頭首が呼んでいる。鶴岡にそう言われ、青紫は一縷の元を訪れていた。
正座をし、一縷と向かい合う青紫。
一縷の膝の上には、ミミが体を丸め、気持ちよさそうに寝ている。
「この一帯の森で、祓い屋を名乗るものが、妖怪を見境なく祓っていると噂を耳にした。おそらく、未熟な祓い屋が、一門に入りたいとその存在を示しているのだろう」
多くの祓い屋は黒羽、漆原のように名門一族出身者か、九条のように旧家の出身者で、代々、力を継承し祓い屋している者が多い。だが、稀に妖力を持った素人が、独学で祓い屋になることもある。それがまた厄介なもので、奴らの中には術の使い方が甘く、中途半端に妖怪を封じ込めたりする。その尻拭いを一門がしているというわけだ。
「妖怪といえど、見境なく払うのは、私たち黒羽一門の美学に反する。何より、私たちの私有地で事は起こっているのだ」
一縷のいう通りだ。黒羽一門は膨大な土地を所有しているが、その一帯の森で事は起きている。好き勝手させてしまえば、一門の顔が立たない。
(しかし、これは私が為すべきことではない)
「みなにお前が頭首としてみなを認めさせる、良い機会だと思わないかい?」
「お祖父様、昨日も言いましたが、私は頭首になる気はありません。それに、頭首に相応しいのは美月です、私ではない」
華奢だった体は鍛え抜かれ、傷もあった。美月は頭首になるために、血の滲むような努力をしてきたはずだ。
「私にはお受けできかねます」
そう言い、青紫は腰を上げ部屋を出て行こうとする。
「まあそう言うな。紫苑にも、もう随分と会ってないだろうに」
その名に、青紫は足を止める。
「せっかくだ、会いに行ってやりなさい」
部屋を出ると、青紫は大きくため息をついた。
(お祖父様もずるい方だ。あんなこと言われたら、断れないじゃないか)
頭を抱える青紫。ふと、気配を感じ見ると、そこには美月が立っている。
「美月……」
「お祖父様から、話聞いた?」
「ええ……」
「サポート役に僕も行くようにって。出発は正午、僕の部下たちも連れていくから、遅れないでね」
そう言うと、美月は青紫に背を向けて歩き出す。
「美月……!」
思わず呼び止めた青紫に、美月は足を止める。
「私は……」
(なんて、言えばいいんだ……)
振り向いた美月は、思い詰めた表情をする青紫を見ると、いつものように明るい笑みを浮かべた。
「そんな顔しないでよ。頭首になれなかったのは残念だけど、兄さんがいてくれれば、僕も心強いし、一門は安泰だよ」
(違う……そんなことを言わせたいんじゃない。そんな顔を、させたいわけじゃない)
「……じゃあ、また後で」
そう言うと、美月は行ってしまう。
客間の襖を開けると、正座をした優子が青紫を出迎えた。青紫はテーブルを挟み、優子の正面に腰を下ろす。
「お祖父様のお話は何でした?」
聞きながら、優子は急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
「ここら一帯で、妖怪を見境なく祓っている、未熟な祓い屋の対処をしてほしいとのことでした」
「では、すぐにお仕事へ?」
「……本当は行きたくないのですが」
この依頼を受けてしまえば、頭首になることを認めているようにみえてしまう。あらぬ誤解はされたくない。だが、断ろうにも、もう断れない。
「お祖父様は、私が頭首になることを望まれています。ですが、家を出た身で、今更、頭首になるなど都合が良すぎる。美月も……辛い思いをしていますし」
美月のあんな表情は初めて見た。
「青紫さんの気持ちは、どうなのですか」
急須をテーブルの上に置いた優子は、青紫にそう問う。
「……えっ?」
「美月や他のことは抜きにして、青紫さんがどうされたいのかが、一番大切なことなのではないでしょうか」
(私の、気持ち……? 考えたこともなかった)
今までの人生、己が半妖であるがばかりに、何かを諦めることが当たり前だった。何かを望むことは、許されないと思っていた。
青紫は目の前に座り、自分を見据える優子を見る。
(だが、私は彼女と共に生きることを望み、選んだ)
貪欲になるなどもってのほか、だが、あともう少しだけ、何かを望んでもいいのなら……。
テーブルの上に置かれた青紫の片手を手に取る優子。
「私は、あなたを信じています。あなたがどんな選択をしても、私は、あなたの側にいます。決して、一人になどしない」
(ああ……この感じ)
この不思議な感覚に、根拠なんてものはない。優子といると、何でもできそうな気がする。
「……私は、お祖父様の力になりたい。一門を支えたい……」
そう言った青紫に、優子は優しい笑みを浮かべる。
「では、お仕事に行く準備をしましょうか」
青紫は優子の手に、もう片方の手を乗せると、力強く頷いた。
正座をし、一縷と向かい合う青紫。
一縷の膝の上には、ミミが体を丸め、気持ちよさそうに寝ている。
「この一帯の森で、祓い屋を名乗るものが、妖怪を見境なく祓っていると噂を耳にした。おそらく、未熟な祓い屋が、一門に入りたいとその存在を示しているのだろう」
多くの祓い屋は黒羽、漆原のように名門一族出身者か、九条のように旧家の出身者で、代々、力を継承し祓い屋している者が多い。だが、稀に妖力を持った素人が、独学で祓い屋になることもある。それがまた厄介なもので、奴らの中には術の使い方が甘く、中途半端に妖怪を封じ込めたりする。その尻拭いを一門がしているというわけだ。
「妖怪といえど、見境なく払うのは、私たち黒羽一門の美学に反する。何より、私たちの私有地で事は起こっているのだ」
一縷のいう通りだ。黒羽一門は膨大な土地を所有しているが、その一帯の森で事は起きている。好き勝手させてしまえば、一門の顔が立たない。
(しかし、これは私が為すべきことではない)
「みなにお前が頭首としてみなを認めさせる、良い機会だと思わないかい?」
「お祖父様、昨日も言いましたが、私は頭首になる気はありません。それに、頭首に相応しいのは美月です、私ではない」
華奢だった体は鍛え抜かれ、傷もあった。美月は頭首になるために、血の滲むような努力をしてきたはずだ。
「私にはお受けできかねます」
そう言い、青紫は腰を上げ部屋を出て行こうとする。
「まあそう言うな。紫苑にも、もう随分と会ってないだろうに」
その名に、青紫は足を止める。
「せっかくだ、会いに行ってやりなさい」
部屋を出ると、青紫は大きくため息をついた。
(お祖父様もずるい方だ。あんなこと言われたら、断れないじゃないか)
頭を抱える青紫。ふと、気配を感じ見ると、そこには美月が立っている。
「美月……」
「お祖父様から、話聞いた?」
「ええ……」
「サポート役に僕も行くようにって。出発は正午、僕の部下たちも連れていくから、遅れないでね」
そう言うと、美月は青紫に背を向けて歩き出す。
「美月……!」
思わず呼び止めた青紫に、美月は足を止める。
「私は……」
(なんて、言えばいいんだ……)
振り向いた美月は、思い詰めた表情をする青紫を見ると、いつものように明るい笑みを浮かべた。
「そんな顔しないでよ。頭首になれなかったのは残念だけど、兄さんがいてくれれば、僕も心強いし、一門は安泰だよ」
(違う……そんなことを言わせたいんじゃない。そんな顔を、させたいわけじゃない)
「……じゃあ、また後で」
そう言うと、美月は行ってしまう。
客間の襖を開けると、正座をした優子が青紫を出迎えた。青紫はテーブルを挟み、優子の正面に腰を下ろす。
「お祖父様のお話は何でした?」
聞きながら、優子は急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
「ここら一帯で、妖怪を見境なく祓っている、未熟な祓い屋の対処をしてほしいとのことでした」
「では、すぐにお仕事へ?」
「……本当は行きたくないのですが」
この依頼を受けてしまえば、頭首になることを認めているようにみえてしまう。あらぬ誤解はされたくない。だが、断ろうにも、もう断れない。
「お祖父様は、私が頭首になることを望まれています。ですが、家を出た身で、今更、頭首になるなど都合が良すぎる。美月も……辛い思いをしていますし」
美月のあんな表情は初めて見た。
「青紫さんの気持ちは、どうなのですか」
急須をテーブルの上に置いた優子は、青紫にそう問う。
「……えっ?」
「美月や他のことは抜きにして、青紫さんがどうされたいのかが、一番大切なことなのではないでしょうか」
(私の、気持ち……? 考えたこともなかった)
今までの人生、己が半妖であるがばかりに、何かを諦めることが当たり前だった。何かを望むことは、許されないと思っていた。
青紫は目の前に座り、自分を見据える優子を見る。
(だが、私は彼女と共に生きることを望み、選んだ)
貪欲になるなどもってのほか、だが、あともう少しだけ、何かを望んでもいいのなら……。
テーブルの上に置かれた青紫の片手を手に取る優子。
「私は、あなたを信じています。あなたがどんな選択をしても、私は、あなたの側にいます。決して、一人になどしない」
(ああ……この感じ)
この不思議な感覚に、根拠なんてものはない。優子といると、何でもできそうな気がする。
「……私は、お祖父様の力になりたい。一門を支えたい……」
そう言った青紫に、優子は優しい笑みを浮かべる。
「では、お仕事に行く準備をしましょうか」
青紫は優子の手に、もう片方の手を乗せると、力強く頷いた。
