電車に乗るまでのちょっとした距離を歩くのに、悠介くんとほんの数センチ離れていることが寂しかった。隣に並んで歩いているのに、だ。さっきくっついていたからかな。甘えたみたいでダメだな。そう思ったのだけれど。乗りこんだ混雑する電車の中で、指先をそっと悠介くんにつままれた。勢いよく顔を上げたら、淡くほほ笑んで目を逸らされた。その横顔はちょっと赤い気がして。もしかしたら、悠介くんも同じなのかな。一緒にいるのに離れたくないって、思ってくれていたりするのかな。触れ合っている指先をつまみ返してみたら、悠介くんは窓の外を見たまま、オレの爪をそっと撫でた。
最寄り駅で下りてゆっくり歩いていると、辺りにはほとんど人がいなくなった。家路を急ぐ人ばかりなのだろう。さっきまで指先を触れ合わせていたのに、ふたりだけになると途端に恥ずかしさが襲ってきた。
「えっと、パンダまんがいちばんの目当てやったとですけど、無事に食べられて!」
「写真送ってくれたもんな。かわいかったよ」
「ですよね! かわいすぎて、ちょっと食べるの躊躇しましたもん」
「いや、パンダじゃなくて真白がな」
「へっ」
今日の出来事を話すことで、その恥ずかしさをごまかそうとしたのだけど。悠介くんがすぐに、甘い空気を連れ戻してしまう。
そんなの、困る。だって、願望のまま期待を抱いてしまいそうだから。さっき悠介くんが言っていた“好きな人”は、オレなんじゃないかって。期待なんかしたら、その分だけ落ちこむことになるのに。
「ただいまー。って、誰もいないんですけどね」
「お邪魔します。親の仕事遅いんだ?」
「遅いっていうか、実は今日は、ふたりの結婚記念日なんです」
「マジ? 息子の誕生日と結婚記念日が一緒? すげー偶然だな」
マンションについて、階段で4階へと上がった。悠介くんがこの家にいるなんて、自分で誘ったとは言えすごい光景だ。脱いだ靴を揃える悠介くんを見て、しみじみと思う。
「あんまり聞かないですよね。それで、今まではオレの誕生日と結婚記念日を一緒に祝ってて、ふたりは今年もそのつもりだったみたいなんですけど。たまにはふたりでごはん行ってきなよって言ったんです。オレももう高校生だし」
「へえ。でも寂しかったんじゃねえ? 誕生日にひとりって」
リビングへと悠介くんを案内し、オレはそのままキッチンへと入り食器棚を開けた。たしか、ケーキを食べるのにちょうどいいオシャレな皿があったはずだ。
「んー、もしかしたらそうだったのかもです。でも、悠介くんに来てもらえたんで。オレナイス判断だったなって感じです」
「はは、そっか。じゃあ……しばらくはふたりっきりなんだな」
「っ、そういうこと、に、なりますね」
それはなるべく考えないようにしていたのに。悠介くんも気づいていたみたいだ。つい声が上擦ったけれど、見つけた皿とフォークを持って振り返る。
「えっと! そこ座ってください! ケーキ食べ……っ」
「真白」
「っ、悠介くん……」
思った以上に近くに悠介くんがいた。それだけじゃない。オレの行き先を阻むように、壁に片手をついている。
「真白の部屋で食べるのってあり? 部屋見たい」
「……は、い。もちろんです」
悠介くんがこの家にいる。それだけでもこの胸は、ドキドキして仕方なかったのに。オレがいつも過ごしているこの狭い部屋に、悠介くんがいるなんて。きちんと意識しないと、呼吸すら忘れてしまいそうだ。
「ここが真白の部屋か」
「あ、あんま見らんでください……」
「なんで。きれいにしてんじゃん。あ、ホイップ。飾ってくれてんだな」
「それはもちろんです! 飾ってるっていうか、いつも抱っこして一緒に寝てます」
「マジか。役得だな、ホイップは」
「…………? 役得?」
どういう意味だろう。首を傾げたオレの手に、ただただほほ笑む悠介くんがケーキの箱を乗せた。そうだ、悠介くんお手製のケーキを早く食べたい。
「開けてもいいですか!?」
「もちろん」
この部屋にはシングルのベッドと、それから本棚とローテーブルしかない。ベッドに寄りかかって床に座るのが、オレのお決まりのスタイルだ。悠介くんにも座ってもらって、テーブルにそっと箱を乗せる。
「ドキドキしますね」
「そうか?」
「だって、悠介くんがオレに作ってくれたケーキとか、特別すぎますもん」
差しこんである横のフラップを、慎重に開く。膝立ちになってそっとトレイを引き出しケーキを目にしたオレは、いよいよ息が止まってしまった。
「っ、悠介くん……」
「うん」
「ホイップが……ホイップが乗っとります」
「ん、だな。ホイップクリームで作れたらよかったんだけど、さすがに持ち運んだらダレちゃうだろうから、今回はメレンゲでクッキーにしてみた」
「すごすぎる……」
真っ白の体はホイップクリームのように絞られていて、目元には小さくカットされたドレンチェリー。どこから見てもホイップで、ちょこんと座ってこちらを見上げている。かわいい、かわいすぎる。オレ、食べられないかもしれない。
ホイップのメレンゲクッキーだけでもたまらないのに、全体のデコレーションにも感動せずにはいられない。
「悠介くんのお誕生日ケーキとそっくりだ」
「気づいた?」
「もちろんです。すぐに分かりました。一緒に飾りつけできて楽しかったし、もう何回も写真見返してるので」
「俺も。新しくとも思ったんだけど、お揃いにしたくなった」
「っ、最高すぎます」
だめだ、涙がこみ上げてきた。悠介くんに出逢って、一体何度泣いただろう。みっともないなと思うのに、止められない。悠介くんがオレの感情を揺さぶって仕方ないのだ。
悠介くんの前では、ごまかすのは無駄だともう分かっている。ぐすんと鼻を鳴らして、さあ食べようと思ったところで気づく。カットするための包丁を持ってきていない。
「ちょっと待っててください。今包丁持ってきますね」
「真白、待って」
「っ、悠介くん?」
立ち上がろうとしたオレの手を、悠介くんがきゅっと握った。指先が、オレの肌をそろりと撫でる。
あ、あの空気が帰ってきた。莉子先輩と話した後、電車の中、ここまでの帰り道。あの時と同じ甘い感覚が、この部屋にも充満していく。ゆっくりと手を引かれるまま、悠介くんの隣に腰を下ろす。
「ケーキ喜んでくれてすげー嬉しいし、食ってるところも早く見たいんだけどさ。さっきの続き、聞きたい」
「さっきの続き?」
「牧田に言おうとしてたこと」
「っ、それは……」
どうしよう。それを言うことは、イコール告白になってしまう。
聞きたいという悠介くんの願いを叶えたい。でももしフラれたら、ただの先輩と後輩としてすら一緒にいられなくなるかもしれない。それはすごく怖い。
くちびるを噛んでいると、もう片手も悠介くんに握られてしまった。電車の時みたいに、指先を摘んですりすりと撫でられる。
「真白が言おうとしたこと、こうかなって思ってんのはある。だからあの時焦ったし、止めに入った」
「……焦った?」
「俺の予感が当たってるとしたらすげー嬉しいけど、それは俺がいちばんに聞きたいから。他の誰かじゃなくて」
「……嬉しい? 悠介くんが?」
「うん。真白とふたりで叶えたいことがあるって言ったろ? それが叶う気がしてる」
悠介くんはそう言って、おでこ同士をそっと重ねた。ゆらゆらと首を揺らすから、オレの前髪にもぐりこんで肌同士が触れてしまう。
「あ……っ」
「真白……」
きっと悠介くんは、莉子先輩にオレがなにを言おうとしていたのか、本当に分かっているのだと思う。だとしたら、それを嬉しいと言ってくれるのだとしたら。悠介くんもオレを好き、なのかな。そんな風に思うのは、自惚れだって分かってるけれど――
ずっとずっと、悠介くんが甘い。その目も言葉も仕草も、オレだけに注いでくれている。
本当に自惚れなのかな。そう考えることはむしろ逃げで、ちゃんと受け取らないほうが失礼なんじゃないかな。だってこんなに触れてまで、オレの言葉を求めてくれている。
「緊張する?」
「……うう、すごくします」
「はは、だよな。じゃあ、俺から言っていい?」
「えっ?」
「さっきたまたまあの現場に遭遇したから、聞きたいなんて言ったけど。元々、自分から言うつもりだった」
「……ゆ、悠介く」
「確信持てたらって前に言ったけど……真白も同じかもって思えたから。もう言いたい」
「……っ、待って、待って悠介くん」
もしも、もしもオレの予感が当たっていたら。悠介くんに好きって言ってもらえるってことだ。そう想像するだけで、いっそう鼓動が速くなってしまう。この小さな部屋じゃ、反響して悠介くんにも聞こえてしまいそうだ。
「言っちゃダメ?」
「ダメじゃない、ダメじゃないけど……オレと一緒やったら、すごいことすぎるから……言われるのも、緊張する」
「うん、なんか分かるかも。でも、俺もっと真白と仲良くなりたい」
額をそっと離して、オレの頬を両手で包みこむ。もうこれじゃ、目を逸らして逃げることもできない。いや、逃げちゃダメなんだ。悠介くんもきっと、同じくらい緊張している。その顔を見れば分かる。オレを思いやる言葉ばかりくれるのに、眉間がくしゅっと寄っていて、不安そうにしているから。
「っ、悠介くん」
名前を呼んで、悠介くんの手にオレも手を重ねる。息を飲む小さな音が、悠介くんから聞こえる。
「オレも、オレも悠介くんと、もっと仲良くなりたいです」
「真白……好きだよ。すげー好き」
「っ、オレも! オレも好きです。悠介くんが、大好き」
「…………」
「…………」
「あー……すげー緊張した」
「悠介くん……」
脱力した悠介くんが抱きついてきて、オレもそれを受け止める。恋心を打ち明け合って、たしかに今まででいちばんドキドキしているのに。お互いに安堵があるのか、こんなにくっついているのにくすくすと笑みが零れてくる。
「あー……真白も同じ気持ちで、マジでよかった」
「あの……ふたりで叶えたいことって、両想いになることだったんですか?」
「そう。俺、頑張ってたろ?」
「あ……教室に迎えにきてくれたりとか、あーんしてくれたりとか?」
「そう」
「あれ、すごく嬉しかったしドキドキしてました」
「効果てきめんだった?」
「ですね。でも……」
「でも?」
言葉を切ったら、腕が少しほどけて顔を覗きこまれた。言うのは緊張するけど、オレだってちゃんとそれを乗り越えたい。これから先、何度だって伝えたいことだから。
「その前から、オレも好きでした」
「っ、はは、そっか。すげー嬉しい」
「だから、悠介くんはどういうつもりでしてくれとるとやろって、そういうドキドキもしてました」
「そっか。ちなみに、これからもするからな。迎えもあーんも、他にも色々」
「え……へへ、オレ、贅沢者ですね」
「頑張るっつっても単に俺がしたくてしてるし、俺の願いばっか叶ってる気がするけどな」
「そんなことないですよ。オレも全部嬉しいので」
「……なあ、真白ももっとないの。今日誕生日なんだし、ワガママ言ってよ」
「ワガママ? ワガママ……」
オレの顔をじいっと見ながら、ベッドに肘をついた悠介くんがもう片手でオレの頬に触れてくる。それから親指で、くちびるのすぐ横をゆったりと撫でられる。ああ、ワガママを言わなきゃなのに、そんなことをされたら頭が回らなくなってしまう。もうこのまま、触れていてほしいかも。悠介くんのゆっくりとしたまばたき、妖艶に上がるくちびるの端。反射的にごくんと鳴った自分の喉に、もうどうにでもなれ、なんて思った時。ふと視界に映ったものに、オレは大きな声を上げた。
「っ、あ! ケーキ! ケーキ食べてない!」
「は……? ふ、そう来たか。今そういう空気じゃなかった気がすんだけど」
「だっ、だって!」
「まあ、真白のそういうところもすげー好き」
「ひっ、ひえ……ドキドキしすぎて心臓止まりそうやけん、お手柔らかにお願いします……」
「そのワガママだけは聞いてやれないかも」
「こやん贅沢して本当によかとかなあ……」
「いいんだよ、誕生日なんだから」
「あっ、ホイップはまだそのままにしといてください! “ましろくん”のプレートも。それ以外のところで!」
「はは、おっけー」
あの後、じゃあ気を取り直してケーキを食べようということになって。そうだ包丁を忘れていたんだと腰を上げたオレだったけど。悠介くんと1秒も離れたくなくて立ち尽くしてしまったら、悠介くんが提案してくれた。ホールケーキ、そのまま食ってみる? って。誰もが一度は憧れたことがあるんじゃないかな、少なくともオレはある。それを悠介くんと叶えられるなんて、こんな最高なことはない。そう思ったわけだけど。そうだった、悠介くんは手作りのお菓子をオレにあーんしてくれるのだったと思い出す。誕生日ケーキも例に漏れずで、オレに拒否権はないらしい。もちろん、拒否する気もないけれど。
「じゃあ、こんな感じ?」
「おっきい……」
いちごの部分に一旦フォークを入れて、悠介くんはそこにトッピングを集めていく。ピンクと水色のアラザン、星のかたちのチョコレートにビオラのエディブルフラワー。フォークの上に、ひとくちでは食べられなさそうなくらい大きなケーキが乗っている。
「真白、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます! あー……ん。んん! んふ、おいひい」
それでもひとくちでチャレンジしてみたら、やっぱり口の周りに生クリームがついてしまった。それを指で拭いつつも、顔がふにゃふにゃになるのを止められない。大好きな人が自分のために作ってくれたケーキがこんなにもおいしくて、オレは今世界一の幸せ者だ。
「悠介くん、すっごくおいしいです! 今まで食べたケーキでいちばんおいしか……」
「マジ? 真白がうまそうに食ってくれて、俺も最高」
「あの、悠介くんも食べてください! いやオレが食べてって言うとはおかしかけど、本当においしいので」
ふたりでおいしいねって言い合えたら、オレはいよいよ宇宙一幸せかも。そんなことを考えながら、じゃあ次はオレがあーんしようとフォークを手に取る。オレも悠介くんがしてくれたみたいに、トッピングを全部集めよう。そう決めてケーキにフォークを入れようとした時。ふと手元が翳った。
「真白」
「…………? はい」
顔を上げたら、悠介くんの顔がすぐそばにあった。何事かと思ったら、今度は大きな手がオレの顔に伸びてきた。くちびるを端から端まで撫でられて、なんと悠介くんはその指を口に含んでしまった。
「なっ! ゆ、悠介く、なんばしよっと!?」
「クリームついてたから取った」
「えっ!? さ、さっきオレ、自分で取ったとに!」
「んー? まだついてたな」
「うそぉ……恥ずかしか……」
「そんなに?」
「そんなにですよぉ……口についとったとも、それば悠介くんが食べたとも……」
今、顔が真っ赤な自覚がある。ケーキを取る前で本当によかった。危うく落とすところだった。一旦フォークは置いて、顔を両手で覆う。
そんなオレに、悠介くんはフォローを入れてくれるどころか、トドメを刺してきた。
「ふうん。どうせそこまで恥ずかしがるんなら、取るの指じゃなくてもよかったかもな」
「…………? 指じゃなくてって?」
「んー? 口でってこと」
指先で自分のくちびるを示しながらの、爆弾発言だ。もしオレがマンガの世界の住人だったら、ボンと音を立てて顔から火が出ていたと思う。
「ゆ、悠介くん、勘弁してください〜……」
「やっぱダメだった?」
「ダ、ダメとかじゃなかけど……」
「へえ。ダメじゃないんだ?」
「へ……あ」
くちびるの端で勝ち気にほほ笑んで、悠介くんの顔が近づいてくる。オレは固まったみたいに動けない。ううん、動けないんじゃない。動きたくないんだ。その先を望んでしまっているから。
「嫌だったら言って。真白が嫌なことは絶対しないから」
「……っ、言わない。だって、嫌じゃなかもん」
「真白……」
クラクラと頭が眩むのを感じながら、そっと目を閉じる。やわらかくてとびきり優しいキスが、そっと頬に触れた。ああ、夢みたいだな。涙がこみ上げてきてそっと鼻をすすったら、今度は目尻にキスをしてくれた。至近距離で目が合って、またゆっくりと距離が縮まる。ついにくちびる同士が触れ合って、オレは悠介くんにしがみつく。
「悠介くん……大好き」
「ん、俺も」
いつまでだってくっついていたいのを我慢して、ケーキを食べましょうと提案した。だって、悠介くんにも早くケーキを食べてほしい。オレももっともっと、たくさん食べたい。
「こんな感じですかね?」
「さすがにデカすぎねえ?」
「オレの時もこんくらいありましたよ」
「そうだっけ」
トッピング全部乗せで掬ったケーキを、悠介くんに差し出す。本当にこのくらいあったと思うんだけどな。悠介くんがたじろいでいて、ちょっと新鮮だ。好きな人にイタズラしたい気持ち、ちょっと分かってしまったかもしれない。
「はい、あーんしてください」
「……あー」
大きく開けられた悠介くんの口に、慎重にケーキを運ぶ。あ、悠介くんがオレにいつもあーんしたがる気持ちも分かったかも。けれどやっぱり、口周りにクリームがついてしまった。
「へへ、ついちゃいましたね」
「だから言っただろ……」
「これもお揃いということでお願いします」
「ふうん……じゃあ、これ真白が取らなきゃな」
「……へ?」
オレの手にあるフォークをするりと奪って、皿に置かれてしまった。何事かと思えばそのまま腕を引かれ、顔がグッと近づく。
「はい、どうぞ」
「……っ、ほんとに?」
「ほんとに」
「く、口で?」
「真白がしたいほうで」
「ええっ! それはずるかですよぉ……」
不思議だなあと思う。大好きな人が自分のことも好きでいてくれて、恋人になった。心臓がいくつあっても足りない気がする。
「真白、早く」
「うう……じゃあ、いきますよ」
「ん」
悩みに悩んだ末に顔を近づけて、くちびるの端っこについたクリームをパクっと食べる。
「はは、顔真っ赤」
「うう、見らんでも自分で分かります……」
「甘かった?」
「……はい、甘いです。でも……」
「でも?」
首を傾げる悠介くんの口元には、まだクリームが残っている。そこに指をすべらせて拭っていく。うん、きれいに取れた。ちょっと悩んで、さっきの悠介くんみたいに指を舐め取る。
「まだついてました」
「……たしかに、これされんのちょっと恥ずかしいかもな」
「はは、ですよね」
悠介くんは、とびきり優しい人だ。出逢ってからのいつを振り返ったって、目で手で言葉で、悠介くんはオレを甘やかしていた。それはもれなく今日も、きっと、いや絶対明日からも。変わらないってオレには分かる。それこそ自惚れだとしたって、悠介くんはそういう人だと思うから。
「悠介くん、えっと、クリームはもう取れたんですけど……」
「うん」
オレも同じくらい、いやそれ以上にだって、悠介くんに優しさや甘い想いを渡せたらいいな。
とりあえず今日は、こんな風に。
「もう1回、キス、してもいいですか」
「うん。俺もしたいって思ってた」
最寄り駅で下りてゆっくり歩いていると、辺りにはほとんど人がいなくなった。家路を急ぐ人ばかりなのだろう。さっきまで指先を触れ合わせていたのに、ふたりだけになると途端に恥ずかしさが襲ってきた。
「えっと、パンダまんがいちばんの目当てやったとですけど、無事に食べられて!」
「写真送ってくれたもんな。かわいかったよ」
「ですよね! かわいすぎて、ちょっと食べるの躊躇しましたもん」
「いや、パンダじゃなくて真白がな」
「へっ」
今日の出来事を話すことで、その恥ずかしさをごまかそうとしたのだけど。悠介くんがすぐに、甘い空気を連れ戻してしまう。
そんなの、困る。だって、願望のまま期待を抱いてしまいそうだから。さっき悠介くんが言っていた“好きな人”は、オレなんじゃないかって。期待なんかしたら、その分だけ落ちこむことになるのに。
「ただいまー。って、誰もいないんですけどね」
「お邪魔します。親の仕事遅いんだ?」
「遅いっていうか、実は今日は、ふたりの結婚記念日なんです」
「マジ? 息子の誕生日と結婚記念日が一緒? すげー偶然だな」
マンションについて、階段で4階へと上がった。悠介くんがこの家にいるなんて、自分で誘ったとは言えすごい光景だ。脱いだ靴を揃える悠介くんを見て、しみじみと思う。
「あんまり聞かないですよね。それで、今まではオレの誕生日と結婚記念日を一緒に祝ってて、ふたりは今年もそのつもりだったみたいなんですけど。たまにはふたりでごはん行ってきなよって言ったんです。オレももう高校生だし」
「へえ。でも寂しかったんじゃねえ? 誕生日にひとりって」
リビングへと悠介くんを案内し、オレはそのままキッチンへと入り食器棚を開けた。たしか、ケーキを食べるのにちょうどいいオシャレな皿があったはずだ。
「んー、もしかしたらそうだったのかもです。でも、悠介くんに来てもらえたんで。オレナイス判断だったなって感じです」
「はは、そっか。じゃあ……しばらくはふたりっきりなんだな」
「っ、そういうこと、に、なりますね」
それはなるべく考えないようにしていたのに。悠介くんも気づいていたみたいだ。つい声が上擦ったけれど、見つけた皿とフォークを持って振り返る。
「えっと! そこ座ってください! ケーキ食べ……っ」
「真白」
「っ、悠介くん……」
思った以上に近くに悠介くんがいた。それだけじゃない。オレの行き先を阻むように、壁に片手をついている。
「真白の部屋で食べるのってあり? 部屋見たい」
「……は、い。もちろんです」
悠介くんがこの家にいる。それだけでもこの胸は、ドキドキして仕方なかったのに。オレがいつも過ごしているこの狭い部屋に、悠介くんがいるなんて。きちんと意識しないと、呼吸すら忘れてしまいそうだ。
「ここが真白の部屋か」
「あ、あんま見らんでください……」
「なんで。きれいにしてんじゃん。あ、ホイップ。飾ってくれてんだな」
「それはもちろんです! 飾ってるっていうか、いつも抱っこして一緒に寝てます」
「マジか。役得だな、ホイップは」
「…………? 役得?」
どういう意味だろう。首を傾げたオレの手に、ただただほほ笑む悠介くんがケーキの箱を乗せた。そうだ、悠介くんお手製のケーキを早く食べたい。
「開けてもいいですか!?」
「もちろん」
この部屋にはシングルのベッドと、それから本棚とローテーブルしかない。ベッドに寄りかかって床に座るのが、オレのお決まりのスタイルだ。悠介くんにも座ってもらって、テーブルにそっと箱を乗せる。
「ドキドキしますね」
「そうか?」
「だって、悠介くんがオレに作ってくれたケーキとか、特別すぎますもん」
差しこんである横のフラップを、慎重に開く。膝立ちになってそっとトレイを引き出しケーキを目にしたオレは、いよいよ息が止まってしまった。
「っ、悠介くん……」
「うん」
「ホイップが……ホイップが乗っとります」
「ん、だな。ホイップクリームで作れたらよかったんだけど、さすがに持ち運んだらダレちゃうだろうから、今回はメレンゲでクッキーにしてみた」
「すごすぎる……」
真っ白の体はホイップクリームのように絞られていて、目元には小さくカットされたドレンチェリー。どこから見てもホイップで、ちょこんと座ってこちらを見上げている。かわいい、かわいすぎる。オレ、食べられないかもしれない。
ホイップのメレンゲクッキーだけでもたまらないのに、全体のデコレーションにも感動せずにはいられない。
「悠介くんのお誕生日ケーキとそっくりだ」
「気づいた?」
「もちろんです。すぐに分かりました。一緒に飾りつけできて楽しかったし、もう何回も写真見返してるので」
「俺も。新しくとも思ったんだけど、お揃いにしたくなった」
「っ、最高すぎます」
だめだ、涙がこみ上げてきた。悠介くんに出逢って、一体何度泣いただろう。みっともないなと思うのに、止められない。悠介くんがオレの感情を揺さぶって仕方ないのだ。
悠介くんの前では、ごまかすのは無駄だともう分かっている。ぐすんと鼻を鳴らして、さあ食べようと思ったところで気づく。カットするための包丁を持ってきていない。
「ちょっと待っててください。今包丁持ってきますね」
「真白、待って」
「っ、悠介くん?」
立ち上がろうとしたオレの手を、悠介くんがきゅっと握った。指先が、オレの肌をそろりと撫でる。
あ、あの空気が帰ってきた。莉子先輩と話した後、電車の中、ここまでの帰り道。あの時と同じ甘い感覚が、この部屋にも充満していく。ゆっくりと手を引かれるまま、悠介くんの隣に腰を下ろす。
「ケーキ喜んでくれてすげー嬉しいし、食ってるところも早く見たいんだけどさ。さっきの続き、聞きたい」
「さっきの続き?」
「牧田に言おうとしてたこと」
「っ、それは……」
どうしよう。それを言うことは、イコール告白になってしまう。
聞きたいという悠介くんの願いを叶えたい。でももしフラれたら、ただの先輩と後輩としてすら一緒にいられなくなるかもしれない。それはすごく怖い。
くちびるを噛んでいると、もう片手も悠介くんに握られてしまった。電車の時みたいに、指先を摘んですりすりと撫でられる。
「真白が言おうとしたこと、こうかなって思ってんのはある。だからあの時焦ったし、止めに入った」
「……焦った?」
「俺の予感が当たってるとしたらすげー嬉しいけど、それは俺がいちばんに聞きたいから。他の誰かじゃなくて」
「……嬉しい? 悠介くんが?」
「うん。真白とふたりで叶えたいことがあるって言ったろ? それが叶う気がしてる」
悠介くんはそう言って、おでこ同士をそっと重ねた。ゆらゆらと首を揺らすから、オレの前髪にもぐりこんで肌同士が触れてしまう。
「あ……っ」
「真白……」
きっと悠介くんは、莉子先輩にオレがなにを言おうとしていたのか、本当に分かっているのだと思う。だとしたら、それを嬉しいと言ってくれるのだとしたら。悠介くんもオレを好き、なのかな。そんな風に思うのは、自惚れだって分かってるけれど――
ずっとずっと、悠介くんが甘い。その目も言葉も仕草も、オレだけに注いでくれている。
本当に自惚れなのかな。そう考えることはむしろ逃げで、ちゃんと受け取らないほうが失礼なんじゃないかな。だってこんなに触れてまで、オレの言葉を求めてくれている。
「緊張する?」
「……うう、すごくします」
「はは、だよな。じゃあ、俺から言っていい?」
「えっ?」
「さっきたまたまあの現場に遭遇したから、聞きたいなんて言ったけど。元々、自分から言うつもりだった」
「……ゆ、悠介く」
「確信持てたらって前に言ったけど……真白も同じかもって思えたから。もう言いたい」
「……っ、待って、待って悠介くん」
もしも、もしもオレの予感が当たっていたら。悠介くんに好きって言ってもらえるってことだ。そう想像するだけで、いっそう鼓動が速くなってしまう。この小さな部屋じゃ、反響して悠介くんにも聞こえてしまいそうだ。
「言っちゃダメ?」
「ダメじゃない、ダメじゃないけど……オレと一緒やったら、すごいことすぎるから……言われるのも、緊張する」
「うん、なんか分かるかも。でも、俺もっと真白と仲良くなりたい」
額をそっと離して、オレの頬を両手で包みこむ。もうこれじゃ、目を逸らして逃げることもできない。いや、逃げちゃダメなんだ。悠介くんもきっと、同じくらい緊張している。その顔を見れば分かる。オレを思いやる言葉ばかりくれるのに、眉間がくしゅっと寄っていて、不安そうにしているから。
「っ、悠介くん」
名前を呼んで、悠介くんの手にオレも手を重ねる。息を飲む小さな音が、悠介くんから聞こえる。
「オレも、オレも悠介くんと、もっと仲良くなりたいです」
「真白……好きだよ。すげー好き」
「っ、オレも! オレも好きです。悠介くんが、大好き」
「…………」
「…………」
「あー……すげー緊張した」
「悠介くん……」
脱力した悠介くんが抱きついてきて、オレもそれを受け止める。恋心を打ち明け合って、たしかに今まででいちばんドキドキしているのに。お互いに安堵があるのか、こんなにくっついているのにくすくすと笑みが零れてくる。
「あー……真白も同じ気持ちで、マジでよかった」
「あの……ふたりで叶えたいことって、両想いになることだったんですか?」
「そう。俺、頑張ってたろ?」
「あ……教室に迎えにきてくれたりとか、あーんしてくれたりとか?」
「そう」
「あれ、すごく嬉しかったしドキドキしてました」
「効果てきめんだった?」
「ですね。でも……」
「でも?」
言葉を切ったら、腕が少しほどけて顔を覗きこまれた。言うのは緊張するけど、オレだってちゃんとそれを乗り越えたい。これから先、何度だって伝えたいことだから。
「その前から、オレも好きでした」
「っ、はは、そっか。すげー嬉しい」
「だから、悠介くんはどういうつもりでしてくれとるとやろって、そういうドキドキもしてました」
「そっか。ちなみに、これからもするからな。迎えもあーんも、他にも色々」
「え……へへ、オレ、贅沢者ですね」
「頑張るっつっても単に俺がしたくてしてるし、俺の願いばっか叶ってる気がするけどな」
「そんなことないですよ。オレも全部嬉しいので」
「……なあ、真白ももっとないの。今日誕生日なんだし、ワガママ言ってよ」
「ワガママ? ワガママ……」
オレの顔をじいっと見ながら、ベッドに肘をついた悠介くんがもう片手でオレの頬に触れてくる。それから親指で、くちびるのすぐ横をゆったりと撫でられる。ああ、ワガママを言わなきゃなのに、そんなことをされたら頭が回らなくなってしまう。もうこのまま、触れていてほしいかも。悠介くんのゆっくりとしたまばたき、妖艶に上がるくちびるの端。反射的にごくんと鳴った自分の喉に、もうどうにでもなれ、なんて思った時。ふと視界に映ったものに、オレは大きな声を上げた。
「っ、あ! ケーキ! ケーキ食べてない!」
「は……? ふ、そう来たか。今そういう空気じゃなかった気がすんだけど」
「だっ、だって!」
「まあ、真白のそういうところもすげー好き」
「ひっ、ひえ……ドキドキしすぎて心臓止まりそうやけん、お手柔らかにお願いします……」
「そのワガママだけは聞いてやれないかも」
「こやん贅沢して本当によかとかなあ……」
「いいんだよ、誕生日なんだから」
「あっ、ホイップはまだそのままにしといてください! “ましろくん”のプレートも。それ以外のところで!」
「はは、おっけー」
あの後、じゃあ気を取り直してケーキを食べようということになって。そうだ包丁を忘れていたんだと腰を上げたオレだったけど。悠介くんと1秒も離れたくなくて立ち尽くしてしまったら、悠介くんが提案してくれた。ホールケーキ、そのまま食ってみる? って。誰もが一度は憧れたことがあるんじゃないかな、少なくともオレはある。それを悠介くんと叶えられるなんて、こんな最高なことはない。そう思ったわけだけど。そうだった、悠介くんは手作りのお菓子をオレにあーんしてくれるのだったと思い出す。誕生日ケーキも例に漏れずで、オレに拒否権はないらしい。もちろん、拒否する気もないけれど。
「じゃあ、こんな感じ?」
「おっきい……」
いちごの部分に一旦フォークを入れて、悠介くんはそこにトッピングを集めていく。ピンクと水色のアラザン、星のかたちのチョコレートにビオラのエディブルフラワー。フォークの上に、ひとくちでは食べられなさそうなくらい大きなケーキが乗っている。
「真白、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます! あー……ん。んん! んふ、おいひい」
それでもひとくちでチャレンジしてみたら、やっぱり口の周りに生クリームがついてしまった。それを指で拭いつつも、顔がふにゃふにゃになるのを止められない。大好きな人が自分のために作ってくれたケーキがこんなにもおいしくて、オレは今世界一の幸せ者だ。
「悠介くん、すっごくおいしいです! 今まで食べたケーキでいちばんおいしか……」
「マジ? 真白がうまそうに食ってくれて、俺も最高」
「あの、悠介くんも食べてください! いやオレが食べてって言うとはおかしかけど、本当においしいので」
ふたりでおいしいねって言い合えたら、オレはいよいよ宇宙一幸せかも。そんなことを考えながら、じゃあ次はオレがあーんしようとフォークを手に取る。オレも悠介くんがしてくれたみたいに、トッピングを全部集めよう。そう決めてケーキにフォークを入れようとした時。ふと手元が翳った。
「真白」
「…………? はい」
顔を上げたら、悠介くんの顔がすぐそばにあった。何事かと思ったら、今度は大きな手がオレの顔に伸びてきた。くちびるを端から端まで撫でられて、なんと悠介くんはその指を口に含んでしまった。
「なっ! ゆ、悠介く、なんばしよっと!?」
「クリームついてたから取った」
「えっ!? さ、さっきオレ、自分で取ったとに!」
「んー? まだついてたな」
「うそぉ……恥ずかしか……」
「そんなに?」
「そんなにですよぉ……口についとったとも、それば悠介くんが食べたとも……」
今、顔が真っ赤な自覚がある。ケーキを取る前で本当によかった。危うく落とすところだった。一旦フォークは置いて、顔を両手で覆う。
そんなオレに、悠介くんはフォローを入れてくれるどころか、トドメを刺してきた。
「ふうん。どうせそこまで恥ずかしがるんなら、取るの指じゃなくてもよかったかもな」
「…………? 指じゃなくてって?」
「んー? 口でってこと」
指先で自分のくちびるを示しながらの、爆弾発言だ。もしオレがマンガの世界の住人だったら、ボンと音を立てて顔から火が出ていたと思う。
「ゆ、悠介くん、勘弁してください〜……」
「やっぱダメだった?」
「ダ、ダメとかじゃなかけど……」
「へえ。ダメじゃないんだ?」
「へ……あ」
くちびるの端で勝ち気にほほ笑んで、悠介くんの顔が近づいてくる。オレは固まったみたいに動けない。ううん、動けないんじゃない。動きたくないんだ。その先を望んでしまっているから。
「嫌だったら言って。真白が嫌なことは絶対しないから」
「……っ、言わない。だって、嫌じゃなかもん」
「真白……」
クラクラと頭が眩むのを感じながら、そっと目を閉じる。やわらかくてとびきり優しいキスが、そっと頬に触れた。ああ、夢みたいだな。涙がこみ上げてきてそっと鼻をすすったら、今度は目尻にキスをしてくれた。至近距離で目が合って、またゆっくりと距離が縮まる。ついにくちびる同士が触れ合って、オレは悠介くんにしがみつく。
「悠介くん……大好き」
「ん、俺も」
いつまでだってくっついていたいのを我慢して、ケーキを食べましょうと提案した。だって、悠介くんにも早くケーキを食べてほしい。オレももっともっと、たくさん食べたい。
「こんな感じですかね?」
「さすがにデカすぎねえ?」
「オレの時もこんくらいありましたよ」
「そうだっけ」
トッピング全部乗せで掬ったケーキを、悠介くんに差し出す。本当にこのくらいあったと思うんだけどな。悠介くんがたじろいでいて、ちょっと新鮮だ。好きな人にイタズラしたい気持ち、ちょっと分かってしまったかもしれない。
「はい、あーんしてください」
「……あー」
大きく開けられた悠介くんの口に、慎重にケーキを運ぶ。あ、悠介くんがオレにいつもあーんしたがる気持ちも分かったかも。けれどやっぱり、口周りにクリームがついてしまった。
「へへ、ついちゃいましたね」
「だから言っただろ……」
「これもお揃いということでお願いします」
「ふうん……じゃあ、これ真白が取らなきゃな」
「……へ?」
オレの手にあるフォークをするりと奪って、皿に置かれてしまった。何事かと思えばそのまま腕を引かれ、顔がグッと近づく。
「はい、どうぞ」
「……っ、ほんとに?」
「ほんとに」
「く、口で?」
「真白がしたいほうで」
「ええっ! それはずるかですよぉ……」
不思議だなあと思う。大好きな人が自分のことも好きでいてくれて、恋人になった。心臓がいくつあっても足りない気がする。
「真白、早く」
「うう……じゃあ、いきますよ」
「ん」
悩みに悩んだ末に顔を近づけて、くちびるの端っこについたクリームをパクっと食べる。
「はは、顔真っ赤」
「うう、見らんでも自分で分かります……」
「甘かった?」
「……はい、甘いです。でも……」
「でも?」
首を傾げる悠介くんの口元には、まだクリームが残っている。そこに指をすべらせて拭っていく。うん、きれいに取れた。ちょっと悩んで、さっきの悠介くんみたいに指を舐め取る。
「まだついてました」
「……たしかに、これされんのちょっと恥ずかしいかもな」
「はは、ですよね」
悠介くんは、とびきり優しい人だ。出逢ってからのいつを振り返ったって、目で手で言葉で、悠介くんはオレを甘やかしていた。それはもれなく今日も、きっと、いや絶対明日からも。変わらないってオレには分かる。それこそ自惚れだとしたって、悠介くんはそういう人だと思うから。
「悠介くん、えっと、クリームはもう取れたんですけど……」
「うん」
オレも同じくらい、いやそれ以上にだって、悠介くんに優しさや甘い想いを渡せたらいいな。
とりあえず今日は、こんな風に。
「もう1回、キス、してもいいですか」
「うん。俺もしたいって思ってた」



