猫かぶりな兄の親友はブラコンの俺を構いたい

 俺の心臓が縮み上がったのは、久登先輩を含め、四人でコンビニ弁当を食べ終えた矢先のことだった。
 食後の紅茶を淹れようと対面キッチンに向かったら、ゲームの銃声音がリビングに盛大に響いた。食器棚からティーポットを取ろうとしていた俺は、背後からの轟音で、見事に飛び跳ねてしまった。
 久登先輩が俺以外に構うのが面白くなくて、相嶋よ、山本をどうにかしてくれ──とは、思った。だけど、なんでにいちゃん秘蔵のホラーゲームを発掘してるんだよ。俺はそれが苦手だってのに。

「おい、山本! そうじゃねぇだろ!」
「はぁ? お前こそ何してんだよ、このバカ!」

 二人は随分とゲームに夢中になっているのに、俺だけ情けないことになっていた。
 今にも何か飛び出してきそうな効果音に、心臓が勝手に跳ねる。背中向けてるだけなのに、もう限界だ。
 あぁ、もうやだ。逃げたい。そう思いながら、固まっていた時だった。

「ちぃちゃん、あのさ」
「ひぃっ!」

 背後から久登先輩の声がして、俺は情けない声をあげてしまった。
 びくびくしながら振り向けば、先輩は眉は心配そうに下がってるのに、口元はほんのり笑っている。
 俺は本気で怖いのに、なんでそんな顔を……。

「わ、笑ってます?」

 そう聞いたら、久登先輩はその表情を隠すように、口元に手を当てた。

「いや、可愛いなって思って」
「か、可愛い⁉︎ この状況で⁉︎」
「ごめん……その反応も、めっちゃ可愛い」

 俺の危機だっていうのに、久登先輩はすぐ甘い空気を出したがる。愛おしげに目元を緩めるから、それこそ心臓に悪い。
 でも、俺のこと好きなら、くすくす笑うのはあんまりだろ。なんて思ってたら、久登先輩は「ちぃちゃん、他の部屋行く?」と提案してくれた。

「他の部屋……?」
「そう、他の部屋。このままだと、ちぃちゃんずっとアレ、見なきゃだし」

 久登先輩が指差す方向は、テレビの大画面に映るゾンビの群れ。ぶるぶるっと背中が震えて「無理」と声が漏れる。

「でしょ?」
「で、でも久登先輩……いいんですか?」
「だって、あの二人、良い感じじゃん? 俺たちどう見ても、お邪魔だし」
「いい……感じ?」

 俺は何のことか分からず、首を傾げる。すると、久登先輩は信じられないと言いたげに、目をぱちくりさせた。

「ちぃちゃんさ……もしかして、山本くんが相嶋くん好きなの気づいてない感じ?」

 なんか今、久登先輩の口からとんでもない言葉を聞いた気がする。上手く脳が処理できなくて、頭の中で久登先輩の言葉を繰り返す。
 一拍遅れて「えぇ⁉︎」 と、大声を上げてしまった。
 でも、俺の声はゲームに夢中な二人の「「やべ──っ!」」という声で、かき消された。
 山本は久登先輩にめちゃくちゃ懐いてたから、もしかしてライバルなのか⁉︎ って、ちょっと焦ってた。だけどまさか、お調子者の相嶋に片想いしてるとは。

「俺、当て馬に使われてたんだけど、気づかなかった? ヤキモチ妬かせたくて、俺に絡んでたみたいな」
「知らなかったです」

 心当たりがなくて即答したら、久登先輩は肩をすくめた。

「まぁ、ちぃちゃんだもんね」
「なんですか、それ!」
「だって、鈍いもん〜。俺が好き好きアピールしても、まーったく気づかないし?」

 久登先輩は軽口を叩きながら、俺に近づいてくる。
 思わず「うっ……」と言葉を詰まらせたら、久登先輩が柔らかく目を細めた。

「だからさ、ちぃちゃん。俺たち、ここにいる必要はないんだよ」
「え?」
「そろそろ、ちぃちゃんの部屋、行きたい」

 久登先輩は俺の耳元に口を近づけてきて、物凄く甘い声で囁いた。
 その瞬間、モザイクが必要な妄想が頭によぎった。俺は健全な男子高校生だ。久登先輩を好きになってから、ちょっと人には言えないことも考えるようになった。
 でも、俺たちはまだ付き合ってないし──って、慌てて首を振ったところで、久登先輩から「あははっ、ちぃちゃん何て顔してるのっ」と、笑われてしまった。
 
「ワクワクマンシール見せて貰おうと思ったんだけど、ちぃちゃん、もしかしてえっちなこと想像した?」

 相嶋たちに聞こえないように、声を抑えてくれたんだろう。でも、いくらボリュームを控えても、久登先輩の言葉は俺を羞恥で塗れさせるのには十分だ。全身が瞬く間に、熱を帯びる。
 それは、イエスと言ってしまったも同然で。久登先輩の意地悪スイッチをオンにしてしまったらしい。
 久登先輩は愉快そうに、目を細めた。
 
「ちぃちゃんってば〜、するわけないじゃん〜! 俺たち、恋人じゃないんだし、相嶋くんと山本くんもいるんだよ? ちぃちゃんってば、すけべだね〜」
「なっ、何を言ってるんですか! そんな深くまで考えてません!」

 慌てて言い返すも、久登先輩はくすくすと笑って、また距離を詰めてくる。

「そんな深くまでってどんなことー? どこまで考えたのー?」
「どこまでも考えてません!」
「その顔は考えた顔だよー?」
「あーもう! 考えてないですし、近いです!」

 痺れを切らして叫んだら、久登先輩はより一層、不適な笑みを浮かべた。

「じゃあ、あの二人も俺たちそっちのけでゲームに夢中なんだし。二人きりになれる場所、連れてって?」

 久登先輩の甘い声に、喉がごきゅっと鳴る。
 俺はいつになったら、この人の手のひらで転がされなくなるんだろう。
 いつまで経っても、俺は久登先輩に勝てる未来が見えなかった。