二日後、バレンタイン前日の金曜日。帰りのHRで、俺は担任の久慈先生から教壇前で、公開処刑を食らっていた。
「おい、相良。この結果はなんだ?」
肉まんみたいな先生の手には、抜き打ちで行われた実力テストの結果がある。
クラス中の居心地悪い視線を背中に浴びて、口に苦いものが広がっていく。
こんなところで説教くらうなんて、最悪すぎる。さっさと撤退したくて、笑って誤魔化すことにした。
「あははっ。すみません。遊びすぎちゃいました」
「お前なぁ……一年だからって気を抜きすぎだ」
はぁ、とため息をつかれる。
腹の中では、うるさいなぁと毒づきながらも「すみません」と謝っておいた。
「もういい。あとで職員室に来い。個別で話がある」
「はーい」
軽く返事をしながら、テスト結果を受け取る。自分の席に戻って、成績表を見た俺は絶句した。
は? 何これ、嘘だろ?
クラス順位は35人中33位。前回は15位だったのに、落ちすぎだ。そりゃ怒られる。
まぁ、高校に入ってからの俺は、勉強に身が入った試しがないし、成績が落ちるのも仕方がなかった。
だけど、怒られるのはもちろん嫌なわけで。
HRが終わって「最悪だぁ〜」と机に伸びていたら、相嶋と山本に「どんまーい」って肩を叩かれた。
「死んだわ、俺。職員室でボコされる」
顔を上げたら、二人は他人事だと思ってニヤニヤしていた。
「おう、ボッコボコになって来い」
「相嶋と骨だけは拾ってやるよ」
「お前ら、楽しんでんだろ! もういい! ワクチョコ100個くらいお供えしてくれ!」
なんて俺は二人と軽口を叩いてから、教室を後にした。
別館にある職員室前の廊下は、薄暗くて余計に足取りが重くなる。マジで、今すぐ家に帰りたい。
「失礼します」
そっと扉を開けて、忍者のように息を潜めながら職員室に入った。
ほんとこの部屋って、なんでこんなに緊張するんだろう。いや、怒られに来たから当たり前なんだけど。入るなり、緊張で視野がギュッと狭くなる。
だけど、急に「大丈夫ですよ」なんて、耳慣れた声が聞こえてきて、遠くに目が行った。
職員室の奥には、久登先輩。
学校での先輩は、優等生だ。俺とは違って、頼み事でもされているらしい。近くにいた若い女の先生から、ぺこぺこと頭を下げられていた。
うわ、最悪だ。説教されてるとこ、久登先輩には見られたくない。お願いだから、俺には気づかないでくれ。格好悪いところばっか、見られたくない。
だけど、心と裏腹に、俺の目は久登先輩に奪われていた。勢いよく、先生の怒号が飛んでくる。
「おい! 相良! 何をボーッとしとる! 早く来い!」
「あっ、はい。すみません」
慌てて、久慈先生の元に向かう。
先生は俺の成績表のコピーを手に、盛大なため息をこぼした。
「お前なぁ、最近たるみすぎじゃないか?」
久慈先生は眉をひそめながら、俺を見上げてくる。座ってるはずなのに、先生の肉付きが良すぎて、威圧感が凄い。
「あー、はい。すみません」
「謝るくらいなら、ちゃんと勉強しろ。お前のにいちゃんは──」
去年、にいちゃんの担任だったらしい久慈先生は、すぐ俺たちを比べる。
にいちゃんと違って、出来損ない。でも、血が繋がってないんだから、違うに決まってる。そんなの俺が一番分かってるんだから、わざわざ現実を突きつけなくていい。ほんと面倒くさい。
でも、変に突っかかっても、火に油を注ぐだけだ。
説教は右から左に聞き流しながら「はぁ」と相槌だけ打った。
だけど、久慈先生は小言が多いで有名だ。先生の口から飛び出す苦言は止まらない。
「にいちゃんと違うからって腐るなよ? そのー…なんだ? ワクワクマンシール? だったか。そのせいで、カラオケに出入りしてたって、岩渕先生に聞いたぞ。そんなもんに夢中になる暇があれば──」
久慈先生の言葉は、俺の耳に届いている。なのに、ワクワクマンシールのことを言われた瞬間、耳に膜が張られたように周りの音が、少し遠のいた。
簡単に言うなよ。何も知らないくせに。って、心の中で悪態をつく。
ワクワクマンシールは、俺の心の拠り所だ。
どんなに辛いことがあっても、あのシールたちが俺を癒してくれた。
それを頭ごなしに否定されたのが悔しくて、ぐっと奥歯を噛み締めた。
でも、言い返したいのにできない。むしろ、胃がキリキリと痛んで、俺はみぞおち辺りを押さえた。
「相良、聞いてるのか?」
訝しげな目を向けられて、咄嗟に「聞いてます」と返す。
久慈先生はそんな俺に言い聞かせるみたいに、いつもより優しい声を出した。
「相良。本来のお前は、バスケで全国ベスト8に行けるくらいの努力家なんだ。あの中学のバスケ部は成績上位のヤツしか、試合に出られないんだろう? 怪我したのは可哀想だが、お前は勉強の頑張り方も知ってる。だから、この高校にも入れたんだ。なら、次は勉強に身を入れたらどうだ? シールなんかにかまけずに、帰宅部なんだし、今から頑張れば旧帝大も夢じゃ──」
きっとこの人は、励ましのつもりで言っているんだろう。
先生くらい教師生活も長ければ、俺にポテンシャルがあるとか思うのかもしれない。
だけど、そういう期待はウザすぎる。先生の言葉は全く、心に響かない。
だって、俺は自ら進んでバスケを辞めたわけじゃない。
膝が脆くなかったら、怪我を繰り返さなかったら、今だって続けてた。
プロを目指してたし、周囲にも期待されてたんだ。まだコートで走り回りたかった。
でも、もう俺の足じゃあ、前のようなプレーはできないし、医者に止められた。
だから、この高校に来たんだ。
にいちゃんが「うちの高校、バスケ部ないよ」って教えてくれたから。
大好きなものを、嫌いになりたくなかったから。
別に、いい大学に行きたいからこの学校に来たわけじゃなかった。
ワクワクマンシールは、そんな何もなくなった俺を癒してくれた。集めてると、心が落ち着く。辛いことが忘れられる。
だから、現実から目を背けるように、より一層のめり込んだ。
でも、それだけじゃあ、どうやって今を頑張ればいいのか分からなくて……。
くすぶってる俺に、勝手に期待を寄せられても、困る。
あぁ、もう無理。何も考えたくない。
早く、誰もいないところに行きたい。
胃だけじゃなくて、古傷の膝までズキズキと痛み始める。
こんな自分が悔しくて、情けなくて、俯いた時だった。
「先生。俺もワクワクマンシール集めてるんですけど」
背後から、冷たい響きを孕んだ声がした。
振り返った先にいた久登先輩は、笑みをたたえるいつもの穏やかな姿じゃなかった。
久慈先生を軽蔑するような険しい表情をしていた。
「おい、相良。この結果はなんだ?」
肉まんみたいな先生の手には、抜き打ちで行われた実力テストの結果がある。
クラス中の居心地悪い視線を背中に浴びて、口に苦いものが広がっていく。
こんなところで説教くらうなんて、最悪すぎる。さっさと撤退したくて、笑って誤魔化すことにした。
「あははっ。すみません。遊びすぎちゃいました」
「お前なぁ……一年だからって気を抜きすぎだ」
はぁ、とため息をつかれる。
腹の中では、うるさいなぁと毒づきながらも「すみません」と謝っておいた。
「もういい。あとで職員室に来い。個別で話がある」
「はーい」
軽く返事をしながら、テスト結果を受け取る。自分の席に戻って、成績表を見た俺は絶句した。
は? 何これ、嘘だろ?
クラス順位は35人中33位。前回は15位だったのに、落ちすぎだ。そりゃ怒られる。
まぁ、高校に入ってからの俺は、勉強に身が入った試しがないし、成績が落ちるのも仕方がなかった。
だけど、怒られるのはもちろん嫌なわけで。
HRが終わって「最悪だぁ〜」と机に伸びていたら、相嶋と山本に「どんまーい」って肩を叩かれた。
「死んだわ、俺。職員室でボコされる」
顔を上げたら、二人は他人事だと思ってニヤニヤしていた。
「おう、ボッコボコになって来い」
「相嶋と骨だけは拾ってやるよ」
「お前ら、楽しんでんだろ! もういい! ワクチョコ100個くらいお供えしてくれ!」
なんて俺は二人と軽口を叩いてから、教室を後にした。
別館にある職員室前の廊下は、薄暗くて余計に足取りが重くなる。マジで、今すぐ家に帰りたい。
「失礼します」
そっと扉を開けて、忍者のように息を潜めながら職員室に入った。
ほんとこの部屋って、なんでこんなに緊張するんだろう。いや、怒られに来たから当たり前なんだけど。入るなり、緊張で視野がギュッと狭くなる。
だけど、急に「大丈夫ですよ」なんて、耳慣れた声が聞こえてきて、遠くに目が行った。
職員室の奥には、久登先輩。
学校での先輩は、優等生だ。俺とは違って、頼み事でもされているらしい。近くにいた若い女の先生から、ぺこぺこと頭を下げられていた。
うわ、最悪だ。説教されてるとこ、久登先輩には見られたくない。お願いだから、俺には気づかないでくれ。格好悪いところばっか、見られたくない。
だけど、心と裏腹に、俺の目は久登先輩に奪われていた。勢いよく、先生の怒号が飛んでくる。
「おい! 相良! 何をボーッとしとる! 早く来い!」
「あっ、はい。すみません」
慌てて、久慈先生の元に向かう。
先生は俺の成績表のコピーを手に、盛大なため息をこぼした。
「お前なぁ、最近たるみすぎじゃないか?」
久慈先生は眉をひそめながら、俺を見上げてくる。座ってるはずなのに、先生の肉付きが良すぎて、威圧感が凄い。
「あー、はい。すみません」
「謝るくらいなら、ちゃんと勉強しろ。お前のにいちゃんは──」
去年、にいちゃんの担任だったらしい久慈先生は、すぐ俺たちを比べる。
にいちゃんと違って、出来損ない。でも、血が繋がってないんだから、違うに決まってる。そんなの俺が一番分かってるんだから、わざわざ現実を突きつけなくていい。ほんと面倒くさい。
でも、変に突っかかっても、火に油を注ぐだけだ。
説教は右から左に聞き流しながら「はぁ」と相槌だけ打った。
だけど、久慈先生は小言が多いで有名だ。先生の口から飛び出す苦言は止まらない。
「にいちゃんと違うからって腐るなよ? そのー…なんだ? ワクワクマンシール? だったか。そのせいで、カラオケに出入りしてたって、岩渕先生に聞いたぞ。そんなもんに夢中になる暇があれば──」
久慈先生の言葉は、俺の耳に届いている。なのに、ワクワクマンシールのことを言われた瞬間、耳に膜が張られたように周りの音が、少し遠のいた。
簡単に言うなよ。何も知らないくせに。って、心の中で悪態をつく。
ワクワクマンシールは、俺の心の拠り所だ。
どんなに辛いことがあっても、あのシールたちが俺を癒してくれた。
それを頭ごなしに否定されたのが悔しくて、ぐっと奥歯を噛み締めた。
でも、言い返したいのにできない。むしろ、胃がキリキリと痛んで、俺はみぞおち辺りを押さえた。
「相良、聞いてるのか?」
訝しげな目を向けられて、咄嗟に「聞いてます」と返す。
久慈先生はそんな俺に言い聞かせるみたいに、いつもより優しい声を出した。
「相良。本来のお前は、バスケで全国ベスト8に行けるくらいの努力家なんだ。あの中学のバスケ部は成績上位のヤツしか、試合に出られないんだろう? 怪我したのは可哀想だが、お前は勉強の頑張り方も知ってる。だから、この高校にも入れたんだ。なら、次は勉強に身を入れたらどうだ? シールなんかにかまけずに、帰宅部なんだし、今から頑張れば旧帝大も夢じゃ──」
きっとこの人は、励ましのつもりで言っているんだろう。
先生くらい教師生活も長ければ、俺にポテンシャルがあるとか思うのかもしれない。
だけど、そういう期待はウザすぎる。先生の言葉は全く、心に響かない。
だって、俺は自ら進んでバスケを辞めたわけじゃない。
膝が脆くなかったら、怪我を繰り返さなかったら、今だって続けてた。
プロを目指してたし、周囲にも期待されてたんだ。まだコートで走り回りたかった。
でも、もう俺の足じゃあ、前のようなプレーはできないし、医者に止められた。
だから、この高校に来たんだ。
にいちゃんが「うちの高校、バスケ部ないよ」って教えてくれたから。
大好きなものを、嫌いになりたくなかったから。
別に、いい大学に行きたいからこの学校に来たわけじゃなかった。
ワクワクマンシールは、そんな何もなくなった俺を癒してくれた。集めてると、心が落ち着く。辛いことが忘れられる。
だから、現実から目を背けるように、より一層のめり込んだ。
でも、それだけじゃあ、どうやって今を頑張ればいいのか分からなくて……。
くすぶってる俺に、勝手に期待を寄せられても、困る。
あぁ、もう無理。何も考えたくない。
早く、誰もいないところに行きたい。
胃だけじゃなくて、古傷の膝までズキズキと痛み始める。
こんな自分が悔しくて、情けなくて、俯いた時だった。
「先生。俺もワクワクマンシール集めてるんですけど」
背後から、冷たい響きを孕んだ声がした。
振り返った先にいた久登先輩は、笑みをたたえるいつもの穏やかな姿じゃなかった。
久慈先生を軽蔑するような険しい表情をしていた。

