猫かぶりな兄の親友はブラコンの俺を構いたい

「──あれ、千茅。どうしたの? 顔真っ赤だけど。あ、もしかして、誰かに告白された?」

 にいちゃんの声で、意識が現実に引き戻された。
 俺は靴も脱がずに、玄関のたたきで立ち尽くしていたようだ。にいちゃんは不思議そうに首を傾げて、階段から俺を見下ろしている。
 
 ──告白。
 いや、あれは告白じゃない。
 久登先輩はただ、バレンタインは好きな子にあげる派だって、教えてくれただけだ。
 それでいて、チョコ代わりに明日、ケットシーのシールをくれるって口にしただけ。
 
 あの言葉は俺を揶揄っただけじゃないか?
 でも、久登先輩が俺を……す、好きなのだとしたら、ちょっと嬉しいかも。なんて考えてしまう。
 って……あれ? 待って。俺、もしかして久登先輩のこと、物凄く気になってる?
 それはまずい。俺、何もかも顔に出るタイプだから、そんなのがバレたら、揶揄われてしまう。
 また考え込んでいたら、階段を降りる足音がした。気づけば、にいちゃんが目の前にいる。

「ちーがーや。百面相してるよ」
「ご、ごめん」
「いや、いいけど。も〜、千茅を悩ませる子ができたなんてねぇ」

 腕を伸ばして、俺の顔を両手で挟んできた。
 にいちゃんの手は凄く冷たくて、熱で浮かれかけた俺を、そっと冷やしてくれる。

「あのさ……にいちゃんは、誰かからチョコもらった?」
「そう聞いてくるってことは、千茅()もらったんだ?」
「も、もらってない。もらっては」

 明日、たぶん、シールをくれるけど。
 そう思った瞬間、久登先輩の意地悪な顔が頭に浮かんだ。
 せっかくにいちゃんが冷やしてくれてるのに、ますます熱くなってくる。

「千茅ってば、ほんと可愛いなぁ」

 にいちゃんはそう言いながら、俺のほっぺたをむにむにむにむに触り続ける。

「にいちゃん、痛い」
「痛くない痛くない」
「痛いよ」
「ちょっとくらいこうさせてて。千茅が可愛いから悪い」
 
 ちょっと楽しそうに、にいちゃんは笑った。
 にいちゃんは美人だけど、久登先輩と系統が似ているわけじゃない。なのに、にいちゃんの楽しそうな目が、なんとなく久登先輩と重なって見えた。
 その瞬間、胸の辺りがわっと熱くなって、思わずむせてしまった。
 げっほげっほ咳が止まらなくて、息も絶え絶えだ。

「ちょ、千茅、大丈夫⁉︎」

 心配したにいちゃんが、そっと覗き込んでくる。

「大丈夫……。へ、へんなことを思い出して」
「もう、ほんとその相手の子が好きなんだね。あーあ、千茅が恋しちゃったか。僕が一番好きって言ってくれてたのになー」

 にいちゃんは、つまらなさそうにそう言う。でも、その口調は、俺の気持ちを確信してるみたいだった。
 そんなにいちゃんの言葉が、追い討ちみたいに俺に刺さる。

 好きって……俺が、久登先輩を?
 気になってるのって、好きだから?
 え? 久登先輩の、どこが……?
 そもそも好きって何?

 泡のように疑問が浮かんで、頭が混乱してくる。
 このところずっと、久登先輩に対する気持ちが、よく分からない。
 なのに、得体の知れないそれに名前をつけたら、俺たちの関係が変わりそうで、怖くてたまらなかった。
 だって、自分の中にある感情が、あまりに初めてすぎて、手に負えないのだ。
 もう頭がぐしゃぐしゃで、頭どころか、全身が爆発しそうだった。
 もう──無理。無理だ。逃げたい。

「な、なんでもない! 違うから! 部屋戻る!!」

 俺はにいちゃんの手を振りほどいた。靴を脱ぎ捨てて、慌てて階段を駆け上がる。
 自分の部屋のドアを開けて、中に入った瞬間、勢いよく閉めた。
 タイミングよく、制服の上に着たダウンのポケットが震える。そっと手を忍ばせて、スマホを取った。暗い部屋の中では、画面の光がやけに眩しい。
 メッセージアプリの通知をタップしたら、現れる久登先輩からのメッセージ。

《ちぃちゃん、明日が楽しみだね〜》

 至って普通の内容のはずなのに、最悪のタイミングだ。しかも、一瞬だけ思考が停止したその隙に、狐のスタンプで『大好き』なんて送られてくる。
 久登先輩の声が脳内で再生されて、俺は終わった。

「うわ──っ!!!」

 大声で叫んだ後、ベッドにダイブをかます。
 仕事を終えて帰ってきたであろう母さんの「千茅! うるさい!」って声が、階段下から聞こえた気がした。