「ん? 白川か。どうしたんだ急に」
「どうしたもこうしたも……。人の好きなものを『そんなもん』扱いするのも、余計な小言も、聞いてて普通に不快でした」
周りの先生たちは黙ってやり過ごしているのに、久登先輩は迷わず俺の隣に立ってくれた。
久慈先生は一瞬、言葉を失ったみたいに固まる。
「さ、さっきのは言葉のあやでな……」
「言葉のあや? それで済む話ですか?」
「いや、その──」
「先生、俺には相良くんを傷つける言葉をわざわざ使ってるように聞こえましたけど」
久登先輩の言葉は淡々としている。でも、相変わらず声は冷たくて、職員室の空気が張り詰めていくようだった。
久登先輩は俺のために怒ってくれている。その姿に、ぐっと胸が詰まった。
だけど、それと一緒に、焦りも生まれる。
久登先輩に迷惑をかけたら、どうしようって。
他の先生たちの視線を感じる度に、背中に汗が滲んでくる。
だけど、久登先輩の言葉を遮って止めることもできなかった。
自分が思った以上に、傷ついていたのかもしれない。喉が張り付いたみたいに、声が出なかった。
「白川、別に俺はそういうつもりはなくてな」
「先生。そういうつもりないなら、なんで和久のことや怪我のことまで、言うんですか?」
「それは」
「相良くんは我慢強いから、俺みたいに言わないだけですよ。普通なら、キレてます」
久登先輩はそう言ってから、俺を見てきた。
もう大丈夫だからって言ってくれているみたいに、そっと肩を抱いてくれる。
その瞬間、安心感に包まれた。それと同時に、触れられた箇所が熱くなる。
久登先輩はもしかしてずっと、俺を『俺として』見てくれていたんだろうか。
にいちゃんの弟じゃなくて、相良千茅として。
あ、やばい。涙腺死んだかも。
目頭が熱くなって、じわじわと視界が滲んでいく。
「久慈先生。生徒を励ますなら、もっと慎重に言葉選びした方がいいと思いますよ。なので、相良くんのフォローは俺がしますね。失礼します」
久登先輩は一方的にそう言うと、俺の肩を抱き寄せたまま、くるりと方向転換した。
背後で「おい! 何を勝手に……!」という先生の声がする。だけど、久登先輩は立ち止まらなかった。
「ちぃちゃん、こんなとこから逃げちゃおう」
こそっと俺の耳元で囁く。見上げれば、久登先輩は悪戯っぽく笑っていた。その顔が、なぜか太陽を直視したみたいに眩しく見えた。
「ほら、走ろ!」
久登先輩はそう言いながら、息苦しい職員室から小走りで俺を連れ出してくれた。
ぬかるみにはまっていたような足元も、今は軽い。膝の痛みもいつの間にか消えいて、この人と一緒なら、どこまでも走っていける気がした。
職員室から外に出ると、緊張の糸がほどけたみたいに、ようやくまともに息が吸えた。
久登先輩も同じだったらしい。扉を閉めた途端、ふぅっと息をつく音が聞こえた。
「ちぃちゃん、ごめんね」
久登先輩はそう謝って、俺から手を離した。その手の温もりが消えた途端に、俺の胸になんとも言えない名残惜しさが生まれる。
久登先輩を見れば、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
なんで、謝るんだろう。一昨日、カラオケ前で岩渕先生に注意された後も、そうだ。久登先輩は謝ってばかりいる。
「なんで……久登先輩が謝るんですか。助けてくれたのに」
「……だって、かっこ悪かったでしょ。あんな風にしか、言えなくて」
「どの辺りが……?」
かっこいいとか、かっこ悪いとか、俺にはよく分からない。
でも、久登先輩は俺を助けてくれた。俺の気持ちを代弁するみたいに、一発どころか数発もかましてくれたのだ。それだけで、十分すぎる。
「だって、もっと……言えることあったじゃん。数え出したらキリがないくらい、詰められる要素たくさんあったんだよ。なのに……俺はそれをしなかったから」
悔しさを押し殺すみたいに、久登先輩の声は少しだけ震えていた。
その言い方は、まるであえてしなかったようにも聞こえる。
唇を噛んで、ほんの少し泣きそうにも見える先輩を見ていたら、その理由もわかる気がした。
ここ最近、そばで見てきた久登先輩は、茶化すことはあっても、俺を傷つけることはなかった。自分のことより、俺を優先してくれる。
そんな人なら、俺の立場を追い詰めるようなことをしようとしないはずだ。
たぶん、俺のために踏みとどまってくれたんだろう。
久慈先生のことだし、あの場で口論になっていたら、後から俺にネチネチ絡んでくることは容易に想像つく。
そう考えたら、胸の奥の方から、なんかぶわっと込み上げてくるものがあった。
久登先輩に大事にしてもらえてる。それが嬉しくてたまらない。
「久登先輩、ありがとうございます」
「え? ありがとうございます?」
「ありがとうございます、ですよ。久登先輩はかっこ悪いって言うけど、俺にとっては凄くかっこよかったから」
普段なら恥ずかしくて言えないことを、素直に口に出した。
すると、久登先輩は「ほんと?」って半信半疑な感じで言いながらも、嬉しそうに笑ってくれた。
俺はもしかしたら、久登先輩の笑顔に弱いのかもしれない。
その笑顔を見たら、俺までホッとする。もっと、笑ってほしいって思ってしまう。
「ちぃちゃんの役に立てたなら、よかった。じゃあ、帰ろっか」
垂れ気味の目をさらに下げて、穏やかに笑う久登先輩。
俺のために先生に立ち向かってくれて、こうして優しく笑ってくれる。
そんな先輩がそばにいてくれたら、何もなくなった俺でも、もう少し前を向けそうな気がする。
怪我をしてから、誰かにそばにいてほしい。なんて──こんな気持ちになったのは、初めてだった。
「はい」と返事しながら、釣られてふっと頰が緩んだ。
「どうしたもこうしたも……。人の好きなものを『そんなもん』扱いするのも、余計な小言も、聞いてて普通に不快でした」
周りの先生たちは黙ってやり過ごしているのに、久登先輩は迷わず俺の隣に立ってくれた。
久慈先生は一瞬、言葉を失ったみたいに固まる。
「さ、さっきのは言葉のあやでな……」
「言葉のあや? それで済む話ですか?」
「いや、その──」
「先生、俺には相良くんを傷つける言葉をわざわざ使ってるように聞こえましたけど」
久登先輩の言葉は淡々としている。でも、相変わらず声は冷たくて、職員室の空気が張り詰めていくようだった。
久登先輩は俺のために怒ってくれている。その姿に、ぐっと胸が詰まった。
だけど、それと一緒に、焦りも生まれる。
久登先輩に迷惑をかけたら、どうしようって。
他の先生たちの視線を感じる度に、背中に汗が滲んでくる。
だけど、久登先輩の言葉を遮って止めることもできなかった。
自分が思った以上に、傷ついていたのかもしれない。喉が張り付いたみたいに、声が出なかった。
「白川、別に俺はそういうつもりはなくてな」
「先生。そういうつもりないなら、なんで和久のことや怪我のことまで、言うんですか?」
「それは」
「相良くんは我慢強いから、俺みたいに言わないだけですよ。普通なら、キレてます」
久登先輩はそう言ってから、俺を見てきた。
もう大丈夫だからって言ってくれているみたいに、そっと肩を抱いてくれる。
その瞬間、安心感に包まれた。それと同時に、触れられた箇所が熱くなる。
久登先輩はもしかしてずっと、俺を『俺として』見てくれていたんだろうか。
にいちゃんの弟じゃなくて、相良千茅として。
あ、やばい。涙腺死んだかも。
目頭が熱くなって、じわじわと視界が滲んでいく。
「久慈先生。生徒を励ますなら、もっと慎重に言葉選びした方がいいと思いますよ。なので、相良くんのフォローは俺がしますね。失礼します」
久登先輩は一方的にそう言うと、俺の肩を抱き寄せたまま、くるりと方向転換した。
背後で「おい! 何を勝手に……!」という先生の声がする。だけど、久登先輩は立ち止まらなかった。
「ちぃちゃん、こんなとこから逃げちゃおう」
こそっと俺の耳元で囁く。見上げれば、久登先輩は悪戯っぽく笑っていた。その顔が、なぜか太陽を直視したみたいに眩しく見えた。
「ほら、走ろ!」
久登先輩はそう言いながら、息苦しい職員室から小走りで俺を連れ出してくれた。
ぬかるみにはまっていたような足元も、今は軽い。膝の痛みもいつの間にか消えいて、この人と一緒なら、どこまでも走っていける気がした。
職員室から外に出ると、緊張の糸がほどけたみたいに、ようやくまともに息が吸えた。
久登先輩も同じだったらしい。扉を閉めた途端、ふぅっと息をつく音が聞こえた。
「ちぃちゃん、ごめんね」
久登先輩はそう謝って、俺から手を離した。その手の温もりが消えた途端に、俺の胸になんとも言えない名残惜しさが生まれる。
久登先輩を見れば、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
なんで、謝るんだろう。一昨日、カラオケ前で岩渕先生に注意された後も、そうだ。久登先輩は謝ってばかりいる。
「なんで……久登先輩が謝るんですか。助けてくれたのに」
「……だって、かっこ悪かったでしょ。あんな風にしか、言えなくて」
「どの辺りが……?」
かっこいいとか、かっこ悪いとか、俺にはよく分からない。
でも、久登先輩は俺を助けてくれた。俺の気持ちを代弁するみたいに、一発どころか数発もかましてくれたのだ。それだけで、十分すぎる。
「だって、もっと……言えることあったじゃん。数え出したらキリがないくらい、詰められる要素たくさんあったんだよ。なのに……俺はそれをしなかったから」
悔しさを押し殺すみたいに、久登先輩の声は少しだけ震えていた。
その言い方は、まるであえてしなかったようにも聞こえる。
唇を噛んで、ほんの少し泣きそうにも見える先輩を見ていたら、その理由もわかる気がした。
ここ最近、そばで見てきた久登先輩は、茶化すことはあっても、俺を傷つけることはなかった。自分のことより、俺を優先してくれる。
そんな人なら、俺の立場を追い詰めるようなことをしようとしないはずだ。
たぶん、俺のために踏みとどまってくれたんだろう。
久慈先生のことだし、あの場で口論になっていたら、後から俺にネチネチ絡んでくることは容易に想像つく。
そう考えたら、胸の奥の方から、なんかぶわっと込み上げてくるものがあった。
久登先輩に大事にしてもらえてる。それが嬉しくてたまらない。
「久登先輩、ありがとうございます」
「え? ありがとうございます?」
「ありがとうございます、ですよ。久登先輩はかっこ悪いって言うけど、俺にとっては凄くかっこよかったから」
普段なら恥ずかしくて言えないことを、素直に口に出した。
すると、久登先輩は「ほんと?」って半信半疑な感じで言いながらも、嬉しそうに笑ってくれた。
俺はもしかしたら、久登先輩の笑顔に弱いのかもしれない。
その笑顔を見たら、俺までホッとする。もっと、笑ってほしいって思ってしまう。
「ちぃちゃんの役に立てたなら、よかった。じゃあ、帰ろっか」
垂れ気味の目をさらに下げて、穏やかに笑う久登先輩。
俺のために先生に立ち向かってくれて、こうして優しく笑ってくれる。
そんな先輩がそばにいてくれたら、何もなくなった俺でも、もう少し前を向けそうな気がする。
怪我をしてから、誰かにそばにいてほしい。なんて──こんな気持ちになったのは、初めてだった。
「はい」と返事しながら、釣られてふっと頰が緩んだ。

