職員室前で久登先輩と別れる時に、俺は自分から「靴箱で待ってていいですか」って口にした。
だけど、用事もなく一緒に帰るなんて、どうも落ち着かない。
今が、二月でよかった。今日は雪こそ降っていないけど、息するだけで肺が冷たくなる季節だ。昇降口前の空気が、そわそわする気持ちを宥めてくれるような気がした。
ただ、この寒さも、久登先輩を前にしたら何の意味もなさなかった。
「ちぃちゃん、お待たせ〜。……って、ちぃちゃんほっぺ赤くなってる。寒かったでしょ〜? ごめんねぇ」
そう言って、俺の頰を軽く指先で触れてくる。その瞬間、体温が一気に跳ね上がった。
しかも、やばい。なんか動悸までする。俺、死ぬかもしれない。
いつもみたいな反応が出来ず、つい固まってしまった。すると、久登先輩は楽しげに目を細めてみせる。
「あれ〜? ちぃちゃんもしかして、緊張してる〜?」
「えっ」
まさに「その通りです」とでも言っている反応までしてしまった。久登先輩って、エスパー?
一瞬で顔が熱くなって、慌てて顔を背ける。
「ちぃちゃんってほーんと、分かりやすいよね」
久登先輩のけらけら笑う声が、静かな靴箱に響く。
そういえば、前にも感情が顔に出やすいって言われたっけ。
うわ、恥ずかしすぎる。
「久登先輩、デリカシーない」
悔しくて、じろっと睨みつけてやった。
「えっ、うそぉ!」
「だって……今の俺、凄く恥ずかしいヤツじゃないですか」
「え〜? 俺はちぃちゃんのそういうとこ好きだけど? 可愛いし」
「……っ!」
久登先輩はブラウニーにでも、そこら辺の犬にでも、可愛いって言う人だって、分かっている。なのに、今日はやけにその言葉がじわじわと俺に侵食してきて、戸惑う。
だけど、そんな俺と違って、久登先輩はなんか嬉しそうだ。これでもかってくらい、口元を緩ませている。
「なんですか、その顔」
「んー、ちょっとね〜。一歩進展したかなぁって、喜びを噛み締めてるとこ」
「え……?」
「ちぃちゃんの鈍さがほんと愛おしいよ〜」
「いや、意味わかんないです」
「あははっ。ちぃちゃんらしいなぁ。……そろそろ、行こっか」
「はい」
そう返事して、鼓動が落ち着く前に、並んで歩き出した。
しばらく歩いて、校門に近づく。すると、男子校にはそぐわない女子の「まだかなぁ」「早く渡したいね」なんていう声が、いくつも聞こえてきた。
そっか。そういえば、今日はバレンタインの前日だ。
校庭には、数日前の積雪がまだ残っている。そんな寒空の下、チョコを渡すために待っているらしい。
女子って大変だな。まぁ、俺には関係ないけど。
そう思いながら、校門を通り過ぎようとした時だった。
「白川くん、あの!」
久登先輩を呼ぶ声が、聞こえた。
その声がした方を向くと、近くの共学の制服をきた女子がいる。
その子だけじゃない。後ろから、他の学校の制服を着た子たちが、ぞろぞろと歩み寄ってきた。
その手には各々、チョコレートと思わしきプレゼント。
え。これって、もしかして……全部、久登先輩待ち?
この人、どんだけモテるんだよ。
男としての悔しさなのか。久登先輩がそれを全部もらうのを想像したら、胸がモヤモヤした。
だけど、久登先輩は、その好意に応える気はないらしい。
「あー、ごめんね? 俺、チョコレート苦手なんだ」
久登先輩はいつも美味しそうにワクチョコを食べているのに、ナチュラルに嘘をついた。
女子たちは一瞬、ぽかんとした後、差し出しかけたチョコをそっと引っ込めていく。
「そ、そうなんだ……」
「うん、ごめん。それじゃあね」
久登先輩はそう言うと、すぐに俺の方を向いた。
「ちぃちゃん、ほら帰ろ〜」
先輩の向こうに、名残惜しそうにこちらを見る女子たちの目。
他人の不幸を喜ぶ趣味はない。なのに、彼女たちに見向きもしない久登先輩に、胸を撫で下ろす自分がいた。
でも、女子からのチョコを受け取らないだけで、俺の方を優先するだけで……。なんで、優越感みたいなものが生まれるんだよ。
思わず、歩き出した久登先輩の横顔を盗み見てしまう。いつも通りの笑顔なのに、この人が気になって仕方がない。
そんな自分に胸がざわついて、しばらく黙って歩いた。
だけど、用事もなく一緒に帰るなんて、どうも落ち着かない。
今が、二月でよかった。今日は雪こそ降っていないけど、息するだけで肺が冷たくなる季節だ。昇降口前の空気が、そわそわする気持ちを宥めてくれるような気がした。
ただ、この寒さも、久登先輩を前にしたら何の意味もなさなかった。
「ちぃちゃん、お待たせ〜。……って、ちぃちゃんほっぺ赤くなってる。寒かったでしょ〜? ごめんねぇ」
そう言って、俺の頰を軽く指先で触れてくる。その瞬間、体温が一気に跳ね上がった。
しかも、やばい。なんか動悸までする。俺、死ぬかもしれない。
いつもみたいな反応が出来ず、つい固まってしまった。すると、久登先輩は楽しげに目を細めてみせる。
「あれ〜? ちぃちゃんもしかして、緊張してる〜?」
「えっ」
まさに「その通りです」とでも言っている反応までしてしまった。久登先輩って、エスパー?
一瞬で顔が熱くなって、慌てて顔を背ける。
「ちぃちゃんってほーんと、分かりやすいよね」
久登先輩のけらけら笑う声が、静かな靴箱に響く。
そういえば、前にも感情が顔に出やすいって言われたっけ。
うわ、恥ずかしすぎる。
「久登先輩、デリカシーない」
悔しくて、じろっと睨みつけてやった。
「えっ、うそぉ!」
「だって……今の俺、凄く恥ずかしいヤツじゃないですか」
「え〜? 俺はちぃちゃんのそういうとこ好きだけど? 可愛いし」
「……っ!」
久登先輩はブラウニーにでも、そこら辺の犬にでも、可愛いって言う人だって、分かっている。なのに、今日はやけにその言葉がじわじわと俺に侵食してきて、戸惑う。
だけど、そんな俺と違って、久登先輩はなんか嬉しそうだ。これでもかってくらい、口元を緩ませている。
「なんですか、その顔」
「んー、ちょっとね〜。一歩進展したかなぁって、喜びを噛み締めてるとこ」
「え……?」
「ちぃちゃんの鈍さがほんと愛おしいよ〜」
「いや、意味わかんないです」
「あははっ。ちぃちゃんらしいなぁ。……そろそろ、行こっか」
「はい」
そう返事して、鼓動が落ち着く前に、並んで歩き出した。
しばらく歩いて、校門に近づく。すると、男子校にはそぐわない女子の「まだかなぁ」「早く渡したいね」なんていう声が、いくつも聞こえてきた。
そっか。そういえば、今日はバレンタインの前日だ。
校庭には、数日前の積雪がまだ残っている。そんな寒空の下、チョコを渡すために待っているらしい。
女子って大変だな。まぁ、俺には関係ないけど。
そう思いながら、校門を通り過ぎようとした時だった。
「白川くん、あの!」
久登先輩を呼ぶ声が、聞こえた。
その声がした方を向くと、近くの共学の制服をきた女子がいる。
その子だけじゃない。後ろから、他の学校の制服を着た子たちが、ぞろぞろと歩み寄ってきた。
その手には各々、チョコレートと思わしきプレゼント。
え。これって、もしかして……全部、久登先輩待ち?
この人、どんだけモテるんだよ。
男としての悔しさなのか。久登先輩がそれを全部もらうのを想像したら、胸がモヤモヤした。
だけど、久登先輩は、その好意に応える気はないらしい。
「あー、ごめんね? 俺、チョコレート苦手なんだ」
久登先輩はいつも美味しそうにワクチョコを食べているのに、ナチュラルに嘘をついた。
女子たちは一瞬、ぽかんとした後、差し出しかけたチョコをそっと引っ込めていく。
「そ、そうなんだ……」
「うん、ごめん。それじゃあね」
久登先輩はそう言うと、すぐに俺の方を向いた。
「ちぃちゃん、ほら帰ろ〜」
先輩の向こうに、名残惜しそうにこちらを見る女子たちの目。
他人の不幸を喜ぶ趣味はない。なのに、彼女たちに見向きもしない久登先輩に、胸を撫で下ろす自分がいた。
でも、女子からのチョコを受け取らないだけで、俺の方を優先するだけで……。なんで、優越感みたいなものが生まれるんだよ。
思わず、歩き出した久登先輩の横顔を盗み見てしまう。いつも通りの笑顔なのに、この人が気になって仕方がない。
そんな自分に胸がざわついて、しばらく黙って歩いた。

