「久登先輩、なんでチョコもらわなかったんですか? 可愛い子だったし……チョコ嫌いじゃないですよね?」
自分で誘ったのに、無言なのもおかしな話で、俺は橋の上を歩きながら尋ねていた。
久登先輩は「えー」と言って、俺を見る。
「だって、ああいうのもらったら、お返ししなきゃでしょ? 知らない子だし、困るじゃん」
「そういうもの……ですか?」
やっぱり、モテるとバレンタインの感覚も違うんだろうか。普通は、チョコをもらいたい男子の方が多い気がするけど。
「うん。だって、俺はもらうより、バレンタインは好きな子にはあげたい派だし〜」
「出た。久登先輩の貢ぎ癖」
軽口のつもりで言ったつもりだった。だけど、なぜか胸がざわりとする。
あげたい派って……。
やっぱり、にいちゃんにあげる感じ?
そう思ったら、心臓をグッと鷲掴みされるみたいに、急に胸が苦しくなった。
久登先輩は、俺を一人の人間として見てくれている。でも、もともと俺は『にいちゃんの弟』だから、こうして久登先輩に構われるようになった。
二人は両想いで、俺は『和久のこと好きなの?』って、牽制されるような存在。
最近は仲良くなったつもりだけど、それが外堀から埋めていくための布石なら、まさに成功だ。
見事に俺は、久登先輩にたらし込まれたと思う。
そのことに気づいたら、隣にいることが居た堪れなくなった。
胸が重くて、前を向くのも辛い。
自分勝手だとは思うけど、ほんの少し離れたくなった。
自然と歩幅が小さくなる。
だけど、ちょうど橋を渡り終えたところで、信号が赤に変わってしまった。
また黙り込むのもおかしな気がして、話題を変えることにした。
「そういえば、久登先輩……」
びっくりするくらい、声が上ずってしまった。
「ん?」
「あ、えっと……明日は、カラオケどうしますか? 今日のことで、もう行きづらいですよね?」
久登先輩の方を見られないまま、俺は言葉を待つ。
ワクチョコのバレンタインコラボは、明日が最終日だ。
それが終わったら、縮まったこの距離も、また前みたいに戻るに違いない。
自分で聞いておきながら、今度は寂しくなってくるのだから、本当に最近の俺は変だ。
「そうだね〜。無理そうだね。久慈先生に、ちぃちゃんのフォローするって言った手前、勉強も見なきゃだし?」
「……久登先輩まで、勉強って……」
テスト結果を思い出して、つい拗ねた声が出てしまった。
「カラオケ行きたかった?」
「行きたかったというか……。シークレットシールに心残りがあって」
久登先輩と一緒に、コンプリートの喜びを分かち合いたかったし──なんて言葉は、必死に飲み込んだ。
先輩の顔を見たら、それがバレそうで怖い。思わず、足元に視線を落とした、その時。
「それじゃあ、良かった。明日は、ちぃちゃんの勉強みてあげる。それでね、ちゃんと頑張れたら──」
久登先輩の柔らかな声に導かれるように、すぐに顔を上げてしまった。
「これを、あげる」
気づいた時には、久登先輩の手の中に星型のシールがあった。
いつ出したのか全く分からない。
だけど、それを見た瞬間、俺は息を呑んだ。
だって、そのシールのイラストは、カラオケのマイクを持つ猫。
まさにそれは、SNSで見かけた、残りのシークレットシールだ。
「は!? え? ケットシー……!? ケットシーじゃん! うわっ、可愛すぎる! え! なんで久登先輩が!?」
咄嗟に叫びながら、久登先輩の手を勢いよく掴んでしまった。
ただ、あまりに激しく触れてしまったらしい。驚かせたようで、先輩の手がビクッと跳ねる。それに気づいて、俺もサッと手を離した。
「すみません! 急に手を掴んじゃって。……でも、久登先輩、これ、どうしたんですか?」
「あー…… 実はさ。昨日ね、一人でカラオケ行ってたんだよね」
一人でカラオケに行ってた……?
久登先輩の言葉が、聞き間違えかと思った。
岩渕先生にカラオケ店の前で、俺たちは怒られた。その翌日に行くとか、思いもしない。
ぱちぱちと瞬きを繰り返して、先輩に「今、なんて……?」と聞き返した。
「えっと……一人でカラオケ行って、引いてた」
「嘘ですよね?」
「いや、ほんとです。……だって、ちぃちゃん、当日出なかったら絶対落ち込むでしょ。だから、保険で引きに来てた」
照れくさそうに、久登先輩は自分の頰をぽりぽりと掻く。
俺のために? 落ち込むからって……?
なんで、そこまで──って思ったところで、久登先輩が、ふっと柔らかく笑った。
「これ、明日のバレンタインの……チョコ代わりね」
「………………え?」
久登先輩の言葉が、俺にはうまく飲み込めない。
さっき、バレンタインは『好きな子にはあげたい派』だって言っていたはずだ。
だけど、久登先輩が今……バレンタインの、チョコ代わりって。
まるで、それは久登先輩の好きな人が、俺だと言っているみたいじゃないか。
にいちゃんが好きだったはずなのに。
……って、あれ? でも、そういえば、俺は久登先輩の口から、一度たりともにいちゃんが好きだとは聞いていない。
──和久のこと、恋愛的に好きなの?
そう言われたけど、あれは俺の勘違い……?
顔どころか、全身に火がついてしまったみたいに熱が回っていく。
心臓が早鐘を打って、死にそうだ。
なのに、当の久登先輩は涼しい顔をしている。いや、むしろ──。
「ちぃちゃん、明日が楽しみだね?」
久登先輩は俺を揶揄うみたいに、物凄く悪い顔をしていた。
待って。もしかして……久登先輩がずっと俺のこと鈍いって言ってたのって、そういう……?
そこまで考えたところで、俺の頭はキャパオーバーになったらしい。
その後の記憶は見事にあやふやで、どう歩いて家に帰ったのか、全く覚えていなかった。
自分で誘ったのに、無言なのもおかしな話で、俺は橋の上を歩きながら尋ねていた。
久登先輩は「えー」と言って、俺を見る。
「だって、ああいうのもらったら、お返ししなきゃでしょ? 知らない子だし、困るじゃん」
「そういうもの……ですか?」
やっぱり、モテるとバレンタインの感覚も違うんだろうか。普通は、チョコをもらいたい男子の方が多い気がするけど。
「うん。だって、俺はもらうより、バレンタインは好きな子にはあげたい派だし〜」
「出た。久登先輩の貢ぎ癖」
軽口のつもりで言ったつもりだった。だけど、なぜか胸がざわりとする。
あげたい派って……。
やっぱり、にいちゃんにあげる感じ?
そう思ったら、心臓をグッと鷲掴みされるみたいに、急に胸が苦しくなった。
久登先輩は、俺を一人の人間として見てくれている。でも、もともと俺は『にいちゃんの弟』だから、こうして久登先輩に構われるようになった。
二人は両想いで、俺は『和久のこと好きなの?』って、牽制されるような存在。
最近は仲良くなったつもりだけど、それが外堀から埋めていくための布石なら、まさに成功だ。
見事に俺は、久登先輩にたらし込まれたと思う。
そのことに気づいたら、隣にいることが居た堪れなくなった。
胸が重くて、前を向くのも辛い。
自分勝手だとは思うけど、ほんの少し離れたくなった。
自然と歩幅が小さくなる。
だけど、ちょうど橋を渡り終えたところで、信号が赤に変わってしまった。
また黙り込むのもおかしな気がして、話題を変えることにした。
「そういえば、久登先輩……」
びっくりするくらい、声が上ずってしまった。
「ん?」
「あ、えっと……明日は、カラオケどうしますか? 今日のことで、もう行きづらいですよね?」
久登先輩の方を見られないまま、俺は言葉を待つ。
ワクチョコのバレンタインコラボは、明日が最終日だ。
それが終わったら、縮まったこの距離も、また前みたいに戻るに違いない。
自分で聞いておきながら、今度は寂しくなってくるのだから、本当に最近の俺は変だ。
「そうだね〜。無理そうだね。久慈先生に、ちぃちゃんのフォローするって言った手前、勉強も見なきゃだし?」
「……久登先輩まで、勉強って……」
テスト結果を思い出して、つい拗ねた声が出てしまった。
「カラオケ行きたかった?」
「行きたかったというか……。シークレットシールに心残りがあって」
久登先輩と一緒に、コンプリートの喜びを分かち合いたかったし──なんて言葉は、必死に飲み込んだ。
先輩の顔を見たら、それがバレそうで怖い。思わず、足元に視線を落とした、その時。
「それじゃあ、良かった。明日は、ちぃちゃんの勉強みてあげる。それでね、ちゃんと頑張れたら──」
久登先輩の柔らかな声に導かれるように、すぐに顔を上げてしまった。
「これを、あげる」
気づいた時には、久登先輩の手の中に星型のシールがあった。
いつ出したのか全く分からない。
だけど、それを見た瞬間、俺は息を呑んだ。
だって、そのシールのイラストは、カラオケのマイクを持つ猫。
まさにそれは、SNSで見かけた、残りのシークレットシールだ。
「は!? え? ケットシー……!? ケットシーじゃん! うわっ、可愛すぎる! え! なんで久登先輩が!?」
咄嗟に叫びながら、久登先輩の手を勢いよく掴んでしまった。
ただ、あまりに激しく触れてしまったらしい。驚かせたようで、先輩の手がビクッと跳ねる。それに気づいて、俺もサッと手を離した。
「すみません! 急に手を掴んじゃって。……でも、久登先輩、これ、どうしたんですか?」
「あー…… 実はさ。昨日ね、一人でカラオケ行ってたんだよね」
一人でカラオケに行ってた……?
久登先輩の言葉が、聞き間違えかと思った。
岩渕先生にカラオケ店の前で、俺たちは怒られた。その翌日に行くとか、思いもしない。
ぱちぱちと瞬きを繰り返して、先輩に「今、なんて……?」と聞き返した。
「えっと……一人でカラオケ行って、引いてた」
「嘘ですよね?」
「いや、ほんとです。……だって、ちぃちゃん、当日出なかったら絶対落ち込むでしょ。だから、保険で引きに来てた」
照れくさそうに、久登先輩は自分の頰をぽりぽりと掻く。
俺のために? 落ち込むからって……?
なんで、そこまで──って思ったところで、久登先輩が、ふっと柔らかく笑った。
「これ、明日のバレンタインの……チョコ代わりね」
「………………え?」
久登先輩の言葉が、俺にはうまく飲み込めない。
さっき、バレンタインは『好きな子にはあげたい派』だって言っていたはずだ。
だけど、久登先輩が今……バレンタインの、チョコ代わりって。
まるで、それは久登先輩の好きな人が、俺だと言っているみたいじゃないか。
にいちゃんが好きだったはずなのに。
……って、あれ? でも、そういえば、俺は久登先輩の口から、一度たりともにいちゃんが好きだとは聞いていない。
──和久のこと、恋愛的に好きなの?
そう言われたけど、あれは俺の勘違い……?
顔どころか、全身に火がついてしまったみたいに熱が回っていく。
心臓が早鐘を打って、死にそうだ。
なのに、当の久登先輩は涼しい顔をしている。いや、むしろ──。
「ちぃちゃん、明日が楽しみだね?」
久登先輩は俺を揶揄うみたいに、物凄く悪い顔をしていた。
待って。もしかして……久登先輩がずっと俺のこと鈍いって言ってたのって、そういう……?
そこまで考えたところで、俺の頭はキャパオーバーになったらしい。
その後の記憶は見事にあやふやで、どう歩いて家に帰ったのか、全く覚えていなかった。

