人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

森に奥にやって来ると、庵は木こりの上に壺を並べ、青紫の後ろに下がる。少し距離を空け、壺の前に立つ青紫。四つの壺の中にいる妖怪は、妖力の強さが少しずつ違う。おおかた、力試しでもしていたのだろう。
四つの壺の中に、一つだけカタカタと音を鳴らし、左右に揺れ動いている壺がある。中からは強い怒りの妖気を感じる。この感じだと、出ようと中で暴れているのだろう。最後にしてもいいが、暴れられては面倒だ。
「美月、あとの三体を頼めますか? 私はこいつをどうにかします」
青紫はカタカタと揺れ動く壺を指差して言う。
「分かった。壺を三つ、こっちに持ってきて」
美月は一門の三人にそう指示を出す。
「よろしいのですか美月様。あの三つはどう見ても、弱小の妖怪です」
「そうですよ、あなたほどのお方が、どうして青紫様に使われないといけないのですか」
「私たちの頭は青紫様ではない。あなた様なのです」
流石に我慢しきれず、思わず出てしまった言葉だったのだろうが、美月は嗜めるような視線を一門の部下たちに送った。その視線に、部下たちは怯む。
「いいから、兄さんいう通りに」
納得は言っていないようだが、一門の三人は大人しく美月の指示に従う。
決して、美月を軽んじているわけでも、その力を信頼していないわけでもない。青紫は美月を危険から遠ざけたいと、後の三体を頼んだのだが、思わぬ反感を買ってしまったようだ。
「若、この妖怪、怒り狂って攻撃してきそうですね」
「ええ、力づくでも押さえ込んで、話を聞いた方がいいでしょう。ですが、あまり手荒な真似はしないように。庵は念の為、封印の用意をお願いします」
「分かりました」
壺を前に、青紫は片手を構えると、呪文を唱え始める。徐々に揺れを強める壺。灰色の煙が壷の中から出ると、呪文を唱えていた青紫の手に力が入る。
「解き放たれませ解き放たれませ__」
青い光が放たれると、壺の中から花柄の着物を着た、華やかな髪の長い妖怪が出てくる。
「ドコダァァァァ祓い屋……!!」
思った通り、髪の長い妖怪の気性は荒く、青紫に気づくと、一気に距離を詰めてくる。至近距離になり、髪の長い妖怪は着物の帯で青紫を締め上げる。青紫の体は宙に浮いた。
「若……!」
髪の長い妖怪は、髪の毛を九尾の尻尾のように逆立って、血走った目で青紫を睨んでいる。
「貴様はさっきの祓い屋ではないな。言え!! あいつはどこに行った!!」
猛烈な怒りを露わにする髪の長い妖怪に、青紫は冷静に問う。
「私たちもその者を探しているのです。よければ、話を聞かせてもらえませんか」
「ハッ! 祓い屋の言うことを信じろと? お前たちは小賢しい手を使って、我らを消し去るではないか」
「危害を加えるつもりはありません。私は情報が欲しいだけですから」
青紫の言葉の真意を見定めるように、髪の長い妖怪は目を細めると、何かに気づいたようにハッと目を見開いた。そのまま少しの間、観察するようにじっと青紫を見据えると、呟いた。
「まさかな……」
青紫が首を捻っていると、巻きつけられていた着物の帯が外される。
「いいだろう、話をしてやる」
「ありがとうございます」
「……」
笑みを浮かべる青紫を、髪の長い妖怪は何も言わずじっと見る。
「あなたを封じ込めた祓い屋は、ここら一体の妖怪を見境なく払っていると聞きました」
「ああ、小物から中級までやられている。私は心の赴くままに旅をしていてな、近道をしようとこの森に入ったのだが、そこであいつに遭遇した」
「どんな人物でしたか」
「……男だった。ここらでも見たことない奴だったな。高飛車そうな態度で、あれは自分の力過信しすぎているいるようなタイプだろうな」
封印されたことがよほど癇に障っているのか、髪の長い妖怪はへそを曲げた様子でそう言う。
「祓い術の腕の方は?」
「私が言うのもだが、そこまで高い腕はないだろうな。ただ、小賢しい手を使ってくる。私を封じ込めた時も、周りにいた小物たちを人質にしていた」
なるほど、それで、他に三つ壺があったわけか。
「参考になったか?」
「ええ、とても。あなたのおかげで、作戦が立てられそうです。そこまで素直に話してくれるとは思わなかったので、少し驚いていますが」
髪の長い妖怪は、何かに思い耽るように目を閉じると、ゆっくりと目を開けた。
「……懐かしかったのだ」
「え?」
「昔、お前によく似た人間に会ったことがある。そいつも、お前のように掴みどころがなく、表面上には笑みを浮かべていた。……だが、お前と違って、いつも寂しそうだった」
「……それは、私と同じ、祓い屋の女性ではありませんでしたか」
「いや、そいつは妖怪だ」
(妖怪……)
「人間に興味があったのか、よく森を出ては、人間に紛れているのを見かけた。赤い瞳に、漆黒の翼……そう、あれは八咫烏だ」
髪の長い妖怪の言葉に、青紫は大きく目を見開く。
何という因果なのか。
「……おそらく、それは私の父だと思います」
「なんだと?」
髪の長い妖怪は前のめりになる。
「私の母は人間、父は八咫烏。私は半妖です」
「……そうか」
髪の長い妖怪は、妙に納得した様子を見せる。
「お前からは不思議な匂いがしていたが、半妖だからか。お前がいるということは、あいつは、好いた者と一緒になれたんだな。……よかった」
髪の長い妖怪は、目を細め、優しげな笑みを見せる。よかった。その一言には、何とも言えない温かみを感じだ。
そこへ、封じ込められていた他三つの壺から妖怪を出した美月が、青紫の元へ戻って来る。
「これは……思ってたよりも、強い妖怪が封印されていたね。手を貸すよ、兄さん」
美月は片手を構え、呪文を唱え始める。
「ッアア……!!」
髪の長い妖怪は、美月の呪文に苦痛の声を上げる。青紫は美月の前に立つと、手で止めるよう制する。
「必要ありません」
キッパリと言い切る青紫のその姿に、美月は驚く。
「……どうしたの兄さん、いつもの兄さんなら、情報を聞き出したら、即刻祓ってる」
「この妖怪は祓わずとも、私たちを危険に晒すことはしません」
見合う青紫と美月。どのくらい見合っていたのか分からない。美月は肩を落とすと、青紫から視線を逸らした。
「分かったよ」
美月は構えていた片手を下ろす。髪の長い妖怪は苦しみから解放されると、体から力が抜け、その場に座り込んでしまう。青紫は髪の長い妖怪に片手を差し出す。
「大丈夫ですか」
「ああ……」
髪の長い妖怪は、青紫の片手を掴むと立ち上がる。その様子を美月は覚めた目で見ていた。
「今日はこの辺にして、お祖父様に報告しましょう」
そう言った青紫に、美月は笑みを浮かべる。
「そうだね」
青紫が背を向けると、美月の顔からスッと笑みが消える。
「……そんな手ぬるい方法じゃ、祓い屋としてやっていけないよ」
美月のその呟きは誰に聞こえることもなく、風となって消えた。