眩しい光がおさまり、目を開けた優子は、見えた光景に目を疑った。
(これが……妖怪……?)
長く巨大な黒い雲に、顔と思われる前頭部分には、弧を描いたような不気味な赤い唇に、三日月目が描かれた白い面をつけてる。
厄の妖怪の妖気で、辺りは漆黒の闇に包まれ、降り頻る雨すらも消し去る。
「っ……!」
(割れるように頭が痛い……)
凄まじい妖気に当てられ、優子は気を失いそうになる。
「優子さん!」
ふらつく優子を、青紫が支える。
(まずいな……優子さんをこのままここにいさせるのは危険だ)
結界も張れていない今、この妖気はどんどん広がっていっている。妖気はいずれ邪気へと変わり、それはやがて災いとなる。
災いが起きるのだけは、なんとしても食い止めなければならない。
「美月……!!」
美月は力を使い果たし、その場にばたりと倒れ込む。
「すごい……これが、厄の妖怪の力……」
男は厄の妖怪の力に魅了され、心を奪われてしまっている。
「おい、妖怪! お前の壺の封印を解いたのはこの俺だ! 俺にその力を分け与えろ!」
厄の妖怪は男を一瞥すると、男に向かって体から黒い煙を放つ。
男は厄の妖怪の妖気で一瞬にして気を失い、その場に倒れる。
「っ……うっ」
苦しむ優子。青紫はしゃがみ込み、優子の体を横に倒させる。
(どうすればいい、どうすれば……)
青紫が頭をフル回転させていたその時。
「青紫……!」
廃墟の扉が開き、薊が入ってくる。
「薊……? 薊! ここだ……!」
薊は闇の中を掻き分け、青紫の元に辿り着く。
「青紫! 無事か!?」
「私はなんとか。でも、優子さんが」
薊は青紫が支える優子を見ると、険しい表情をする。
「妖力が強い分、あてられたか。こいつは俺たちみたく、修行してねぇーからな。それより、なんでこんなことになった」
「……美月の仕業です」
「美月が……? なんで、どうして」
……気づいてやれなかった。
いや、本当は薄々、気づいていた。美月が闇を抱えていることに。だが、あの子ならきっと大丈夫だと青紫は思っていた。その過信が、今を招いてしまった。
「なんでもっとちゃんと、見てやらなかったんだろう……」
たった一人の、弟なのに……。
「青紫……」
自分を責める青紫の肩に、薊は片手を置く。
「今、紅葉が、紫苑に結界を張ってもらえるように、頼んでくれている」
青紫「……紅葉さんが?」
頷く薊。
紫苑が結界を張ってくれれば、もしこの妖気が邪気に変わったとしても防げる。災が起きるのも遅らせることができる。
「では、今のうちに、あの妖怪を壺に封じ込めることができれば」
「俺たちの勝ちだ。だがどうする……あんな妖怪、流石の俺たちでも手に負えないぞ。黒羽も漆原も、他のところに応援にいっちまってるし……」
この混乱の中、一門は戦力を上げ、帝都を守ろうとしている。祓い屋のように妖力のない一般人は、少しでもこの妖気に触れてしまえば命が危ない。
「私も……私にも、何かさせてください」
「優子さん……! 大丈夫ですか」
優子は青紫に支えられながら、ゆっくりと上体を起こす。
「私は、妖力が強い。また囮でもなんでもいいですから、私を使ってください」
優子の言葉に、青紫は心苦しそな顔をする。
「優子さんのような体質の方は、あの妖怪とは相性が悪いです」
多大なる妖力を持っている優子は、すぐに命の危険にさらされることはない。薊や優秀な一門の者も同じ。だが、人間である以上、もし邪気に触れて仕舞えば、命の危険が伴う。
「私が一人で片をつけます」
青紫のその言葉に、薊はハッとした顔をする。
「まさか……青紫、お前」
「どうしたんですか」
優子の問いに、薊の顔は険しくなる。
「こいつ、完全に妖怪化して、あの妖怪を一人でどうにかする気だ」
「えっ……」
優子が青紫を見ると、青紫は何も言わない。
「こいつは半妖だ、半分は人間の生のエネルギーで生きている。そんなこいつが、完全に妖怪化して異能を使ってしまえば、人間の姿に戻れなくなっちまうかもしれない。それに……」
「それに、なんですか」
間髪入れず問う優子に、薊は深刻そうな顔で言う。
「……命を、失うこともある」
薊の言葉に、優子は驚愕する。
「そんな……」
以前、誠一郎の屋敷で異能を使った時も、青紫はかなり辛そうにしていた。青紫が完全に妖怪化したとなれば、その力は最大限に発揮されることになり、厄の妖怪と戦うことができるのかもしれない。しかし、半妖である青紫が異能を使うことは、薊の言う通り、命を削っているのと同じこと。青紫だって、命の危険が伴う。
「あの妖怪と対等に戦えるのは、半妖である私だけです」
「何言ってるんですか」
優子は青紫の両腕に掴みかかる。
「死ぬかもしれないのですよ……?」
緊迫した優子に、青紫は笑みを浮かべ、優子を見る。
「私がどんな姿になっても、優子さんは、私を愛してくれるでしょう?」
「当たり前です!」
人間であろうが妖怪であろうが、手足がなくなろうとも、優子が青紫を愛することは変わらない。
「でも、死ぬなんてダメです……! 絶対にダメ……!!」
たとえそれが世界を救うことになったとしても、優子は否定する。青紫の命と引き換えにある世界など、優子には何の意味もないのだ。
(私のこの考えが悪だとしても、それでも……それでもいい。あなたが生きてくれるなら、この世界が滅んでしまってもかまわない)
青紫の両腕を掴む優子の手に、力がこもる。
「約束したではありませんか……二人で、生きていこうと」
青紫が優子にスカーフをプレゼントした日の夜。手を取り合い、幸せそうに、互いを見つめ合った夜、約束した。
青紫を失うことへの恐ろしさで、優子の腕はカタカタと震える。青紫は真摯な眼差しで、じっと優子を見つめると、静かに伝えはじめた。
「優子さん、私はね、愛するあなたを守れるなら、化け物になっても構わない。この命を捧げられる。あなたは私の世界そのもの。私の全てなんです」
優子は唇を噛み締め、涙を堪えながら青紫を見上げる。青紫はそんな優子に優しく微笑むと、そっと優子を抱き寄せる。
優子は青紫の着物を両手できつく握った。
凛とした瞳から、大粒の涙が溢れる。
しばらくの間、優子を抱きしめると、青紫は離れがたそうに優子から体を離す。
「薊、優子さんをお願いします。私はこのまま、あいつを外に引き摺り出す」
覚悟を決めている青紫に、薊も覚悟を決める。
「ああ、任せろ」
立ち上がった青紫は、優子の横を通り過ぎていく。一歩一歩、自分から離れてゆく青紫。その光景が、スローモーションのように見えた。
「青紫さん……!!」
涙を流し叫ぶ優子に、止まらず足を進める青紫。
胸が、引き裂かれる思いだ。
そんな青紫に、優子はたまらずと言った様子で、青紫を追いかけようとするが、薊に後ろから抱き止められ動けなくなる。
「嫌……! 青紫さん嫌! 死なないでっ……!!」
手を伸ばし、泣き叫ぶ優子。
青紫の周りを漆黒が包み込む。
青紫の体は全身黒い毛に覆われる。瞳の色は両方とも血のように赤くなり、口からは大きな牙が二本はみ出て、足は三本になる。
(あれが、青紫さんの妖怪化した姿……)
青紫の完全な妖怪化に、優子は薊に押さえつけられたまま魅入る。
漆黒の翼が青く光る。青紫は少しだけ顔を横に向かせ、その赤い瞳に優子の姿を映し出した。
そして厄の妖怪を咥えると、天井のガラスから空へと飛び立った。
(これが……妖怪……?)
長く巨大な黒い雲に、顔と思われる前頭部分には、弧を描いたような不気味な赤い唇に、三日月目が描かれた白い面をつけてる。
厄の妖怪の妖気で、辺りは漆黒の闇に包まれ、降り頻る雨すらも消し去る。
「っ……!」
(割れるように頭が痛い……)
凄まじい妖気に当てられ、優子は気を失いそうになる。
「優子さん!」
ふらつく優子を、青紫が支える。
(まずいな……優子さんをこのままここにいさせるのは危険だ)
結界も張れていない今、この妖気はどんどん広がっていっている。妖気はいずれ邪気へと変わり、それはやがて災いとなる。
災いが起きるのだけは、なんとしても食い止めなければならない。
「美月……!!」
美月は力を使い果たし、その場にばたりと倒れ込む。
「すごい……これが、厄の妖怪の力……」
男は厄の妖怪の力に魅了され、心を奪われてしまっている。
「おい、妖怪! お前の壺の封印を解いたのはこの俺だ! 俺にその力を分け与えろ!」
厄の妖怪は男を一瞥すると、男に向かって体から黒い煙を放つ。
男は厄の妖怪の妖気で一瞬にして気を失い、その場に倒れる。
「っ……うっ」
苦しむ優子。青紫はしゃがみ込み、優子の体を横に倒させる。
(どうすればいい、どうすれば……)
青紫が頭をフル回転させていたその時。
「青紫……!」
廃墟の扉が開き、薊が入ってくる。
「薊……? 薊! ここだ……!」
薊は闇の中を掻き分け、青紫の元に辿り着く。
「青紫! 無事か!?」
「私はなんとか。でも、優子さんが」
薊は青紫が支える優子を見ると、険しい表情をする。
「妖力が強い分、あてられたか。こいつは俺たちみたく、修行してねぇーからな。それより、なんでこんなことになった」
「……美月の仕業です」
「美月が……? なんで、どうして」
……気づいてやれなかった。
いや、本当は薄々、気づいていた。美月が闇を抱えていることに。だが、あの子ならきっと大丈夫だと青紫は思っていた。その過信が、今を招いてしまった。
「なんでもっとちゃんと、見てやらなかったんだろう……」
たった一人の、弟なのに……。
「青紫……」
自分を責める青紫の肩に、薊は片手を置く。
「今、紅葉が、紫苑に結界を張ってもらえるように、頼んでくれている」
青紫「……紅葉さんが?」
頷く薊。
紫苑が結界を張ってくれれば、もしこの妖気が邪気に変わったとしても防げる。災が起きるのも遅らせることができる。
「では、今のうちに、あの妖怪を壺に封じ込めることができれば」
「俺たちの勝ちだ。だがどうする……あんな妖怪、流石の俺たちでも手に負えないぞ。黒羽も漆原も、他のところに応援にいっちまってるし……」
この混乱の中、一門は戦力を上げ、帝都を守ろうとしている。祓い屋のように妖力のない一般人は、少しでもこの妖気に触れてしまえば命が危ない。
「私も……私にも、何かさせてください」
「優子さん……! 大丈夫ですか」
優子は青紫に支えられながら、ゆっくりと上体を起こす。
「私は、妖力が強い。また囮でもなんでもいいですから、私を使ってください」
優子の言葉に、青紫は心苦しそな顔をする。
「優子さんのような体質の方は、あの妖怪とは相性が悪いです」
多大なる妖力を持っている優子は、すぐに命の危険にさらされることはない。薊や優秀な一門の者も同じ。だが、人間である以上、もし邪気に触れて仕舞えば、命の危険が伴う。
「私が一人で片をつけます」
青紫のその言葉に、薊はハッとした顔をする。
「まさか……青紫、お前」
「どうしたんですか」
優子の問いに、薊の顔は険しくなる。
「こいつ、完全に妖怪化して、あの妖怪を一人でどうにかする気だ」
「えっ……」
優子が青紫を見ると、青紫は何も言わない。
「こいつは半妖だ、半分は人間の生のエネルギーで生きている。そんなこいつが、完全に妖怪化して異能を使ってしまえば、人間の姿に戻れなくなっちまうかもしれない。それに……」
「それに、なんですか」
間髪入れず問う優子に、薊は深刻そうな顔で言う。
「……命を、失うこともある」
薊の言葉に、優子は驚愕する。
「そんな……」
以前、誠一郎の屋敷で異能を使った時も、青紫はかなり辛そうにしていた。青紫が完全に妖怪化したとなれば、その力は最大限に発揮されることになり、厄の妖怪と戦うことができるのかもしれない。しかし、半妖である青紫が異能を使うことは、薊の言う通り、命を削っているのと同じこと。青紫だって、命の危険が伴う。
「あの妖怪と対等に戦えるのは、半妖である私だけです」
「何言ってるんですか」
優子は青紫の両腕に掴みかかる。
「死ぬかもしれないのですよ……?」
緊迫した優子に、青紫は笑みを浮かべ、優子を見る。
「私がどんな姿になっても、優子さんは、私を愛してくれるでしょう?」
「当たり前です!」
人間であろうが妖怪であろうが、手足がなくなろうとも、優子が青紫を愛することは変わらない。
「でも、死ぬなんてダメです……! 絶対にダメ……!!」
たとえそれが世界を救うことになったとしても、優子は否定する。青紫の命と引き換えにある世界など、優子には何の意味もないのだ。
(私のこの考えが悪だとしても、それでも……それでもいい。あなたが生きてくれるなら、この世界が滅んでしまってもかまわない)
青紫の両腕を掴む優子の手に、力がこもる。
「約束したではありませんか……二人で、生きていこうと」
青紫が優子にスカーフをプレゼントした日の夜。手を取り合い、幸せそうに、互いを見つめ合った夜、約束した。
青紫を失うことへの恐ろしさで、優子の腕はカタカタと震える。青紫は真摯な眼差しで、じっと優子を見つめると、静かに伝えはじめた。
「優子さん、私はね、愛するあなたを守れるなら、化け物になっても構わない。この命を捧げられる。あなたは私の世界そのもの。私の全てなんです」
優子は唇を噛み締め、涙を堪えながら青紫を見上げる。青紫はそんな優子に優しく微笑むと、そっと優子を抱き寄せる。
優子は青紫の着物を両手できつく握った。
凛とした瞳から、大粒の涙が溢れる。
しばらくの間、優子を抱きしめると、青紫は離れがたそうに優子から体を離す。
「薊、優子さんをお願いします。私はこのまま、あいつを外に引き摺り出す」
覚悟を決めている青紫に、薊も覚悟を決める。
「ああ、任せろ」
立ち上がった青紫は、優子の横を通り過ぎていく。一歩一歩、自分から離れてゆく青紫。その光景が、スローモーションのように見えた。
「青紫さん……!!」
涙を流し叫ぶ優子に、止まらず足を進める青紫。
胸が、引き裂かれる思いだ。
そんな青紫に、優子はたまらずと言った様子で、青紫を追いかけようとするが、薊に後ろから抱き止められ動けなくなる。
「嫌……! 青紫さん嫌! 死なないでっ……!!」
手を伸ばし、泣き叫ぶ優子。
青紫の周りを漆黒が包み込む。
青紫の体は全身黒い毛に覆われる。瞳の色は両方とも血のように赤くなり、口からは大きな牙が二本はみ出て、足は三本になる。
(あれが、青紫さんの妖怪化した姿……)
青紫の完全な妖怪化に、優子は薊に押さえつけられたまま魅入る。
漆黒の翼が青く光る。青紫は少しだけ顔を横に向かせ、その赤い瞳に優子の姿を映し出した。
そして厄の妖怪を咥えると、天井のガラスから空へと飛び立った。
