(青紫さん、もうすぐ帰ってくるかしら……)
立ったたまま、落ち着きなくと客間をぐるぐると回る優子。
(あんな状態で、仕事に行った美月も心配だし……)
見送りの際、美月に声をかけた優子。美月は気丈に振る舞っていたが、どことなく元気がなかった。
青紫は頭首になりたいわけではない。あの言葉通り、一門と一縷を支えたいだけ。だが、現状、それも一門が認めることは難しいだろう。周りと違うと、普通ではないと忌まわしがられても、自分を曲げず己の道を突き進んできた青紫。胸が張り裂けそうな痛み、腹の底から沸き上がるような強い憎しみを抱えようとも、歩みを止めない。それは、とても辛く、険しい道だろう。しかし、青紫の隣には優子がいる。優子は肩に乗せらた紫色のスカーフに、そっと片手を置くと、目を閉じた。
(……これか先、たとえどんな事が起きようとも、私は、青紫さんと生きる)
一門がどう思おうとも、どれだけの人や妖怪が青紫を忌まわしく思おうとも、自分だけは、青紫を信じ、側にいる。それは、青紫に深い愛情を抱く優子の、決して揺るがない決意だ。
開かれた優子の凛した瞳は、強い光を放っている。
「優子さん」
振り向くと、襖にミミを腕に抱いた一縷が立っている。
「青紫たちが戻ってきたみたいだよ」
優子が正面玄関に到着すると、タイミングよく門が大きな音を立て、開かれる。青紫の姿が見えると、優子は安堵した表情をする。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
青紫は優子を見ると、優しく微笑む。
「封じ込められた妖怪に、話を聞くことが出来ました」
一縷は満足げに青紫に頷く。
「詳しいことは、中で聞くとしよう」
「はい。優子さん、後で一緒に庭園を散歩をしませんか?」
青紫の提案に、優子の顔にはパッと華やかな笑みが浮かぶ。
「いいですね」
「さっきに行って待っていてください。お祖父様との話が終わったら、すぐに行きますから」
「分りました」
優子は一度、寝室に戻ると、軽く身なりを整え、庭園に向かった。
少しでの時間でも、青紫と一緒に過ごせるのはやはり嬉しい。今か今かと青紫が来るのを待っていると、後ろから足音が聞こえる。青紫だと思い、優子は笑顔で振り向くが、そこにいたのは美月だった。
「美月……」
「やあ、優子」
空元気な美月を前に、優子の表情は不安げに曇る。そんな優子を気遣っているのかいないのか、美月は仮面のように張り付けた笑みを浮かべ、優子の前に立つ。
「いやーさっきの兄さん、すごかったんだよ。苛立ってた妖怪を沈めて、冷静に話をしたんだ。妖怪も兄さんを信用して、心を開いていた」
そう言うと、美月からスッと笑みが消える。
「まるで、人が変わったようだった」
俯き、そう呟く美月。その顔には、あの時のように、影が差している。そんな美月に、優子はだんだんと不信感を抱く。顔を上げたかと思うと、また仮面のように張り付けたな笑みを浮かべる美月。
「優子ってさ、妖怪、好きでしょ? パーティーの時も、煙たがることなくあいつらに親切にしてた。だからかな、冷酷無慈悲に妖怪を祓っていた兄さんが、妖怪に優しくなっちゃってたのは」
「……美月、どうしたの。なんか変よ」
「別に変なんかじゃないよ」
美月は表面的にはにっこりとした笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。美月は優子に近づく。危機感を持った優子は、無意識に後ろに下がる。
「どうして逃げるの」
「逃げてないわ」
「逃げてるよ」
優子は後ろを一瞥する。すぐ後ろには、鯉が泳ぐあの池がある。また一歩、一歩と近づいてくる美月に、優子はその場から動かずにいた。
「兄さんはいいよね。何があっても、自分の味方でいてくれる奥さんが側にいてくれて」
言いながら、美月は腰を折り曲げ、優子の頬を撫でる。至近距離で迫った美月の顔を見て、優子は腑に落ちた。
(……やっと分かった。どうして、美月と一緒にいると、落ち着かなくなるか)
その笑顔が、嘘を塗り重ねているからだ。
「美月……あなた、何をしようと」
美月は不敵に笑うと、素早い動きで懐から札を取り出し、優子の額に貼った。優子は即座に気を失い、前に倒れ込む。美月は両腕で優子を抱き止めた。
「……馬鹿だな、優子は。僕のことなんて気にせず、早く逃げればよかったのに……」
そう呟くと、美月は優子の両膝に腕を通し抱き上げる。そして、庭園から歩き去った。
美月が立ち去り少し経った頃、青紫が庭園にやって来た。優子の姿がどこにもないことに、青紫は疑問を抱いた。池の前には、青紫が優子に贈った、紫色のスカーフが落ちていた。青紫はスカーフを拾い上げる。
(どういうことだ)
優子の姿はどこにもなく、スカーフだけがここにあった。
「優子さん、どこへ……」
立ったたまま、落ち着きなくと客間をぐるぐると回る優子。
(あんな状態で、仕事に行った美月も心配だし……)
見送りの際、美月に声をかけた優子。美月は気丈に振る舞っていたが、どことなく元気がなかった。
青紫は頭首になりたいわけではない。あの言葉通り、一門と一縷を支えたいだけ。だが、現状、それも一門が認めることは難しいだろう。周りと違うと、普通ではないと忌まわしがられても、自分を曲げず己の道を突き進んできた青紫。胸が張り裂けそうな痛み、腹の底から沸き上がるような強い憎しみを抱えようとも、歩みを止めない。それは、とても辛く、険しい道だろう。しかし、青紫の隣には優子がいる。優子は肩に乗せらた紫色のスカーフに、そっと片手を置くと、目を閉じた。
(……これか先、たとえどんな事が起きようとも、私は、青紫さんと生きる)
一門がどう思おうとも、どれだけの人や妖怪が青紫を忌まわしく思おうとも、自分だけは、青紫を信じ、側にいる。それは、青紫に深い愛情を抱く優子の、決して揺るがない決意だ。
開かれた優子の凛した瞳は、強い光を放っている。
「優子さん」
振り向くと、襖にミミを腕に抱いた一縷が立っている。
「青紫たちが戻ってきたみたいだよ」
優子が正面玄関に到着すると、タイミングよく門が大きな音を立て、開かれる。青紫の姿が見えると、優子は安堵した表情をする。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
青紫は優子を見ると、優しく微笑む。
「封じ込められた妖怪に、話を聞くことが出来ました」
一縷は満足げに青紫に頷く。
「詳しいことは、中で聞くとしよう」
「はい。優子さん、後で一緒に庭園を散歩をしませんか?」
青紫の提案に、優子の顔にはパッと華やかな笑みが浮かぶ。
「いいですね」
「さっきに行って待っていてください。お祖父様との話が終わったら、すぐに行きますから」
「分りました」
優子は一度、寝室に戻ると、軽く身なりを整え、庭園に向かった。
少しでの時間でも、青紫と一緒に過ごせるのはやはり嬉しい。今か今かと青紫が来るのを待っていると、後ろから足音が聞こえる。青紫だと思い、優子は笑顔で振り向くが、そこにいたのは美月だった。
「美月……」
「やあ、優子」
空元気な美月を前に、優子の表情は不安げに曇る。そんな優子を気遣っているのかいないのか、美月は仮面のように張り付けた笑みを浮かべ、優子の前に立つ。
「いやーさっきの兄さん、すごかったんだよ。苛立ってた妖怪を沈めて、冷静に話をしたんだ。妖怪も兄さんを信用して、心を開いていた」
そう言うと、美月からスッと笑みが消える。
「まるで、人が変わったようだった」
俯き、そう呟く美月。その顔には、あの時のように、影が差している。そんな美月に、優子はだんだんと不信感を抱く。顔を上げたかと思うと、また仮面のように張り付けたな笑みを浮かべる美月。
「優子ってさ、妖怪、好きでしょ? パーティーの時も、煙たがることなくあいつらに親切にしてた。だからかな、冷酷無慈悲に妖怪を祓っていた兄さんが、妖怪に優しくなっちゃってたのは」
「……美月、どうしたの。なんか変よ」
「別に変なんかじゃないよ」
美月は表面的にはにっこりとした笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。美月は優子に近づく。危機感を持った優子は、無意識に後ろに下がる。
「どうして逃げるの」
「逃げてないわ」
「逃げてるよ」
優子は後ろを一瞥する。すぐ後ろには、鯉が泳ぐあの池がある。また一歩、一歩と近づいてくる美月に、優子はその場から動かずにいた。
「兄さんはいいよね。何があっても、自分の味方でいてくれる奥さんが側にいてくれて」
言いながら、美月は腰を折り曲げ、優子の頬を撫でる。至近距離で迫った美月の顔を見て、優子は腑に落ちた。
(……やっと分かった。どうして、美月と一緒にいると、落ち着かなくなるか)
その笑顔が、嘘を塗り重ねているからだ。
「美月……あなた、何をしようと」
美月は不敵に笑うと、素早い動きで懐から札を取り出し、優子の額に貼った。優子は即座に気を失い、前に倒れ込む。美月は両腕で優子を抱き止めた。
「……馬鹿だな、優子は。僕のことなんて気にせず、早く逃げればよかったのに……」
そう呟くと、美月は優子の両膝に腕を通し抱き上げる。そして、庭園から歩き去った。
美月が立ち去り少し経った頃、青紫が庭園にやって来た。優子の姿がどこにもないことに、青紫は疑問を抱いた。池の前には、青紫が優子に贈った、紫色のスカーフが落ちていた。青紫はスカーフを拾い上げる。
(どういうことだ)
優子の姿はどこにもなく、スカーフだけがここにあった。
「優子さん、どこへ……」
