人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

あの日から一週間が経ち、優子と青紫の日常には、穏やかさが戻ってきた。
あの一件に絡んだ祓い屋は、一縷からお咎めを受け、祓い屋としての権利を剥奪され、帝都から姿を消した。もう二度と、この帝都には姿を現さないだろう。
厄の妖怪が封印された壺は、黒羽一門が管理下に置かれ、地下に厳重に保管されることになった。
世界の危機を救ったことで、一門や他の祓い屋が青紫を見る目は変わり、徐々に半妖のあやかし祓い屋という名が浸透され、その存在が受け入れられるようになってきていた。
全てが元通りになったかのように思えるが、一つだけ、問題がある。青紫にとっては、大きな問題だ。
「申し訳ありません。美月様はご体調が悪く、お会いできないと」
美月の寝室の前、花束を持った優子と青紫に、頭を下げる鶴岡。
「そうですか……」
浮かない顔をして、肩を落とす青紫。ここでこの青紫を見るのは、もう三度目になる。
大きな問題、それは、一向に美月が会ってくれないことだ。あの日から、美月は屋敷で療養していた。医者の話では、元の生活を送れるまでに回復しているというが、部屋から出てきてくれない。
気が晴れない青紫の姿に、優子は美月に対する怒りが、沸々と煮えたぎるように感じてきていた。
(みんなこんなに心配しているのに、いつまでへそを曲げているつもりなの)
優子は青紫に花束を押し付けると、鶴岡を押し退け、寝室の襖を開ける。
「ゆ、優子さん?」
青紫と鶴岡は、寝室に入っていく優子を、戸惑った様子見る。顔を見合わせると、二人は優子を追いかけるように寝室に入る。
座り込み、窓辺で外を眺めていた美月は、いきなり入ってきた優子に驚いたように目を見開くと、気に食わなさそうに目を細める。
「何しに来たのさ、僕、具合が悪いんだけど」
美月の鋭い視線は、優子の後ろに立っている鶴岡に向く。
「鶴岡、通すなって言ったよね?」
「はい……」
鶴岡のいたたまれなさを見ると、美月はプイッと視線を逸らす。
「どこか具合が悪いのよ。私たちに会わないために、仮病を使っているだけでしょ」
「なっ……」
優子の言葉が図星だったのか、美月は苛立ったようにキッと眉を吊り上げさせる。
「みんながあなたを心配しているのに、あなたはいつまでもうじうじして、こうして部屋に籠って。ほんとしょうもないわ」
「しょうもないだって?」
美月は立ち上がると、優子に詰め寄る。
「お前なんかに何が分かるんだよ。華族の生まれで、何不自由なく育って、綺麗なお前に、一から色んなものを積み上げてきた僕の何が……」
肩を震わせ歯を食いしばる美月。
「誰にも愛されない、頭首にもなれない……こんな惨めな人生なら、あの時、死んだ方がましだった ……!!」
「美月……」
美月のその言葉に、青紫は苦痛そうに顔を顰める。
「死んだ方がまし……? ふざけないでよ……!!」
怒鳴る優子に、一同は驚く。
「死んだ方がよかったことなんてない! どんなに惨めでも生きるのよ! 今日が辛い、明日が辛い、明後日が辛い。でも……っその次には、幸せだって思えることが、待っているかもしれないじゃない!」
ずっと籠の中の鳥だった。自由などない。愛などない。孤独に押しつぶされそうで、死にたいと思うことなんて何度もあった。それでも、希望を捨てずに優子は生きてきた。そして、青紫に出逢えた。
我に返り、優子はハッとした。
「あっ……すいません、私ってば、出過ぎたことを……」
(私ったら、気持ちが昂って、考えなしに感情をそのままぶつけるなんて)
「さすがは優子さん、根性があって、素敵だね」
気づくと、一縷が襖のところに立っている。
一縷はにこやかな表情で、青紫と優子を見る。
「二人とも、少し、いいかな?」
美月は一縷と目が合うと、気まずそうに目を逸らす。
「美月、お前も来なさい」
一縷の静かな一声に、美月は小さく息を吐くと、立ちあがった。
一縷の部屋に入ると、優子と青紫が並び、一縷と正面に向かい合う。少し離れたところで、美月も腰を下ろした。
「まずは、礼を言わせてほしい」
そう言い、一縷は優子と青紫に頭を下げる。驚き、焦る優子と青紫。
「青紫、優子さん、此度のこと、二人のおかげで災いは免れた。本当にありがとう」
「顔を上げてください、お祖父様」
「そうですよ、お祖父様」
一縷は少しの間、頭を下げ続けると、ゆっくりと顔を上げる。
「この子がやったことは、決して許されることではない。だが、この子が全て悪いわけじゃない。私にも責任がある」
一縷の言葉に、申し訳なさそうに顔を俯ける美月。
美月は世界を破滅させていた言っても、おかしくないような大罪を犯した。それは紛れもない事実。
「美月にはこれから先、許されるように、黒羽の尽力させるつもりだ」
一縷のその言葉に、浮かない顔をしていた青紫が「ふっ」と笑い、目を伏せる。
そんな青紫に優子は首を傾げた。
「そうですね……美月には、黒羽のために生きてもらう必要がある。今までのように。やはり、頭首は美月が相応しいですし」
本当であれば、一門からは波紋とされ、牢へ入れられていてもおかしない。そうならなかったのは、祖父である一縷が黒羽一門という祓い屋の名門一族の当主であったこと、この一件の立役者である青紫の助言があったからだ。
「何言って……」
青紫の言葉に、美月は意味が分からないという顔をすると、勢いよく立ち上がる。
「同情しないでよ!」
「同情じゃありません」
青紫は冷静にピシャリと跳ね除けるように言う。
「僕は優子を攫って、兄さんのことを殺しかけたんたんだよ? それだけじゃない、みんなを危険な目に遭わせた。それなのに……僕を頭首にだなんて、頭がおかしくなったんじゃないの?」
そう言い、自嘲した笑みを浮かべる美月。
「自分が過ちを犯したと認め、悔いることができるあなたなら、誰よりも黒羽のために尽力できる。……それに、私は頭首という柄じゃなありません。私は影から、黒羽を支えたい」
(青紫さん……)
これまでの人生、多くの遠回りをした。だが、全てはきっとこのためにあったのだろう。
青紫は隣にいる優子を見る。
(彼女と出逢い、私は生きる意味を知った)
優子に微笑むと、青紫は一縷に視線を向ける。
「いいですよね、お祖父様」
一縷は少しの間、沈黙すると、頷いた。
青紫は笑みを浮かベると、美月を真っ直ぐに見る。
「頼めますか、美月」
「……また裏切るかもよ」
「もしそうなったのなら、もう一度、止めるだけです。何度でも何度でも、あなたに喝を入れて差し上げますよ。優子さんと一緒にね」
「えっ……」
面白がりながらそう言った青紫。その言葉に、優子は気後れするも、すぐにいつもの毅然とした態度を見せる。
「そうよ、何度だって止めてみせるわ」
力強い優子に、美月は少しだけ泣きそうになる。
「……ちゃんと支えてよね」
俯き、ぶっきらぼうにそう言う美月。青紫は穏やかで明るい笑みを浮かべる。
「もちろんです」
美月は笑いかけてくれる青紫に、照れながらも小さな笑みを浮かべる。
そんな二人を見て、優子の顔にも笑みが浮かぶ。
「さて、美月へのお説教は優子さんがしてくれたし、あとはもう大丈夫だね」
そう言われ、優子は顔を赤くして、体を小さく丸め萎縮する。
「本当に申し訳ありませんでした……」
(今、思い出しても恥ずかしい……)
「いやいや、怒ってくれて良かったよ。ねえ、青紫」
「ええ、怒った優子さんも素敵です」
「もう……またそう言うこと言って……」
さらに恥ずかしくなり、優子は頬を赤く染める。そんな優子に、青紫は幸せそうに微笑む。
優子がふと美月を見ると、美月は気まずそうに優子から目を逸らす。
「……」
「……」
優子は背立ち上がうと、美月の正面に腰を下ろす。そして、凛とした瞳で美月を見据えた。
「美月」
美月は肩をビックとさせると、ゆっくりと優子を見る。
「私のこと、お義姉さんとして、家族に迎えてくれないかな。私は、いいお義姉さんになれるか分からないけど、努力するわ」
青紫のようにはできないが、自分も、これからは家族として、美月を支えていきたい。
優子の言葉に、美月はゆっくりと頷く。
「うん、こんな僕でいいなら、僕も優子と家族になりたい」
嬉しそうな笑みを浮かべると、優子は美月をそっと抱き寄せる。
美月は息を呑んだ。優子の愛を感じ、心が満たされていく。
美月はぎこちなくも、そっと優子の背中に両手を回した。
そんな二人を、一縷と青紫は優しく見守っていた。