優子が寝室に入ると、青紫の姿があった。
「美月は……?」
優子は首を横に振りながら、青紫の正面に座る。
「かなり落ち込んでいて、なんと言葉をかけていいのか……」
意気消沈する青紫に、優子も気を落とす。
「すいません、何もできず」
「いえ、優子さんが謝ることではありません。今夜は、ここに泊まることになりそうなのですが、大丈夫ですか」
「はい、多江さんには、後で連絡しておきます。それで、お祖父様の方は」
青紫は深いため息をつく。
「お前が次の頭首だ……との一点張りで」
「そうですか……」
(お祖父様には、お祖父様のお考えがあるのだろうけど……)
優子の頭には、落ち込んでいる美月の姿が思い浮かぶ。明るい美月があんな塞ぎ込んでしまうなんて。ただ隣で見ているだけでも、辛かった。
「あの……美月が養子だっていうのは、本当なんですか」
優子の問いに、青紫は目を伏せる。
「ええ、本当です」
「そう、ですか……」
「美月は、妖怪が見えることで、両親から気味悪がられ、捨てられました」
気味悪がられ、捨てられた。青紫のその言葉に、優子の目が僅かに見開かれる。食べ物を探し森を彷徨っていたところ、妖怪に襲われ、居合わせた一縷に助けられ、黒羽家に来たのだと言う。
「当時、美月は五歳と幼く、小さく弱いあの子は、この世界の全てに絶望していた。しかし、美月は妖力が強く、良くも悪くも祓い屋としての才能を開花させた。それからは、のめり込むように妖術を学んでいきました」
優子が前園家に来たのも、そのくらいの年頃だった。見えることで周りから厄介者使いされる。その辛さは、優子にも痛いほどよく分かる。
「力があの子を救った。でも同時に、力に支配されている。私は、いつかあの子が、その大きな力に飲み込まれてしまうのではないかと心配です」
不安気な青紫。血の繋がりが全てではない。青紫が美月を思う気持ちは本物だ。美月はああ言っていたが、一縷だって、美月を大切に思っている。
青紫は伏せていた目を優子に向け、笑みを浮かべる。
「今日は疲れたでしょう。早めに休みましょう」
そう言うと、青紫は寝室を出て行こうとする。
「えっ……ここで寝ないんですか?」
優子の問いに、襖を開けようとしていた青紫の手が、ぴたりと止まる。
一縷には、青紫と二人でこの寝室を使うようにと言われている。それは青紫も知っているはず。どこへ行こうとしているのか。
「青紫さん?」
不思議そうにする優子。振り向いた青紫は、優子の前にしゃがみ込むと、優子の額に、触れるだけの優しいキスをする。突然のことに、優子の頬はふわっと赤くなる。
「これでも一応、嫉妬しているんですよ」
「……え?」
(嫉妬……?)
「婚約者であった誠一郎さんのことや、親しくしている美月。あなたが私以外の誰かと仲良くしているのを見ると、こう……胸がモヤっとするんです。上手く言えませんが、良い気持ちではないんですよ」
言いながら、青紫は片手で胸の辺りを抑える。
「……こんな気持ちも、初めてです……」
優子と出会ってからというもの、青紫の中には、知らなかった感情がどんどん芽生える。それは渦を巻くように青紫の中に存在し続け、溢れ出してしまうそうになるものばかり。嫉妬というものだって、初めは何か分からなかったのだ。
(青紫さんが、嫉妬している……私のことが好き、だから……)
青紫の嫉妬を、優子は嬉しく思った。
「一緒に来てくださって、ありがとうございます。あなたがいなければ、今日を迎えることはできなかった」
「私は、何も……。でも、青紫さんのために何かできているのだとすれば、それは、とても嬉しいことです」
頬を染めた優子は、花が満開に咲き誇るような笑顔を青紫に向ける。青紫はそんな優子に心奪われたかのように、その笑顔に魅了される。
「……」
ぐっと気持ちを堪えるように背中を丸めると、青紫は優子の肩にトンっと、額を置く。
「あ、青紫さん……?」
すぐ近くに迫る青紫の顔。頬に掠る吐息。鳴り響く二つの鼓動。優子の体には力が入り、その心臓は更に高鳴る。
「これ以上、私を煽らないでください。我慢しているんですから」
「え……?」
(あ、煽る……?)
優子にはそんなつもりはない。
「……昔……一度だけ、妖力が暴走して、自我を忘れたことがあるんです」
まだ、妖怪の力をコントロールできていなかった頃、自我を忘れてしまい、妖怪化してしまった青紫は、異能を使い周りの人間に危害を加えてしまったことがあるのだと言う。幸い、一門に取り押さえられ事なきを終えたが、当時のことを、青紫は今も悔やんでいた。
優子の肩から顔を上げた青紫は、真剣な顔をする。
「あなたとの関係を、もっと先に進めたいと思っています。ですが、妖怪化した私は、あなたを傷つけてしまう可能性がある。もしそうなったら……私は自分を許せない。
青紫が最も恐れること。それは、優子を失うこと。優子もそうであるように、その存在が大切であればあるほどに、遠ざけてしまいたくなることもある。
「青紫さん……」
(そこまで、私を想ってくれているのですね)
だが、優子には確信していることがある。青紫が八咫烏の半妖であることを知ったあの日から。いや、もうずっと前からだ。初めて会った、あの時から__。
「あなたは、私を傷つけたりしないです」
「そんなこと、分からないじゃないですか」
「いいえ、分かるわ。あなたは私を傷つけない」
優子は青紫の片手を掴むと、両手でぎゅっと握り、自分の頬に添える。
「あなたのこの手は、いつも私を守ってくれている」
そして、凛とした瞳で、真っ直ぐに青紫を見る。
「あなたのその眼差しは、いつも私を優しく見つめてくれる」
優子は青紫に額を寄せる。
「だから、愛することを怖がらないで、私を拒絶しないで」
青紫の闇を映すかのような右目が揺れる。ゆっくりと額を離すと、青紫に微笑む優子。そして、どちらともなく、唇を重ねた。
「美月は……?」
優子は首を横に振りながら、青紫の正面に座る。
「かなり落ち込んでいて、なんと言葉をかけていいのか……」
意気消沈する青紫に、優子も気を落とす。
「すいません、何もできず」
「いえ、優子さんが謝ることではありません。今夜は、ここに泊まることになりそうなのですが、大丈夫ですか」
「はい、多江さんには、後で連絡しておきます。それで、お祖父様の方は」
青紫は深いため息をつく。
「お前が次の頭首だ……との一点張りで」
「そうですか……」
(お祖父様には、お祖父様のお考えがあるのだろうけど……)
優子の頭には、落ち込んでいる美月の姿が思い浮かぶ。明るい美月があんな塞ぎ込んでしまうなんて。ただ隣で見ているだけでも、辛かった。
「あの……美月が養子だっていうのは、本当なんですか」
優子の問いに、青紫は目を伏せる。
「ええ、本当です」
「そう、ですか……」
「美月は、妖怪が見えることで、両親から気味悪がられ、捨てられました」
気味悪がられ、捨てられた。青紫のその言葉に、優子の目が僅かに見開かれる。食べ物を探し森を彷徨っていたところ、妖怪に襲われ、居合わせた一縷に助けられ、黒羽家に来たのだと言う。
「当時、美月は五歳と幼く、小さく弱いあの子は、この世界の全てに絶望していた。しかし、美月は妖力が強く、良くも悪くも祓い屋としての才能を開花させた。それからは、のめり込むように妖術を学んでいきました」
優子が前園家に来たのも、そのくらいの年頃だった。見えることで周りから厄介者使いされる。その辛さは、優子にも痛いほどよく分かる。
「力があの子を救った。でも同時に、力に支配されている。私は、いつかあの子が、その大きな力に飲み込まれてしまうのではないかと心配です」
不安気な青紫。血の繋がりが全てではない。青紫が美月を思う気持ちは本物だ。美月はああ言っていたが、一縷だって、美月を大切に思っている。
青紫は伏せていた目を優子に向け、笑みを浮かべる。
「今日は疲れたでしょう。早めに休みましょう」
そう言うと、青紫は寝室を出て行こうとする。
「えっ……ここで寝ないんですか?」
優子の問いに、襖を開けようとしていた青紫の手が、ぴたりと止まる。
一縷には、青紫と二人でこの寝室を使うようにと言われている。それは青紫も知っているはず。どこへ行こうとしているのか。
「青紫さん?」
不思議そうにする優子。振り向いた青紫は、優子の前にしゃがみ込むと、優子の額に、触れるだけの優しいキスをする。突然のことに、優子の頬はふわっと赤くなる。
「これでも一応、嫉妬しているんですよ」
「……え?」
(嫉妬……?)
「婚約者であった誠一郎さんのことや、親しくしている美月。あなたが私以外の誰かと仲良くしているのを見ると、こう……胸がモヤっとするんです。上手く言えませんが、良い気持ちではないんですよ」
言いながら、青紫は片手で胸の辺りを抑える。
「……こんな気持ちも、初めてです……」
優子と出会ってからというもの、青紫の中には、知らなかった感情がどんどん芽生える。それは渦を巻くように青紫の中に存在し続け、溢れ出してしまうそうになるものばかり。嫉妬というものだって、初めは何か分からなかったのだ。
(青紫さんが、嫉妬している……私のことが好き、だから……)
青紫の嫉妬を、優子は嬉しく思った。
「一緒に来てくださって、ありがとうございます。あなたがいなければ、今日を迎えることはできなかった」
「私は、何も……。でも、青紫さんのために何かできているのだとすれば、それは、とても嬉しいことです」
頬を染めた優子は、花が満開に咲き誇るような笑顔を青紫に向ける。青紫はそんな優子に心奪われたかのように、その笑顔に魅了される。
「……」
ぐっと気持ちを堪えるように背中を丸めると、青紫は優子の肩にトンっと、額を置く。
「あ、青紫さん……?」
すぐ近くに迫る青紫の顔。頬に掠る吐息。鳴り響く二つの鼓動。優子の体には力が入り、その心臓は更に高鳴る。
「これ以上、私を煽らないでください。我慢しているんですから」
「え……?」
(あ、煽る……?)
優子にはそんなつもりはない。
「……昔……一度だけ、妖力が暴走して、自我を忘れたことがあるんです」
まだ、妖怪の力をコントロールできていなかった頃、自我を忘れてしまい、妖怪化してしまった青紫は、異能を使い周りの人間に危害を加えてしまったことがあるのだと言う。幸い、一門に取り押さえられ事なきを終えたが、当時のことを、青紫は今も悔やんでいた。
優子の肩から顔を上げた青紫は、真剣な顔をする。
「あなたとの関係を、もっと先に進めたいと思っています。ですが、妖怪化した私は、あなたを傷つけてしまう可能性がある。もしそうなったら……私は自分を許せない。
青紫が最も恐れること。それは、優子を失うこと。優子もそうであるように、その存在が大切であればあるほどに、遠ざけてしまいたくなることもある。
「青紫さん……」
(そこまで、私を想ってくれているのですね)
だが、優子には確信していることがある。青紫が八咫烏の半妖であることを知ったあの日から。いや、もうずっと前からだ。初めて会った、あの時から__。
「あなたは、私を傷つけたりしないです」
「そんなこと、分からないじゃないですか」
「いいえ、分かるわ。あなたは私を傷つけない」
優子は青紫の片手を掴むと、両手でぎゅっと握り、自分の頬に添える。
「あなたのこの手は、いつも私を守ってくれている」
そして、凛とした瞳で、真っ直ぐに青紫を見る。
「あなたのその眼差しは、いつも私を優しく見つめてくれる」
優子は青紫に額を寄せる。
「だから、愛することを怖がらないで、私を拒絶しないで」
青紫の闇を映すかのような右目が揺れる。ゆっくりと額を離すと、青紫に微笑む優子。そして、どちらともなく、唇を重ねた。
