ダウナー先輩のあまい条件

七原(ななはら)くんってさ、毎日世良(せら)先輩とお昼食べてるの?」
「うん」
「ねえねえ、先輩って怖くないの?」
「え? 怖い?」
「めっちゃイケメンだけどさ、笑ってるところ見たことないし。ダウナー系って言うの? いつも気だるそうじゃん。そこがまたイケメンなんだけど!」
「お前ずっとイケメンって言ってんな」
「だーってイケメンで超モテモテじゃん! あんな美形滅多にいないよ?」
「そうそう。あんたらも見習いなー?」
「はー? 顔の造りなんか見習いようがねえだろ。なあ? 七原」
「う、うん。そうかも?」

 オレのクラスでの生活は、転校初日からは考えられないほどに一変した。世良先輩がこの教室にやってきて、オレのことを“よろしく”と言ってくれてからだ。

 移動教室の時なんかは、飯田(いいだ)くんたちが一緒に行こうと誘ってくれる。休み時間になると、誰かしらが必ず話しかけてくれる。女子たちは特に、世良先輩のことが気になっているらしい。みんなの中にある先輩のイメージはオレの感覚と全然違っていて、ちょっと不思議だ。


「へえ、クラスのヤツらと上手くやれてんだ。確か来月くらいに、1年は遠足で横浜行くよな? よかったじゃん」
「遠足で横浜? 近くの公園とかじゃなくてですか?」
「公園に遠足で行くのは、さすがに小学校くらいまでじゃね?」
「そうなんですか!? やっぱ都会だあ……楽しみかも」
「楽しみって思えてよかったな」

 10月になって、体育館横のスペースには涼しい風が入ってくるようになった。今日のオレから先輩へのお弁当には、今朝作ったハムカツが入っている。もちろん、先輩が気に入っているたまご焼きも忘れずに。そして先輩にもらったお菓子は、なんとスイートポテトだ。早く食べたい。

「あ、ほんとだ。先輩がよろしくって言ってくれたおかげです」
「俺のあれはきっかけにすぎねえよ。その後、真白(ましろ)が頑張ったんだろ」
「う……頑張れてるかって言われたら、あんま自信なかとですけどね」
「なんで?」
「んー、まだ緊張します。先輩と喋る時は、訛ってることももう気にしとらんとですけど……クラスだと、ちょっと気が張っちゃうというか」
「ふうん……」

 美味しい美味しいとオレの弁当を食べてくれる先輩を眺めつつ、気弱な部分が顔を出したオレは指先でそっと頬を掻く。すると、落とした視線を追うようにして先輩が覗きこんできた。

「わっ。先輩?」
「じゃあ、そのちょっと方言混じってんのも俺限定?」
「えっ……あれ、混じってます?」
「うん、ちょくちょく。な?」

 先輩はそう言って、オレのスマホへと視線を移した。画面には、ケンちゃんと沢っちが大きく頷く様子が映る。

<ですね!>
<そんくらい、真白は先輩に気を許しとるとでしょうね>
「言われてみればそうかも……」

 思い返せば、たしかにそうだった気がする。ほとんど無意識だった。つい呆けてしまうオレを見て、先輩はふわっと笑ってオレの頭をぽんぽんと撫でる。

 そう、こんなところだ。みんなが言う先輩への、ちょっと怖いというイメージはしっくりこない。つまりそれは、先輩の優しいところややわらかい笑顔をみんなは知らないということだ。オレだけに見せてくれているのかな。そう思うと、先輩が毎日くれるお菓子みたいな、甘い感覚が胸に広がっていく。

 この感覚は何なんだろう。ちょっと不思議で、なぜか鼓動は速くなって、頬が緩むのを抑えられない。

 そこまで考えたところで、なんだか恥ずかしくなってきた。それを誤魔化したくて、弁当をかきこむように食べる。

「真白? どうした、そんな急いで食って」
「えっ!? えーっと……そうだ、先輩ってモテモテなんですね」

 まさか、先輩のことを考えたらドキドキしたんです、なんて言うわけにはいかない。必死に話題を探したけど、口から出てきたのはやっぱり先輩のことだった。

「なんだよ、どうした急に」
「クラスのみんなが言ってました。納得しかなかです」
「ふうん……そういうの、うぜーんだよな。好きだなんだ言われたところで、俺のなにを知ってんだか」
「…………」

 もしかしたら、もしかしなくても。話題を間違えてしまったようだ。モテて嫌なことがあるだなんて、平凡でそんな経験のないオレには想像もつかなかった。ごめんなさいと言おうと口を開いたら、先輩はなぜか困ったようにそっと笑った。

「うぜーって、思ってたんだけどなあ」
「…………? モテるのが嬉しくなったってことですか?」
「嬉しくなったわけじゃねぇけど。人のこと言えなくなったなって」
「…………」

 あぐらについた頬杖にあごを乗せ、先輩はオレをじいっと見つめている。ほほ笑んでくれているのに、オレはなにも言葉が出てこない。

 もしかすると先輩は、恋をしているのだろうか。想像すると、胸の中に苦い感覚が走った。なんだろう、これ。理由も分からないのに、無性に切ない。この感覚を早く逃がしたくて、オレは最後のおかずをひとくちで頬張った。

「あ、真白。そんな慌てて食うなって。喉に詰まんぞ」
「う……その、早くスイートポテト食べたくなっちゃって」
「え? ふ、マジか。でもまだ時間あるんだし、ゆっくり食えって。な?」
「……はい」

 早くスイートポテトを食べたくなったのは、本当だ。甘い味に浸りながら、先輩の優しいところをたくさん思い返したい。そうしたらきっとまた、胸は甘さでいっぱいになる気がするから。この妙な苦々しさはなにかの間違いだって、教えてくれるはずだ。


「七原、今日は委員会なんだっけ」
「うん。飯田くんは部活だよね」
「だなー。サッカー頑張ってきますわ。じゃあまた明日なー」
「うん、ばいばい」

 放課後になった。教室を出る時、飯田くんとお互いに手を振るのがお決まりになってきている。新しい日常にオレの心はちゃんとウキウキするんだと、いったん立ち止まって確認する。

 うん、もう大丈夫そうだ。あの妙な苦い感覚は、消えてくれた気がする。スイートポテトの効果はバツグンだったみたいだ。

 気を取り直して、中庭へと向かう。今月になってもらった緑化委員の当番表には、オレの名前もちゃんとあった。それが嬉しかったのを覚えている。今日は新しく花を植えるらしく、ほとんどの委員が来るはずだと山下先輩が言っていた。

 靴を片手に、校舎内を進む。中庭へ向かうには、こうしたほうが近道できると最近気づいた。転校してから1ヶ月が過ぎて、この高校の生徒に少しずつなれているのだとこんな時にも実感できる。

 昇降口から2棟へと続く、渡り廊下へと差しかかった時だった。

「あ」

 という声がふと耳に止まった。そちらに顔を向けると、とある人とバッチリ目が合った。オレの口からも

「あ……」

 と声が漏れる。莉子(りこ)先輩だ。1年の教室前で会った以来だけど、オレのことを覚えているのだろうか。きゅっと寄せられた眉間が明らかにオレを捉えていて、縫い留められたみたいに体が動かない。

「ねえ」
「っ、えっと、オレですか?」
「そう。ちょっと話せる?」
「はい……」

 そろそろ緑化委員の集まりの時間だけれど、断れる雰囲気じゃない。莉子先輩のどこか張り詰めた空気に、釣られるようにごくんと唾を飲みこむ。廊下の端に寄って、莉子先輩は壁にもたれかかった。

「単刀直入に言うけどさ。私、世良のことが好きなんだよね」
「……っ」

 莉子先輩がオレに声をかける理由なんて、世良先輩のこと以外にないだろうと予想はついていた。恋をしているのだろうことも。けれど、その想いを打ち明けられるとは思ってもみなかった。戸惑うオレに構わず、莉子先輩は先を続ける。

「結構いい感じだと思うんだ。世良はツンツンしてるけど、女子の中では私がいちばん仲良いと思うし。放課後とか休みの日に遊ぶことだってあるしね」
「……そうなんですね」

 莉子先輩の言葉に、なんだか胸がざわつき始める。そうか、莉子先輩は世良先輩とたくさんの時間を過ごしているんだ。そもそも学年が同じだとしたって、オレなんかとは比べものにならない。だってオレは、昼休み以外に先輩と一緒に過ごしたことはないから。

 世良先輩も誰かに恋をしているようだったけれど。もしかして、相手は莉子先輩だったりするのだろうか。

「昼休みは世良がすぐあんたのとこ行っちゃうから……ねえ、名前なんだっけ」
「……七原、です」
「七原くんね。昼休みはもうしょうがないかなって諦めてるけどさ。これ以上は邪魔しないでもらえる?」
「っ、邪魔……」
「私、世良と絶対付き合いたいの」
「…………」

 刺々しい言葉と、綺麗に彩られた先の強い眼に射抜かれる。莉子先輩は本気なんだ。

 でも、オレだって――オレだって、なんだ?

 咄嗟に浮かんだ言葉の先が、自分でもよく分からない。でもひとつだけ確かなことはある。世良先輩との時間を大切に思っている、ということだ。確かに、世良先輩が昼休みは真白と過ごすのだと宣言してくれた時、莉子先輩の邪魔になっているのかなと考えたりもした。でもやっぱり、あの夢みたいなひと時をそんな言葉で表現されたくない。靴を持つ手に、ぎゅっと力が入る。

「あのっ、オレ……!」
「話はそれだけ。今のうちに言っておこうと思っただけだから」

 言い返そうとしたけれど、話は済んだとばかりに莉子先輩はすぐに踵を返してしまう。悔しくても、ただただ廊下の先に消えていく背中を見送ることしかできなかった。


 胸の中に、払っても払いきれないモヤがかかったみたいだ。こんな時に、世良先輩に会えたらいいのになあ、なんて思う。あの優しい顔で「どうした?」って聞いてもらえたら、ただそれだけで平気になってしまう気さえする。

 でも今は、凹んでばかりもいられない。緑化委員の集まりへ向かうところだった。重たい心を抱えてトボトボと進んだオレは、目に映った光景に思わず大きな声を上げてしまった。

「えっ、世良先輩!?」
「お、真白。遅かったな」
「はい、ちょっと人と話してて……って、先輩は何しよっとですか?」
「なにって、花に水やりだな」
「ええ、なんで?」
「なんでだろうな?」

 緑化委員の人たちが集まっているそばで、世良先輩がじょうろを持っている。オレの頭の上には、きっとクエスチョンマークがたくさん浮かんでいるだろう。首を傾げてばかりのオレを見て、世良先輩はくすくすと笑っている。

「珍しい人が来たと思ってたら、七原くんと仲がいいんだ」
「山下先輩。遅くなってすみません」
「七原くん、こんにちは。全然平気だよ」
「あの、世良先輩はどうしてここに?」

 当の本人の世良先輩はどこか楽しそうにオレを見つつ、花に水をかけている。事情を知っていそうな山下先輩に尋ねるほうが早そうだ。

「世良くんも緑化委員の一員だからね。一応」
「えっ、そうだったんですか!? でも、当番表に世良先輩の名前はなかったような?」
「書いたところで来ないから、人数に入れてなかったの」
「なるほど……」
「まあでも、気が変わったみたいね? とりあえず、全員揃ったし始めよっか! あ、世良くん。知らなかったかもしれないけど、今日は水やりのための集まりじゃないからね」
「……ちっ」

 世良先輩は2年生なのに、3年生の山下先輩に堂々と舌打ちをする。それにオロオロするのはどうやらオレだけで、山下先輩は意にも介していないようだ。

 胸を撫で下ろしていると、世良先輩がオレの頭をぽんと撫でた。

「真白、どうかしたか? なんか元気ない気がするけど」
「っ、先輩……平気です!」
「ほんとか?」
「はい! 思いがけず先輩に会えたので、元気もりもりです!」
「ふ、なんだそれ」

 先輩が「どうした?」って聞いてくれたらなあなんて、想像していたことが実現してびっくりしてしまった。おかげで本当に、さっきモヤモヤした胸が凪いでいくのを実感している。それどころか、鼓動が速くなっている気さえする。

「それじゃあ今日はパンジーとビオラの苗、それからチューリップの球根を植えたいと思います。私たち3年生は、これを持って緑化委員を引退となります。張り切ってやりましょう!」

 そうか、3年生の人たちは今日までなのか。山下先輩以外とはほぼ話したこともないけれど、今日がいい日になるようにと気が引き締まる。

 山下先輩が、役割を全員に振っていく。

「ふたりはチューリップの担当ね。七原くん、世良くんがちゃんとやるか見張りもお願いね」
「はい! ……ん? 見張り?」
「……うぜー。行くぞ、真白」
「あ、はい!」

 見張りだなんてと思いつつ、持ち場につく。チューリップの球根を受け取ったオレたちは、プランターがズラッと並べられた場所にしゃがみこむ。底に砂利を敷いて土を入れたら、浅めに球根を植えるらしい。

「世良先輩はお花が好きなんですか?」

 作業を進めつつ、気になったことを先輩に尋ねてみる。まさか、先輩が緑化委員だとは夢にも思わなかった。

「いや、全然。担任に勝手に入れられた。委員くらいやれっつって」
「そうだったんですね」
「真白は? 花好きなのか?」
「オレも正直、特に興味はなかったです。でも先生に、緑化委員なら入れるけどどうするかって言われて。誰とも話せないままなのかもって悩んでたから、いいきっかけになるかもって入ってみました」
「へえ、偉いな」
「偉いかは分かんないですけど……でも、入ってよかったなって思ってます」
「そうなんだ?」

 委員の仕事に全く顔を出さない。入ったのも、担任に勝手にそうされただけ。先輩はそう言うけれど、その割に無駄のない手つきに、オレも頑張ろうと奮い立たせられる。世良先輩を見張るどころか、見習うところばかりだ。

「はい。だってあの時、世良先輩が倉庫に隠れに来た時……ここで花に水をあげてなかったら、多分今も先輩と知り合ってなかったですもん。それって、すごい怖いなって」

 言葉にしながら、ああ、本当にそうだなあと噛みしめる。

 あの日から、オレの学校生活はガラリと変わった。先輩と出逢ったからだ。そうじゃなかったら今頃、教室でもまだ縮こまって、楽しいなんて感覚を忘れてしまっていたかもしれない。

 それになにより、ただただ先輩と過ごす時間が好きだ。出逢わなくたって、すぐに世良悠介(ゆうすけ)という人をオレは知ったのだろう。でも先輩は、きっとオレなんて目にも留めない。他のみんなみたいに世良先輩のことを、かっこいいけど近寄りがたい人、なんて思ったのかもしれない。こんなに優しい人なのに。それを知らないままのオレだったはずだ。

 そこまで考えたところで、先輩の手が止まっていることに気づく。顔を上げると、思った以上に近くに先輩の顔があった。

「わっ、びっくりした!」
「真白」
「…………? 先輩?」
「俺もよかったよ、真白に会えて。面倒だった委員に出ようと思うくらい、俺の中で真白ってデカいから」
「先輩……」

 今、宝ものみたいな言葉をもらった気がする。オレの手もつい止まってしまって、遠くのほうから「そこのふたりー、ちゃんとやってねー」との山下先輩の注意が聞こえてくる。きっと、オレと世良先輩のことだ。頭では分かっているのに、世良先輩の綺麗な三白眼に吸いこまれそうになっていた時。

「マジでちゃんとやってんじゃん!」
「おー、マジだ。世良、どしたん?」

 なんて大きな声が、校舎の向こうから聞こえてきた。途端に世良先輩の眉間がグッと寄せられて、声の主たちを捉える。世良先輩の睨みに臆することなく、ふたりの男子生徒がオレたちのそばへとやってきた。

「んだよお前ら、来んじゃねえよ」
「だーって、なあ? 世良が委員会出るとか、そんな面白いもの見ないわけにいかねえだろ」
「それな」
「はあ……最悪」

 世良先輩の瞳に映るのが、オレじゃなくなってしまった。それが無性に寂しかったから、オレはすぐに気づかなかった。世良先輩の友だちと、オレも面識があるということに。

「あれ? お前、もしかしてあの時のちんちくりん?」
「……へ? あっ」
「おー、ほんとだ。なに、もしかしてお前ら仲良いの?」

 思い出した。世良先輩と出逢った日、世良先輩を探していたふたりだ。あの時は世良先輩の味方をして、ふたりに嘘をついている。バレたら怒られるんじゃないだろうか。内心怯えていると、世良先輩と目が合う。すると先輩は人差し指を口元に当ててみせた。あの時みたいに、けれどさりげなく。その仕草に呼応するように、胸がきゅうと音を立てる。

「ちんちくりんとか言うなよ。コイツは一年の七原真白。真白、こっちが山辺(やまべ)でそっちは吉野(よしの)。覚えなくてもいいぞ」
「山辺先輩と、吉野先輩。えっと、世良先輩にはお世話になってます。よろしくお願いします」
「おー、世良と仲がいいとは思えない礼儀の良さだな。よろしく」
「よろしくなー、真白ー」
「ちょっと待った。山辺、なに真白って呼んでんだよ」
「なにって、世良に倣ってるだけだけど?」
「倣うな。名字にしろ。いや、できれば呼ぶな」
「ええー、なにその独占欲……びっくりじゃね? なあ吉野」

 先輩たちの会話を聞きながら、オレ最近変なのかもしれない、と感じ始める。先輩といると胸に甘い感覚が広がったり、さっきみたいにきゅうと音がしたり、ドキドキしたり。一体オレはどうしちゃったんだろう。真白と呼ぶなとワガママみたいなことを言われていることだって、無性に嬉しくなってしまう。

「確かに世良にしては珍しいな。他人に執着してんの。でも納得だわ。だから急に委員に出るとか言い始めたんだ? 七原クンがいるから?」
「まあな」
「あ! もしかして昼休みすぐに消えるのも? 七原クンが理由なわけ!?」
「だなー」
「どこで食ってんの?」
「内緒。な、真白」
「えっ! えっと、はい」

 山辺先輩には悪いなと思いつつ、世良先輩を肯定する以外に選択肢はない。そんなオレを見て、世良先輩は満足そうにほほ笑む。すると吉野先輩が、世良先輩とオレの顔を交互に見つめて頷いた。

「へえ、こりゃ思った以上に仲良いな」
「な! こんなんなら、そりゃあ莉子ちゃんのセリフも納得って感じだなー! 1年に世良盗られたーって言ってたもんな」
「はっ、しょーもな」
「……っ」

 山辺先輩が口にした莉子先輩の名に、オレは思わず息を飲む。世良先輩と会えた嬉しさに、さっきの出来事を忘れてしまっていた。

「真白? どうした?」
「……いえ、なんでも」
「本当か?」
「本当です」

 俯いてしまっていたら、世良先輩が顔を覗きこんできた。莉子先輩とのことを話すわけにもいかず、嘘をついてしまった。罪悪感に世良先輩の顔を見られずにいたら、

「七原くーん、世良くーん、ちゃんと手も動かしてねー!」

 との山下先輩の声が再び聞こえてきた。ついに名指しで注意されてしまった。

「はーい!」

 正直なところ、助かった。世良先輩の気を逸らせるかもしれない。山下先輩に返事をして、改めて作業に取りかかる。

「怒られちゃいましたね」
「だな。やるか」

 砂利を敷いて、土を入れたところで止まっていた。ひとつのプランターに、世良先輩と一緒に球根を植えていく。このチューリップが咲く春の頃、世良先輩と一緒に見られるだろうか。

「山辺、俺らはそろそろ帰るか」
「だなー。七原クンと話せて満足したし!」

 作業に没頭していたら、オレたちの隣にしゃがんでいた、吉野先輩と山辺先輩が立ち上がった。

「さっさと帰れ」

 と言いながら、世良先輩はシッシッと手を振っている。オレは会釈をして、けれど数歩進んだところですぐに山辺先輩が振り返った。

「そうだ世良、日曜は集まるんだよな?」
「日曜?」
「今週のだよ。莉子ちゃん、張り切ってたぞー」
「……ちっ」

 再び莉子先輩の名前が出てきて、オレは思わず身構える。世良先輩は項垂れながら、どこか不機嫌な声で答える。

「俺、どうするとかなんも言ってねえんだけど」
「今年も昨年のメンツでって思ってんじゃねえの? カラオケとか行ったじゃん」

 日曜になにかあるのだろうか。世良先輩は山辺先輩や吉野先輩、それから莉子先輩とどこかへ出かけるのかな。気になるけど、ただの後輩でしかないオレが口を挟めるわけもない。莉子先輩のあの言葉も頭に響く。邪魔をしないで、って。ここでオレがしゃしゃり出ることこそ間違いなく、邪魔に値するだろう。

「はあ……まあ、そうだったな。覚えてるよ。でも俺は……」

 世良先輩の言葉が途切れる。不思議に思っていると、頭をもたげた先輩と目が合った。じいっとオレを見て、なにか言いたげにくちびるを開いて、でもきゅっと閉じられてしまった。どうしたのだろうか。首を傾げてみたけど、世良先輩の視線は山辺先輩へと移る。

「日曜は、ちょっとやりたいことあんだよ」
「そうなん?」
「ああ。だから山辺も吉野も、予定空けなくていい」
「ふうん、了解。でもあれだぞ、莉子ちゃんには世良から言ってやれよ」
「……はあ、分かった。そうする」

 今度こそ、山辺先輩と吉野先輩は帰っていった。それを見送って、また作業に戻る。世良先輩の口数が減ったのが気になるけど、目が合うと先輩は必ず「どうした?」とほほ笑んでくれる。なんでもないです、と答えるしかオレにはできなくて。ただ黙々と、チューリップの球根をプランターに植えていった。