猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい【改稿作業中・4話まで済】

 久登先輩と初めてワクチョココラボに行ってから、十日が過ぎた。
 あれから三日に一度くらいの頻度で「放課後、空いてる?」と連絡が来る。
 今日もLHRが始まる前にメッセージが来て、俺は「行けます」って即座に返事した。

 ただ、日直の仕事があるのを忘れていたので、今日は先に行ってもらった。
 急いで、カラオケ店へ向かう。すると、なぜか久登先輩は店の前にいた。俺を見つけるなり、すぐに手を振ってくれる。

「ちぃちゃん、おつかれ〜」
「……なんで外で待ってるんです? 寒いじゃないですか」
「早く会いたかったから」
「なんですか、それ」

 そう言いながらも、遠くから姿が見えた時はちょっと嬉しかった。

 ……最近、俺は久登先輩を見ると、なんか変だ。
 学校で見かけると、つい目で追ってしまう。
 前は見つける度に、全力で逃げようとしてたのに。気づいたら、久登先輩の方を探してることが増えた。
 一日、顔を見ないと退屈だし。遠くに見かければ、今日みたいに気づいて欲しいと思ってしまう。
 その上、誰かと楽しそうにしてるのを見ると、胸がざわつく。
 自分でも、この感情がよく分からない。
 けど、ここずっと、久登先輩の隣にいるのが当たり前みたいで……。誰かに取られたくない、みたいな気持ちがちょっとだけ顔を出す。

 この前なんて、にいちゃんが見てない隙に「これあげます」ってレアシールをブレザーのポケットに突っ込んでしまって、自分で驚いた。
 ほんと、やばいと思う。しかも、にいちゃんが久登先輩といる時にも思ってしまうとか、俺は本当におかしい。

 むむむっと顔を顰めて唸っていたら、久登先輩からツンツンと肩をつつかれた。

「ちぃちゃん、今日、シール引く?」
「……引くために来たんじゃないんですか?」
「ふふ。ほんとだ」
「久登先輩って、時々なんか抜けてますよね」
「そお?」

 なんて話をしながら、カラオケ店に入ろうとした時だった。

「おーい、お前らだな。最近、カラオケ出入りしてるうちの生徒ってのは」

 背後から、聞き覚えのある声が飛んでくる。俺はビクッと肩を震わせた。
 振り向くと、すぐそこには、学校で一番怖いって有名な生徒指導の岩渕(いわぶち)先生が立っていた。
 先生は制服の上にダウンを着た俺たちを、上から下までじろじろ見ながら近づいてくる。

「お前らな〜、夕方にカラオケなんか来るな。変なやつに絡まれて困るのは、お前たちだぞ」
「す、」
「すみません、僕が誘ったんです」

 縮こまった俺が謝るよりも早く、久登先輩が一歩前に出た。まるで、俺を庇うみたいに、岩渕先生に頭を下げてくれる。

「ちが、」

 否定しようとしたら、何も言っちゃダメだっていうみたいに、久登先輩は首を左右に振った。
 俺は、にいちゃんみたいに守りたくなるような儚い雰囲気はない。その上、久登先輩には、散々生意気なことをしてきた。
 なのに当たり前みたいに、守ろうとしてくれる様子に、ぐっと胸が詰まった。
 岩渕先生は流石に、二年の学年トップの顔は覚えているらしい。

「白川、お前が珍しいな」
「実はワクワクマンシールのコラボシールが欲しくて……相良くんに協力してもらってたんです。一人じゃ食べるの、大変なんで」
「もしかして、相良和久の弟か?」
「はい」

 俺が頷くと、岩渕先生はこちらをじっと見てくる。
 だけど、どうやら久登先輩とにいちゃんの日頃の生活態度のおかげで、助かったらしい。

「白川と、相良の弟なら問題ないだろうが、ちゃんと気をつけろよ。放課後じゃなくて、カラオケ行くなら休日の昼間に行け。ほら、帰った帰った」

 岩渕先生は仁王立ちになって、しっしっと手で払うような素振りをする。
 
「はーい。分かりました」
「わかりました」

 久登先輩に続いて返事をして、仕方なく二人並んで駅の方へ歩き出した。
 俯きながら歩いていると、久登先輩は遠慮がちに謝ってきた。
 
「……ごめんね、ちぃちゃん。さっき巻き込んじゃった」

 久登先輩は俺に付き合って、カラオケに来てくれていただけだ。むしろ、岩渕先生に怒られたのは俺のせいだと思う。

「巻き込んだのは俺では?」

 顔を上げて、立ち止まった。すると、久登先輩も俺の方を振り向いてから、二歩くらい先に留まる。

「いや、だってワクチョコとのコラボ教えたのは俺じゃん?」
「それは、そうですけど」
「で、俺がちぃちゃんに行こうよって言ったし、今日も誘った。だから、俺が巻き込みました」
「えぇ……」
「いいから、俺のせいにしてて。罪悪感抱く必要、何もないから。ね?」

 久登先輩の声は甘い。相変わらず、優しい顔をして、俺を見ている。
 ほんの一学年の差なのに、こういう時の久登先輩は、俺の何歩も先を歩いているみたいだった。
 なんか、泣きそうだ。高校生になってまで、こんなことで泣きたくなんてないのに、胸が苦しくなる。
 悔し泣きなのか、久登先輩を巻き込んだ罪悪感なのか、分からない。
 だけど、泣き虫だった頃の俺が、すぐそこまで顔を出しそうになっていた。

「ちぃちゃんはさぁ〜」

 久登先輩はくすくす笑いながら、数歩先から俺の元に戻ってきてくれる。

「顔に出て、ほんと可愛いねぇ」

 いつもみたく冗談めいた声をあげて、俺の頭をガシガシと撫でてくれた。
 顔に出てるって言われても、俺には久登先輩に抱くこの感情が、よく分からない。
 分かるなら、先輩が教えてほしい。

「痛いです」

 そうは言いながらも、撫でてくれる手がとにかく温かくて、俺は余計に泣きそうだった。