猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい

 相嶋と山下が帰ってから、早二時間。リビングは日が傾いて、薄暗い。そんな中、俺はひとり、膝を抱えてソファに座っていた。
 
 にいちゃんのことが大事なくせに、同じ人を好きになるなんて、俺はきっと最低最悪の弟なんだろう。しかも、内緒で距離まで詰めるときた。告白紛いなことまでして、何をしてるんだって話だ。
 来世では、ミジンコに転生させられても、仕方がないと思う。

 あー、消えてなくなりたい。にいちゃんを傷つけるくらいなら、透明人間になりたい。そしたら、俺がにいちゃんの視界に入らなくて済むし、久登先輩だってにいちゃんに気持ちが向くはずだ。これで万事解決──って、んなわけあるか。

 ぐるぐるぐるぐる罪悪感に塗れて色々考えているうちに、なんか一周回って、開き直ってしまった。

「てかさ、そもそもこれって、俺だけが悪いのかって言うと、そうでもなくない?」

 俺は誰に問うわけでもなく、口にした。

 何せ、俺が久登先輩に落ちたのは、先輩が沼らせてきたからだ。久登先輩さえ近づいて来なければ、俺はこんな風に先輩を好きになってはいなかったと思う。
 久登先輩はワクワクマンシールを馬鹿にしないでコラボイベまで付き合ってくれるし、勉強だって面倒見てくれる。さらには、先生に説教された時だって助けてくれるとか、少女漫画のヒーローかよ。
 そんな先輩から近づいてきて、向こうから告白してきて、あの顔と色気で迫って来られたら……落ちない方が無理があるって。
 我こそは落ちません! って人がいるなら、ぜひお目にかかりたい。

「あー、でも、にいちゃんの方が先に好きになったんだよなぁ……」

 そうポツリと呟いたところで、ここで俺が身を引くべきなのかを考えた。
 でも、身を引いたところで、俺はたぶん久登先輩とにいちゃんが一緒にいるのを素直に祝福できる気がしない。
 初恋は実らないっていうけど、久登先輩は俺を好いてくれているのだ。なのに、みすみす諦めるなんて……俺には出来そうにない。

 自己肯定感が高いのか低いのか、正直自分でもよく分かんないけど、目の前にゴールがあるのに、手元のボールを投げないなんて選択肢、俺には存在しない。チャンスがあるなら、貪欲に勝ちを掴みにいく。それが、俺のプレースタイルだった。

 好きなものにまっすぐなのも俺だし、これまでもこれからもきっと変わらない。だから、俺が久登先輩から身を引くなんて、よっぽどなことがない限り、多分ないんだろう。
 
 それに、バスケが出来なくなってから、燻ってた俺が、久登先輩のおかげで夢を見つけた。
 まだ誰にもその夢は言えてないけど、やりたいことを見つけられて、頑張ろうと思えた。
 その夢が見つかったのも、バスケ以上に大事な存在が見つかったからだ。
 
 ──いつか……俺がいたら、頑張れるって思えるようになってくれたら嬉しい。
 ──ちぃちゃんが今、疲れて頑張れないなら、いつか君が頑張る理由になれるような……そんな存在になりたい。

 そんな風に言ってくれた久登先輩のそばにいたい。
 久登先輩がいたら、たぶん俺はこの先、頑張れるから。
 だから、俺は久登先輩を諦めたくない。

 だけど、そうすれば俺はにいちゃんを傷つけてしまうわけで……。

「って、あー、もう! こんな時に限って、俺の中のブラコンが邪魔してくる──っ!」

 誰もいないことをいいことに、俺は頭をがしがしと掻きむしりながら叫んだ。
 その矢先、こたつの上に置いたスマホがブブッと振動した。そっと画面に視線を送れば、久登先輩からのメッセージ通知が届いている。

「うあー! もう、誰のせいでこうなっていると……!」

 そうは言いながらも、俺の手は自然とスマホに伸びてしまう。久登先輩の誘惑には、逆らえない。
 滑らかな手つきで通知を開くと、飛び込んでくるメッセージ。

《ちぃちゃん、今日はごめんね。告白の続きはまた今度〜! 楽しみにしてるね〜!》
 
 きっと今頃久登先輩は、口元を緩めているのだろう。
 そんなことが想像つくくらい、俺はもう久登先輩が好きだ。
 だけど、にいちゃんを傷つけたくはない。
 かといって、久登先輩も傷つけたくない。
 どっちも大事で、どっちも大好きだから、にいちゃんと距離ができるのも、久登先輩と離れるのも嫌だった。
 
 なら、俺は一旦、久登先輩に流されてしまう前に、にいちゃんとちゃんと向き合う必要がある。
 このままじゃ、いられない。そう思ったら、なんか勝手に指が動いていた。

《久登先輩、しばらく距離を置きます。理由はまた説明するので、すみません》
《あと、お誕生日おめでとうございます》

 その二つのメッセージを送って、俺は久登先輩の通知をオフにした。
 俺は久登先輩に、すぐ流されてしまう。すぐ久登先輩のことで頭がいっぱいになって、てんてこ舞いになる。
 そうなったら、取り返しのつかないことになりかねないから、流されまいようにしたことだ。
 ただ、恋愛初心者すぎて、俺の行動一つで、久登先輩がどうなるかなんて何も考えちゃいなかった。
 バスケの視野は広いって言われていたのに。ほんと、恋愛はポンコツすぎて、自分が嫌になるくらい、俺は何も見えていなかった。