ワクワクマンシールは、俺にとって逃げ場だ。
にいちゃんとの信頼の証でもあり、何もかもなくしかけた俺の心の支えになったもの。
そんなもん扱いをされて、すぐに手放せるようなものじゃない。
言い返したいのに、胃の辺りがキリキリと痛み始めて、俺はブレザーの腹部分をギュッと握りしめた。
「相良、聞いてるのか?」
訝しげに俺を見てくる久慈先生に気づいて、俺は慌てて「あ、はい。すみません、聞いてます」と返事した。
久慈先生はそんな俺に、言い聞かせるように、いつもよりも少し優しい声を出した。
「相良……本来のお前は、中学でバスケで全国大会に行けるくらい努力家だったんだ。怪我でバスケを辞めたのは可哀想だが、せっかくこの高校に入ったんだから、次は勉強に力を入れてみたらどうだ? 帰宅部なんだし、時間はいっぱいあるだろ?」
久慈先生はきっと、励ましのつもりで言っているんだと思う。
俺は中学までずっとバスケをしていて、全国もベスト8までいった。最後の夏までチームの司令塔であるPGとして、キャプテンと一緒に皆を引っ張ってきた。
強豪校からも、うちの高校に来ないか? って声もかけられていた。
そんなバスケ少年が怪我で挫折して、兄と同じ偏差値の高いこの高校に入るためにどれだけ勉強したか──なんて、先生くらい教師生活も長ければ、想像が容易いのだろう。
でも、久慈先生は俺がどんな気持ちで、バスケから離れたかを知らない。だから、簡単に言えるのだ。
怪我さえなければ、生まれつき脆いガラスみたいな膝じゃなければ、今も俺はボールを持ってコートを駆け回っていた。こんな足じゃなかったら、この高校にも来ていなかった。
バスケが好きだったから、何度でも立ち上がったのに。あの最後の夏で、プレーすることを諦めるよう医者から促された俺の気持ちなんて、きっと理解できない。
俺にはもう何もなくなったから、にいちゃんがいる高校に来るしかなくて──。
荒れた心を落ち着かせられたのが、バスケと同じくらい好きなワクワクマンシールで。
でも、それだけじゃあ、頑張り方が分からなくて……。
帰宅部にだって、なりたくてなったわけじゃない。
あぁ、もう、無理だ。
これ以上、何も考えたくない。
胃だけじゃなくて、古傷の膝までがズキズキと痛みを放ち始める。ぐっと唇を噛み締めて、俯きかけたその時だった。
「先生、俺もワクワクマンシール集めてますよ」
俺の背後から、柔らかな声とも、優等生の声とも違う、どこか冷たい響きをはらんだ声がした。
振り返ったら、そこには久登先輩がいた。
でも、いつもの柔和な表情とは、違う。久慈先生を軽蔑するような険しい顔の久登先輩だった。

