彼の笑顔が誰より可愛い。

それは五月下旬のある日のこと。
見慣れた教室に射し込むオレンジ色の日差しが、薄暗くなり始めた室内にある窓際の机に当たっている。
授業が終わり静まり返った廊下ーーここも少し薄暗くなってきているーーに一人。桜寺優作は立ちすくんで、教室の中を呆然と見つめた。
教室のドアは開きっぱなしになっているにも関わらず、室内にいる二人はそれを知らないようだった。幸か不幸か、優作に見られていることにも気づいてはいない。
優作の視線の先には二人の男子高校生が向かい合っていた。
一人は長身に濃紺の髪、やや目つきの悪い三白眼、スッと尖った小さな顔。
比べてもう一人は黒髪に丸顔、そばかすの多い頬、丸い目をしている。
優作の頭の中に、先ほどそばかす男子が放った言葉が響く。
『同じクラスになった時から好きです。俺と付き合ってほしい』
心臓がドクドクと早く鳴り、胸が苦しいし、二人に聞こえてしまうのではないかと、優作は内心ハラハラした。
次の瞬間、
「あー、悪い。俺は今誰かと付き合うとか考えられねえ」
勇の声が教室内に響いた。その途端、優作の原因不明の心臓の鼓動が少しだけ止んだ。


桜寺優作と華月勇は幼馴染で親友だ。幼稚園の頃から共に育ち、高校生になった現在も、クラスがたとえ離れたとしても登下校は気がつけば一緒だった。 
意識しなくとも隣にいるのが当たり前の存在。そんな間柄の勇に、優作が緊張のようなドキドキを感じたのは、これが初めてのことだった。
勇が女子から告白をされることはーー実際に見たことはなかったがーー人づてに聞いたことはある。
然し同性から告白されているのを目撃したのは初めてだった。
きっと勇が告白されているのを生で初めて見たから動揺しているのだ。
優作が片手を胸にあてて、そう結論を出した、その時。
「お前、なんでここにいるんだよ。先に帰れって言ったよな?」
容姿の割に高い勇の声が近くで聞こえ、優作はいつの間にか下げていた顔をバッと上げた。
目の前に昔から見慣れた幼馴染の顔があるーー
ただ、それだけのはずなのに優作は顔が熱くなるのを感じた。
胸の鼓動が緩やかだか、トクントクンと鳴る。
自分の変化を悟られたくなくて、優作はキュッと両手を握りしめると、勇を見て穏やかに微笑んだ。
「君と一緒に帰りたくて昇降口でずっと待っていたんだけど、ちょっと遅いなと思って様子を見に来たんだ」
「おお、そうか。ちょうど俺も用事終わったし帰ろうぜ」
勇は肩に鞄をひょいと乗せると、背を向けてスタスタと歩き出した。
「あ、待ってよ勇」 
優作はその後を慌てて追いかけたが、胸中に浮かんでは消える様々な言葉は、一つも口から出ることはなかった。