猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい【改稿作業中・4話まで済】

 にいちゃんが隣にいてくれた方が、俺としては安心する。でも、久登先輩とちゃんと話さなきゃいけないのは俺であって、にいちゃんじゃない。
 見守られながら話す──なんて、久登先輩に失礼な気がして、にいちゃんに「部屋で電話してくる」と伝えて、リビングを出た。

 階段を駆け上がって、すぐ手前にある自分の部屋のドアノブを握る。すると手が少し汗ばんでいて、自分が凄く緊張していることに気づいた。
 部屋に入って、扉に背をつける。俺は一度ズボンで手を拭いてから、スマホのロックを解除した。
 深呼吸をして、メッセージアプリを開く。すると、久登先輩の狐アイコンの隣には30通もの未読数が表示されていた。
 その数に慄いて、思わず「ひっ……」と声が出る。
 あまりにSNSをしないから、企業アカウントやクラスのグループトークに未読数が溜まるのはよくある。けど、まさか久登先輩とのトークが、そんな風になっているとは思いもしない。
 
 いや、待って。そういえば、いつだったか久登先輩が廊下でスタンプを連打してきて、俺は「ブロック案件」なんて言ったっけ。
 でも、今回はあの時の軽さとは、全然違った。

 慌ててタップしたら、久登先輩から送られてきたメッセージやスタンプの数々が飛び込んでくる。

《え? 何かの冗談?》
《笑えないよ〜》

 最初は、そんな軽口めいたメッセージ。狐のスタンプだって「嘘だぁ」「何言ってんの〜」みたいな感じのやつが何個か送られている。
 でも、途中から「返事はまだ?」とこっそり覗き見る狐のスタンプたちが何個も並んでいて──。

 途中から、パタリと雰囲気が変わった。
 画面をスクロールして行くほど、罪悪感と緊張が増して、喉が渇く。

《ちぃちゃん、何かあった?》
《大丈夫?》
《距離置くってどういうこと?》
《俺が何かしてしまった?》
《ちぃちゃんの嫌がることしたんだよね、ごめん》

 理由を話すと言っておきながら、それをせずに放置した俺に、すべての非がある。
 そのはずなのに、それを責めることなく、心配してくれる久登先輩がそこにいた。
 むしろ、久登先輩に問題があったとでも言うような内容だ。

 こんなに心配してくれる人に、どうして俺は……。
 久登先輩を傷つけたくないって思ってたのに、俺が一番傷つけてるじゃん……。
 胸が詰まって、苦しくてたまらなくなる。

 しかも、俺は人生最大の失敗をしていた。
 久登先輩の17歳の誕生日は、あの日だけなのに。

《誕生日のこと言わなかったから?》
《それならごめん》
《お願いだから連絡して》

 久登先輩の言葉が俺ではなく自分自身を責めているようにしか見えなくて、胸が張り裂けんばかりに痛んだ。

 こんなの、恋愛初心者だからとか、そんな言葉で片付けていい問題じゃない。
 俺は周りが見えていないにも、程がある。人として、最低だ。
 誰よりもちゃんと祝わないといけない人の誕生日に、プレゼントを渡すどころか、最悪なことをするなんて。なんて俺は馬鹿なんだろう。
 こんなの、来世ではミジンコどころか、生物として生まれ変わることすら許されない所業じゃないか?

 だけど、いつまで経っても、久登先輩は俺を責めない。
 とことん優しいのが、久登先輩だった。

《ちぃちゃん、お願い。俺は大丈夫だから、メッセージ見てよ》

 悲痛そうな久登先輩の声が聞こえてくるようで、視界が滲んだ。
 胸がぎゅっと縮まるようで、息が浅くなる。
 こんなに優しい人を、俺はどれだけ傷つけたんだろう。知るのが怖いのに、逃げるわけにもいかない。
 全部、俺がやらかしたことだ。
 震える指で、さらにスクロールする。そして、ぴたりと指を止めた。

《今日、駄菓子屋行ったけどちぃちゃんいなかった》
《俺のせいだよね》

 昨日はたまたま、用事があってばあちゃんの駄菓子屋に行けなかった。だけど、毎週土曜日は必ず顔を出していたから、久登先輩が不安になるのも当然だ。

「あーもう、俺は!」

 自分の馬鹿さ加減に我慢の限界が来て、叫んだ。その声が静かな部屋に反響して、余計に惨めさが胸に広がって行く。

 昨日と一昨日の俺が、もし目の前にいたら、往復ビンタどころか飛び蹴り喰らわしても気が済まない。
 本当に俺は、何から何まで最悪なことしかしでかさない、どうしようもないやつだ。
 ほんと……なんでこんなに、間違えてしまうんだろう。

 久登先輩の必死さがメッセージを見る度に痛いほど伝わってきて、涙腺が限界だった。
 だけど、俺が泣いちゃいけない。泣きたいのは、久登先輩だ。
 泣くのを我慢しようと、奥歯を必死に噛み締めた。

 その時、ふと今日送られてきていたメッセージが目についた。

《家に行ってもいい? しつこくてごめん》
《我慢できないから、行くね》

 時間を見たら、今から二十分前。それを見た瞬間、俺は部屋を飛び出していた。
 久登先輩を傷つけたなら、俺はその分、あの人を……大好きな人をこれ以上、苦しめちゃいけない。
 会いに行かなきゃいけないのは、俺の方だ。

 俺はアプリの通話ボタンを押しながら、階段を駆け下りた。