっくり顔を上げた。
今、そんなこと言う? とでも言いたげな目をして、俺を見てくる。
「えっ……アホ……?」
「アホですよ」
「ど、どこが……?」
「勝手に嫌われるって思ってるとこ」
そんな器の小さい男だと思われてたことにむっとして、つい声が不機嫌になってしまう。
「え?」
「むしろ俺、もっと久登先輩が好きになったんですけど」
「なんで? え? 気持ち悪くないの……?」
久登先輩は困惑した顔をする。頭にはいくつものはてなが浮かんでるような様子が面白くて、俺は「あははっ」と笑ってしまった。
「気持ち悪くないですよ。……あの日、久登先輩があの場所に来てくれてよかったって思ってるんだから」
そう言ったら、久登先輩がぐっと唇を噛んだ。
急に泣きそうになるその顔が、愛おしく思えた。久登先輩の心を動かせるのは、俺だけなんだなって改めて実感して、胸がじんとする。
「俺が久登先輩救えたの、嬉しい」
噛み締めるように言ったら、久登先輩が一瞬、息を呑むのが分かった。
何か言いたそうに口を開きかけて、もどかしそうな顔をしてから、ようやくいつもみたいに甘えた声を漏らしてくれた。
「なんでそんな風に言えるのさぁ〰〰」
「だって、久登先輩、また俺を救ってくれたから」
「また……?」
「はい」
そう頷いて、俺は自分の膝に視線を落とした。右膝に触れて、そっと撫でる。
黒のテーパードパンツを履いてるから、今は傷が見えない。けど、着替える度、お風呂に入る度、俺は嫌でもここにできた手術痕を目にする。
その度に辛くなるし、泣きたくなる。
だけど、これからは今までとは違って見えると思う。
もう一度、隣に座る久登先輩の方を向いて、息を吸った。
「俺、前より気持ちが楽になった気がするんですよ。怪我なんかしたくなかったし、この手術の痕を見るたびにつらいのは変わらないですけど……。この怪我があったから、久登先輩が俺を好きになってくれて、救われたんだなって思ったら……」
うまく言葉がまとまらない。でも、過去はどう頑張ったって、変えられない。
俺は必ず怪我する運命で──でも、久登先輩と出会えなかったら、あのままずっと、燻ったままだった。
だからこそ、久登先輩が怪我した俺を見つけてくれて、好きになってくれて、本当によかったって心の底から思う。
そんな俺が、退屈な毎日を送ってた久登先輩を救えたことも、嬉しいって思う。
ごくりと唾を飲み込んでから、俺の言葉を待ってくれる久登先輩にまた、話しかけた。
「これ……久登先輩を救った勲章……とか、そういう風に思ってもいいですか? そしたら、俺……この傷ごと、もっと前を向ける気がするんですけど」
自分でも変なこと言ってるのは、分かってる。声が震えて、泣きそうなのも丸わかりだ。そんな自分が恥ずかしくて、顔が一気に熱くなる。
でも、久登先輩はどんな俺も全部、受け止めてくれる人だって信じてるから。
肯定してほしくて、じっと久登先輩を見た。
「千茅」
突然、呼ばれた自分の名前に胸が跳ねる。その声があまりに優しくて、ぽろっと涙がこぼれた。
ついほんの少し前まで久登先輩も泣きそうだったのに、もう違う顔をしてる。俺を、愛しむような顔だ。
久登先輩は俺の頰に手を伸ばしてきて、涙を拭ってくれる。
「千茅。そんな風に言ってくれて、ありがとう。そんな風に言ってもらえるなんて、思わなかった」
久登先輩は柔らかく微笑んでくれる。
「いいってことですか……?」
「むしろ、俺がお願いしたいくらいだよ。千茅の気持ちが楽になるなんて……また俺も、救ってもらえた」
くすっと笑いながら、ぽろりと溢れる俺の涙をまた指ですくってくれる。
「ありがとう、ございます。で、でも、なんで急に……こういう時に名前呼びとか、そういうの、ずるくないですか」
辿々しく言ったら、久登先輩は口の端をわずかに緩ませて、軽く息を漏らした。
「……じゃあ、もっとずるいことさせてよ」
「ずるい……こと?」
「うん。涙、止めてあげるからさ」
「え?」
そう声を漏らした瞬間、久登先輩の顔が俺のすぐ目の前にあった。柔らかな感触が、唇に当たる。
その刹那、俺の頭は真っ白になった。
えっと……何、これ。ちょ、え……?
なんで、久登先輩が俺の口に唇を当てて──って、これって、きききききキス⁉︎
俺が事態に気付くと、久登先輩はそれを見越したように、スッと離れた。悪戯げに「ワクチョコ味だ〜」なんて笑って立ち上がる。
食べたけど! シール引きながら食べたけど!
「〰〰〰〰っ!」
パニックのあまり、言葉にならない声をあげた。
久登先輩はずるい。あっという間に手の届かない店の方へ逃げてしまう。
でも、先輩の言った通り、俺の涙はピタッと止まっていた。

