昼ご飯を済ませると、青紫は優子と一縷に見送られ屋敷を出て、近隣の森へとやって来た。先頭を歩く青紫、傍らには庵がいる。少し間を空け、後ろに美月と一門の三人が後に続く。視線を感じ、横目で後ろを見ると、一門の三人はじっと青紫を見ていた。その視線は監視されていると言う感じだ。
(まぁ……様子を伺っているだけだろうが)
三人は美月の直属の部下らしいが、青紫のことを良く思っていないのだろう。当然と言えば当然だか。
しばらく歩くと、洞窟が見える。洞窟の入り口は縦に二メートルほどの高さがあり、中は真っ暗で何も見えない。
青紫は洞窟の前で足を止める。
「まずは、この森の主に話を聞くとします。ですが、この洞窟に住む妖怪は人嫌いなので、私に任せていただきたい」
青紫の問いに、一門の三人は美月を見る。頭である美月の答えを待っているようだ。
「いいよ、分かった。僕たちは何もしない」
美月は快くそう言う。
「ありがとうございます」
洞窟の入り口に立つと、青紫は片手を押し付けるようにして、洞窟の前に構える。そして目を閉じ、意識を集中させる。洞窟の入り口には、この洞窟に住む妖怪が張った結界がある。その妖怪の結界を好意的に掻い潜る事ができるのは、青紫のみだ。
透明な膜がしなるような動きを見せると、ピンと糸を張るように伸びる。そして、透明だった膜は紫色に光はじめ、青紫が放つ青い光と共鳴し合うかのように混ざり合うと、結界が消える。
「入っていいそうです」
振り向いた青紫はそう言うと、洞窟の中を進んだ。青紫は神経を尖らせ、肌でその妖怪の存在を感じる。二百メートルくらいだろうか、真っ暗な暗闇の中を進み続けると、青紫は足を止めた。
「ふふっ……久しい奴がきたね。と言っても、そうでもないのか?」
青紫の頬にそっと頬が擦り寄せられる。
「会いたかったよ、我が息子」
閃光のようにろうそくに火が灯り、オレンジ色の光が洞窟を包む。青紫は自分を抱き囲む巨大な白い龍を、笑みを浮かべ見上げた。
「私もです。紫苑」
「元気そうで何よりだ。すっかり男になったな」
「あなたの元を離れて、もう十年経ちますから」
「十年など、大した時間ではないだろうに」
紫苑の返答に、おかしそうに笑う青紫。
「あなた方妖怪からしたら、そうなのでしょうね」
「クククッ……人間の時は、我ら妖怪に比べれば瞬き程度……半妖であるお前は、時の流れをどんな風に感じているんだ?」
青紫はわざとらしく肩を落としてみせる。
「思いの外、人間と同じ感覚です。肉体も見ての通り、大差ありません。強いて言うなら……異能を使えるかどうかです」
おかしそうにそう言いながら、青紫は片手から冷気を出す。
「人間の妻を娶ったと聞いたが、それは本当か?」
「ええ、美人さんですよ」
青紫の言葉に、紫苑は鼻で笑う。
「今日は一緒じゃないんだな?。会えなくて残念だ」
「今度、来るときは、一緒に来ますよ」
「そうしてくれ」
「積もる話もありますが、今日、私がここに来た理由……あなたならお分かりでしょう」
青紫の言葉に、紫苑は目を伏せる。
「そろそろ黒羽の者が来ると思っていたが、まさか、こんな大所帯とはな」
そう言い、紫苑はおかしそうに、青紫の後ろにいる美月たちを見る。
「それに、小狐も一緒だ」
紫苑は目を細め、興味深そうに庵を見ると、青紫に視線を戻す。
「最近多発している、妖怪を見境なく祓う祓い屋の件だろう?」
「ええ、何か知っていることがあれば、教えてほしいのです」
「そうだな……あれは、数日前のことだ」
紫苑は暇つぶしに、小物たちを脅かしてやろうと思い、この洞窟を出て、森の中を浮遊していた。だが、いくら飛び回っても小物たちの姿は見えなかった。仕方がなく地に降り立つと、見かけない男がいたという。紫苑は木の影から男の様子を伺った。男は、怯える小物たちを壺の中に封じ込めると、ゴミのように地面に捨て、その場から立ち去って行った。あんな中途半端なやり方は、黒羽の者ではない。気になって、当たりを飛び回っていると、他の場所でも壺が捨てられて、中には妖怪が封じ込められていた。壺の中からは、妖怪の声が聞こえた。怖くて泣いている者もいれば、怒り狂っている者もいた。
紫苑は自分の背に目を向ける。そこには、四つの壺が置かれている。庵は壺を手にすると、青紫へ振り向く。
「どの壺も、大した妖怪は封じ込められていないようです」
「小物を相手にして、自分が大きくなった気でいるのでしょう。未熟な祓い屋がしそうなことですね」
「その程度の封印なら、私が解いてやってもよかったが、面倒ごとは避けたい。そのうち黒羽の者が来るだろうと思っていたしな。お前がどうにかしてやってくれ」
そう言うと、紫苑ニヤリとした悪い笑みを浮かべる。
「無論、祓ってしまっても構わないぞ。異能の使い方は、教えただろ?」
紫苑の言葉に、青紫は控えめな笑みを浮かべる。その姿に、紫苑は意外そうな顔をする。
「壺は全て回収してください」
庵は頷くと、置かれていた四つの壺を持っていた袋の中に入れる。
「ありがとうございます。あとは、封じ込められた妖怪に話を聞くとします」
立ち去ろうとする青紫を紫苑は引き止める。
「気をつけろ青紫。あの男からは嫌なものを感じた。とても邪悪なものだ」
足を止め振り向いた青紫は、紫苑の頬に片手を伸ばす。そっと自分の頬に触れた青紫の優しい手に、紫苑は驚いたように目を見開く。
青紫は穏やかに微笑むと、紫苑から手を離す。遠ざかっていく青紫を考え深そうに見つめる紫苑。ふとその視界に、青紫の後に続く美月の姿が入る。
「小僧。お前からも、邪悪なものを感じるな」
紫苑の言葉に、美月は足を止める。
「お前、闇を抱えているだろ?」
面白がるような笑みを浮かべ、興味深そうに問う紫苑に、振り向いた美月は笑みを浮かべる。
「何のこと? 僕は闇なんて抱えてないよ」
「私の目は騙せないよ。私は人間の心の闇が大好物なんだ」
紫苑はシルバー色の瞳を光らせながら、ペロリと唇を舐め言う。
「だから、兄さんのことも気に入ったんでしょ? 兄さんは、神への導きを示す八咫烏。でも同時に、闇を映す鏡でもある」
紫苑は黙って美月を見つめると、何かを考え込むように俯き、ふと笑う。
「それだけじゃないさ……」
何かを懐かしむように目を細めると、もう振り向くことなく出口へと進む青紫の背中を見つめた。
「小僧、力を求めすぎるなよ。それはいずれ、己の滅亡を意味する」
「ご忠告どうも」
美月はそう不敵に微笑んだ。
(まぁ……様子を伺っているだけだろうが)
三人は美月の直属の部下らしいが、青紫のことを良く思っていないのだろう。当然と言えば当然だか。
しばらく歩くと、洞窟が見える。洞窟の入り口は縦に二メートルほどの高さがあり、中は真っ暗で何も見えない。
青紫は洞窟の前で足を止める。
「まずは、この森の主に話を聞くとします。ですが、この洞窟に住む妖怪は人嫌いなので、私に任せていただきたい」
青紫の問いに、一門の三人は美月を見る。頭である美月の答えを待っているようだ。
「いいよ、分かった。僕たちは何もしない」
美月は快くそう言う。
「ありがとうございます」
洞窟の入り口に立つと、青紫は片手を押し付けるようにして、洞窟の前に構える。そして目を閉じ、意識を集中させる。洞窟の入り口には、この洞窟に住む妖怪が張った結界がある。その妖怪の結界を好意的に掻い潜る事ができるのは、青紫のみだ。
透明な膜がしなるような動きを見せると、ピンと糸を張るように伸びる。そして、透明だった膜は紫色に光はじめ、青紫が放つ青い光と共鳴し合うかのように混ざり合うと、結界が消える。
「入っていいそうです」
振り向いた青紫はそう言うと、洞窟の中を進んだ。青紫は神経を尖らせ、肌でその妖怪の存在を感じる。二百メートルくらいだろうか、真っ暗な暗闇の中を進み続けると、青紫は足を止めた。
「ふふっ……久しい奴がきたね。と言っても、そうでもないのか?」
青紫の頬にそっと頬が擦り寄せられる。
「会いたかったよ、我が息子」
閃光のようにろうそくに火が灯り、オレンジ色の光が洞窟を包む。青紫は自分を抱き囲む巨大な白い龍を、笑みを浮かべ見上げた。
「私もです。紫苑」
「元気そうで何よりだ。すっかり男になったな」
「あなたの元を離れて、もう十年経ちますから」
「十年など、大した時間ではないだろうに」
紫苑の返答に、おかしそうに笑う青紫。
「あなた方妖怪からしたら、そうなのでしょうね」
「クククッ……人間の時は、我ら妖怪に比べれば瞬き程度……半妖であるお前は、時の流れをどんな風に感じているんだ?」
青紫はわざとらしく肩を落としてみせる。
「思いの外、人間と同じ感覚です。肉体も見ての通り、大差ありません。強いて言うなら……異能を使えるかどうかです」
おかしそうにそう言いながら、青紫は片手から冷気を出す。
「人間の妻を娶ったと聞いたが、それは本当か?」
「ええ、美人さんですよ」
青紫の言葉に、紫苑は鼻で笑う。
「今日は一緒じゃないんだな?。会えなくて残念だ」
「今度、来るときは、一緒に来ますよ」
「そうしてくれ」
「積もる話もありますが、今日、私がここに来た理由……あなたならお分かりでしょう」
青紫の言葉に、紫苑は目を伏せる。
「そろそろ黒羽の者が来ると思っていたが、まさか、こんな大所帯とはな」
そう言い、紫苑はおかしそうに、青紫の後ろにいる美月たちを見る。
「それに、小狐も一緒だ」
紫苑は目を細め、興味深そうに庵を見ると、青紫に視線を戻す。
「最近多発している、妖怪を見境なく祓う祓い屋の件だろう?」
「ええ、何か知っていることがあれば、教えてほしいのです」
「そうだな……あれは、数日前のことだ」
紫苑は暇つぶしに、小物たちを脅かしてやろうと思い、この洞窟を出て、森の中を浮遊していた。だが、いくら飛び回っても小物たちの姿は見えなかった。仕方がなく地に降り立つと、見かけない男がいたという。紫苑は木の影から男の様子を伺った。男は、怯える小物たちを壺の中に封じ込めると、ゴミのように地面に捨て、その場から立ち去って行った。あんな中途半端なやり方は、黒羽の者ではない。気になって、当たりを飛び回っていると、他の場所でも壺が捨てられて、中には妖怪が封じ込められていた。壺の中からは、妖怪の声が聞こえた。怖くて泣いている者もいれば、怒り狂っている者もいた。
紫苑は自分の背に目を向ける。そこには、四つの壺が置かれている。庵は壺を手にすると、青紫へ振り向く。
「どの壺も、大した妖怪は封じ込められていないようです」
「小物を相手にして、自分が大きくなった気でいるのでしょう。未熟な祓い屋がしそうなことですね」
「その程度の封印なら、私が解いてやってもよかったが、面倒ごとは避けたい。そのうち黒羽の者が来るだろうと思っていたしな。お前がどうにかしてやってくれ」
そう言うと、紫苑ニヤリとした悪い笑みを浮かべる。
「無論、祓ってしまっても構わないぞ。異能の使い方は、教えただろ?」
紫苑の言葉に、青紫は控えめな笑みを浮かべる。その姿に、紫苑は意外そうな顔をする。
「壺は全て回収してください」
庵は頷くと、置かれていた四つの壺を持っていた袋の中に入れる。
「ありがとうございます。あとは、封じ込められた妖怪に話を聞くとします」
立ち去ろうとする青紫を紫苑は引き止める。
「気をつけろ青紫。あの男からは嫌なものを感じた。とても邪悪なものだ」
足を止め振り向いた青紫は、紫苑の頬に片手を伸ばす。そっと自分の頬に触れた青紫の優しい手に、紫苑は驚いたように目を見開く。
青紫は穏やかに微笑むと、紫苑から手を離す。遠ざかっていく青紫を考え深そうに見つめる紫苑。ふとその視界に、青紫の後に続く美月の姿が入る。
「小僧。お前からも、邪悪なものを感じるな」
紫苑の言葉に、美月は足を止める。
「お前、闇を抱えているだろ?」
面白がるような笑みを浮かべ、興味深そうに問う紫苑に、振り向いた美月は笑みを浮かべる。
「何のこと? 僕は闇なんて抱えてないよ」
「私の目は騙せないよ。私は人間の心の闇が大好物なんだ」
紫苑はシルバー色の瞳を光らせながら、ペロリと唇を舐め言う。
「だから、兄さんのことも気に入ったんでしょ? 兄さんは、神への導きを示す八咫烏。でも同時に、闇を映す鏡でもある」
紫苑は黙って美月を見つめると、何かを考え込むように俯き、ふと笑う。
「それだけじゃないさ……」
何かを懐かしむように目を細めると、もう振り向くことなく出口へと進む青紫の背中を見つめた。
「小僧、力を求めすぎるなよ。それはいずれ、己の滅亡を意味する」
「ご忠告どうも」
美月はそう不敵に微笑んだ。
