「先輩、全員集まったみたいです。始めましょう」
「はあ……マジで俺がやらなきゃダメ? 裏番長的な立場でいいんだけど」
「でも……先輩が立候補したとですよね? 頑張りましょう。オレもサポート頑張るので」
「…………」
春が巡ってきて悠介くんは3年生、オレは2年生になった。一昨日の入学式で新1年生も入ってきて、今日はさっそく緑化委員会の顔合わせが行われる。場所は2棟と3棟の間。春の風がやわらかく吹いていて、心地のいい放課後だ。
緑化委員の委員長をやる、と悠介くんに言われた時は本当に驚いた。卒業した山下先輩曰く、昨年も途中まで全てサボっていたとのことだったのに。他でもない、その山下先輩になぜか勧められたらしい。いくら予想外だったところで、『俺が委員長やるから真白は副委員長やって』との言葉に、断る理由はもちろんなかったわけだけれど。
隣に立つ悠介くんを見上げると、心底気だるそうにしている。これじゃあきっと、1年生たちにもダウナー系のイケメンだと噂されるのだろうな。それはいいとしても、せめて怖いという印象は持たれないように、とオレは思うわけで。
悠介くんのやる気を引き出す方法はなにかないかな。数秒考えて、悠介くんの袖を引っ張り耳元に手を添える。
「悠介くん」
「……っ」
周りに人がいる時は、世良先輩と呼ぶようにしている。だからだろう、悠介くんが息を飲んだのが分かった。
「今日のお弁当、ミルフィーユカツ作ってみました。あとはアスパラベーコンと、もちろんたまご焼きも入ってます」
「っ、マジか」
新年度が始まったばかりの今日はまだ3時間授業で、本来なら昼食は持参せず下校の日だけれど。悠介くんの家に一緒に帰って、オレの作った弁当を食べる予定になっている。その後は、悠介くんが目の前でプリンを作ってくれるらしい。おやつの3時がすでに待ち遠しい。
「さんきゅ、やる気出た。5秒で終わらせる」
顔を上げた悠介くんが、オレの頭をぽんと撫でる。よかった、オレのお弁当が効果を発揮してくれたみたいだ。顔がにやけるのをどうにか抑えながら、オレも姿勢を正す。
「緑化委員委員長の、世良悠介です」
悠介くんのたったひと声で、雑談をしていたみんなの視線が一瞬で集まった。カリスマって、悠介くんみたいな人のことを言うのだろうな。
花壇には今、ネモフィラやポピーが咲いている。学校の門や昇降口前などを、秋に植えたチューリップたちが彩っている。来週には、1年生との親交がてらミリオンベルを植える予定だ。
「本当は委員長って柄じゃねえんだけどな。はい、次真白」
「へ!? もう!? えっと……副委員長の七原真白、です! 2年生です、よろしくお願いします!」
びっくりした。5秒とまではいかなくても、悠介くんは本当に手短に済ませてしまった。オレも慌てて挨拶をして、頭を下げる。すると、悠介くんがオレの肩を抱き寄せた。
「へ……」
「俺と真白はニコイチだから」
「え!? ちょっ、ゆ……じゃなくて、世良先輩!? 急になに言って……」
「委員長として言いたいことはそれだけ。あとは、サボらない程度にやってくれればいい」
金魚みたいに口をぱくぱくするオレだけにしか聞こえない声で、「サボるなって俺が言えたことじゃねぇけどな」と悠介くんが笑う。
恐る恐る委員のみんなを見れば、ぽかんとした顔をしている。そりゃあそうなるよな。なにを見せられてるんだって思ってるのだろう。オレも同じようなもので、でも悠介くんはなんだかご機嫌だ。
「まあ、適当言ったけど……俺は、一応去年から緑化委員やってて。今年もやろうと思うくらいには、いいことあった。1年経った時、ひとりでも多くそう思える委員会になったらいいんじゃねえかな」
「先輩……」
「じゃあ、マジで今日はこれで終わり。解散」
悠介くんの言葉に、思わずジーンとしてしまった。でもそれに浸る暇もなく、悠介くんが解散の号令をかける。みんな、悠介くんのことをどう思っただろう。ちょっと不安もあって、つい聞き耳を立てる。
「最初、委員長ちょっと怖いかもって思っちゃった」
「分かる。でも楽しそうじゃない?」
「うんうん、活動楽しみ」
校舎内に戻る1年の子たちの会話に、ほっと胸を撫で下ろす。すると、頭をぽんと撫でられた。悠介くんだ。
「悠介くん。さっきの挨拶、オレ感動しました」
「そう?」
「はい。今1年の子たちも、活動楽しみだって言ってましたよ。オレ、緑化委員に入ってよかったなってよく思うですけど。悠介くんもいいことがあったんですね」
「ああ、あれは真白のことな」
「……へ?」
いつの間にか悠介くんはオレのリュックを持っていて、早く帰ろうと言わんばかりにオレの手を引く。ついていきながらも、オレはその言葉の意味が気になって仕方ない。
「真白が入ってなかったら、そもそも幽霊委員だったしな。興味なかったのに、真白と花植えたり水かけたりして、楽しかった。そういう意味」
「わあ……」
「はは、照れてる?」
「そりゃ照れますよお……」
赤いだろう顔を片手で隠しながら、もう片手を引かれるままに歩く。すると、
「げ」
というひと言と一緒に悠介くんが立ち止まった。どうしたのだろうと顔を上げると、山辺先輩と吉野先輩、それから莉子先輩が立っていた。
「お前ら……なにやってんだよ、こんなところで」
「見学してた。世良が委員長やってんとこ」
「はあ? 見世物じゃねえぞ」
「だーって面白ぇもん!」
「最悪……」
うんざりとした顔をしながらも、少し吹き出した悠介くんは山辺先輩と吉野先輩に軽くパンチを入れた。
悠介くんは3年生になる直前、お菓子作りが好きなことをふたりに打ち明けたらしい。パティシエを目指すことを決め、どうしたって進路の話が出る3年になるのだからと、決意ができたのだそうだ。拍子抜けした、と悠介くんは笑っていた。山辺も吉野もあっけらかんと「へえ、そうなんだ」と言っていた、と。
その後から、3人は以前より仲良くなっている気がする。そう言ったら悠介くんは、真白のおかげだなんて言ってくれた。そんなことはないと思うけれど――飯田くんたちと仲良くなれたのは悠介くんのおかげだ、とオレが思っているのと同じことなのかなあ、なんて。そう考えたら、無性に嬉しかった。
「牽制されてたじゃん」
「莉子先輩。えっと、牽制って?」
「えー、本人が気づいてないとか……世良も不憫だわ」
「ええ!? どういう意味ですか!? 教えてください……」
オレと莉子先輩は、なんだかんだと話すことが増えた。最近は新しく気になる人ができたらしく、相談されることもある。オレのことなんか顔も見たくないだろうなと考えていたから、本当にありがたい。
実は、莉子先輩だけがオレと悠介くんの関係を知っている。他の人たちには今のところ、ただ仲のいい先輩後輩だと思われているようだ。
「ちょっとこっち」
「はい!」
莉子先輩に手招かれ、悠介くんたちと少し距離を取る。
「さっき、世良が七原くんのことをニコイチって言ってたじゃん? あんな大勢の前で」
「はい」
「今日は今年の緑化委員の初日だったんでしょ?」
「そうなんですよ……」
「それが牽制なの。七原くんは俺のだから手出すなよって、世良は宣言したってこと」
「っ、そうなんですか!?」
「いや、それ以外ないでしょ」
「ええー……」
まさか、そういうことだとは思いつかなかった。やばい、顔が熱くなってきた。パタパタと手で扇いでいると、後ろから腕を引っ張られた。体が傾くよりも先に、誰かの腕に背後から抱きとめられる。悠介くんだ。しかもあろうことか、両頬を挟むようにふにっと片手でつままれ、上から覗きこまれる。
「ゆ……っ、先輩!? あのっ」
「なに顔赤くしてんだよ」
「へ……な、なにって」
「牧田と話して、なんでそんな顔してんだって聞いてる」
「そっ、それは……」
「それは?」
どうしよう、困った。先輩たちの前でこんなに密着した上に、なんで赤いかだなんて。しかも、悠介くんはむすっとしている。助けを求めようと莉子先輩を見たら、お手上げポーズをされてしまった。
「せ、世良先輩が……」
「うん、俺が?」
「さっきみんなの前でオレをニコイチって言ったの、委員のみんなへの牽制だよって、莉子先輩が……」
「へえ、なるほど。それ聞いて照れたってこと?」
「うう、そうです……」
どうやら悠介くんは満足してくれたようで、オレへのホールドを解いた。かと思えば悠介くんのほうへと体をくるっと回されて、頭を撫でたかと思えば頬を両手で包まれる。こんなことをされたら、オレの恋心が暴れ回ってしまうのに。
「せ、先輩……これ恥ずかしかあ……」
「牧田の言ってることは当たり。先に言っとかないと、新入りたちに真白を取られるかもしれないだろ」
「そ、そんなこと有り得ませんって……」
「真白はなんも分かってねえな。有り得んの。真白は人に好かれるタイプだからな」
「ええ……そやんことないと思いますけど……」
同意を求めようと、オレは悠介くんの両手の中で視線を巡らせる。山辺先輩に吉野先輩、それから莉子先輩。けれどなぜかみんな、うんうんと頷いている。
「七原くんって、なんか放っておけないんだよね」
「分かる! 子犬っぽい感じ?」
「癒されるところあるよな。雰囲気が」
「ええー……」
「ほらな」
悠介くんは嬉しそうに、ドヤ顔をしてみせる。ちなみに手を離す気はないらしく、両手でオレの頬をもにもにと揉んで遊んでいる。オレが悠介くんを好きってこと、忘れてないよね? ドキドキして仕方ない。
「ついでだから、真白が多分知らないこと、もう一個教えてやる」
「…………? オレが知らないことですか?」
「俺が委員長になった理由」
「えっ! 知りたいです!」
「それ俺も気になってた!」
「はいはい、俺もー」
「私はなんとなく想像ついてるけどねー」
ずっと気になっていたことだった。立候補したという割に、やる気でいっぱい! というわけでもなさそうだったから。
「言われたんだよ、前の委員長に。委員長になったら、水やりのシフト決められるよって」
「はい」
「だから、やることにした」
「はい。……え、それが理由ですか?」
「真白、また緑化委員やりたいって言ってたろ。じゃあ俺も続けて、同じ日に入れるように自分で決めようと思って」
「……っ!」
「あ、真白の顔熱くなった」
ああもう、悠介くんはどうしてそんなことを言ってしまうのだろう。しかも、みんなの前で。すごく困る。この空気、一体どうすればいいのだろう。悠介くんに未だ包まれたままの顔を、どうにか俯けるしか手がない。
「え、莉子ちゃん予想当たってた?」
「うん、そんなことだろうと思ってた」
「マジ!? すげーね!? あー、でもまあ、納得ではあるよな。世良ってなんつうの、七原クンといる時だけやけに空気が緩むっつうか?」
「甘いよな。やってんことも、雰囲気も」
「そうそれ! 七原クン限定の、甘い世良!」
「へえ、吉野も山辺もそういうの分かるんだ」
「あれは分かるだろ。俺らの前とは違いすぎ」
3人の会話は、オレと悠介くんにもちゃんと聞こえている。なのに悠介くんは、瞳を細めてオレだけを見ている。こんなことしてたら、付き合ってるってバレちゃいますよ。そう伝えればいいのにしないのだから、オレはズルいヤツなのだろう。だって、離れたくない。ふたりきりだったらキスしてた。
「じゃあ私はそろそろ帰るね。友だちと約束あるし」
「俺らも帰るかあ! 面白いもん見れたし!」
「だな。まあ、本人には聞こえてないみたいだけど」
山辺先輩と吉野先輩、それから莉子先輩が帰っていく。オレは手を振ったけど、悠介くんは見向きもしなかった。
「悠介くん……」
「んー?」
山辺先輩たちが、悠介くんが甘いのはオレ限定だと言っていた。そうか。オレがいつも感じている甘さは、オレだけのものなんだ。オレ自身もたしかにそう感じていたはずなのに、第三者に言葉にされると堪らないものがある。
「真白? 顔、また熱くなってきてる。どうした?」
「悠介くん、オレ……」
「うん」
「大好き」
「っ、真白……」
「早く、悠介くんの家帰ろ? それで……」
「それで?」
悠介くんの袖を引く。そばに人はいないけど、こんなこと、内緒話じゃないと伝えられない。
「キス、したいです。いっぱい」
「……っ、あー、マジか」
悠介くんの甘い甘い心を、たっぷりもらっている。オレだって、甘い甘い気持ちを悠介くんにあげたい。溺れるくらいに、全部だ。
「……ダメですか?」
「ダメなわけねえだろ。むしろ、今すぐここでしたいくらい。あー……無理。真白、こっち」
「わっ、悠介くん?」
悠介くんがオレの手を引いて、元来た道を引き返す。どこに行くのかと思ったら、緑化委員会が道具を置いている倉庫へと入った。悠介くんがしゃがみこむ。出逢った日、隠れてそうしていたように。
「真白、おいで」
手を引かれ、オレも悠介くんの前にしゃがみこむ。
「真白」
悠介くんの顔がゆっくりと近づいてくる。ああ、キスしてくれるんだ。さっそく叶えてくれる優しさに、鼻の奥がツンと痛みはじめる。
「悠介くん……好き」
「俺も。好きだよ、真白」
キスの合間に好きだよと言ってくれる。息継ぎのために離れたら、
「いっぱいすんだろ?」
と悪戯にほほ笑まれた。
「……っ」
本当に、体が弾けてしまいそうなくらいに好きだ。首に腕を回してしがみつく。誰にもあげたくない、絶対に。
「いっぱいする。悠介くん、早く」
「ん……」
遠くのほうから、誰かの賑やかな声がする。かすかに香る春の花の匂い、思い出の倉庫。五感はたしかに働いているのに、オレは目の前の人だけに夢中だ。
オレだけの、とびきり甘い先輩に。
「はあ……マジで俺がやらなきゃダメ? 裏番長的な立場でいいんだけど」
「でも……先輩が立候補したとですよね? 頑張りましょう。オレもサポート頑張るので」
「…………」
春が巡ってきて悠介くんは3年生、オレは2年生になった。一昨日の入学式で新1年生も入ってきて、今日はさっそく緑化委員会の顔合わせが行われる。場所は2棟と3棟の間。春の風がやわらかく吹いていて、心地のいい放課後だ。
緑化委員の委員長をやる、と悠介くんに言われた時は本当に驚いた。卒業した山下先輩曰く、昨年も途中まで全てサボっていたとのことだったのに。他でもない、その山下先輩になぜか勧められたらしい。いくら予想外だったところで、『俺が委員長やるから真白は副委員長やって』との言葉に、断る理由はもちろんなかったわけだけれど。
隣に立つ悠介くんを見上げると、心底気だるそうにしている。これじゃあきっと、1年生たちにもダウナー系のイケメンだと噂されるのだろうな。それはいいとしても、せめて怖いという印象は持たれないように、とオレは思うわけで。
悠介くんのやる気を引き出す方法はなにかないかな。数秒考えて、悠介くんの袖を引っ張り耳元に手を添える。
「悠介くん」
「……っ」
周りに人がいる時は、世良先輩と呼ぶようにしている。だからだろう、悠介くんが息を飲んだのが分かった。
「今日のお弁当、ミルフィーユカツ作ってみました。あとはアスパラベーコンと、もちろんたまご焼きも入ってます」
「っ、マジか」
新年度が始まったばかりの今日はまだ3時間授業で、本来なら昼食は持参せず下校の日だけれど。悠介くんの家に一緒に帰って、オレの作った弁当を食べる予定になっている。その後は、悠介くんが目の前でプリンを作ってくれるらしい。おやつの3時がすでに待ち遠しい。
「さんきゅ、やる気出た。5秒で終わらせる」
顔を上げた悠介くんが、オレの頭をぽんと撫でる。よかった、オレのお弁当が効果を発揮してくれたみたいだ。顔がにやけるのをどうにか抑えながら、オレも姿勢を正す。
「緑化委員委員長の、世良悠介です」
悠介くんのたったひと声で、雑談をしていたみんなの視線が一瞬で集まった。カリスマって、悠介くんみたいな人のことを言うのだろうな。
花壇には今、ネモフィラやポピーが咲いている。学校の門や昇降口前などを、秋に植えたチューリップたちが彩っている。来週には、1年生との親交がてらミリオンベルを植える予定だ。
「本当は委員長って柄じゃねえんだけどな。はい、次真白」
「へ!? もう!? えっと……副委員長の七原真白、です! 2年生です、よろしくお願いします!」
びっくりした。5秒とまではいかなくても、悠介くんは本当に手短に済ませてしまった。オレも慌てて挨拶をして、頭を下げる。すると、悠介くんがオレの肩を抱き寄せた。
「へ……」
「俺と真白はニコイチだから」
「え!? ちょっ、ゆ……じゃなくて、世良先輩!? 急になに言って……」
「委員長として言いたいことはそれだけ。あとは、サボらない程度にやってくれればいい」
金魚みたいに口をぱくぱくするオレだけにしか聞こえない声で、「サボるなって俺が言えたことじゃねぇけどな」と悠介くんが笑う。
恐る恐る委員のみんなを見れば、ぽかんとした顔をしている。そりゃあそうなるよな。なにを見せられてるんだって思ってるのだろう。オレも同じようなもので、でも悠介くんはなんだかご機嫌だ。
「まあ、適当言ったけど……俺は、一応去年から緑化委員やってて。今年もやろうと思うくらいには、いいことあった。1年経った時、ひとりでも多くそう思える委員会になったらいいんじゃねえかな」
「先輩……」
「じゃあ、マジで今日はこれで終わり。解散」
悠介くんの言葉に、思わずジーンとしてしまった。でもそれに浸る暇もなく、悠介くんが解散の号令をかける。みんな、悠介くんのことをどう思っただろう。ちょっと不安もあって、つい聞き耳を立てる。
「最初、委員長ちょっと怖いかもって思っちゃった」
「分かる。でも楽しそうじゃない?」
「うんうん、活動楽しみ」
校舎内に戻る1年の子たちの会話に、ほっと胸を撫で下ろす。すると、頭をぽんと撫でられた。悠介くんだ。
「悠介くん。さっきの挨拶、オレ感動しました」
「そう?」
「はい。今1年の子たちも、活動楽しみだって言ってましたよ。オレ、緑化委員に入ってよかったなってよく思うですけど。悠介くんもいいことがあったんですね」
「ああ、あれは真白のことな」
「……へ?」
いつの間にか悠介くんはオレのリュックを持っていて、早く帰ろうと言わんばかりにオレの手を引く。ついていきながらも、オレはその言葉の意味が気になって仕方ない。
「真白が入ってなかったら、そもそも幽霊委員だったしな。興味なかったのに、真白と花植えたり水かけたりして、楽しかった。そういう意味」
「わあ……」
「はは、照れてる?」
「そりゃ照れますよお……」
赤いだろう顔を片手で隠しながら、もう片手を引かれるままに歩く。すると、
「げ」
というひと言と一緒に悠介くんが立ち止まった。どうしたのだろうと顔を上げると、山辺先輩と吉野先輩、それから莉子先輩が立っていた。
「お前ら……なにやってんだよ、こんなところで」
「見学してた。世良が委員長やってんとこ」
「はあ? 見世物じゃねえぞ」
「だーって面白ぇもん!」
「最悪……」
うんざりとした顔をしながらも、少し吹き出した悠介くんは山辺先輩と吉野先輩に軽くパンチを入れた。
悠介くんは3年生になる直前、お菓子作りが好きなことをふたりに打ち明けたらしい。パティシエを目指すことを決め、どうしたって進路の話が出る3年になるのだからと、決意ができたのだそうだ。拍子抜けした、と悠介くんは笑っていた。山辺も吉野もあっけらかんと「へえ、そうなんだ」と言っていた、と。
その後から、3人は以前より仲良くなっている気がする。そう言ったら悠介くんは、真白のおかげだなんて言ってくれた。そんなことはないと思うけれど――飯田くんたちと仲良くなれたのは悠介くんのおかげだ、とオレが思っているのと同じことなのかなあ、なんて。そう考えたら、無性に嬉しかった。
「牽制されてたじゃん」
「莉子先輩。えっと、牽制って?」
「えー、本人が気づいてないとか……世良も不憫だわ」
「ええ!? どういう意味ですか!? 教えてください……」
オレと莉子先輩は、なんだかんだと話すことが増えた。最近は新しく気になる人ができたらしく、相談されることもある。オレのことなんか顔も見たくないだろうなと考えていたから、本当にありがたい。
実は、莉子先輩だけがオレと悠介くんの関係を知っている。他の人たちには今のところ、ただ仲のいい先輩後輩だと思われているようだ。
「ちょっとこっち」
「はい!」
莉子先輩に手招かれ、悠介くんたちと少し距離を取る。
「さっき、世良が七原くんのことをニコイチって言ってたじゃん? あんな大勢の前で」
「はい」
「今日は今年の緑化委員の初日だったんでしょ?」
「そうなんですよ……」
「それが牽制なの。七原くんは俺のだから手出すなよって、世良は宣言したってこと」
「っ、そうなんですか!?」
「いや、それ以外ないでしょ」
「ええー……」
まさか、そういうことだとは思いつかなかった。やばい、顔が熱くなってきた。パタパタと手で扇いでいると、後ろから腕を引っ張られた。体が傾くよりも先に、誰かの腕に背後から抱きとめられる。悠介くんだ。しかもあろうことか、両頬を挟むようにふにっと片手でつままれ、上から覗きこまれる。
「ゆ……っ、先輩!? あのっ」
「なに顔赤くしてんだよ」
「へ……な、なにって」
「牧田と話して、なんでそんな顔してんだって聞いてる」
「そっ、それは……」
「それは?」
どうしよう、困った。先輩たちの前でこんなに密着した上に、なんで赤いかだなんて。しかも、悠介くんはむすっとしている。助けを求めようと莉子先輩を見たら、お手上げポーズをされてしまった。
「せ、世良先輩が……」
「うん、俺が?」
「さっきみんなの前でオレをニコイチって言ったの、委員のみんなへの牽制だよって、莉子先輩が……」
「へえ、なるほど。それ聞いて照れたってこと?」
「うう、そうです……」
どうやら悠介くんは満足してくれたようで、オレへのホールドを解いた。かと思えば悠介くんのほうへと体をくるっと回されて、頭を撫でたかと思えば頬を両手で包まれる。こんなことをされたら、オレの恋心が暴れ回ってしまうのに。
「せ、先輩……これ恥ずかしかあ……」
「牧田の言ってることは当たり。先に言っとかないと、新入りたちに真白を取られるかもしれないだろ」
「そ、そんなこと有り得ませんって……」
「真白はなんも分かってねえな。有り得んの。真白は人に好かれるタイプだからな」
「ええ……そやんことないと思いますけど……」
同意を求めようと、オレは悠介くんの両手の中で視線を巡らせる。山辺先輩に吉野先輩、それから莉子先輩。けれどなぜかみんな、うんうんと頷いている。
「七原くんって、なんか放っておけないんだよね」
「分かる! 子犬っぽい感じ?」
「癒されるところあるよな。雰囲気が」
「ええー……」
「ほらな」
悠介くんは嬉しそうに、ドヤ顔をしてみせる。ちなみに手を離す気はないらしく、両手でオレの頬をもにもにと揉んで遊んでいる。オレが悠介くんを好きってこと、忘れてないよね? ドキドキして仕方ない。
「ついでだから、真白が多分知らないこと、もう一個教えてやる」
「…………? オレが知らないことですか?」
「俺が委員長になった理由」
「えっ! 知りたいです!」
「それ俺も気になってた!」
「はいはい、俺もー」
「私はなんとなく想像ついてるけどねー」
ずっと気になっていたことだった。立候補したという割に、やる気でいっぱい! というわけでもなさそうだったから。
「言われたんだよ、前の委員長に。委員長になったら、水やりのシフト決められるよって」
「はい」
「だから、やることにした」
「はい。……え、それが理由ですか?」
「真白、また緑化委員やりたいって言ってたろ。じゃあ俺も続けて、同じ日に入れるように自分で決めようと思って」
「……っ!」
「あ、真白の顔熱くなった」
ああもう、悠介くんはどうしてそんなことを言ってしまうのだろう。しかも、みんなの前で。すごく困る。この空気、一体どうすればいいのだろう。悠介くんに未だ包まれたままの顔を、どうにか俯けるしか手がない。
「え、莉子ちゃん予想当たってた?」
「うん、そんなことだろうと思ってた」
「マジ!? すげーね!? あー、でもまあ、納得ではあるよな。世良ってなんつうの、七原クンといる時だけやけに空気が緩むっつうか?」
「甘いよな。やってんことも、雰囲気も」
「そうそれ! 七原クン限定の、甘い世良!」
「へえ、吉野も山辺もそういうの分かるんだ」
「あれは分かるだろ。俺らの前とは違いすぎ」
3人の会話は、オレと悠介くんにもちゃんと聞こえている。なのに悠介くんは、瞳を細めてオレだけを見ている。こんなことしてたら、付き合ってるってバレちゃいますよ。そう伝えればいいのにしないのだから、オレはズルいヤツなのだろう。だって、離れたくない。ふたりきりだったらキスしてた。
「じゃあ私はそろそろ帰るね。友だちと約束あるし」
「俺らも帰るかあ! 面白いもん見れたし!」
「だな。まあ、本人には聞こえてないみたいだけど」
山辺先輩と吉野先輩、それから莉子先輩が帰っていく。オレは手を振ったけど、悠介くんは見向きもしなかった。
「悠介くん……」
「んー?」
山辺先輩たちが、悠介くんが甘いのはオレ限定だと言っていた。そうか。オレがいつも感じている甘さは、オレだけのものなんだ。オレ自身もたしかにそう感じていたはずなのに、第三者に言葉にされると堪らないものがある。
「真白? 顔、また熱くなってきてる。どうした?」
「悠介くん、オレ……」
「うん」
「大好き」
「っ、真白……」
「早く、悠介くんの家帰ろ? それで……」
「それで?」
悠介くんの袖を引く。そばに人はいないけど、こんなこと、内緒話じゃないと伝えられない。
「キス、したいです。いっぱい」
「……っ、あー、マジか」
悠介くんの甘い甘い心を、たっぷりもらっている。オレだって、甘い甘い気持ちを悠介くんにあげたい。溺れるくらいに、全部だ。
「……ダメですか?」
「ダメなわけねえだろ。むしろ、今すぐここでしたいくらい。あー……無理。真白、こっち」
「わっ、悠介くん?」
悠介くんがオレの手を引いて、元来た道を引き返す。どこに行くのかと思ったら、緑化委員会が道具を置いている倉庫へと入った。悠介くんがしゃがみこむ。出逢った日、隠れてそうしていたように。
「真白、おいで」
手を引かれ、オレも悠介くんの前にしゃがみこむ。
「真白」
悠介くんの顔がゆっくりと近づいてくる。ああ、キスしてくれるんだ。さっそく叶えてくれる優しさに、鼻の奥がツンと痛みはじめる。
「悠介くん……好き」
「俺も。好きだよ、真白」
キスの合間に好きだよと言ってくれる。息継ぎのために離れたら、
「いっぱいすんだろ?」
と悪戯にほほ笑まれた。
「……っ」
本当に、体が弾けてしまいそうなくらいに好きだ。首に腕を回してしがみつく。誰にもあげたくない、絶対に。
「いっぱいする。悠介くん、早く」
「ん……」
遠くのほうから、誰かの賑やかな声がする。かすかに香る春の花の匂い、思い出の倉庫。五感はたしかに働いているのに、オレは目の前の人だけに夢中だ。
オレだけの、とびきり甘い先輩に。



