箸先から、恋がはじまる 〜隣の席のイケメンは、なぜか弁当を食わせたがる〜

 二人きりの美術室で、俺――綿谷(わたや) 夏生(なつき)は、今日も目の前の光景に息を呑んでいた。
「うっわぁ……」
 いつにも増して、今日は気合いが入ってる。

 目の前に差し出された箱の中には、肉巻きおにぎりが三つと、ツヤツヤに輝いた卵焼き、きんぴらごぼう、かぼちゃの煮付けに、ミートボール、タコさんウィンナーが詰められていた。
 それぞれを仕切るように置かれた、フリルレタスとミニトマトのおかげで、見た目も鮮やかなお弁当になっている。

 こんなに美味しそうなお弁当を作ったのが目の前の男だとはやっぱり思えず、俺は向かいに座る宮成をこっそりと盗み見た。

 百八十センチを超えるほどの長身に、むかつくほどに長い手足。
 茶色がかった長めの髪の毛は後ろで雑にハーフアップに結ばれている。
 そして、なんといっても端正な顔立ち。男の俺でも、かっこいいと見惚れるほどだ。……不本意だけど。

 目の前に座るのは、宮成(みやなり) (けい)。学校中の誰もが知るイケメンだ。
 そんなイケメンから手作り弁当を作ってもらうようになって、気づけばもう一ヶ月。
 俺はいまだにその現実を、受け入れきれていない。

「あのさ……、これって本当に宮成が作ってんの?」
 n十回目の問いかけに、宮成は眉間をわずかに寄せた。

「……またその話? そこまで疑うなら、今度作ってるとこ動画撮ってきてもいいけど」
 柔らかな口調で、口角を上げながら放たれた言葉に、疑っているわけではないけど……、と小さく呟きながら俺は口をつぐんだ。

 疑っているわけではない。疑っているわけではないけれど、まさかこんなすごい弁当を、自分と同い年の、しかも男が作っているなんて。どうしたって、信じられない。
 だって、こんなクールな顔で、タコさんウィンナーを焼いて、卵焼きをハートの形にするなんて。
 誰が想像できるだろうか。

 見た目も良くて、性格もまぁ良くて、かつ、料理上手。
 神様は一体こいつに何物与えたんだ。……俺には何も与えてくれなかったくせに。
 これだけ完璧ってことは、きっと寝顔が超絶不細工だったり、足がめちゃくちゃ臭いんだろうな。そうであってくれと願わずにはいられない。

「それよりさ、早く食べようよ。今日も絵、描くんでしょ?」
 長めの前髪からチラリと覗かれて、思わずドクンと胸が鳴る。
 イケメンは性別を超えるのかもしれない。男なのに思わずときめいてしまいそうになる胸を必死で抑えながら、俺は小さく頷いた。
 
 弁当を前に二人で向かい合って、手を合わせる。
「「いただきます」」

 箸を手に取り、真っ先に卵焼きを頬張る。
 口に入れた瞬間、バターの香りがふんわりと広がって鼻から抜けていく。
 これこれ。これがうまいんだ。

 宮成の卵焼きは甘くない。塩胡椒のきいたしょっぱい系だ。確か隠し味に粉チーズを入れてるらしい。
 甘いのが得意じゃない俺にとっては、これがたまらない。
 
 口には出さずとも思わず頬を緩めると、向かいで宮成が頬杖をついて、目を細めた。
「うまい?」
「…………」
 うまい、と言えば負けな気がして、思わず押し黙る。
 もぐもぐとひたすらに食べ続け、ミートボールを口に運んだ時、宮成が「あ」と声を漏らした。
 
 どうかしたのかと目を向けると、目の前に急に手が伸びてくる。
 え、何? と言葉を発する前に宮成の声が耳を揺らす。
「口にソースついてるよ」
 宮成は、俺の口端を親指で拭うと、その親指についたソースをペロリと舐めた。
 その光景に、思わず目をギョッと見開く。

「えっ、なっ、まっ……」
 言葉にならない声が漂う。
 周りに女子がいなかったからよかったものを、もし見られていたら、間違いなく放課後呼び出され、尋問が始まっただろう。
 あまりの出来事に硬直していると、宮成がこともなげな様子でにこりと微笑んだ。
「ソース美味しくできててよかった」
「いや、今かよ!……ってそーじゃなくて、おまっ、じ、自分で拭くから! ……普通に口で言えってば!」
 長らく友達がいなかったから知らなかったが、今時の男子高校生の距離感はこんなものなのだろうか。だとしたら心臓に悪い。
 頭を抱えていると、宮成はなぜか目を見開いていた。

「俺に拭って欲しくて、わざとつけてるのかと思った」
「なっ、……んなわけねーだろっ!」 
 誰がそんなあざとい女子みたいなことをするか。こいつといると本当に調子が狂うから嫌なんだ。
「わざとつけるのは俺の前だけにしてね」
 にっこりと微笑まれて、顔に熱が集まる。
「だから、わざとじゃないっつーの!」

 なんでこんなに会話が通じないんだ。
 ふんがふんがしながら、弁当を食べ進めると、向かいからまた視線を感じた。
「……何?」
「うまい?」
 またその質問かと、呆れる。
 誰がうまいなんか言うもんか。半ば意固地になって、顔を背けた、その時――。

 目の前のお弁当をひょこりと持ち上げられた。
「ああ、俺のお弁当……」
 お弁当を目で追うと、その向こう側で、宮成が余裕そうに微笑む。 
「それで、うまい?」
 一体、何回聞くんだ。
 どうやら、うまいと言わなければお弁当は返さないつもりらしい。
 食べ物を人質にとるなんて卑怯だ。
 ぐぬぬ……と宮成を軽く睨みながら、小さく呟く。
「……まい…」
「え?」
 聞こえないなぁと言わんばかりに耳に手を当てて、宮成はこちらに目を向ける。
 完全に俺を揶揄って楽しんでる。
 悔しいけど、弁当のためだと覚悟を決めて息を吸いこむ。
「……うまいよっ! ……正直、めちゃくちゃうまい」
ぶっきらぼうに放った言葉が、しんとした美術室に響いた。

「そっか。嬉しい」
 お弁当を褒められるのがそんなに嬉しいのか、宮成は最上級の笑顔を惜しみなく俺に向けた。
 そういう笑顔は女子に向けろよな、と心の中だけで呟きながら、でも、その笑顔が自分だけに向けられたものだと思うと、ほんのちょっとだけ優越感に浸ってしまう。
 そこまで考えて、優越感?と首を捻った。
 いやいや俺。どうした。相手は男だぞ。
 ……宮成と弁当を食べ始めてから、俺はちょっとおかしい。

「やっぱり愛がこもってるからかな。毎日、綿谷のこと考えながら作ってるもん。隠し味は愛、かな」
「……はいはい」
 宮成の言葉を華麗にスルーしながら、奪われたお弁当を取り戻す。
 この手の冗談が好きな宮成に、何度ドギマギさせられたことか。
 けれど、この関係が始まって一ヶ月。もうそんな冗談くらいで焦る俺ではない。
 
 それにしても、もう一ヶ月にもなるのか。
 俺はミニトマトを口に入れながら、〝あの日〟のことを思い出していた。
 まさか学校一のイケメンに話しかけられて一緒にご飯を食べることになるなんて。
 しかもそのイケメンが甲斐甲斐しくも毎日弁当を作って来てくれるなんて――。
 あの時は微塵も思っていなかった。