猫かぶりな兄の親友はブラコンの俺を構いたい

 結局、久登先輩が追加で3つもデザートを食べてくれたのに、ダブって無駄撃ちになった。

「久登先輩。すみません」

 カラオケ店が入るビルの階段を降りながら、俺は前を行く久登先輩に話しかけた。すると、手すりを持ちながら、「なーに?」と振り返ってくれる。

「せっかく食べてくれたのに、シークレットとあと二つが出なかったし」
「そのこと? まぁ、バレンタインまであと二週間近くあるし、余裕だって」

 久登先輩はくすっと笑って、また前を向く。

「そうですかね。それなら良いんですけど」
「そうそう。何回か来てたら、当たるって。次はいつ来よっか」

 久登先輩はさも当たり前みたいに、次の約束を口にしてくれる。
 まさか次があるとは思わなくて、反応が一拍遅れた。

「……え。また来てくれるんですか?」

 そう言ったら、久登先輩は立ち止まって、ギョッとしたような顔で俺を見てきた。

「待って。ちぃちゃん……他の人と来る予定だった? 俺、そのつもりで今日も誘ってたんだけど⁉︎」
「いや! そういうわけじゃないですけど!」

 慌てて、首を振る。

「だって、久登先輩、カラオケ苦手ですよね?」

 今日、最後に一曲だけ歌ってくれた時のことを思い出した。
 あれは、某アニメキャラに匹敵する、なかなかの歌声だった。
 別にカラオケで歌わなければいい話なんだけど、普通は苦手な場所にいるのも、嫌なんじゃないだろうか。
 それに、食べるだけでも結構お金がかかる。今日は二人で割り勘して、久登先輩が多めに出してくれたけど、柴三郎と梅子が一枚ずつ飛んで行った。
 俺はお年玉を貯めてるし、お小遣いも結構もらってるからしばらくは平気。だけど、自分のせいで先輩に無理はさせたくはなかった。

「あぁー。だって、あれだけ音痴なの見たら、歌わなくてもいいでしょ?」
「たしかに、歌わせるつもりはないですけど……でも、食べるだけでもお金かかりますよ?」
「待って。もしかして遠回しに断られてる⁉︎」
「断ってはないです。ただ──」
「ただ?」
「高校生の財布じゃあ、そんなに何回も来られる額じゃないですし。先輩に負担かけたくないんですけど」
 
 そう伝えたら、久登先輩は目を細めた。

「ちぃちゃんってほんと可愛いね」

 先輩は前を向いて、再び階段を降りて行く。
 俺は危うく、階段の段差を踏み外しそうになった。慌てて体勢を立て直して、その背中を追う。
 前は可愛いって言われて目くじらを立てていたのに、なぜかそう言われても、嫌じゃなかった。自分でもなぜか分からず、首を傾げる。

「か、可愛い……? なぜに?」
「そんな風に心配してくれて、嬉しいってこと。……じゃあさ、俺もちぃちゃんも負担にならないように、三日に一度、ジュース飲むだけにするのは?」

 久登先輩はまた立ち止まって、チラと俺を見てきた。
 ジュースは一杯500円くらいだ。それなら、フリータイムじゃなくていいし、学生なら30分50円でカラオケに入れる。それなら、許容範囲かもしれない。

「それなら、いい気がしますね?」
「でしょ?」
「だけど、久登先輩のことだし、デザート三つくらい食べません?」

 気がかりでそう言ったら、久登先輩はバレたかみたいな顔をした。

「あったり〜。絶対、食べる〜」
「やっぱり」
「でも、まぁ俺、放課後の買い食い用って、小遣い以外にも食費もらってるんだよ。だから、気にしない気にしなーい」
「そうなんですか?」
「そ。しかも、どうせ同じくらいお金使ってるしさぁ。なら、俺はちぃちゃんの役に立ちたい」

 久登先輩はこの強すぎる顔面で、息を吐くように口説くようなことを言う。
 ほんの寸秒、息が止まりそうになった。……もし、俺が女子だったら、普通に倒れてたかもしれない。

「……久登先輩って、貢ぎ癖あるんですか? この前の、ワクチョコの箱買いもそうですけど」
 
 本当は俺の役に立ちたいって言ってもらえて、嬉しかったのに、隠すみたいに、つい可愛くないことを言ってしまった。
 久登先輩はあと数段という階段を降り終えて、くすっと笑う。

「んー? どうだろねぇ」
「ちょ、ダメですよ⁉︎ 世の中、変な人がいるんだし、そこんところちゃんとしてくれませんと!」
「じゃあ、一生、ちぃちゃんに見張っても〜らお〜」
「は? 一生?」

 久登先輩の面倒をずっと見るなんて、たまったもんじゃない。俺たちは、にいちゃんで繋がってる関係だ。

「一生〜」
「やですよ!」
 
 なんて言い合いながら、俺たちはビルの出口へ向かった。
 自動ドアが開くと、外はまた雪が降り始めていた。
 だけど、なぜか心も体もぽかぽかしていて、頬を撫でる空気も、全く冷たくなかった。