猫かぶりな兄の親友はブラコンの俺を構いたい

 久登先輩と駅前で別れた俺は、雪が積もった道に、ぽつぽつと自分の足跡をつけながら帰る。
 大通りから一歩奥まった家の近所は、車の通りが少ない。雪がすべての音を吸い込んだみたいに、辺りは静かだった。
 でも、そんな静寂とは反対に、俺の頭の中では久登先輩の歌声が繰り返されている。一緒にいた時は目の前のことでいっぱいだったのに、一人になった途端、こうだ。それくらい強烈な歌声だった。
 でも、おかげで、一人で歩くと心細くなる雪道も寂しくない。むしろ、凄く今、胸が満たされていた。
 ワクワクマンシールもたくさん手に入ったし、久登先輩の弱点も知れたし。
 
「今日は楽しかったなぁ……」

 俺は余韻に浸るように呟く。いつもなら寒くて早く家に帰りたい雪道を、噛み締めるみたいにのんびり歩いた。
 家の近くの角を曲がったら、にいちゃんがスコップで、自宅前の雪かきをしていた。

「にいちゃん! 雪かきなら俺がするって!」
 
 急いで駆け寄って、俺はにいちゃんの手からスコップを取り上げる。

「千茅。僕はそんなに弱くないよ」
「ダメ。正月、俺と一緒に雪かきしただけで、一週間寝込んだの忘れた?」
「覚えてるけど……。それより、こんな天気なのに、今日はどこ行ってたの?」
「どこって──」

 素直にカラオケって言えばいい。なのに、俺は口をつぐんでしまった。
 だって、それを口にしたら、久登先輩と一緒だったことも言わなきゃいけない。
 なんでか分からないけど、話したくなかった。
 
 久登先輩はカラオケが苦手だから、友達の誘いは全部断ってるって聞いた。
 あの先輩を知っているのは俺だけなのかもって思ったら、よく分からない感情が胸を占めてくる。
 二人が両想いで、久登先輩が好きな人の弟だから俺に優しくしてくれているとしても。なんか、あの弱点だけは、俺だけが知っていたいって思ってしまった。
 久登先輩だって、好きな人には知られたくないだろって心の中で言い訳して。

「……どこだっていいじゃん」

 思わずにいちゃんに冷たく言ってしまったことに気づいて、咄嗟に「ごめん」と謝る。

「ふーん。いいよ、別に。でも、千茅が僕に隠し事するなんて、珍しいね」

 にいちゃんは俺の顔を見ながら、ほんの少しだけ目を細めた。

「だけど、なんか良いことあったって感じの顔してたから、それはよかった」
「良いこと?」
「うん。千茅って分かりやすいから」

 それなら、今の俺のこのよく分かんない感情も、周囲にバレてるんじゃないだろうか。

「あとは俺がやるから、部屋に入ってよ」

 後ろめたさを覚えながらも、うやむやにするようににいちゃんの背中を軽く押す。

「わかったよ。あったかい紅茶淹れてあげるから、早く戻ってきてね」
「わかったわかった」

 にいちゃんが家の中に入るのを見届けてから、俺はスコップを持ち直した。

「にいちゃん、ごめんな」

 そう呟いて、俺は淡々と雪かきをした。
 久登先輩との時間で浮ついていた心は、雪を片付けていくうちに、見事に落ち着いていった。