人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

晴れた日の午後、屋敷の裏庭ではお茶会が開かれていた。
みんなで持ち寄ったお菓子や紅茶で、テーブルの上は色鮮やかだった。
「それにしても、お前が巫女の血を引いていたとは驚いたぜ」
そう言った薊はクッキーを口の中に放り投げ食べる。
「珍しい髪色をしているなとは思っていたけどよ」
「私も、いまだに実感が湧きません」
(私にあんな力があったなんて)
「今まで何もなかったのに、どうしてあの時、力が目覚めたんでしょうか」
優子の疑問に、正面に座って紅茶を飲んでいた紅葉が笑みを浮かべる。
「あなたのみんなを守りたいって想いが、力を呼び起こしたのかもしれないわね」
(想い……)
優子は隣に座る青紫、多江、薊、紅葉、庵、木の下で涼む風早、テーブルの上に座り木の実を頬ばるヨモギを見る。
みんな、ここにいる。
愛する人たちを守れた。この髪も、力も、あってよかった。今は心から、そう思える。
「にしても……まさか本当に美月が頭首になるとはな」
腕を組み、快晴の空を見上げた薊は考え深そうに言う。
「あの子なら、頭首として必ず黒羽を守り抜いてくれる」「私の役目は、あの子が迷った時、道を示してあげること。それが、兄というものでしょう」
青紫は嬉しそうに口元に笑みを浮かべ、どこか誇らしげにそう言う。
そんな青紫に、薊と紅葉は顔を見合わせると、ほっとしたような笑みを浮かべる。
あれから、美月は一縷の後を継ぎ、正式に黒羽一門の頭首となった。毎日、忙しい日々を送っている美月だが、たまに手紙が届く。内容は、早く兄さんに会いたいだとか、優子の手作りご飯が食べたいだとか、青紫と優子への愛が深い美月だが、鶴岡の話では、美月は頭首としての責務を全うしているという。一門の者の中には、あの一件で美月に不信感を抱いた者もいるが、その人たちの信頼も取り戻せるように、美月は頑張っているという。
頭首を退き、祓い屋を引退した一縷は、ミミと一緒に、穏やかな日々を送っているという。
「さてと、じゃあ、今のうちに美月に恩でも売っとかないとな」
そう言い、席を立つと薊はポケットに両手を突っ込むと、あくびをしながら気怠毛に裏庭を出て行く。
「そうね、美月さんが黒羽一門のご頭首になられたのだから、ご挨拶にも行かないとだし」
言いながら、紅葉も席を立つ。
「みなさん、もうお帰りですか?」
きょとんとする優子に、紅葉は優子の肩に手を置き、耳打ちをする。
「あとは二人で過ごしなさい」
紅葉は優子にウィンクすると、風早と共に裏庭を出ていく。
「お見送りしてきますね」
そう言い、多江もそそくさと裏庭を出て行ってしまう。
「気を遣ってくれたようですね」
「はい……」
賑やかだったのが一変し、静まり返る裏庭。聞こえてくるのは、ヨモギが夢中になって、木の実を食べる咀嚼音だけ。
急に青紫と二人きりになり、優子は何を話していいのか分からない。
最近、青紫はあの一件のことで黒羽家に赴くことが多く、屋敷に帰ってきてからも、書類の作成やらに時間を取られ、二人で過ごすことはあまりなかったのだ。
優子は紅茶のカップを片手に取り、一口飲む。時間が経っているせいで、紅茶は少しぬるくなっていた。
そっと青紫を一瞥すると、青紫も同じように湯呑みを手の取り飲んでいた。
青紫も、何を話せばいいか分からない様子だ。
優子が話題を考えていると、青紫が席を立った。
「少し散歩をしませんか?」
青紫の提案で、二人は森へやって来た。
麗かな川のせせらぎ音が流れる森の中は、とても穏やかだった。秋の終わりを告げるように紅葉の葉が一枚、また一枚とゆらゆらと地面に落ちてゆき、地面は赤い絨毯が敷かれているかのようだ。
もう少し紅葉の葉が落ちたら、みんなで焼き芋でもできるだろうか。優子の頭には、食いしん坊なヨモギの喜ぶ顔が浮かんだ。
川のせせらぎ音に耳を澄ませながら、飛び石の上を歩く。優子が飛び石を渡り切ろうとすると、先に飛び石を渡り終えた青紫が片手を差し出す。優子は青紫の手を取ると、飛び石を渡った。
そのまま青紫に手を引かれながら、木々の中を抜けると、そこには一面にエキゾカムの花が広がっていた。
紫色の美しい花畑に目を奪われ、言葉にならないほど感動する優子。
「毎年、この時期になると、ここで咲いているそうです。もう終わりぎわですが、優子さんと一緒に見たかったんです」
ここにきて半年ほど経つが、こんな場所があるとは知らなかった。
「……すごく綺麗」
小さくて愛らしい花が、こちらに笑いかけているかのように咲いている。
その愛おしい姿に、心が和む。
ふと、青紫の視線を感じ、優子は青紫を見る。
真摯な眼差しで、優子を見つめる青紫。
「なんですか……そんなじっと見つめて」
青紫の熱い視線に、優子は照れてしまい、その頬はぽわっと赤く染まる。
「……いや、ガラス玉のように綺麗な瞳をしているなと思って」
優子の凛とした美しい瞳には、見惚れている青紫が映っている。
真っ直ぐに優子を見続けると、青紫はふと微笑む。
「本当に綺麗だ」
青紫の言葉にドキッとし、優子の顔はみるみる赤くなっていく。
「……いつもいつも、思うのですが、その突然、褒めるのやめていただけませんか」
恥ずかしさでついムキになった言い方をしてしまう優子。
「そう言われましても、思ったことをストレートに表現するのが私ですから」
(それ、前に私が青紫さんに言ったことじゃない)
優子を見てニコニコとして、楽しそうにする青紫。
(また面白がっているわね)
「あの……一つ、気になっていることがあって」
「なんでしょう?」
「半妖である青紫さんは、どのくらい生きられるのですか」
妖怪の寿命は、人の命があっという間に感じるくらいに長い。半妖である青紫は、どうなのか。
もしかして、あまり長く生きられないのでは。
「事例がないので、何とも言えませんが、おそらく、妖怪の血を引く私は、あなたよりも長い時を生きるでしょう」
「そう……ですか」
安堵すると同時に、切なくもなる。
青紫が長く生きる。それはとても嬉しいことだ。だが、それは自分は同じ時は生きられないことを意味する。
「……私も、青紫さんと一緒に生きられたらな……」
ポツリとそう呟き、肩を落とす優子。そんな優子に、青紫は励ますようにニコッと微笑み、優子の片手を取る。
「死が……私たち二人を分つことはありません。私の想いは、あなたの中で生き続ける。あなたの想いも、私の中で生き続ける。この愛は不滅です」
「青紫さん……」
この愛は不滅__。青紫の言葉に、優子は胸が撃たれ、その瞳が揺れ動く。
浮かび上がる涙を指先で振り払うと、優子は笑顔で青紫を見る。
「私、長生きしますね。ご飯、たくさん食べて、たくさん寝て。青紫さんと少しでも長く生きられるように頑張ります!」
いつかくるその時。それは、人間である優子が思う以上に早いのかもしれない。
(……それでも、私は彼と生きる道を選んだことに、後悔はない)
何があっても、青紫に出会えたことは、幸せだ。
「そうだ、これを」
青紫は何かを思い出したかのようにそう言うと、着物の懐からスカーフを取り出し、優子の肩の上に置く。
「これ……!」
「美月に連れ去られた時、落としてしまったようですね」
「すいません、青紫さんからいただいた大事なものを」
このスカーフがないと分かったあの時、とても不安になったのを、今も感覚で覚えている。
「やはりそのスカーフは、あなたの元にあってこそ輝く。そのスカーフを買った時、店主に教えてもらいました。エキゾカム花言葉は……」
「あなたを愛します」
青紫は驚いたように目を見開くと、思わずと言った様子で笑みをこぼす。
「ご存知でしたか」
優子はしゃがみ込み、エキゾカムの花を一輪摘む。
立ち上がった優子は、摘んだエキゾカムの花を青紫に差し出した。
「私も、あなたを愛します。これから先も、ずっと……永遠に」
青紫は優子から差し出されたエキゾカムの花を受け取ると、目を細め、愛しむような眼差しをエキゾカムに向ける。
優子は青紫の片手を自分の頬に当てる。そして、目を閉じ、愛おしそうに青紫の手に擦り寄る。
目を開けた優子は、青紫を見つめる。
風が吹き、辺りに広がっているエキゾカムの花が空に舞う。
青紫の血のように赤い瞳が垣間見えた。
青紫は隠すこともなく、その瞳で、優子を見つめ返した。
二人は互いに身を寄せ合い、微笑み合った。
「……永遠に」