猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい

「ちぃちゃん、お待たせ〜」

 二年の靴箱の前で、理由もなく落ち着かない気持ちで待っていたら、久登先輩が満面の笑みでやって来た。

 流石に、久慈先生に叱られた後だから、カラオケに行くなんてことはしない。でも、用事もないのに、久登先輩と二人で帰るなんて、なんだか落ち着かなかった。
 やばい。胸がそわそわする。

 そんな俺を見て、久登先輩はふふんと楽しげに目を細めるのが分かった。

「ちぃちゃんもしかして、緊張してる〜?」
「えっ」

 まさに「その通りです」とでも言っている反応をしてしまった。一瞬で、顔が熱くなるのが自分でも分かって、慌てて顔を背ける。

 久登先輩って、エスパー?
 なんて思っていたら、久登先輩が「ちぃちゃんってほーんと、分かりやすいよね」と、笑ってきた。
 そういえば、前にも感情が顔に出やすいって言われたっけ。
 なんか、恥ずかしすぎる。感情ダダ漏れってことじゃん。
 
「久登先輩、デリカシーない」
「えっ、うそぉ!」
「だって……俺、凄く恥ずかしいヤツじゃないですか」
「え〜? 俺はちぃちゃんのそういうとこ好きだけど? 可愛いし」
「……っ!」

 久登先輩はすぐ可愛いとか、好きとか言ってくる。
 ブラウニーにでも、そこら辺の犬にでも、可愛いって言う人だって、もう分かっているのに。
 意味が分からないくらい心臓が跳ねて、言葉が出なかった。
 俺の心臓、この前から少しずつおかしくなってないか?
 なんか、じわじわ久登先輩が、俺の中に侵食してきている気がした。

 そんな自分に戸惑っていたら、久登先輩はなんか嬉しそうな感じで口元を緩ませている。

「なんですか、その顔」
「んー、ちょっとね〜。一歩進展したかなぁって、喜びを噛み締めてるとこ」
「え……?」
「ちぃちゃんの鈍さがほんと愛おしいよ〜」
「いや、意味わかんないです」
「あははっ。ちぃちゃんらしい。……そろそろ、行こっか。歩こ」

 久登先輩に鈍いと言われるのは、何度目のことか。
 だけど、前とは違って、苛立つことはなかった。

「はい」

 そう返事して、胸の鼓動が落ち着きを取り戻す前に、俺たちは並んで歩き出した。
 しばらく歩いて校門が見えてきた頃、うちの学校には似つかわしい声が、いくつも聞こえてきた。
 
 あ、そっか。今日、バレンタインの前日だった。
 まぁ、俺には関係ないんだけど。
 そう思って校門を通り過ぎようとした、その時。
 
「白川くん、あの!」

 久登先輩を呼ぶ声が、聞こえた。
 その声がした方を向くと、近くの共学の制服を着た女子が立っていた。
 その子だけじゃない。彼女の後ろには、他の学校の制服を着た子たちが、ぞろぞろと歩み寄ってくる。その手には各々、チョコレートと思わしきプレゼントを持っていた。

 え。これって、もしかして……全部、久登先輩待ち?
 この人、どんだけモテるんだよ。
 
 男としての悔しさなのか。なぜか胸がモヤモヤした。
 
 ただ、久登先輩は彼女たちの好意に応える気はさらさらないらしい。
 彼女たちを直接傷つけない、優しい嘘とでも言うのだろうか。

「あー、ごめんね? 俺、チョコレート苦手なんだ」

 久登先輩はいつも美味しそうにワクチョコを食べているのに、ナチュラルに嘘をついた。
 女子たちは一瞬、ぽかんとした後、差し出しかけたチョコをそっと引っ込めていく。

「そ、そうなんだ……」
「うん、ごめん。それじゃあね」

 久登先輩はそう言うと、すぐに俺の方を向いた。

「ちぃちゃん、ほら帰ろ〜」

 先輩の向こうに、名残惜しそうにこちらを見る女子たちの目。
 俺は性格が悪いのかもしれない。
 他人の不幸を喜ぶ趣味はないのに、ホッとしてしまう自分がいた。
 久登先輩が、女子からのチョコを受け取らないだけで、俺の方を優先するだけで……。なんで、優越感みたいなものが生まれるんだよ。

 久登先輩がチョコを受け取るのも、受け取らないのも、俺には関係ないはずなのに。
 思わず、歩き出した久登先輩の横顔を盗み見てしまう。いつも通りの笑顔なのに、なんでこの人のことが気になってしまうんだろう。

 そんな自分に戸惑って、しばらく黙って歩いた。