薄暗い廃墟の中、雨の音で優子は目を覚ました。
(ここは……どこ……?)
「……え?」
地べたに座らせられた優子は、手を後ろで組まされ、頑丈な鎖でパイプと繋げられていた。
「何これ……っ……」
解こうとするも、手首が痛むだけでまったく解けない。ひとまず落ち着かなければと、優子はゆっくりと大きく深呼吸した。
外は雨が降っているのか、ポタポタと雨が地面に落ちる音が聞こえる。
深呼吸を数回繰り返すと、冷静に状況を整理しはじめた。仕事から帰ってきた青紫を出迎え、庭園を散歩しようと誘われ、一人で先に庭園へと足を運んだ。そこで青紫を待っていて……それで、そこに美月が来た。
「……美月……」
「目が覚めた?」
薄暗い中から美月が姿を現す。
「美月……? ここはどこなの? どうして私は鎖で繋がれているの?」
美月は優子の前まで来ると足を止め、しゃがみ込んだ。
「僕が、優子を拉致したから」
「拉致……? 何のためにそんなこと」
「分からない?」
訝しげにする優子に、美月は両手を広げると散歩でもするかのように、楽しそうに辺りを歩き出す。
そして、足を止め優子を見る。
優子はゾクっとした。
美月は不気味な笑みを浮かべる。その瞳は、真っ黒だった。
「ここに兄さんを誘き出して、殺すためさ」
優子の中に恐怖と困惑が広がっていく。
「こっ、殺すって……どうして、あなたは青紫さんのことを」
「大好きだよ。でも、それと同じくらい憎くもある。兄さんは全てを持っている。お祖父様に愛されて、祓い屋としても優秀。陰で悪く言ってる一門の連中だって、本当は兄さんを尊敬している。何よりも……一番は、お前だよ」
「私……?」
「兄さんは僕と同じだった。誰も愛さず、誰の愛も受け取らない。そんな孤高の存在だった兄さんが、お前を愛したことで、妖怪に情けまでかけ弱くなった」
美月は懐からナイフを取り出す。尖ったナイフの先端が向けられ、優子は息を呑んだ。
頭では冷静にならないといけないと分かっていても、体は目に映ったナイフを見て命の危機を感じ、恐怖でガタガタと震え出してしまう。
「本当はすぐにでもこうするべきだったんだ。少し遅くなったけど、まだ間に合う。兄さんも一人じゃ寂しいだろうから、優子さんに一緒に死んでもらおうと思って」
怯える優子を宥めるように美月は優しく言う。
「大丈夫だよ、痛いのはほんの一瞬だから」
美月はゆっくりとした足取りで優子に近づくと、しゃがみ込み、首元にナイフをあてる。
このまま、喉を掻き切るつもりだ。
「や、やめて……」
優子が涙を浮かべ、そう乞うも、美月は不気味な笑みを浮かべ続けるだけ。
「あの世で、兄さんとお幸せに」
ぎゅっと目を瞑る優子。
涙が頬を伝った。
「青紫さん、愛してます」
そう言った次の瞬間__。
天井のガラスが大きな音を立て、割れた。
驚いた美月と優子が天井を見上げると、漆黒の翼を背にした青紫が、割れたガラスと舞い降りてくる。
青紫は異能で、鎖を溶け落とすと、目にも止まらぬ速さで優子を抱き抱え、美月から引き離す。
「来ると思ったよ兄さん。でも、少し驚いたな、そんな姿を優子さんに見せるなんて……」
「青紫さん……」
優子の呼びかけに、青紫は腕の中にいる優子を見下ろす。血のように真っ赤な左目の奥に宿る優しさに、優子は青紫なのだと実感し、青紫に抱きついた。
「怖かった……」
ここまで全速力で来てくれたのだろう。青紫は肩で息をし呼吸も荒い。その身体は雨に滴っている。
濡れた着物に顔をうずめ、その存在を確認するかのようにすがるように抱きつく優子に、青紫は囲い込むように優しく抱きしめる。
「ほんとイラつく……少しは気味悪がれよ……」
そんな二人に美月は苛立ち、ぼそっと呟く。
青紫の厳しい視線が美月に注ぐ。
「美月、なぜこんなことを。あなたは優子さんを慕っていたはずです」
「勘違いも甚だしいよ兄さん。僕はその女が大嫌いなんだ」
青紫は訳が分からず怪訝な顔をする。
「青紫さん、美月はあなたを殺そうとしています。ここから早く逃げましょう」
優子は焦ってそう言う。
「もう遅いよ」
廃墟の扉が音を立てて開く。入ってきたのは、中年の男だった。
「遅かったか?」
男は不敵な笑みを浮かべ、こちらに近づいてくる。
「いいえ、時間通りです」
美月は親しそうに男と言葉を交わす。
見覚えのある男に、優子は首を捻る。
(この人……どこかで)
そこで優子はハッとする。
「あの人、紅葉さんの夜会にいらしていた方です」
「夜会に……?」
あの時、優子を追いかけてきた、陰湿な祓い家の男だった。
優子を見て、男はニヤリと笑う。
「久しぶりだな。まさか、また会えるとは思わなかった。これも、黒羽のお坊ちゃまのおかげだな」
その意味深な発言に、青紫は目を細める。
「……どういう意味ですか」
「彼はお祖父様が探していた、あの未熟な祓い屋だよ。でも、未熟ってのは少し言い過ぎかな。妖力は強い方だし、そこそこ使える祓い屋だよ」
「嬉しいものだね。名門一族である、黒羽一門のお坊ちゃまに褒めてもらえるなんて」
男は皮肉な笑みを浮かべそう言う。
「グルだったのですか?」
青紫の核心をついた問いに、美月は笑みを浮かべず答える。
「そうだよ。始めから、全部、僕が仕組んだことさ」
(そんな……)
優子は愕然とした。
「でも、あれはテストだったんだ。兄さんが落ちぶれていないか。結果は最悪だったけど。……だから、当初の予定を決行することにした」
夜会にいた男は懐から赤い壺を出す。
その壺を見た瞬間、青紫の表情が怖ばった。
「それは……」
「この壺の中には、厄除けの妖怪が封じ込められている」
「厄除け……?」
「古来より、人間の厄を代わりに受け持ち、その厄を力として、生き長えられてきた。いわば、災いの塊です。そう言った壺があると耳にしたことはありましたが、まさか、本当に実在していたとは……」
そんな恐ろしい妖怪を、壺から出してしまうのは、まずいのでは。
「異能を持つ兄さんは、そこらの妖怪じゃ相手にならない。確実にその息の根を止めるには、こいつが必要だった」
言いながら、男の隣に立った美月は、壺を指で突く。
「だから、この男と手を組んだってわけ。
「俺はこの妖怪の封印は解けないし、協力すれば、一門にも入れてやるって言うからな、願ったり叶ったりさ」
美月は男から壺を受け取ると、あらかじめ用意していたのであろう、陣の中に立つ。
「やめなさい美月……!!」
焦った青紫が、声を荒げる。
「その妖怪を壺から出せば災が起きる。封印を解いたあなたも、無傷じゃいられない……!」
血相を変えた青紫が必死に止めるも、美月は虚な瞳で青紫を見る。
「……もう、何が正解か分からないよ」
美月は持っていたナイフで自分の腕を切ると、陣の中に血を落とし始める。
「美月……!!」
青紫の声など、耳に入らないのか、美月は迷う事なく片手を胸の前に構えると、呪文を唱え始める。
「__この血をもって、我が望みを聞き届けよ__!」
青紫は優子を隠すように、一歩前へ出る。
「優子さん、私の傍を離れないで」
青紫の切羽詰まった声に、優子は頷くと、青紫の傍に寄る。
強い風が吹いたかと思うと、目を開けていられないほどの眩しい光が放たれる。
「きゃあ……!」
「くっ……!」
青紫は優子を守るように覆い被さった。
(ここは……どこ……?)
「……え?」
地べたに座らせられた優子は、手を後ろで組まされ、頑丈な鎖でパイプと繋げられていた。
「何これ……っ……」
解こうとするも、手首が痛むだけでまったく解けない。ひとまず落ち着かなければと、優子はゆっくりと大きく深呼吸した。
外は雨が降っているのか、ポタポタと雨が地面に落ちる音が聞こえる。
深呼吸を数回繰り返すと、冷静に状況を整理しはじめた。仕事から帰ってきた青紫を出迎え、庭園を散歩しようと誘われ、一人で先に庭園へと足を運んだ。そこで青紫を待っていて……それで、そこに美月が来た。
「……美月……」
「目が覚めた?」
薄暗い中から美月が姿を現す。
「美月……? ここはどこなの? どうして私は鎖で繋がれているの?」
美月は優子の前まで来ると足を止め、しゃがみ込んだ。
「僕が、優子を拉致したから」
「拉致……? 何のためにそんなこと」
「分からない?」
訝しげにする優子に、美月は両手を広げると散歩でもするかのように、楽しそうに辺りを歩き出す。
そして、足を止め優子を見る。
優子はゾクっとした。
美月は不気味な笑みを浮かべる。その瞳は、真っ黒だった。
「ここに兄さんを誘き出して、殺すためさ」
優子の中に恐怖と困惑が広がっていく。
「こっ、殺すって……どうして、あなたは青紫さんのことを」
「大好きだよ。でも、それと同じくらい憎くもある。兄さんは全てを持っている。お祖父様に愛されて、祓い屋としても優秀。陰で悪く言ってる一門の連中だって、本当は兄さんを尊敬している。何よりも……一番は、お前だよ」
「私……?」
「兄さんは僕と同じだった。誰も愛さず、誰の愛も受け取らない。そんな孤高の存在だった兄さんが、お前を愛したことで、妖怪に情けまでかけ弱くなった」
美月は懐からナイフを取り出す。尖ったナイフの先端が向けられ、優子は息を呑んだ。
頭では冷静にならないといけないと分かっていても、体は目に映ったナイフを見て命の危機を感じ、恐怖でガタガタと震え出してしまう。
「本当はすぐにでもこうするべきだったんだ。少し遅くなったけど、まだ間に合う。兄さんも一人じゃ寂しいだろうから、優子さんに一緒に死んでもらおうと思って」
怯える優子を宥めるように美月は優しく言う。
「大丈夫だよ、痛いのはほんの一瞬だから」
美月はゆっくりとした足取りで優子に近づくと、しゃがみ込み、首元にナイフをあてる。
このまま、喉を掻き切るつもりだ。
「や、やめて……」
優子が涙を浮かべ、そう乞うも、美月は不気味な笑みを浮かべ続けるだけ。
「あの世で、兄さんとお幸せに」
ぎゅっと目を瞑る優子。
涙が頬を伝った。
「青紫さん、愛してます」
そう言った次の瞬間__。
天井のガラスが大きな音を立て、割れた。
驚いた美月と優子が天井を見上げると、漆黒の翼を背にした青紫が、割れたガラスと舞い降りてくる。
青紫は異能で、鎖を溶け落とすと、目にも止まらぬ速さで優子を抱き抱え、美月から引き離す。
「来ると思ったよ兄さん。でも、少し驚いたな、そんな姿を優子さんに見せるなんて……」
「青紫さん……」
優子の呼びかけに、青紫は腕の中にいる優子を見下ろす。血のように真っ赤な左目の奥に宿る優しさに、優子は青紫なのだと実感し、青紫に抱きついた。
「怖かった……」
ここまで全速力で来てくれたのだろう。青紫は肩で息をし呼吸も荒い。その身体は雨に滴っている。
濡れた着物に顔をうずめ、その存在を確認するかのようにすがるように抱きつく優子に、青紫は囲い込むように優しく抱きしめる。
「ほんとイラつく……少しは気味悪がれよ……」
そんな二人に美月は苛立ち、ぼそっと呟く。
青紫の厳しい視線が美月に注ぐ。
「美月、なぜこんなことを。あなたは優子さんを慕っていたはずです」
「勘違いも甚だしいよ兄さん。僕はその女が大嫌いなんだ」
青紫は訳が分からず怪訝な顔をする。
「青紫さん、美月はあなたを殺そうとしています。ここから早く逃げましょう」
優子は焦ってそう言う。
「もう遅いよ」
廃墟の扉が音を立てて開く。入ってきたのは、中年の男だった。
「遅かったか?」
男は不敵な笑みを浮かべ、こちらに近づいてくる。
「いいえ、時間通りです」
美月は親しそうに男と言葉を交わす。
見覚えのある男に、優子は首を捻る。
(この人……どこかで)
そこで優子はハッとする。
「あの人、紅葉さんの夜会にいらしていた方です」
「夜会に……?」
あの時、優子を追いかけてきた、陰湿な祓い家の男だった。
優子を見て、男はニヤリと笑う。
「久しぶりだな。まさか、また会えるとは思わなかった。これも、黒羽のお坊ちゃまのおかげだな」
その意味深な発言に、青紫は目を細める。
「……どういう意味ですか」
「彼はお祖父様が探していた、あの未熟な祓い屋だよ。でも、未熟ってのは少し言い過ぎかな。妖力は強い方だし、そこそこ使える祓い屋だよ」
「嬉しいものだね。名門一族である、黒羽一門のお坊ちゃまに褒めてもらえるなんて」
男は皮肉な笑みを浮かべそう言う。
「グルだったのですか?」
青紫の核心をついた問いに、美月は笑みを浮かべず答える。
「そうだよ。始めから、全部、僕が仕組んだことさ」
(そんな……)
優子は愕然とした。
「でも、あれはテストだったんだ。兄さんが落ちぶれていないか。結果は最悪だったけど。……だから、当初の予定を決行することにした」
夜会にいた男は懐から赤い壺を出す。
その壺を見た瞬間、青紫の表情が怖ばった。
「それは……」
「この壺の中には、厄除けの妖怪が封じ込められている」
「厄除け……?」
「古来より、人間の厄を代わりに受け持ち、その厄を力として、生き長えられてきた。いわば、災いの塊です。そう言った壺があると耳にしたことはありましたが、まさか、本当に実在していたとは……」
そんな恐ろしい妖怪を、壺から出してしまうのは、まずいのでは。
「異能を持つ兄さんは、そこらの妖怪じゃ相手にならない。確実にその息の根を止めるには、こいつが必要だった」
言いながら、男の隣に立った美月は、壺を指で突く。
「だから、この男と手を組んだってわけ。
「俺はこの妖怪の封印は解けないし、協力すれば、一門にも入れてやるって言うからな、願ったり叶ったりさ」
美月は男から壺を受け取ると、あらかじめ用意していたのであろう、陣の中に立つ。
「やめなさい美月……!!」
焦った青紫が、声を荒げる。
「その妖怪を壺から出せば災が起きる。封印を解いたあなたも、無傷じゃいられない……!」
血相を変えた青紫が必死に止めるも、美月は虚な瞳で青紫を見る。
「……もう、何が正解か分からないよ」
美月は持っていたナイフで自分の腕を切ると、陣の中に血を落とし始める。
「美月……!!」
青紫の声など、耳に入らないのか、美月は迷う事なく片手を胸の前に構えると、呪文を唱え始める。
「__この血をもって、我が望みを聞き届けよ__!」
青紫は優子を隠すように、一歩前へ出る。
「優子さん、私の傍を離れないで」
青紫の切羽詰まった声に、優子は頷くと、青紫の傍に寄る。
強い風が吹いたかと思うと、目を開けていられないほどの眩しい光が放たれる。
「きゃあ……!」
「くっ……!」
青紫は優子を守るように覆い被さった。
