猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい

「おい、山本! そうじゃねぇだろ!」
「はぁ? 相嶋こそ、何してんだよバカ」

 俺の家の広々としたリビングで、相嶋と山本はゲームに熱中している。
 つい先程までは、山本は俺を押し除けて、久登先輩に集めたワクワクマンシールをお披露目していた。
 でも、久登先輩ってば、すぐ人をたらし込むから、ほんと困る。山本は先輩の「ゲームしないの?」という一声で、今はすっかりゲームに夢中だ。
 まぁ、俺としては久登先輩に絡まれすぎるよりは、ずっといいんだけど。
 
「はい、ほうじ茶。うち、基本的にあったかい飲み物しか置いてないから、ジュース飲みたいやつは少し先にある自販機に買いに行ってな」

 俺はやれやれと思いながら、二人に声を掛けて、こたつに湯呑みを置いた。
 残る手元のお盆の上には、ティーポットと2つのカップ。ティーポットを持って、今度はL字型のソファに座る久登先輩に視線を送った。

「久登先輩は俺と同じ紅茶で良かったんですか?」
 
 蒸らした紅茶をカップに注いでいると、久登先輩は俺の手元を狂わせたいのだろうか。

「うん。紅茶好きだし。それに、ちぃちゃんと同じの飲みたいし?」

 息を吸うのが当たり前なのと同じみたいに、久登先輩はさも平然と、甘い空気を出そうとしてくる。俺は必死に冷静さを保ちながら、そっと先輩の前にカップを置いた。

「……じゃあ、これどうぞ」
「ありがと」

 ただ、自分の分を淹れ始めたところで、砂糖もミルクも持ってきていないことに気づいた。
 でも、すでに久登先輩は息をフーフーと吹きかけて、カップに口をつけている。

「あの、先輩、そのまま飲んで大丈夫ですか? 何か入れますよね?」
「ん?」
「俺はストレートが一番好きなんですけど、久登先輩って結構甘いもの好きだし、はちみつとか砂糖とか……あとミルクもありますけど」
「あははっ。めっちゃ至れり尽くせりだね。いらないよ。俺もストレートが一番好き」
「そうですか。それならよかったです」

 そう言いながら、俺もカーペットに腰を下ろして、紅茶に口つけた。
 静かに紅茶を飲みながら、ゲームに熱中する相嶋と山本を見る。こういう時、皆で遊べる系のゲームをするかと思いきや、安定の相嶋の謎チョイス。テレビの大画面には、ゾンビが出てくる人気ホラーゲームが映っていた。
 俺は普段からホラー映画も観なければ、あまりホラーゲームはしない。だから、不穏な音ですらちょっとビビる。銃の音がするだけで、ビクッとするものだから、いつ叫び声を上げてしまうかヒヤヒヤだ。
 でも、悲鳴をあげるなんて、絶対にしたくない。久登先輩は二人の前じゃスマートに振る舞ってくれるだろうけど、相嶋と山本は揶揄ってくるに決まってる。
 そうだ。二人とも集中してるし、今なら避難がてら、席を外してもいいはずだ。
 俺はそっと立ち上がって、リビングに面した奥の襖に向かった。
 
 襖を開けると、隣の和室に繋がる。和室には仏壇が置いてあって、俺は父ちゃんたちの元へ向かう。
 仏壇には、俺と血の繋がりのある父ちゃんと、にいちゃんの母さんである恵理子さんの写真がある。俺は父ちゃんを三歳の頃に病気で、にいちゃんは恵理子さんを五歳の頃に事故で亡くした。
 お互い幼い頃だったし、記憶はほとんど薄れている。けど、俺の家族は必ず家に帰ると、二人に挨拶する。それが、我が家のルールだ。

「父ちゃん、恵理子さん、ちょっとうるさいけど許してな。友達来てるんだ」

 そう声をかけながら仏壇の前に座って、手を合わせようとした、その時。

「ちぃちゃん、俺もおとうさんたちに、挨拶させてもらってもいい?」

 振り返ると、久登先輩が襖のところに立っていた。
 俺の両親が再婚だと知っている人は、結構いる。けど、俺とにいちゃんがそれぞれ親を亡くしていることを知る人はごく僅かだ。
 たぶん、にいちゃんが久登先輩に教えたんだろう。
 でも、まさか挨拶したい、なんて言ってくれるなんて思わなかった。

「挨拶……してくれるんですか? でも、山本たちのゲームは……?」

 俺が目をしばたたかせると、久登先輩は口元を緩めて、こっちにやって来る。

「だって、山本くん、相嶋くんのことが好きじゃん。俺がいたらお邪魔だろうし、それにちぃちゃんの家族に挨拶したかったんだ」

 そう言いながら、久登先輩は俺の隣に、綺麗な所作で正座をした。
 ただ、久登先輩の言葉が、うまく飲み込めない。
 
「……今、なんて?」
「ちぃちゃんの家族に」
「それもですけど、その前」
「山本くんが、相嶋くんを好きってこと?」

 さもありなんとでも言うみたいに口にして、久登先輩は首を傾げた。

「えっ……ええぇえぇ?」

 驚きすぎて、俺は腰が抜けるかと思った。
 でも、学年一イケメンの山本に久登先輩を盗られるんじゃないかってちょっとヒヤヒヤしていたから、安堵する自分もいた。

「え? 俺は当て馬に使われてたんだけど、気づかなかった? 相嶋くんにヤキモチ妬かせたくて、俺に絡んでたみたいな」
「知らなかったです」

 全く心当たりがなくて即答したら、久登先輩は肩をすくめた。

「まぁ、ちぃちゃんだもんね」
「なんですか、それ!」
「だって、鈍いもん〜。俺が好き好きアピールしても、まーったく気づかないし?」
「うっ……」
「だからさ、あっちはそのままにして。挨拶させてもらうね?」
「じゃ……じゃあ、お願いします」

 近くにあった座布団を仏壇前に敷いて、「これ、どうぞ」と促す。
 でも、久登先輩は「そこまでしなくていいよ」と言って、仏壇をまっすぐ見つめた。頭を下げてから、手を合わせる。しばらくの間、久登先輩は父ちゃんと恵理子さんに、挨拶をしてくれた。

 久登先輩は面倒くさいところもあるけど、案外礼儀正しい。ありがとう、ごめんねを当たり前のように口に出来るし、ご飯の食べ方も綺麗。身長が高いのに、普段から姿勢も良いし、あらゆる所作が美しくて目を引く。育ちの良さが、当たり前のように体に染み付いているのを感じた。
 それでいて、こうして父ちゃんと恵理子さんに挨拶してくれるのが、凄く嬉しい。大事な人が、こういうところに気づいてくれる。それだけで……なんていうか。好きになって良かったなって思う。

 俺は心の中で、父ちゃんたちに「まだ付き合ってないけど、この人が俺の好きな人。初めて好きになったんだ。男の人だけど、父ちゃんも恵理子さんも、応援してくれると嬉しい」と伝えておいた。
 手を合わせ終えたら、久登先輩が「似てるね」とポソっと口にした。

「え……?」
「和久のおかあさんは和久そっくりだし、ちぃちゃんもおとうさんと似てる」
「気づきました? だから、今の俺の家族、全員顔が似てないんですよ。でも、すごーく仲良しです。毎週日曜日は、たこパか餃子パーティーしてるような感じで──って、すみません。いつもの癖が」

 これまたいつも通り、早口になってしまった。

「なんで謝るの。ちぃちゃんの家、あったかくていいなって思ったよ。もっと聞かせてよ」
「聞きたいですか?」
「聞きたい。好きな子の大事な人たちの話は、聞きたいよ」

 過去も今も、家族全部ひっくるめて、俺を大事にしてくれているような言葉に、胸がじんと熱くなる。言葉が少し詰まって、なんだか涙が出そうになった。
 久登先輩は不思議だ。人生何周目なんだろう。絶対、一周目じゃないよなってくらい、出来た人だと思う。
 そんな久登先輩は、何にも面白い話じゃないはずなのに、目を細めて、優しい表情で俺を見つめていた。

 だから、俺はとっておきの秘密をこぼした。
 
「実はですね……俺がワクワクマンシールガチ勢なのは言わずもがなですが、にいちゃんと父さんもコレクターです」
「えっ、和久とおじさんも?」

 案の定、久登先輩は驚いた。鳩が豆鉄砲を食ったような顔って、こんな感じなのかもって、くすくすと笑ってしまう。

「久登先輩、驚きすぎ」
「いやだって、和久がだよ? あの和久が」
「ぽくないですか? 可愛いもの好きなの」

 俺がそう言ったら、久登先輩が一瞬、固まった。

「ぽくな…………くはない、のかなぁ、うん。似合ってるよね〜」
「なんか、怪しい言い方ですね」
「気にしない〜気にしない〜」

 なんか誤魔化されたような気がする。その反応にほんの少しのモヤつきを覚えたところで、リビングから相嶋と山本の「「やべ──!」」という騒ぎ声が聞こえて来た。

「……あいつら、まだやってる」

 リビングの方に視線を送りながら、よくホラーゲームに熱中できるなぁと苦笑した。
 だけど、久登先輩の言葉を思い出して、山本に「頑張れ!」と、見えないエールを送っておく。
 すると、久登先輩からよそ見はしないでよとでも言いたげな声で「ちぃちゃん」と呼ばれた。拗ねたような声に驚いて、肩が跳ねる。

 視線を戻したら、久登先輩は軽く笑った。
   
「せっかく二人っきりになれたんだから、俺との時間を楽しんでよ」
「え?」
「そろそろ、ちぃちゃんの部屋、行きたい」
「俺の……部屋? それって──」

 頭の中に、ちょっと考えちゃいけない想像が一瞬よぎって、慌てて飲み込んだ。
 いや、でも、俺は健全な男子高校生だ。好きな人ができたら、そりゃ……。と、そこまで考えたところで、俺はまた、百面相とやらをしていたらしい。
 久登先輩は「あははっ、ちぃちゃん何て顔してるのっ」と、笑い出す。
 
「ワクワクマンシール見せて貰おうと思ったんだけど、ちぃちゃん、もしかしてえっちなこと想像した?」

 久登先輩の言葉で、俺の全身は瞬く間に羞恥で塗れる。
 
「ちぃちゃんってば、するわけないじゃーん。俺たち、まだ恋人じゃないんだし、リビングにちぃちゃんの友達までいるんだよ? ちぃちゃんってば、えっろーい。きゃー、えっちー」
「何を言ってるんですか! そんな深くまで考えてません!」
「そんな深くまでってどんなことー? どこまで考えたのー?」
「あーもう!」
「あははははっ。でも、ここじゃあ、おとうさんたちに申し訳ないから、二人きりになれる場所、連れてって?」

 久登先輩の甘い声に、俺の喉がごきゅっと鳴る。
 俺はいつになったら、この人の手のひらで転がされなくなるんだろう。
 むぅと頰を膨らませながら、心の中で父ちゃんと恵理子さんに「前言撤回! 今すぐ、好きじゃなくなれる方法教えて!」と叫んだ。