猫かぶりな兄の親友は、ブラコンの俺を構いたい

「──結局、あと二つが出なかったですね。シークレット合わせたら、三つですけど」

 支払いを済ませて、カラオケ店の入ったビルの階段を降りながら、俺は久登先輩の方を見た。
 
「バレンタインまであと二週間近くあるし、余裕だって」

 久登先輩は軽く笑ってから「次はいつ来よっか」と聞いてきてくれた。

「また一緒に来てくれるんですか?」
「え、むしろ他の人と来る予定だった?」
「いや! そういうわけじゃないです!」

 俺は慌ててかぶりを振った。
 久登先輩に「また来てくれるんですか?」って聞いたのは、今日のカラオケで、俺は先輩がかなりの音痴だということを知ったからだ。

 カラオケに誘ってくれたし、歌うぞーって言ってたから、てっきり歌が得意だと思ったのに。久登先輩は歌う前に「すっごく恥ずかしい話なんだけどさ…音痴だから、友達とも来たことなかったんだよね」って、秘密を一つ教えてくれた。
 実際、顔には似合わないなかなかの音程の外し具合だった。だから、苦手なら、もう誘ってくれないかもしれないって、勝手に思い込んでいたのに。

「また……一緒に来てくれるんだ」

 ホッとして頬を緩ませたら、なぜか久登先輩は痰が絡んだみたいな「んんっ」と咳払いをし出した。
 今日は待ち合わせから、久登先輩の様子が変なんだけど、大丈夫なのかな。これ。

 そんな久登先輩からは結局、帰り道に「学校帰りにデザートだけ食べて帰るとかするのどう?」と提案をされた。
 夕飯を家で食べるなら、それくらいが丁度いいかも。そう思った俺は、久登先輩の都合の良い日に合わせて、カラオケに通うことに決めた。

 カラオケ店のビルから外に出ると、やっぱりまた雪が降っていた。
 久登先輩と駅前で別れた俺は、白く雪が積もった道に、ぽつぽつと自分の足跡をつけながら帰る。

 家へと向かう道は、車の通りが少ない。雪がすべての音を吸い込んだみたいに辺りは静かで、雪国の冬はもの寂しく感じる。
 でも、俺の頭の中では、久登先輩と過ごした時間で話したたくさんの会話が繰り返されていた。まるで、好きな音楽を聴いているときみたいに、寂しさは胸に募らない。むしろ。
 
「楽しかったなぁ……」

 俺は余韻に浸るように呟く。噛み締めるみたいに、いつもなら寒くて早く家に帰りたくなる雪道をのんびり歩いた。

 家の近くまで来ると、ちょうどにいちゃんがスコップを持って、家の周辺の雪かきをしているのが見えた。

「にいちゃん! 雪かきなら俺がしたのに! すぐ風邪引くんだから、俺に任せてよ」
 
 急いで駆け寄って、俺はにいちゃんの手からスコップを取り上げた。

千茅(ちがや)。俺はそんなに弱くないよ」
「ダメ。正月、俺と一緒に雪かきしただけで、一週間寝込んだの忘れたのかよ?」
「覚えてるけど……。それより、こんな天気なのに、今日はどこ行ってたの?」
「どこって──」

 カラオケって言ったらいいのに、それを口にしたら、久登先輩と一緒だったことも言わなきゃいけない気がして、俺は口をつぐんでしまった。

 なんか、にいちゃんには久登先輩とのことを、話したくなかった。
 久登先輩はカラオケは苦手だから、断ってるって聞いた。じゃあ、あの先輩を知っているのは俺だけなのかもって思ったら、なんでだろ。にいちゃんには内緒にしていたかった。
 子どもっぽいのは分かってる。けど……にいちゃんはいつも、久登先輩といるんだから、いいじゃんって。羨ましくて。
 久登先輩が、にいちゃんの弟だから俺に優しくしてくれているのだとしても、完璧に見える先輩の綻びを、俺だけが知っていたかった。

「……どこだっていいじゃん」
「ふーん。千茅が隠し事するなんて、珍しいね。でも」

 にいちゃんは俺の顔を見ながら、ほんの少しだけ目を細めた。

「なんか、良いことあったって感じの顔してるから、よかった」

 そんな風に言ってくれるにいちゃんに、後ろめたさを覚えながら、俺は「あとは俺がやるから、部屋に入ってよ」と、にいちゃんの背中を軽く押した。

「わかったよ。あったかい紅茶淹れてあげるから、早く戻ってきてね」
「わかったわかった」

 そう言って俺はスコップを持ち直して、にいちゃんが家の中に入るのを見届けてから、雪かきを始めた。
 久登先輩との時間で浮ついていた心が、雪かきで少しずつ落ち着いていく。

 にいちゃん、ごめんな。
 そう思いながら、俺は淡々と雪かきを続けた。