猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい【改稿作業中・4話まで済】

「ん? 白川か。どうしたんだ急に」
「どうしたもこうしたも……。人の好きなものを『そんなもん』扱いするのも、余計な小言も、聞いてて普通に不快でした」

 周りの先生たちは黙ってやり過ごしているのに、久登先輩は迷わず俺の隣に立ってくれた。
 久慈先生は一瞬、言葉を失ったみたいに固まった。

「さ、さっきのは言葉のあやでな……」
「言葉のあや? それで済む話ですか?」
「いや、その──」
「先生の言葉、俺には相良くんを傷つけてるように聞こえましたけど」

 久登先輩の言葉は淡々としている。でも、相変わらず声は冷たくて、職員室の空気が張り詰めていくようだった。

 久登先輩は俺のために怒ってくれている。その姿に、ぐっと胸が詰まった。
 だけど、それと一緒に、焦りも生まれる。
 久登先輩に迷惑をかけたら、どうしようって。
 他の先生たちの視線を感じる度に、背中に汗が滲んでくる。
 だけど、久登先輩の言葉を遮って止めることもできなかった。
 自分が思った以上に、傷ついていたのかもしれない。喉が張り付いたみたいに、声が出ない。

「白川、別に俺はそういうつもりはなくてな」
「先生。そういうつもりないなら、なんで和久のことや怪我のことまで、言うんですか?」
「それは」
「相良くんは我慢強いから、俺みたいに言わないだけですよ。普通なら、キレてます」

 久登先輩はそう言ってから、俺を見てきた。
 もう大丈夫だからって言ってくれているみたいに、そっと肩を抱いてくれる。
 その瞬間、安心感に包まれた。それと同時に、触れ合られた箇所が熱くなる。

 久登先輩はもしかしてずっと、俺を『俺として』見てくれていたんだろうか。
 にいちゃんの弟じゃなくて、ただの相良千茅として。
 これまでのことが、走馬灯のように一瞬で頭を駆け巡る。
 あ、やばい。涙腺死んだかも。
 目頭が熱くなって、じわじわと目の前が滲んでいく。

「久慈先生。生徒を励ますなら、もっと慎重に言葉選びした方がいいと思いますよ。相良くんのフォローは俺がするので、失礼します」

 久登先輩がそう言って、頭を下げた次の瞬間。俺の肩を抱き寄せながら、くるりと方向転換した。
 背後で「おい! 何を勝手に……!」という先生の声。
 だけど、久登先輩は立ち止まらなかった。

「ちぃちゃん、こんなとこから逃げちゃおう」

 久登先輩は、こそっと俺の耳元で囁く。見上げれば、悪戯っぽく笑っていた。その表情が、太陽を直視したみたいに眩しい。
 そうして、小走りで、息苦しい職員室から俺を連れ出してくれた。
 ぬかるみに足を取られていたみたいだった足元も、今は軽い。
 膝の痛みなんて、いつの間にか消えている。
 久登先輩は不思議な人だ。
 この人と一緒なら、俺はどこまでも走っていけそうな気がした。
 
 職員室から外に出ると、緊張の糸がほどけたみたいに、ようやくまともに息が吸えた。
 久登先輩も同じだったらしい。扉を閉めた途端、ふぅっと息をつく音が聞こえた。
 
「ちぃちゃん、ごめんね」

 久登先輩はそう謝ると、俺から手を離した。その手の温もりが消えた途端に、俺の胸になんとも言えない名残惜しさが残る。
 久登先輩を見れば、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
 なんで、謝るんだろう。一昨日、カラオケ前で岩渕先生に注意された後も、そうだ。久登先輩は謝ってばかりいる。

「なんで……久登先輩が謝るんですか。助けてくれたのに」
「……だって、かっこ悪かったでしょ。あんな風にしか、言えなくて」
「どの辺りが……?」

 助けてくれたことに対して、かっこいいとか、かっこ悪いとか、俺にはよく分からない。
 でも、久登先輩は俺を助けてくれた。
 俺の気持ちを代弁するみたいに、一発どころか数発もかましてくれたのだ。
 それだけで、十分すぎる。

「だって、もっと……言えることあったじゃん。数え出したらキリがないくらい、詰められる要素たくさんあったんだよ。なのに……俺はそれをしなかったから」

 悔しさを押し殺すみたいに、久登先輩の声は少しだけ震えていた。
 その言い方は、まるであえてしなかったように聞こえる。
 唇を噛んで、ほんの少し泣きそうにも見える先輩を見ていたら、その理由もわかる気がした。
 
 ここ最近、そばで見てきた久登先輩は、揶揄うことはあっても、俺のことを大事にしてくれていた。自分のことより、俺を優先してくれた。
 そんな人が、俺の立場を追い詰めるようなことはしない。
 たぶん、きっと久登先輩は俺の立場が悪くなるって思ったから、踏みとどまってくれたんだろう。
 あの久慈先生のことだ。あの場で口論になるようなことがあったら、後から俺にネチネチ絡んでくるだろうなって、想像ついた。
 そう考えたら、胸の奥の方から、なんかぶわっと込み上げてくるものがあった。

「久登先輩、ありがとうございます」
「え? ありがとうございます?」
「ありがとうございます、ですよ。久登先輩はかっこ悪いって言うけど、俺にとっては凄くかっこよかったから」

 普段なら、恥ずかしくて言えない。けど、今なら言えるような気がして、俺は素直に口にした。
 すると、久登先輩は「ほんと?」って半信半疑な感じで言いながらも、嬉しそうに笑ってくれた。
 俺はもしかしたら、久登先輩の笑顔に弱いのかもしれない。
 その笑顔を見たら、俺までホッとする。もっと、笑ってほしいって思ってしまう。

「ちぃちゃんの役に立てたなら、よかった。じゃあ、帰ろっか」

 垂れ気味の目をさらに下げて、穏やかに笑う久登先輩。
 俺のために先生に立ち向かおうとしてくれて、こうして優しく笑ってくれる。
 そんな先輩がそばにいてくれたら、今は何もない俺でも、もう少し前を向けそうな気がする。
 怪我をしてから、誰かにそばにいてほしいなんて──こんな気持ちになったのは、初めてだった。
「はい」と返事しながら、つられてふっと頰が緩んだ。